Contents

第一篇 解説文... 2

第一節 真の父母は人類の真の始... 5

第二節 再臨主である真の父と聖霊の実体である真の... 12

第三節 真の父母は復帰摂理の完成... 31

第四節 真の父母は神様の実... 42

第一節 真の父母様の聖婚と「小羊の婚宴... 52

第二節 真の父母様の聖婚... 63

第三節 聖婚式後の七年路程と真の子女の誕... 73

第四節 真の父母時代と救援摂理の完... 81

第五節 真の父母様に倣い、真の父母となる... 94

 


 

第一篇 解説文

人類の最初の先祖であるアダムとエバは、「善悪を知る木からは取って食べてはならない」(創世記二・一七)と言われた神様の戒めを守り、成長期間を無事に通過して完成した人間になったのち、祝福を受けて人類最初の夫婦となり、善なる人間始祖となるべきであった。

しかし、アダムとエバは、サタンの誘惑に勝てず、個性を完成する以前の成長期間であ る、長成期完成級の段階で善悪の実を取って食べ、血統を汚すという罪を犯し、これが原罪となった。これにより、アダムとエバは善なる人類始祖になることが できず、悪なる子孫を繁殖することにより、堕落した家庭、氏族、民族、国家、世界がつくられ、神様が願わない地上地獄と天上地獄が生じてしまったのであ る。

神様は、堕落した人類を救うため、メシヤであると同時に第二アダムの使命者として、 ひとり子であるイエス様をアダム以降四千年ののちに、選民として育ててきたユダヤ民族に送られた。もし彼らがイエス様を信じ、一つになっていたならば、イ エス様はその中から第二エバを探し出し、新婦として立て、聖婚式をして神様を中心とした夫婦になり、真の父母となって、人類の救援摂理歴史を完遂したであ ろう。

第二アダムとして来られたイエス様のメシヤ路程が、選ばれた者たちの不信によって道 半ばで挫折するや、神様は再び、第三アダム、再臨のメシヤを送る摂理をされるようになった。復活されたイエス様と聖霊の重生の役事(働き)を通した、キリ スト教の霊的救援摂理の二千年史は、第三アダム、再臨のメシヤを迎えるための基盤だったのである。

再臨のメシヤは、空中降臨ではなく、イエス様の時のように、女性の体を通して神様の ひとり子として生まれるのであり、ユダヤ教団がイエス様をメシヤとして侍らなければならなかったように、キリスト教団は、再臨のメシヤを信じ、侍らなけれ ばならない。再臨のメシヤは、人間始祖が罪を犯し、原罪をもつようになった背景をはじめとして、徹底的に究明することにより、サタンの正体を明らかにして 罪の根を抜き、霊界圈を相手に、生死を懸けた闘いに勝利し、最後にはサタンを自然屈伏させ、数多くの教主と宗主から、「再臨のメシヤ、真の父である」とい う証言を受け取らなければならない。これとともに、救援摂理の結実として準備されたひとり娘、聖霊の実体を探し出し、新婦として迎えてこそ、再臨のメシヤ のみ旨は、地上に着地できるのである。

神様は、このような再臨のメシヤの真の父母摂理を完成するため、この地に二人のお方 を誕生させられた。それが、再臨のメシヤ、すなわち第三アダムとして来られた文鮮明・真のお父様と、第三エバ、すなわち聖霊の実体であり再臨のメシヤの新 婦として来られた韓鶴子・真のお母様である。

御夫妻は、「弘益人間(広く人間世界に利する)・在世理化(世を治め教え導く)」の 開天・開国理念により悠久なる歴史と文化の伝統を備え、神様を敬い、平和を愛好してきた韓半島に誕生された。一九二〇年、陰暦一月六日、平安北道の定州で お生まれになった真のお父様は、天の特別な摂理の役事によって幼少期を過ごす中、十六歳(数え)になった年の復活節を迎える週に、イエス様を通して、「再 臨の使命を受け継がなければならない」という神様からの召命を受けられた。それから真理探究のため、血のにじむ苦難の道を歩まれ、ついに創造原理、人間の 堕落と罪の、人間の責任分担および蕩減復帰摂理の原理原則を明らかにし、救援摂理の歴史過程に錯綜するあらゆる曲折を解かれたのである。

神様は、蕩減復帰摂理の中心主体として再臨主を地上に送られるとともに、その方の相 対、配偶として来られる第三エバを復帰する摂理を進めてこられた。再臨主の誕生を前後して、韓半島に神霊運動が大きく広がるとともに、真のお母様の家系 も、その中に加わるようになる。このような摂理的背景の中で、真のお母様は、一九四三年、陰暦一月六日、母方の実家のある平安南道の安州でお生まれになっ た。真のお母様は、再臨主の地上誕生を信じてきた外祖母の趙元模女史、洪順愛大母様、真のお母様へと続く三代のひとり娘の家庭で成長することにより、天の 新婦として備えられた生活を出発された。そして、腹中教の許浩彬(孝彬)氏の母親が、六歳になった真のお母様に「天の新婦になられる方」と祝福をするなど の、霊的証があったのである。

一九四五年八月十五日、韓半島が光復とともに南北に分断される時、真のお父様は韓国 でキリスト教を中心として公式路程を出発された。しかし、予定されていた神霊教団の不信によって、北朝鮮の平壌に行かれて伝道活動をされたが、ここでもキ リスト教団の嫉妬と共産党当局による罪の捏造によって監獄での苦難を経験され、二度にわたり厳しい苦難の道を行かれなければならなかった。真のお父様は、 六・二五動乱によって興南監獄から出獄される時まで、霊肉共に蕩減復帰の勝利的基台を立て、南に下ってついに一九五四年五月一日、ソウルで「世界基督教統 一神霊協会」を創立された。これは、真のお父様が三十四歳になられた年の出来事であり、イエス様の三十三牢の受難の生涯を蕩減復帰する条件を立てられた土 台の上で、キリスト教団に代わってアベル型教団を立てて新しく出発されたのである。

協会創立以降、真のお父様が発表する原理のみ言に感動し、数多くのキリスト教徒たち か押し寄せるようになるとこれに脅威を感じた一部のキリスト教団が、真のお父様をより一層、迫害し、(真のお父様が)投獄されるという事態にまで至った。 しかし、従う弟子たちが真のお父様を再臨されたメシヤとして、それまで以上に固く信奉するようになり、長成期完成級に復帰する勝利的条件を探して立てるよ うになった。

これにより、光復後、公式路程の十四年を経た一九六〇年四月十一日、ついに天が特別 に聖別し、大切に育てて準備してこられた聖霊の実体である真のお母様を新婦に迎え、天の祝福により、「真の父母様聖婚式」が挙行された。再臨のメシヤが準 備された聖霊の実体である新婦を迎え、真の夫婦となる聖婚儀式を意味するヨハネの黙示録第十九章の「小羊の婚宴」が、ついに成し遂げられたのである。太初 に天地を創造された神様の創造理想が実現する関門が開かれ、創造本然のアダムとエバが、真の父母として顕現される歴史的な日を迎えた。ついに人類は、霊肉 共に原罪を完全に清算できる重生の恩賜を受けられるようになったのである。

真の父母様は、真のお父様が「世界基督教統一神霊協会」を創立してから四十年となる 一九九四年、これに代わって「世界平和統一家庭連合」の創立を宣布された。人類の真の父母である御夫妻が一つとなり、サタンを屈服させるためのあらゆる条 件を蕩減復帰されたため、「世界平和統一家庭連合」を共同で創立なさることができたのである。これは、復帰された人類の真の始祖として来られた真の父母様 を中心とした理想家庭を、全世界的に拡大して成し遂げられる世界こそが、理想世界であることを意味する。

真の父母様は、二〇〇一年一月十三日の「神様王権即位式」と、二〇〇六年六月十三日 の「天正宮博物館入宮式および天宙平和の王真の父母様戴冠式」を通して、神様の恨を解怨成就することにより、神の国がこの地に安着できる土台を築かれ、二 〇一三年天暦一月十三日を天宙平和統一国(天一国)の基元節と定められた。真のお父様は、聖和(二〇一二年、天暦七月十七日、陽暦九月三日)される二十一 日前、地上の生涯における最後の公式宣布報告を通して、救援摂理の「最終完成の完結」を宣言され、すべての祝福家庭が国家を代表する氏族()メシヤとな れという祝福とともに、「すべて成し遂げた!」と宣布された。

真の父母様こそ、無形の神様の二性性相を、有形の実体として完成された真の人間の原 型であり、真の父母様がその人生と行跡を通して立てられた伝統と教えは、人類が手本とし、学ばなければならない模範である。絶対、唯一であり、あとにも先 にも現れることのない真の父母様は、人類歴史において、永遠に神様の愛と真理の光を照らす根源であられるのである。


 

第一節 真の父母は人類の真の始

真の父母は、完成したアダムとエバ

神様は、永遠に喜びを享受するために人間を創造された。人類の始祖として造られたア ダムとエバは、神様の絶対的な真の愛の対象である。人類はただ一双の始祖から始まるため、この一男一女以外に、他の真の愛の血統がつくられることはない。 もし、アダムとエバが神様の絶対愛を通して完成し、善なる子孫を栄えさせていたならば、創造主であられる神様を縦的な無形の真の父母としてお迎えし、完成 したアダムとエバは、地上の横的な実体の真の父母となり、理想家庭が実現したはずである。また、真の家庭を根源として繁栄したアダムとエバの一族が民族、 世界へと拡大し、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ」と言われた神様の三大祝福を完成した世界が成し遂げられていたはずである。その世界がすな わち、神様が地上で実現しようとされた理想天国である。

1     神様が男性性稟と女性性稟を併せ持っていらっしゃるということは、神様のかたちに造られたというアダムとエバを見て、知ることができます。それが一つに なってアダムとエバを創造したというのです。それゆえ、神様の位置で、主体と対象の人間、すなわち完全な男性と女性が一つにならなければなりません。

神様がアダムとエバを創造されたのと同じ愛を中心として、そこから初めて息子、娘が生まれるのです。神様が創造した最高の傑作である人間も、結論と して、人間(自身)が創造したという位置に立ててあげるために、男性と女性を造ったというのです。ここから、夫婦が完全に一つになることによって生まれる 息子、娘は、神様がアダムとエバを造って喜ばれた喜びの偉業までも、相続することができるのです。

神様は、息子、娘を生んで愛することができる愛まで、人間に下さいました。言い換えれば、絶対的な神様がもっているすべてのものを、愛する息子、娘の立場にいる人間に、そっくりそのまま賦与されたというのです。

2     本来のアダムとエバは、神様の体です。実体をまとった神様として現れるための存在が、人類の善なる始祖だったというのです。神様が彼らの心の中に入ってき て、体と一つになり、与えて、また与えたいと思うので、回るようになります。そして、発動機が回るように回り、さらに回って、完全に統一されるのです。そ のような種を蒔いたとすれば、そのような種の実を結ぶようになるので、その種はいくら裂いてみても、そのような内容を備えた種にならざるを得ません。

しかし、堕落したので、造り直さなければなりません。神様を再びお迎えし、種を改良しなければならないというのです。神様は、共に生命を分かち合 い、共に愛するために、天地を創造しました。ですから、男性と女性は、無形の神様を永遠に愛の実体として登場させるのです。愛の中心実体として登場させる のが、人類の善なる先祖、真の父母です。

3     アダムとエバは、真の父母です。家庭を中心として見るときは、父母が中心なので、家庭の王であり、王妃です。その息子、娘は、未来の王、王妃になり得る後 継者です。堕落していない本然のアダムとエバを中心として見るとき、祖父は神様の王権を私たちの家庭に運んできてくれた立場であり、父母は万国に広がる家 庭を代表した家庭の王です。本来の家庭の王です。その次に、息子、娘は未来の王孫(王位継承者の長子)として、王権を受け継ぐ王子、王女の立場です。

4     人間始祖の堕落によって、神様が経綸し、神様が創造理想として立てようとされた人類の真の先祖を失ってしまいました。いくら立派で何不自由なく暮らしてい る人がいて、天下をすべて動かす人がいるとしても彼らは堕落した先祖の血統を受けて生まれました。これが、最も痛恨なことです。堕落した始祖をもった人類 は、サタンの地獄に向かって猛進しているので、これを遮り、真の先祖として来て、真の子女として抱いてくれる本然の主人、本然の父母を求めてさまよってき たのが人類の歴史です。

そのため、神様は、四千年の歴史を通して復帰の道を歩み、また歩んで、堕落前のアダム、エバと同じ立場の位置を訪ねてくるのです。

5     堕落していないアダムとエバは、人類の真の先祖です。真の父と真の母です。体をまとった人類の真の父母です。そのアダムとエバが堕落したため、人類がサタ ンの子孫になったのです。アダムとエバが堕落せずに、本然の神様の心情に通じて、神様が喜ばれる中で、善男善女として聖婚式を執り行い、人類の真の父母に なったとすれば、万物はアダム、エバと和動しながら、喜んでその家庭に必要とされるものになったでしょう。

アダムとエバが幸福を謳歌し、神様を永遠の父として、侍ることができる人類の真の父母となり、人類の標本となる真の夫婦となり、神様のみ前には真の 子女となったならば、誰も、彼らを奪っていくことはできないというのです。それは、主人が一人だからです。心情の主人も一人であり、愛の主人も一人です。 そのようなお方が神様であられます。

6     堕落がアダム家庭から始まったので、本然の姿に帰っていく復帰の目的は、アダム家庭の復帰完成にあります。神様は、世界と国を求める前に、民族と教会を求める前に、御自身の相対を求め、一つの中心家庭を求めるのです。

神様は、歴史を通して、御自身の理想的な対象になり得る真の家庭を求めてこられました。この真の家庭は、私たちが習慣的に生活してきた家庭とは、内 容が根本的に異なります。神様を中心とした理想的な真の家庭を探し出すことができなければ、理想的な国も世界も探し出せません。本然の真の家庭を先に立て なければならないという原則が、ここにあるのです。ですから、個人が救いの目標ではなく、真の家庭が救いの基本単位となります。

堕落しなかったならば、アダムとエバは真の愛による理想的な真の夫婦になり、さらには真の父母となって、その子孫と全人類の真の先祖になったでしょう。アダムとエバを真の父母として繁栄した人類は、一つの大家族をつくり、アダム文化圏の平和世界を成し遂げたでしょう。

7     神様の復帰摂理歴史は、悲しい歴史です。神様がアダムとエバを失ってしまったことが悲しいのです。それだけではなく、アダムとエバを失ってしまうと、その二人でとどまるのではありません。

アダムとエバを失ってしまったということは、アダムとエバの一族を失ってしまったことになるのです。その一族が拡大されて民族になり、一つの国家を 形成し、一つの世界に拡大されていたはずなのですが、すべて失ってしまったというのです。ですからアダムとエバを失ってしまうことによって、天の国の王権 を中心としたその王国を失ってしまい、天の国の民族を失ってしまい、天の国の氏族を失ってしまい、天の国の家庭を失ってしまったのです。天の国の男性と女 性、ひとり子とひとり娘を失ってしまったのです。

ですから、救いの歴史である復帰摂理歴史は、これを取り戻す歴史です。

アダムとエバが堕落していなければ、子孫が繁栄し、今日、数十億の人類がすべて天の国に登録され、家庭がそのまま天国に入っていくようになっているのです。

8     人類始祖が堕落することによって、人類は真の先祖をもつことができず、真の子孫になれませんでした。神様も真の神様の位置に立つことができませんでした。 神様を中心とした真の家庭、民族、国家を形成しようとした、そのすべてのことが成し遂げられなかったというのです。そのため、私たちは、再び真の根を求め なければならず、真の家庭が住める国を求めなければなりません。

ですから、神様は、救援摂理を通して希望の世界、真の平和の世界、愛の世界、統一の世界、一つの世界を追求してきたのです。それを成し遂げるため に、神様は救世主を送ってくださるのです。真の父母がこの地に来て、個人的な中心、家庭、氏族、民族、国家、世界の中心を教えてあげることによって、全人 類を本然の世界に戻そうというのが摂理歴史です。

9     再び来られる主が、空中から雲に乗って来て、霊的に、妄想的な国家を創設するというのが、神様の願いではありません。その方が再び来られるのは、この地を 足場として、神様のありったけの愛を受けることができる一人の新婦を迎え、人間の先祖が六千年前に人類の真の先祖になれず、偽りの先祖となることによって 失ってしまったものを、取り戻す役事(働き)をするためです。

それゆえ、神様の愛と一致し得る位置に立てる完全な男性と、神様の愛に通じ得る位置に立てる完全な女性が、歴史時代に必ず現れなければなりません。

今この時が、新郎として来られる主を迎える新婦として立つことができる時です。ですから、この位置は、エデンの園でアダムとエバが愛を受けた、それ 以上の位置であり、アダムとエバを祝福してくださった、それ以上の位置です。地上にそのような基点が生じてこそ、サタンが侵犯できません。人間始祖アダム とエバが、そのような勝利の位置に立つようになったとすれば、天使長はサタンにならず、完全なる僕の位置で人間に侍る立場に立ったでしょう。これが創造原 則です。このような位置を失ってしまった人類は、孤児です。ですから、このような位置を取り戻すことができる人類の真の父母が、この地上に現れなければな りません。

10    本来のアダムは、個人であると同時に、家庭の中心であり、国家の中心であり、世界の中心です。文化も、アダムの文化です。そこから言葉が始まり、すべての 関係が広がります。真の父母を中心として結ばれた関係から始まる歴史も、新しい文化創造の起源になり得るのです。ここから初めて、人類の真の歴史が始まる というのです。真の家庭と、真の社会、民族、国家、世界が顕現するのです。その伝統的思想が、いつにおいても中心になります。

今までの歴史においては、未来に希望の世界を求めてきましたが、これからは未来を見つめて進むのではありません。ここにおいて築かれたその思想を中 心に、それを手本として歴史が発展していくのです。それが中心になります。このように、過去、現在、未来の中心を決定し得るものが、国を中心として設定さ れます。その国が成立すれば、その国の文化が過ぎ去っていくことは、永遠にありません。その国の文化は、世界的に連結され、生き生きと栄え続け、文化的源 泉として残るのです。統一です。始めと終わりが同じだというのです。

真の父母は真のオリーブ

聖書の創世記に出てくる、エデンの園の生命の木と善惡を知る木は、完成した父と母を象徽する。そして、堕落せずに完成した人間始祖アダムとエバを根 とした人類は、本来、地上天国で生き、死後には天上天国に行って、永遠に生きるようになるのである。神様の創造目的は、人類が神様を中心とした家庭を築 き、同じ兄弟、同じ親族になることである。

堕落した人間は野生のオリーブであるため、真のオリーブである真の父母により接ぎ木され、真の人間に生まれ変わらなければならない。それにより、神 様の創造理想世界、すなわちエデンの園において出発しなければならなかった永遠の理想天国が成し遂げられるのである。人類の願いは、真の父母を迎え、神様 を中心とした善なる家法を代々伝授し、一つの言語、一つの文化、一つの天の主権を中心に統一世界をつくることである。

11    真の父母は、絶対的な神様の愛と血統と完全に一つになった方です。そのような真の父母が結婚して築いた家庭を真のオリーブの家庭とするならば、堕落した世 界の人々は、野生のオリーブだというのです。その野生のオリーブの枝を切ってしまい、真のオリーブの枝と芽を接ぎ木すれば、それがのちに真のオリーブの家 庭になるのです。そこに、神様の真の愛、真の生命、真の血統、真の良心が再び連結され、それが完成すれば、地上・天上天国が広がります。

神様は、三代目となる孫と孫娘をもつことができませんでしたが、サタンは孫と孫娘をもち、氏族をもちました。それが繁殖し、数多くの国家をつくり上 げたというのです。今まで神様は、完成した一人の男性をもつことができませんでした。完成した一人の女性ももつことができませんでした。その完成した男性 として来られる方が、メシヤです。メシヤがやって来て、真の父母の位置を立てなければなりません。その次に、本然の家庭を復帰することができるのです。

12    アダムとエバが人類の真の先祖になっていれば、救い主も必要なく、宗教も必要ありません。宗教が必要ない善なる世界は、神様が喜ばれる世界です。神様は、 地上にそのような世界がつくられることを願われるのですが、地上にそのような世界はつくられませんでした。

堕落とは、一つになれなかったことです。そうして、真の父母になれず、偽りの父母になったのです。ですから、私たちは、悪なる父母の血統をすべて消 してしまい、真の父母の血統を受けて、天に帰らなければなりません。皆さんは、野生のオリーブとして生まれました。真のオリーブにならなければならないの に、野生のオリーブになったので、これを切ってしまい、真のオリーブの木を接ぎ木されなければならないのです。

13    天の真のオリーブとして来られる方は、皆さんを再び生んでくださる真の父母です。生命は、必ず父母を通して受けるのが天理だからです。真の父母は、天の真 の愛、真の生命、真の血統の根をもってこの地に顕現されます。サタンの偽りの愛を根として生まれた人類を、きれいに根元から切ってしまい、真の愛の芽を接 ぎ木する使命を果たすために来られる方が、正に真の父母です。このように、私たち人類が求めるべき真のオリーブの根は、神様の真の愛の根です。その根は、 真の父母からのみ出発し得るのです。

14    真の父母は、真の愛と真の血統をもって来ます。偽りの父母は、偽りの愛と偽りの血統をつなぎ合わせてきました。堕落していない本然の世界では、神様を中心 として真の家庭を築かなければなりません。真の息子、娘の家庭を築こうとすれば、真の血統が連結されなければならないのです。真の父母の子女になろうとす れば、真の父母と血統が連結されなければなりません。

「父母」や「子女」という言葉、「父」または「子」という言葉は、血統が連結されなければ、絶対に成立しません。それは、神様も引き離すことができません。サタンも引き離すことができないのです。

ですから、成約時代を迎え、真の父母様による祝福結婚を通して、旧約時代と新約時代の失敗を蕩減復帰することができるのです。本然の基準である神様 の真の血統につながれて、野生のオリーブ畑であっても真のオリーブ畑にならなければならず、真の愛を中心として、真の父母様と一体、一心、一念にならなけ ればなりません。

15    真の父母とは、完成したアダムとエバのことを言います。そのアダムとエバから家庭、氏族、民族、国家、世界、地上天国と天上天国が連結され、神様まで解放 されなければなません。真の父母は、すべてのことを完成できる立場にいます。神様が地上に送られた最も貴い方です。その真の父母に絶対信仰、絶対愛、絶対 服従で従っていけば、自動的にすべてのことを克服していけるのです。父母は、愛、生命、血統を相続させます。その愛、生命、血統を相続するのが、息子、娘 です。すべての宗教の目的も、地上に真の父母の完成基盤を築くことです。

人類を救う唯一の方法は、真の愛、真の生命、真の血統を連結させることなのです。偽りの父母がそれとは異なる愛、生命、血統を連結させて堕落した世 界になったので、地獄に落ちるようになりました。それを一八〇度転換させるために、真の父母が現れて、真の愛、真の生命、真の血統を連結するのです。祝福 を通して神様の真の愛を連結し、真の生命を連結し、真の血統を連結するのです。野生のオリーブに真のオリーブを接ぎ木するのが祝福です。

真の父母は、この世界の偽りの子女、野生のオリーブのような子女たちに真のオリーブを接ぎ木して、堕落していない実として収穫し、天の国の倉庫に再 び入庫しなければなりません。これが、この地上でメシヤが果たすべき責任です。メシヤは、真の愛を中心として、真の息子、娘の種をもって来るというので す。

堕落することによって、偽りの愛、偽りの生命、偽りの血統の因縁を通して、神様が願わない怨讐の子女となりました。

このように、血統的に偽りの愛の因縁が結ばれたので、救援摂理を通してきれいにするのです。


 

第二節 再臨主である真の父と聖霊の実体である真の

真の父母になるべきひとり子とひとり娘

神様の願いは、アダムとエバが創造本然の姿のまま成長、完成し、真の家庭を築くこと であった。神様は、絶対愛によって精誠を尽くし、御自身のすべての願いを懸けて、ひとり子アダムとひとり娘エバを造られた。しかし、堕落が起きたため、神 様は彼らに代わる存在として、まずひとり子であるイエス様を送られた。創造の順序に従い、本然のアダムを先に復帰されたあと、そのアダムを通してエバを復 帰しようとされたからである。したがって、本然のアダムに代わる、後のアダムとして来られたイエス様は、本然の後のエバを探し出し、夫婦になることによっ て、人類の善なる始祖である真の父母にならなければならなかった。

1     イエス様の思想の中で最も偉大なことは、神様が自分の父であり、自分は神様のひとり子であると主張したことです。ひとり子ということは、父なる神様の初愛 を占有しているということです。初愛を受けられる立場に立ったというのです。

神様がキリスト教を世界的な宗教にせざるを得なかった理由は、イエス様が「私は神様のひとり子である」と主張する立場に立ったからです。ひとり子というのは、神様の愛を強調した言葉です。ひとり子は、神様の初愛と結ばれた個人なのです。

2     エデンの園のアダムは、神様のひとり子です。エバは、神様のひとり娘です。彼らが成長し、春の日になって花が咲くとき、二人が互いに春の歌を歌いながら、 「あなたは私のお兄さんではないですか」、「あなたは私の妹ではないですか」と言えば、神様はどのようにするでしょうか。明るく咲いた花が香りを漂わせる ようになれば、神様が(二人を)結んでくださったでしょう。

神様が結婚式をしてあげることによって成し遂げようとしていた創造の最高の理想が、アダムとエバを中心として成し遂げられるのです。彼らがひとり子とひとり娘としてよく育ち、思春期まで行こうとすれば、期間が必要なのです。

3     イエス様は、「私は神様のひとり子だ」と言いました。ひとり子に必要なのは、ひとり娘です。イエス様がこの地上で世界を救うために出発しようとすれば、一人ではできません。家庭の土台を整えなければなりません。

ひとり子だと主張したイエス様の目的は、世界を統一して号令することです。それをする前に家庭をつくらなければならないのです。イエス様は、家庭を つくることができませんでした。ですから、この地上の人間たちを救おうとすれば、「このようにしなければならない」と言える家庭が出てこなければなりませ ん。一つのモデル家庭が出てこなければならないのです。

イスラエルの国を救う前に、家庭をつくらなければなりません。もしイエス様が、神様のひとり子としてひとり娘に出会って結婚式をするとすれば、その 結婚式の主礼は、間違いなく神様がしてくださるのです。救援摂理の最高の目的は、神様が愛する一つの家庭をつくることです。それで、神様の愛を中心とし て、ひとり子とひとり娘の立場で成長し、神様を父としてお迎えできる場で祝福を成し遂げ、人類の真の先祖の基盤を整えるのです。その場を失ってしまったの で、再び取り戻さなければなりません。

4     イエス様が地上に来られることによって、初めてひとり子という名をもつようになりました。神様が失ってしまった歴史時代、アダムとエバの失敗した歴史時代 に、初めて神様の愛を受けることができる血統的内容を中心として、地球星にひとり子が生まれたのです。しかし、ひとり子は生まれましたが、ひとり娘はいま せんでした。

神様は、四千年間の救援歴史を通して、完成したアダムを再び創造したのと同じです。神様は、アダムに似せてエバを造りました。アダムの相対になるこ とができるように、アダムを造られた原則、その青写真に基づいて造ったのです。聖書を見ると、男性のあばら骨を取って女性を造ったと記録されています。そ れは、骨子をまねて造ったということです。ですから、完成したアダムは、この地で失ってしまったものを取り戾すことができるひとり子です。

神様は、直系の真の愛の血統を通してアダムを取り戻しましたが、エバは取り戻すことができませんでした。エバを取戻そうとすれば、今までの堕落以降 の歴史を、家庭から再び復活させ、接ぎ木して国をつくらなければなりません。そのために準備しておいたのが、ヤコブからのイスラエル民族の十二支派です。 選民思想を中心として、ヤコブの十二人の息子が着地し、世界に勝利の版図を拡大させたものが、イエス様が来られる時までの二千年間のイスラエルの国とユダ ヤ教なのです。

5     イエス様が堕落した人間たちに対して、神様の息子、娘であることを示したことや、「私は神様の息子だ。神様のひとり子だ」と語った事実は、偉大なことで す。そして、「ひとり子」という名が地上に現れたという事実は、神様が数千年の蕩減歴史を経てくる中で、吉報中の吉報です。それで、ひとり子を中心とし て、ユダヤの国とユダヤ教、カインとアベルを入れ替え、血統を入れ替えなければなりません。

しかし、イエス様は、ひとり子という名をもって来ましたが、ひとり娘に出会うことができませんでした。そのような人に出会うには、そのままでは出会 うことができません。準備された基盤がなければならないのです。個人と家庭、氏族を基盤として連結されていかなければなりません。このようにして個人、家 庭から血統を転換させなければなりません。

6     人類が生まれてから四千年ぶりに、この天地間に神様のひとり子が生まれました。良い知らせです。幸福な知らせです。それで、キリスト教で「福音」という言 葉が出てくるようになったのです。福音とは、幸福な音信です。その時まで神様のひとり子が現れることができず、人類が神様を中心とした愛の関係を結ぶこと ができなかったために、人類にとってそれが恨でした。しかし、その恨を解いてあげる一人の代表的な男性が現れたので、それ以上に幸福な音信はないのです。

もしひとり子が現れていなかったとすれば、大変なことになります。歴史上にそのような人が現れたので、全人類が彼の側にならなければならず、天地も 彼の側にならなければならず、創造主も彼の側にならなければなりません。ですから、その道を妨げる人は滅び、歓迎する人は栄えるようになります。

ひとり子が現れたことが幸福です。神様は、先にひとり子を送られました。それで、今までの歴史は、男性がつくってきたのです。ひとり子が来たならば、その次には、ひとり娘がいなければなりません。

7     神様は、真の愛を中心として、縦的な父母としていらっしゃる方です。垂直は一つです。横的な位置で垂直になるのは、九〇度の一点です。男性の位置も九〇度 の一つであり、女性の位置も九〇度の一つです。二つではありません。人類歴史で初めて、その九〇度に合わせて愛を受けた人が、ひとり子です。

そのひとり子の前には、ひとり娘がいなければなりません。メシヤはひとり子として来て、ひとり娘を求めなければならないのです。しかし、そのまます ぐに求めることができるわけではありません。アダムを通してエバを造ったので、この世の中に来て、エバを探さなければならないのです。サタンが奪っていっ たエバを取り戻さなければなりません。

ひとり子であるイエス様が、神様の息子として、ひとり娘を迎えて、男性と女性が九〇度の角度で一つになれる道を合わせておかなければ、天地が通じません。神様には二性性相があるので、ひとり子とひとり娘が一つになった、その場に神様が入ってきて臨在するのです。

8     神様は、アダムとエバの堕落以降、失ってしまった子女が戻ってくることを、ただ待っていることはできませんでした。神様は、人間がサタンの讒訴条件を抜け 出すことができる道を探し求めてこられたというのです。その路程が、どれほど大変で、悲惨だったでしょうか。サタンが王になっている世界で、神様の立場は どのようなものだったでしょうか。

ひとり子イエス・キリストを、サタンの讒訴条件を免れた位置で誕生させるまでの神様の苦労は、到底言い表すことができませんでした。その時、イスラ エル民族がひとり子であるイエス様と一つになっていたならば、ローマを越え、世界に進むことができました。真の父母にならなければならなかったのです。

しかし、ユダヤ教とイスラエル民族が責任を果たせなかったので、イエス様は「再び来る!」と言われました。神様は、四千年ぶりにひとり子を探して立 てましたが、ひとり娘は探し立てられなかったのです。神様がアダムとエバを創造したように、ひとり子がいれば、ひとり娘もいなければなりません。イエス様 と聖霊の摂理が、正にそれです。

私たちは、原理を通して、中心人物や民族が責任を果たせないとき、神様が代身者を立てることを学びました。したがって、イスラエル民族が責任を果たせないことによって、ひとり娘を立てることができなかったので、神様はひとり娘を別に育ててこられたのです。

9     人間世界で神様が愛の主人であれば、その愛を中心とした神様の家庭がこの地上になければなりません。その神様の本郷の地があれば、その本郷から本郷の一門 が始まり、その一門から民族が始まり、その民族から国家と世界が始まり、それによって、地上に天国が広がるでしょう。

人間の本郷は、人類が願い、神様が願う所であり、天地が和合して万宇宙の存在が「幸せでうれしい」と言い得る所、神様が踊りを踊ると同時に、万宇宙 が神様を中心として踊れる所です。そのようにできる日を迎える本郷が現れていたならば、今日、この世界は、不幸な世界にはならなかったでしょう。

神様の愛を中心とした息子、娘すなわち、ひとり子とひとり娘が、神様の愛を中心として完全に一つとなって家庭を築いたならば、その血統を受けて生まれた息子、娘たちは、心と体が一つになっているのです。

10    イエス様は、イスラエルの国を中心として、世界を平和の王国にするためにこの地に来られましたが、いくら彼に能力があり、実権があって、それを成し遂げると考えたとしても、家庭を築くことができなければ失敗するのです。

世界は、家庭が集まってできるのです。この家庭は、心と体が闘う人たちでは築けません。いくら絶対的な権威をもって死の峠が迫ってくるとしても、天道を捨てる人になるならば、神様が願われる家庭を築くことはできないのです。

心と体が一つになったひとり子が、心と体が一つになったひとり娘を迎えて家庭を築くのです。家庭をつくるまでは、世界を復帰したとしても、それをまた失うようになります。家庭は、血統が連結されたものです。民族全体が血統で連結されれば、同族になるのです。

11    イエス様がこの地に来られた目的は、新婦を迎えることです。愛を中心とした人格的な新婦を求めようとしたのです。ですから、キリスト教を代表して、世界的 なキリスト教の舞台に新郎を迎え、その新郎を中心として結婚してこそ、新郎と新婦の愛圏がつくられるのです。新郎と新婦が一つになり、神様が取り得る愛園 が始まります。

ひとり子の愛圏をもって、ひとり娘の愛圏を手にすると同時に、このひとり子とひとり娘を中心として、新郎と新婦の愛圏が確立します。いくら国が大きく、歴史が長く、優れた文化背景をもっているとしても、それは問題ではありません。

神様を中心としてひとり子とひとり娘が一つになる、夫婦の愛の基準が貴いのです。

堕落によってこれを失ってしまったので、これを取り戻さなければ、世の中の万事は無意味なものです。したがって、神側においてひとり子とひとり娘と なり、新郎と新婦として夫婦の愛圏をつくらなければなりません。夫婦の愛圏が成立すれば、自動的に子女の愛圏が成立するのです。

12    イエス・キリストは、「私は神様のひとり子だ。神様は私の父だ」と言いました。ひとり子というものは、神様の初愛をそっくりそのまま受けたということで す。神様のひとり子はいたのですが、ひとり娘がいません。ひとり娘に出会うことができなかったので、神様の初愛をすべて受けるひとり娘に出会うために、イ エス様は再臨するのです。

再臨主が来て「小羊の婚宴」、すなわち婚姻をしなければなりません。神様の初愛をそっくりそのまま受けた男性と、神様の初愛をそっくりそのまま受けた女性が、家庭をつくらなければならないのです。その位置が、堕落していないアダムとエバの位置です。

13    メシヤは、神様の本然の直系の息子の立場で、神様の愛、絶対愛を中心として、生命の種をもって来る方です。その息子を再び探して立てることが、神様の救援摂理史の主目的です。

メシヤは、この地上に来るとき、何ももってくることはできません。彼には国もありません。何もないのです。相対を失ってしまったので、相対もいませ ん。エバとカイン、アベルを失ってしまったので、主人の役割を果たせないのです。それで、それを取り戻しに来るのです。ですから、キリスト教は、新郎とし て来られるメシヤを迎える新婦の宗教です。

キリスト教の核心真理は、驚くべきものです。イエス様のことをひとり子と言いました。ひとり子とは、アダムのことです。堕落したので、ひとり子がい なくなり、ひとり娘がいなくなったというのです。ひとり娘は、サタンに奪われました。神様が造ったものを、サタンがすべて台無しにしたので、それを取り戻 さなければなりません。アダムを中心としてエバを造ったのと同じように、天の新しい息子の種を送って、エバを再び創造しなければなりません。

14    人間は、家庭から出発しました。家庭を縮小してみれば、夫と妻によってできているので、ひとり子になったのであれば、ひとり娘を迎えなければなりません。 このひとり子とひとり娘は、堕落していない本然のアダムとエバにならなければならないのです。ひとり子とひとり娘は、息子、娘を生まなければなりません。

真の父母に侍り、息子、娘を完成させようとすれば、与えられた環境において、祖父、祖母、母、父、四方のために生きることができなければなりませ ん。息子、娘は父母のために生き、父母は息子、娘のために生き、その父母はまた、(彼らの)父母のために生きなければなりません。祖父は孫のために生き、 孫は祖父のために生き、夫は妻のために生き、妻は夫のために生きれば、それは祖父母、夫婦、兄弟がすべて入るというのです。

このような原則において、一つの家庭の標本を中心として見るとき、互いにために生きる家庭であれば、天国家庭であることは間違いないという論理が出てきます。

原罪がないイエス様と再臨主

人類の始祖アダムとエバは、サタンの誘惑に陥り、善悪の実を取って食べることによって罪を犯し、それが原罪となった。原罪は、神様の血統を汚した不倫なる性犯罪であった。神様の愛によって代を継いでいくべき人類が、サタンの偽りの愛によって子孫を繁殖したのである。

聖書のマタイによる福音書の記録には、イエス様がキリストとして生まれるまでの血統 的系譜が出てくる。堕落したアダムの後裔の中から、善悪の血統を分立、転換しながら、千年にわたってサタンとの血縁的関係を清算してきた蕩減復帰摂理歴史 の基台の上で、ついに原罪のない、イエス様が神様のひとり子として誕生されたのである。

このように、原罪と関係なくお生まれになったイエス様は、人類の真の父として、真の 母を迎え、真の父母の位置に進み、原罪のない直系の子女を誕生させる一方で、堕落した人類を重生させ、原罪を清算させるために地上に来られた。しかし、イ スラエル民族の不信により十字架にかからなければならなくなるやいなや、このすべての課業を、再臨して成し遂げることを約束されたのである。

それゆえ、第三アダムとして来られる再臨主は、イエス様を中心としたあらゆる蕩減復帰摂理の歴史的伝統と結実を、霊肉共に相続すると同時に、メシヤの立場から出発し、真の父母の位置に登極することにより、地上で神様の創造理想を実現する使命を完遂されるのである。

15    イエス様は、サタンが讒訴できる位置を抜けだした立場で生まれたので、原罪がない方です。サタンの主管圏内においてサタンと相対したのが原罪ですが、イエ ス様はサタンの讒訴条件を越えてお生まれになった方なので、原罪とは関係がないというのです。このために入れ替える歴史があったのです。エサウとヤコブの 時に入れ替え、また、ペレヅとゼラの時に入れ替えて、勝利の基盤を築いてきました。ですから、イエス様は、原罪と関係のない人間として生まれたのです。

16    イエス様は、神様の主管下で生まれた息子なので、原罪を免れた立場に立ちました。サタンの讒訴条件をもっているがゆえに原罪があるというのですが、原罪を 免れた立場に立っているため、本然の基準、堕落する前のアダムの位置に帰ることができるのです。ですから、イエス様だけが第二次のアダムになることができ ます。人類の先祖として、アダムが失敗したことを復帰できます。アダムの位置を身代わりできるのです。ここから新しい歴史時代に入ります。

イエス様は無原罪で生まれたので、サタンの讒訴から完全に脱しました。サタンの讒訴から脱すると同時に、サタンを完全に屈服させました。天使長を屈服させたというのです。イエス様は、このように神様の息子として、堂々と本然のアダムの位置に立つことができました。

17    聖書には、ヤコブが母であるリベカと一つになって、兄エサウと父イサクを欺き、祝福される話があり、また、タマルが舅と関係を結んで生んだペレブとゼラを 中心として、ユダの支派が祝福を受けるようになったという内容が出てきます。このような、人倫や道徳観において解決できない内容が、どうしてあるのかとい うことが問題です。

そして、マタイによる福音書を見れば、四大淫女についての話が出てきます。タマルが出てきて、バテシバが出てきて、ラハブが出てきて、ルツが出てき ます。マタイによる福音書は創世記に相当するものですが、歴史時代において、最初の章になぜこのような神聖ではない、汚点をもっている女性たちが出てきた のかというのです。

このようなすべての問題は、堕落論を知らなければ解決するすべがありません。お父様の時代になって、初めてそれをすべて明らかにしてあげたのです。

18    ヨセフと婚約したマリヤは、エバとちょうど同じです。アダムとエバは、堕落する時、婚約した立場にいました。アダムとエバが婚約段階にいる時に堕落したの と同じなので、これを蕩減復帰するためには、リベカの伝統を引き継がなければならず、タマルの伝統を引き継げる女性がいなければなりません。そのため、血 統を清めた女性を代表した基準で、それを相続できる位置に立った人がマリヤでした。

マリヤは、神様の息子、娘を生むために生命を捧げることを覚悟し、犠牲になる道でも、神様のみ旨を立てた女性でした。タマルのように、イスラエルの 王権を立てることを最高の希望と思い、自分の身がどうなろうと、死のうと生きようと、自分を通して神様のみ旨を継承しようとした歴史的な女性でした。

19    マリヤは、自分の生命を懸けて、神様のみ旨を誰よりも熱心に追求する女性でした。ちょうどタマルのように、志操を守って忠節を尽くし、貴い天の血統を残す ためには、いかなる冒険でも強行できる大胆な立場に立っていた女性が、正にマリヤでした。

天使ガブリエルが現れ、マリヤに「あなたはみごもって男の子を産むでしょう」(ルカ131)と告げたとき、マリヤは、「どうして、そんな事があり 得ましょうか。わたしにはまだ夫がありませんのに」(ルカ134)と答えました。そして、天使が再び、「神には、なんでもできないことはありません」 (ルカ137)と言うと、マリヤは、「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」(ルカ138)と答えたのです。その立場は、 死を覚悟しなければ行くことができない立場です。

その当時、未婚の女性が身ごもれば、モーセ五書に基づいて、石で打たれて殺される時代でした。神様は、自分の命よりも神様のみ旨を尊重し、自分の威 信や体面よりも神様のみ旨を尊重するマリヤを通して、イエス様を懐妊するようにさせたのです。ですから、イエス様は、神様のみ旨によってマリヤのおなかを 通して生まれた、歴史上初めての神様の息子です。

20    マリヤの腹中にいるイエス様に対しては、サタンが讒訴できません。イエス様が生まれるようになったのも、マリヤが動機になったのではなく、神様のみ旨を中 心として、神様の命令によって生まれたので、神様が動機となったのであり、また出生に至る過程も、腹中の勝利の基盤をもつマリヤの腹中から生まれたイエス 様だったので、イエス様には、サタンのいかなる讒訴条件もあり得ないというのです。

歴史時代に、腹中から始まったアダムとエバ以降のあらゆる闘いの基盤を、初めて腹中から分別したというのです。このような血統をもって現れた人がイエス様でした。

ですから、イエス様は、いかなる預言者や、いかなる世界的な宗教指導者とも、その根本が違うというのです。イエス様は、サタンが讒訴できない血統的 な内容を備えて来られた世界的な代表者です。また、歴史的な内容をすべて清算して来られた方なので、正に神様を中心とした血統的な内容をもって生まれた最 初の人に違いありません。イエス様は、このような動機や過程を経て、神様の真の息子として、この地上に誕生するようになったのです。

21    イエス様の父親は、ヨセフではありません。天の側の天使長圏の人物です。堕落した天使ではありません。神様がそのようにさせました。

サタン世界を凌駕し、天の側となり得る基盤を築き、種を植えて、そこで神様の心情圏を受け継いでこそ、本然のアダムとして認められるのです。イエス 様は、そのような位置で、血統的に分別された種を受けて生まれました。そのような人は、歴史始まって以来、一人しかいません。ですから、メシヤ、救世主に なることができるのです。初めて神様を中心として、愛の絆を通して生まれた代表的で唯一の人なので、「ひとり子」という言葉が成立するのです。

22    人類歴史上、国家的次元で万王の王権をもって来るイエス様は、血統を転換して勝利的伝統を受け継いで来ました。ですから、マリヤの腹中で妊娠しても、サタ ンが「彼は私の息子である」とは言えないようになっています。タマルの心情的伝統を受け継いだ歴史的な基準の上に、国家的次元でマリヤが身ごもったため、 エバの失敗を蕩減復帰したのです。

女性たちが行くべき道において結実の位置に立ち、血統転換、すなわち長子復帰完成基準の心情圏の上で身ごもったので、腹中にいるときから、サタンが 「私の息子である」と主張できないのです。イエス様は、歴史的に清められた血統的基盤の上でマリヤの腹中に宿ったため、長子圏内で身ごもったとしても、サ タンが「自分の息子である」とは言えないというのです。

腹中から長子権を主張できる息子が地球星に生まれなければ、神様の長子の血族圏を立てることができません。イエス様は、堕落の人類歴史の上に、神様 の心情を受け継ぐことができる最初の代表者になり、歴史的な代表者となることによって、初めて「私は神様のみ前にひとり子である」と言うことができまし た。これは、愛を中心とした長子権復帰において代表者になったので、メシヤになることができる、ということです。

23    イエス様は、血統を清めた上で来ました。双子の時代、すなわちエサウとヤコブを通して長子権を復帰し、タマルの腹中でペレブとゼラの、歴史にない闘いを通 して、ひっくり返すことによって、血統転換をしました。歴史がすべて見せてくれたのです。

聖書は、本当に啓示的です。世界史、文化史、宗教史において欠かせない宝典です。人類歴史に関する曲折の事情と秘密が、すべて含まれています。それ を解かなければなりません。このようにして、血統を復帰しなければならないのです。マリヤの腹中から生まれたイエス様は、サタン世界の血統が転換されてい ます。血統が転換された位置から来たので、イエス様の相対となり得る新婦も、血統転換歴史の過程を経なければなりません。

24    統一教会で言う真の父母も、やはり人です。人と言えば、男性と女性を意味します。その男性と女性(が誰かということ)は、神様を中心として論じなければな りません。アダムとエバが偽りの父母になったので、真の父母がそのアダムとエバを身代わりした位置に来て、善の父母にならなければなりません。言い換えれ ば、アダムとエバが未完成で偽りの先祖になったので、代わりに真の父母は、神様を中心として完成、成就できる位置に立たなければならないのです。

本来、神様が創造当時に、完成したアダム理想として見いだそうとしていたその位置が、真の父母の位置なので、その位置を再びはんだ付けして、その理 想を主張している人がお父様です。統一教会では「真の父、真の母」と言いますが、外見を見れば、皆さんと異なるところがありません。しかし、根が違いま す。皆さんは、サタン世界の堕落した父母を通した堕落の根をもって生まれましたが、真の父母は根が違うというのです。神様を根として、初めて歴史上に真の 愛の論理を中心とした統一論理をもって現れた、主人公だというのです

25    お父様が血統的にサタンの讒訴を受けるようなことがあっては、何にもなりません。皆さんを祝福する式は、イエス様が亡くなったのち、二千年の間苦労して再 臨し、新郎新婦となった位置を引き継がせてあげる式です。その式は、統一教会の祝福家庭を立てる式です。皆さんが祝福を受ければ、天国に入る門は常に開か れています。サタンが讒訴できなくなってくるというのです。

26    堕落以降、すべての罪悪が全人類の体を征服しました。サタンの血統が連結されたのです。それを否定できる道が蕩減路程です。真の父母は、それをすべて清算 しました。個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙的な段階で蕩減しました。真の父母によって真の血統に連結され、すべて終えたのです。皆さんは、小メ シヤの位置にいます。

父母様は、サタン側の血統に属しているのではなく、神側の血統に属しています。根が違います。皆さんの根はサタン側であり、父母様の根は神側です。 神様から始まる本然の真の愛を真の父母が相続し、それを皆さんに連結してあげるのです。皆さんも接ぎ木されたあとに、真の父母に属するようになるのです

27    お父様は、この地に来て、サタン世界を中心として、縦的八段階と横的八段階を勝利しました。アダムが罪を犯し、サタン圏内に入ったのです。罪さえなくなれ ば、本来の位置に帰ってくることができます。しかし、自分自身が原罪を清算することはできないのです。真の父母が、真の愛によって清算できるというので す。個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様、八段階を中心として、すべて清算しました。

アダムが十六歳で堕落したので、十六歳になるまでは、本然のアダムの体です。(アダムは)天の国にある神様のあらゆるものを相続できる本然的な、堕 落していない完成に向かう男性でした。このアダムが失敗したので、再臨主が来て、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙においてまで闘い、サタンを追 い払いました。罪を清算したのです。原罪を抜き取ってしまったというのです。お父様は、アダムの十六歳から今までのアダム世界とは関係のない、勝利したア ダムの位置で全人類を取り戻したのです。

28    私は、韓国の田舎のある農民の息子として生まれましたが、その根源が違います。人の中には、世の中に生まれながらにして(道理を)知っている人がいます。 それを「生而知之(生まれながらにしてこれを知る)」と言います。また、学んで知る人がいます。それは「学而知之(学びてこれを知る)」と言います。

私は、生まれながらにして知っていたり、学んで知ったりしたのではありません。「天而知之(天によりてこれを知る)」だというのです。天のみ旨の中 で生まれれば、知るようになるのです。神様の心まで分かるというのです。そのため、今まで世の中から反対を受けながらも、その世界で死なずに生き残ったの です。

29    皆さんが神様と一致すれば、神様はあらかじめ、創造的な準備をしてくださいます。皆さんがそのような立場に立つようになれば、霊界から教えてくれるというのです。

以前、私に一度も会ったことがないのに、私が生まれる前から私に侍ってきたという人がいました。私よりもずっと年配の人が、私が生まれる前から、既に私と出会い、侍ってきたのです。

それは、神様の予定によって、そのようになり得るのです。中心となる一人を世の中に送り出すときは、性相的にも形状的にも、同じ基準を中心として役事しなければなりません。ですから、神様は、私が生まれる前から、私の形状を使って役事されたのです。

30    お父様は、ある家門の息子として、この地に生まれたのではありません。私自身は、十歳を越えてから、既に世の中のあらゆることが分かりました。ですから、 身内や隣近所で有名でした。その世界が分かるように、天が何千年も前から準備して生まれたというのです。私が生まれる前に、私に会った人が多くいるので す。私は地上には現れていなかったのですが、私よりも年配で、通じる人々は、既に私に指導を受けていたというのです。

再臨主として来られた真のお父様と聖霊の実体として来られた真のお母様

イエス様は、イスラエル民族の不信により、十字架にかかって亡くなられ、地上で真の 父母の道を歩むことができなかった。その後、復活したイエス様は、霊的な新婦を探し出されたが、その方がすなわち聖霊である。イエス様は霊的な真の父、聖 霊は霊的な真の母として、堕落した人類を霊的にのみ重生させる、限定的な救援摂理をされるようになった。霊肉ともの救援摂理を成し遂げるため、イエス様は 再臨されなければならない。それゆえ、再び来られるイエス様は、肉身をもって地上に誕生される第三アダム、すなわち再臨のメシヤとして、準備された聖霊の 実体を新婦に迎え、人類を霊肉共に完全に重生させる実体の真の父母にならなければならないのである。原罪をもっている人類は、実体の真の父母を通して原罪 を清算し、霊肉の完全なる救いを可能にする重生、すなわち血統転換の恩寵を受けるようになる。

31    アダムが失敗したために、代わりに送られたイエス様は、第二アダムです。聖書でも、イエス様のことを後のアダムと言いました。先祖を失ってしまったので、真の先祖を復帰しなければなりません。

イエス様は、人類の真の父格です。そして、聖霊は人類の真の母袼です。このように、真の父と真の母を霊的に立てて、これを実体の形状としてこの地上に現すことが再臨の目的です。人類の前に真の息子、娘が現れる時が、「終わりの日」です。

真の先祖を失うことによって堕落した子孫となり、真の父母と血統的な関係を結ぶことができなかったので、反対の経路を通して、失ってしまった息子、娘を探す時なのです。

32    キリスト教の中心は、イエス様です。新郎であられるイエス様が、新婦を迎えるのです。これが正に、「小羊の婚宴」です。「小羊の婚宴」とは、イエス様と聖 霊である一人の女性が、実体をまとって結婚式を挙げることです。キリスト教では、「父」は神様であり、「子」はイエス様だと言います。「聖霊」は母なる神 です。

母なる神であるため、その聖霊を受けなければ、重生することができません。母なる神である聖霊が生んであげなければなりません。父母の愛を通さなければ、人が生まれるということはありません。これが天理です。

イエス様は父であり、聖霊は母です。すなわち、イエス様は新郎であり、聖霊は新婦なのです。皆さんの心に聖霊が臨み、新郎であるイエス様を聖霊が思 慕する力と皆さんの心が一致するとき、火を受けます。生まれ変わるのです。それにより、霊的父母との愛の関係を通して、新しい生命が注入されるのです。こ れが、キリスト教で言う重生です。

33    真の父は、完成したアダムです。アダムが堕落して、人類の真の先祖になれなかったので、私たちはすべて、真の先祖ではない、偽りの先祖の子孫です。ここに おいて、真の先祖として来られた方が、メシヤです。真の父だというのです。それで、キリスト教では三位神について語っています。イエス様は真の父であり、 聖霊は真の母なので、この父母の愛を受けてこそ、重生できるというのです。

子女は、父母の愛なくしては生まれることができません。そのため、ヨハネの黙示録に「御霊も花嫁も共に言った、『きたりませ』。また、聞く者も『き たりませ』と言いなさい。かわいている者はここに来るがよい。いのちの水がほしい者は、価なしにそれを受けるがよい」(2217)とあります。

そのような日は、聖霊が実体をまとう日です。その時が再臨時代です。新婦の身支度を終える日です。「小羊の婚宴」は、失ってしまった真の父母を、逆に迎え入れる日です。

34    イエス様は父です。聖霊は母なる神です。母なる神によって感動を受けなければなりません。エバ、母によって失ってしまったので、完成した母なる神が来て 「私」の心と体を清め、完成した父と霊的に一つになる体験をしなければなりません。そのような体験をしなければ、重生する道はないのです。

「聖霊に逆らう人は赦しを受けることができない」と言われています。天の父と人の子に逆らうことは赦しを受けられますが、聖霊に逆らえば赦しを受けられないというのです。

聖霊は母なる神です。母の胎中を通らなければ、人が出てくることはできません。間違って生まれたので、再び生んであげなければなりません。偽りの愛で間違って生まれたのですから、真の愛によって、真の父と真の母の立場で再び生んであげなければならないというのです。

35    イエス様が家庭基盤を備えるためには、新婦である聖霊を迎えなければなりません。実体の聖霊を迎えれば、平面的な基準を中心として、思いどおりに活動する ことができます。ところが、弟子たちが息子、娘の基準を立てられなかったために、イエス様は霊的な条件のみを立てたのです。これがイエス様の恨です。この ように、地上で完全蕩減の基準を立てられなかったので、イエス様は仕方なく、昇天するようになったのです。

男性は天の代身であり、女性は地の代身です。イエス様は人類の真の父であり、聖霊は人類の真の母です。したがって、聖霊が実体をまとって降臨しなければならないのですが、実体であるひとり娘が現れなかったので、そのみ旨を成し遂げられなかったというのです。

36    天国は、男女が共に家庭を築いて入る所です。しかし、イエス様は、この地に来られて、新婦を探し出すことができず、息子、娘をもつことができずに亡くなら れたので、今に至るまで、楽園で二千年間、祈りながら、聖霊に役事をさせているのです。

女性が先に罪を犯したので、女性神である聖霊が母として現れ、罪を清めて世の中をきれいにすれば、イエス様は再び新郎として、新しい種をもって再臨 しなければなりません。再充電し、新しい天地の真の父母の血族によって、神様を中心とした新しい世界をつくろうというのが、神様の目的です。このような世 界がつくられてこそ、「神様の計画がみ意のとおりにすべて成し遂げられた」と言うことができるのです。

37    キリスト教では聖霊について語ってきましたが、聖霊とは正に、母なる神です。後のエバです。人類の母であるエバが堕落したので、神様は、後のエバとして、 母なる神である聖霊を送られたのです。穴が開いたならば、開いたその穴を埋めなければならず、失ってしまったものがあれば、失った所に行って探さなければ ならないように、エバによってこの地上の人間がすべて死亡世界に入ったので、聖霊が来て、再び産みの苦しみを経ていくのです。

聖書を見ると、「女が慎み深く、信仰と愛と清さとを持ち続けるなら、子を産むことによって救われるであろう」(テモテI215)とあります。これは、今日、地に住んでいる婦人たちに対して語った言葉ではなく、エバに対して語った言葉です。

エバが堕落せずに人類の真の先祖になっていたならば、この地上に善なる息子、娘を生んだはずですが、堕落してサタンの子女を生んだので、エバが再び 生まなければ、人間は救いを得られないということです。ですから、聖霊がこの使命を背負い、今日、人類を抱えて産みの苦しみを経ているのです。その出産が すべて終わってこそ、エバが救われ、聖霊の使命が終わるのです。

38    人間が堕落することによって、霊と肉が断絶したので、霊と肉が一致した立場に立たなければなりません。イエス様は、この地に来て、聖霊を立てましたが、そ れだけではいけないのです。イエス様は、再臨の約束を残して逝ったので、その約束を果たすために、再び来なければなりません。その再臨の理想とは、エデン の園で失ってしまった実体の母を探すことです。

イエス様の願いの成就は、霊肉が合わさり得る一つの理念世界において可能となります。そのようになってこそ、霊肉を備えた父母が天地間に現れるのです。

39    神様の復帰摂理を中心として、女性たちが世界を動かし得る一時代が来たというのは、この地上に女性を代表し得る一人の聖霊の実体、この地上に復帰し得るエ バが現れる時になったことを例証しています。そのような方になるためには、真の妻となり、真の母にならなければなりません。その資格をもつ人になったのち には、真の女王にならなければなりません。この三つの素性をもたなければならないのです。そのような行いに、責任をもって余りある人格をもった女性になら なければなりません。

神様は、天の国の真の母になることができ、真の妻になることができ、真の王妃になって余りある女性を求めるのです。神様のそのような召命を受けるときは、勇敢無双(他に類を見ないほど勇敢なこと)にサタン世界を退けて進んでいける女性でなければなりません。

40    母を復帰する路程が、どれほど熾烈だったかを知らなければなりません。アダム一人を取り戻すために、数多くの闘争をしながら、血を流す曲折を経てきたのが これまでの歴史でした。それと同様に、母を取り戻してくるときにも、どれほど犠牲的代価を払ったか分かりません。母の基準を引き継いでいくために、数千年 前に啓示を受けて準備した人から代を引き継いで、この時代を迎えたのです。

ろうそくの火を受け継いでいくのと同じです。聖火を中心として消えないようにしながら、地上の「終わりの日」までつないできたのです。どれほど多くの犠牲的代価を払ったか分かりません。

41    聖霊は、霊的な母のことを意味します。イエス様と聖霊が一つになり、霊的な子女を繁殖させ、世界的な基盤を築いたのがキリスト教です。そのように、霊的に のみ世界的救援摂理の基盤を築いてきたので、このキリスト教の基盤を中心としては、霊肉を中心とした神様のみ旨を実現することはできません。ですから、イ エス様が再臨しなければならないというのは、必然的な帰結です。肉的世界が未完成でとどまっているからです。

霊的キリスト教世界の基盤を、肉的世界基盤まで連結させなければ、霊肉を中心として、神様の新しい世界的歴史に越えていくことはできません。

42    イエス様は、アダム家庭で失敗したことを、国家的に復帰しようとしました。しかし、イスラエル民族がイエス様の命を奪ったため、国家的カイン、アベルが現 れ、それが世界にまで連結されたのです。イエス様は、国家基準を越えられなかったので、恨を抱いて逝きました。

そうして、イエス様は、国なき霊的開発の哨所(先鋒の施設)として現れるようになりました。母なる神である聖霊は、体がありません。ですから、油の ような聖霊、水のような聖霊、風のような聖霊として、すべての人々に感動を与え、体をまとうことができる新婦創造の役事をしてきたのです。

そうして、お父様の時代になって、世界的基準でお母様を立てました。それにより、地上で実体圏解放まで成し遂げられたのです

43    お母様は、母方の祖母と大母様、お母様自身まで、三代を経なければなりません。そのようにしなければ、母の位置に立てないのです。母方の祖母は聖主教、大 母様は腹中教を経てきました。そして、大母様は、実体の主に侍ろうと、故郷の地を離れ、茫々たる荒野で独り暮らしをしながら、お母様を育てたのです。

44    お父様は、いい加減に結婚することはできません。三代のエバの役事を経た娘を新婦として迎えなければならないのです。お母様は、そのような役事を経てきま した。聖主教、腹中教の代を継いできて、一次エバ(趙元模)、二次エバ(大母様)の祝福を受けてきたのです。大母様を通してそのような役事をしてきたので す。

蕩減復帰の原則に従ってそのような過程を経ることにより、来られる主を勝利の版図に立てるべき責任があるのです。イエス様が結婚できなかったのも、このような蕩減復帰の原則に合わなかったからです。

45    真の父母は、カインとアベルが一つになった基盤の上に現れます。真の父母が現れる時になったので、母である聖霊と父であるイエス様が、初めて霊界からこの 地上に訪ねてきて、真の父と真の母の実体と共に、祝福を成し遂げるのです。そうして、一九六〇年に家庭出発をすることによって、血統を接ぎ木して祝福家庭 をつくるようになり、霊界の解放圏と地上の解放圏を連結させて、サタンまで屈服させたのです。

46    今や、真の父母が地上に現れたので、イエス様はお父様と一つになり、聖霊はお母様と一つになるのです。イエス様の母親であるマリヤと、洗礼ヨハネの母親で あるエリサベツが協力できずに、イエス様が亡くなりました。本来、イスラエルの国とユダヤ教の人々全体がイエス様の前に一つとなって、イエス様の新婦を準 備しなければなりません。そうして、人類を再び生まなければならないのです。

そのように、世界的な舞台においてイエス時代に横的にできなかったことを、この時代に蕩減しなければなりません。お母様を通して上がっていかなけれ ばなりません。それが平面的に広がることによって、全世界的にお母様を宣布するようになるのです。世界人類は、お母様のおなかの中に再び入り、お父様と一 つにならなければなりません。

47    家庭には、母と子女がいます。家庭において男性()は、天使長の位置にいます。そのため、まずアダムの位置にいるお父様を中心として、一つにならなけれ ばなりません。そして、真の母の分身として、世界のすべての女性は、父と一つにならなければなりません。そうして、本来の父の息子、娘だったという条件を 掲げ、再び生まれて復帰されるのです。お父様の息子、娘として再び生まれたという立場に立たなければなりません。

アダムとエバが結婚する前、アダムの骨髄に赤ん坊の種として存在していた、その場にまで入っていかなければならないというのです。それを、真の愛に よって連結させるのです。発電所の電気が、出ていっては(巡り巡って)戻ってくる作用をするように、連結されなければなりません。そうして、真の愛によっ て重生しなければならないというのです。お母様は、聖霊の実体と同じです。

48    お母様は、世界を代表した女性として、息子、娘を抱きかかえています。お母様に従う女性たちは、お母様の分身になります。お母様を、自分の夫以上に愛さな ければなりません。お母様は聖霊です。聖霊に背いては、赦しを受けられないのです。再び生まれる道がありません。赦そうとしても、その根拠がないのです。 お母様は、生命を復活させる方です。再び生んで祝福するのです。


 

第三節 真の父母は復帰摂理の完成

真の父母は再臨主、救世主、メシヤの使命完成者

堕落した人類の前に顕現された真の父母は、真の愛なる神様の実体である。真の父母 は、神様の救援摂理を展開する再臨役事の主人であり、人類を偽りの愛と悪なる血統から真の愛、真の生命、真の血統に転換し、宗教を一つに統一する救世主、 メシヤの使命をもっている。真の父母を中心とした家庭の伝統を受け継ぎ、新しい文化を創造する本然の世界では、神様と一つになって完全なる愛の授受作用を 行うようになるので、救世主が必要なく、原罪がない立場であるがゆえに、父母、夫婦、子女、家庭全体が、神様と共に永遠に暮らすことができるのである。そ れが、神様が摂理してこられる歴史の最終目的である。そのようになれば、初めて神様の復帰摂理の目的と人類が願う理想世界が成し遂げられるのである。

1     神様の復帰摂理は、神様が地上に定着するためのものです。地上で完成基盤を失ってしまったので、再び復帰して完成しなければならない責任が神様にあるので す。その目標に向かって、これまで復帰摂理をしてきたのです。神様が完成した夫と妻を立てることが、メシヤを送られた目的です。

旧約と新約の最終摂理の目的は同じです。新約時代は、旧約時代の完成圏を形成しなければなりません。成約時代は、新約時代の完成圏を越えなければな りません。そのため、完成した成約時代の中には、新約完成圏と旧約完成圏がすべて入っています。イエス様は、旧約時代を完成するために来ました。イエス様 の中に旧約時代がすべて入って完成することによって、一つになるのです。それが新約時代です。イエス様を中心にそのことを成し遂げようとしたのですが、で きなかったので、再臨時代に延長されたのです。

ですから、再臨時代である成約時代には、旧約時代の完成と新約時代の完成が成し遂げられなければなりません。すべてのことが、再臨主によって収拾されます。この再臨主によって、旧約時代圏と新約時代圏、歴史的なすべてのことが収拾され得る出発が実現されるのです。

2     アダムとエバが堕落することによって、怨讐の愛と、生命と、血統を受け継いで、神様のすべてのものを破壊しました。イエス様の時代に、国家的な基準におい て霊界と肉界が統一されていれば、第二イスラエルの国は必要ありません。イエス様は、ローマまで一つにし、イスラエルの国と天地、霊界と肉界を統一しなけ ればなりませんでした。それができなかったので、お父様が一時代、高い次元に延長させて二千年を合わせ、アダム家庭での失敗、イエス様家庭での失敗をはじ め、塞がったすべての塀を崩さなければなりません。霊界と肉界、霊界の楽園と地獄の塞がった塀を崩してしまわなければなりません。

そのために神様は、「文鮮明は救世主である!再臨主である!メシヤである!真の父母である!」と宣布するのです。「真の父母」と言えば、「救世主、メシヤ、再臨主」と言う必要はありません。真の父母と一体化したものと見ればよいのです。

3     真の父母は、救世主です。世の中を救ってあげなければなりません。偽りの父母が偽りの愛によって世の中を生み出したので、世の中を救うには、真の父母の真の愛によって救わなければなりません。

宗教を一つにする人がメシヤです。宗教を統一させ、真の愛を中心として、家庭定着を目指すのです。世の中も家庭定着を目指し、平和を目指します。宗 教も平和統一を目指すのです。その次に、第一イスラエルであるユダヤの国と第二イスラエル圏も、その国を中心として家庭の失敗、国家の失敗、世界の失敗、 このすべてのことを取り戻すために、第一アダム、第二アダムを経て、第三アダムを中心として進んでいくのです。そうして、天上世界と地上世界の失ってし まったすべてのものを初めて取り戻し、その上に立っている方が真の父母です。

真の父母は、世の中の救世主の王です。真の父母はメシヤの王です。真の父母は、旧約時代、新約時代、成約時代の王です。真の父母は、見えない神様を 身代わりする実体です。真の父母は、神様のために生まれたというのです。自分のためではありません。神様も、真の父母のために存在します。真の父母も神様 も、真の愛によって一つになるのです。

4     メシヤ、救世主がこの地に来て、空腹から解放してあげることも必要であり、また、その国が受難の中にいれば、そこから解放してあげることも必要です。しか し、それよりも先に、救世主が来て何を解放すべきかというのです。

第一に、愛を解放してあげなければなりません。救世主は、愛を中心とした解放者です。その次には、生命の解放者です。その次には、血統の解放者で す。血統が変わったので問題なのです。血統が同じだというときは兄弟圏に入っていくのですが、血統的に変わったのです。言い換えれば、私たちが生まれると きに、根本である血統を中心として解放してあげることが、(メシヤがもつ使命の)骨子だというのです。

人間は、堕落していなければ、神様が分かるようになっています。心で分かるのです。世の中が何と言おうと、自分がどこに行くべきかが、自然に分かる というのです。体は自然に心と一つになるようになっているのであって、心と体が闘うようにはなっていません。堕落したので、角度が合わないのです。

この角度を合わせようとするので、宗教世界では必ず体を打ちなさいというのです。そのため、断食をし、奉仕をし、犠牲となって、血を流さなければな りません。悲惨で哀れな状況に直面しなければ、本然の位置に行くことができません。そのようにして、角度を個人的に合わせなければならず、家庭的にも合わ せなければならず、氏族的にも合わせなければならず、国家的にも合わせなければならず、世界的にも合わせなければなりません。そのようにするために、真の 愛を中心として、世界的に角度を合わせるモデルとして来られる方がメシヤです。

6     お父様が再臨主であり、メシヤであり、真の父母であることを、人々は、そのままでは信じません。再臨主であるなら、再臨主となり得る実績と実権がなければ ならないのです。サタン世界に勝ち、彼らが公に認める証拠をもった上で立たなければ、メシヤの自覚性(自分の立場や能力、本分などを自ら悟る稟性)や真の 父母の自覚性を見いだすことはできません。

ですから、数多くの苦労と困難を経て、地上世界や天上世界で、真の父母、救世主として侍ることができる基盤の上に立ってこそ、メシヤや真の父母の自 覚性が天地を越える基準まで進むのです。それができなければいけません。ですから、お父様一代で数多くのことをしました。どの国にもできないこと、どの個 人も夢にも見ることができないことを、すべて成し遂げてきたというのです。

7     メシヤとして召命された責任とその観をめぐって、「私がメシヤだ」ということを、お父様が自分の思いで決めてはいけません。環境的に見て、「メシヤなのだな。行かざるを得ない」という自覚が先立たなければなりません。

堕落は、エデンの園のアダムとエバが自分自体を自覚することから起きたのです。復帰も同じです。その基準は、言葉だけではありません。神様が祝福す るからといって、立てられるものではありません。祝福したならば、祝福したとおりに実践し、それに間違いがなければ、同居し、同位圏に立って相続すること ができます。同参(一緒に参加すること)、同位、同居することによって相続するのです。「間違いなく真の父母であり、間違いなくメシヤである」と思わなけ ればなりません。夜に光る灯台と同じです。

灯台は間違いなく、夜に光を照らしてくれます。ですから、メシヤは、世の中がどんなに暗くても、暗い世の中に明るい光を放たなければなりません。

8     万物は、神様のものです。万物の主人が神様なのです。ところが、今に至るまでサタンが主人の振る舞いをしています。愛には、同位権、同参権が存在し、祝福 と相続が関わっているので、自動的にサタン圏に移っていくのです。神様のみ座に座ったまま、その周囲まで侵入して主管しています。それが解放される道はあ りませんでした。今まで何千年の歴史を経てくる間、解放される道がなかったのです。そうして、創造以来、本来の家庭理想基準を復帰するために、今まで苦労 してきました。

お父様が生まれて、初めてその前後左右のすべてを整理し、サタン圏から防備するための対策と公式を立ててきたのです。ですから、サタンは後退せざる を得ないというのです。そこに異議を唱えれば、引っ掛かってしまいます。真の父母は、そのようなことをすべて勝利しました。個人的な勝利圏家庭的な勝利圏 をすべて立てたというのです。

9     霊界の地獄世界を撤廃し、天国の門が閉ざされているのを完全に撤廃する、宿命的な事業の曲折を解くために、生涯を捧げてきました。私がこれを認めなくて も、環境が認めて侍ることができる、その基盤の上で命令できなければなりません。私は「真の父母」という言葉を言いませんでしたが、霊界から直接、啓示を 受けて、真の父母であり、メシヤであり、救世主であると認めたのです。

個人的なメシヤ、個人的な真の父母、個人的な救世主はいくらでもいます。天宙的なメシヤであると、天と地が公認しなければなりません。「あの方は、 私たちの真の父母でありメシヤである」と公認する霊界の統一的基盤で、そのように仰ぎ見ることができる勝利の覇権の位置に立たなければなりません。

10    メシヤは、国家を代表して、世界的アベルとして来るため、カインがアベルの命を奪った歴史を蕩減できる国家的基準が完結すれば、その基盤の上に初めて、父 母の内容を備えて来られるのです。ユダヤの国とユダヤ教が一つになり、カインとアベルが歪(ゆが)ませた歴史を一つにできる国家的基盤が完結することに よって、初めてイエス様は真の父母の位置に立つのです。

復帰歴史においては、兄弟が一つになったあとに、父母が現れるのです。国家的基準においてユダヤ教とイスラエル民族が一つになり、ユダヤ教と祭司長 がカイン復帰を通して一つになることによって、その国家的基盤の上にメシヤが顕現できるというのです。その方がイエス様でした。イスラエル民族とメシヤが 一つになっていたならば、エデンの園でアダムを中心として分立されていたカインとアベル、分立されていた国家的基準を一つに完結することによって、メシヤ は父母の形態を備え、新しい家庭編成と同時に、世界的に顕現することができたでしょう。

11    第二次世界大戦以降、アメリカを中心として全体が長子圏でした。長子権、父母権、王権を成し遂げなければなりません。そうして、父母を迎えなければなりま せん。長子権はすべて成し遂げましたが、父母を知りません。来られる再臨主、父母を迎えて王権復帰をしなければならないのです。ですから、「神様のもとの 一つの国」ではありません。父母が来てからは、「神様のもとの一つの世界、一つの宇宙、一つの天宙」をつくらなければなりません。そのような世界になれ ば、地上天国が実現するというのです。

この自由世界の歴史には、「神様のもとの一つの世界」であるとか、「神様のもとの一つの宇宙」であるとか、「神様のもとの一つの天宙」という概念が ありません。神様のみ旨が成就し得る最後の時に、地上に真の父母が来て、父母権復帰、王権復帰をすることによって、「神様のもとの一つの世界、一つの宇 宙、一つの天宙」になり得るのです。イエス様がユダヤの国において、国を探して立てることができず、「神様のもとの一つの国」を成し遂げられなかったの で、これを取り戻すために世界的頂上に来たのです。

しかし、「神様のもとの一つの国」では、霊界が入っていません。これは一つの宇宙、一つの天宙ではないので、「神様のもとの霊界と肉界」になっていないというのです。再臨主が来て、それを成し遂げるのです。

イスラエルを中心として、イエス様が「神様のもとの一つの国」をつくってローマまで占領したならば、一つの世界になり、その次には霊界まで統一した ならば、「神様のもとの一つの宇宙、一つの天宙」になるのですが、それを完成できなかったため、このことが残っています。これは誰も知らずにいます。ただ 神様と来られる再臨主だけが知っているというのです。

12    メシヤは、父として来なければなりません。兄として来れば、争うようになります。父母として来てこそ、最後になるのです。ですから、「真の父母」という言 葉は驚くべき言葉です。真の父母がいるので、真の父がいて、真の母がいて、真の愛があるのです。真の愛を中心とした真の父母から、真の息子、娘が生まれる ことができるのです。真の家庭がそこに存在することができ、真の家庭を連ねて横的に拡大すれば、「神様真の氏族、民族、国家、世界、天宙になります。そこ に神様が君臨するということは、理論的に異議がありません。

真の父母は、過去にも存在せず、後代にも存在しません。歴史上に一組しかいない真の父母が現れたという事実は、これ以上に喜ばしいことがないという のです。それとともに、血縁的関係、父子関係をもったというときには、真の父母の勝利の覇権を、ためらうことなく相続しても恥ずかしくないのです。それ は、自分を超越して、無限の世界にまで「私」を案内してくれます。「真の父母」という言葉が、どれほど途方もないものか分かりません。神様は、真の父母を 表題にして、人間を創造しました。その真の父母の愛の中で、真の家庭と世界、真の地上天国と天上天国が連結されるのです。

13    堕落の峠を越え、真の父母の勝利的足場を中心として、新しい地上・天上天国の解放・釈放時代を宣布できる時に入ります。堕落しなかった基準を取り戻してい くことができる時になったというのです。ですから、霊界と肉界が一つにならなければなりません。霊界を知らなければ脱落するのです。神様と聖人、偉人がす べて統一決議をし、霊界の楽園から地獄までも決議して解放を宣布したので、地上もそのような立場に立ててあげようとするのです。

救世主、メシヤ、真の主人である再臨主が来て、すべて完成しました。「真の父母」の名を中心として、神様と愛によって一体となり、新しい解放の世界 に越えていけるようになったというのです。そのため、神様が玉座から降りてきて、地上で一緒に暮らしながら、関係を結ぶことができる時代に入りました。

復帰摂理を完成された真の父母様

神様の復帰摂理歴史は、アダムとエバが堕落したことを蕩減復帰して、人類の真の父と 真の母、すなわち真の父母が登場される時まで継続する。真の父母は、堕落した人類に救いのみ手を差し伸べ、行くべき方向を提示する唯一の中心モデルとして 顕現される。歴史はここから収拾され、実を結び、出発するのである。それゆえ、失われた過去が復帰されるのも、分裂した世界が一つの世界に収拾されるの も、その一つの世界が起源となって天国が成し遂げられるのも、真の父母によるのである。そのため、真の父母は復帰摂理の完成者となられる。

真の父母は、人間の最高、最終の希望であるがゆえに、歴史的願いは真の父母が顕現してこそ成就されるのである真の父母が現れたその時代が、歴史完成の出発点である。

14    真の父母とは、神様が創造の出発から創造の過程、蕩減復帰歴史路程において、目標としてきた願いです。

真の父母の顕現が実現されなければ、世の中を正すことはできません。神様は、個人の理想的な愛を中心とした完成体の中心であり、家庭的完成体の中心であり、氏族、民族、国家、世界的完成体の中心です。

アダムを中心に地上でその完成体中心の対象的基盤をつくろうとしたものが、サタンによってすべて閉じられてしまいました。そのため、真の父母が来 て、再び完成的個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙基盤まで連結しなければなりません。真の父母と一つになることによって、天国に入って自動的に神 様と一つになれるようにすることが、救援摂理歴史の目的です。

15    堕落がなかったならば、「真の父母」という言葉が必要なく、「救援摂理」や「復帰摂理」、「再創造摂理」、「復活摂理」などの言葉も必要ないでしょう。堕 落することによって救援摂理が存在するようになったのであり、救援摂理を成し遂げることのできる救世主が現れるようになったのです。その救世主は、食い 違った過去の出来事を清算するために、神様を代表し、人間を代表して現れた主人公です。

この主人公がすべきことは、サタンを取り除くことです。これは、神様自らがすることはできません。アダムの支配を受けるべき立場にいる天使長が、ア ダムをひっくり返してしまいました。アダムを主管したのです。ですから、アダムが失った主人の位置を再び取り戻すために救世主が現れなければなりません。 そうして、神様に侍り、原理的内容を提示して、僕であるサタンを自然屈伏させ得る立場に立たせなければ、神様の創造理想的な平和の基点を地上に実現できな いのです。

16    復帰摂理は、再創造の摂理です。神様が再創造を行うには、本然の創造原理を通して行わなければなりません。その創造原理の中心が、一人の完成した男性であ り、一人の完成した女性です。そのような完成した男性と女性は、夫婦となり、愛の道を行かなければなりません。愛の橋を架けなければ、神様のみ前に行けま せん。これが創造理想の道理です。

今まで、神様は、アダム一人を再び探そうとしましたが、探し出すことができませんでした。人間が堕落したその日から、今まで再創造の原理原則に従っ て、アダムを求めてきたのが宗教です。世界的宗教には、再臨思想があります。教主たちが再び来て、平和の世界、理想的世界に導くという再臨観があります。 その方が何人もいるのではありません。一つの中心、完成したアダムを標準としてきたのです。

17    アダムとエバは、(天の)父母によって完成し、(天の)父母と一つになることによって、アダムとエバのすべての息子、娘が勝利圏に立つことができます。こ のようになるには、八段階を通過しなければなりません。個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様まで、八段階を越えなければなりません。堕落し たのはアダムとエバの個人ですが、堕落圏は天宙に及んでいます。個人であるアダムとエバが堕落したのですが、その結果は、この世界だけでなく、天宙的に連 結されています。地上から霊界まで連結されているのです。この圏を奪還しなければ、解放は不可能です。ですから、数多くの宗教がこれを越えるために、多く の蕩減を払ってきたのです。

しかし、堕落の子孫であるがゆえに、ここから抜け出すのは、自分の力では不可能です。これを招いた張本人は、どこまでもアダムとエバです。アダムと エバがその先祖です。その悪なる先祖によって堕落したので、完成した先祖が来てすべてのことを解明し、誰もが抜け出せるように、その内容を教示しなければ なりません。そのように勝利した主人でなければ、その峠を抜け出すことはできません。その方が結局は、再臨主であり、真の父母です。ですから、真の父母 は、個人完成、家庭完成、氏族完成、民族完成、国家完成、世界完成、天宙完成を成し遂げ、最後には神様まで解放しなければならないのです。

18    人類は本来、神様の子女として造られましたが、怨讐サタンの血統を受け継いだために、サタンの主管を受けるようになりました。そうして、今まで人類は、怨讐の子女としての扱いを受けてきたのです。

したがって、真の父母は、子女を取り戻さなければならず、歴史的な先祖にならなければなりません。真の父母は、歴史過程において汚されたすべてのも のを清算し、サタンが讒訴できない立場を立てておかなければなりません。肉界から霊界に上がったり、霊界から地上に降りてきたりしても、サタンが讒訴でき ない立場を築いておかなければなりません。真の父母が往来する道において、サタンが讒訴できる条件を遮らなければなりません。サタンが讒訴できるように なったのは、人類の先祖が失敗したからです。ですから、人類の真の先祖として来られる真の父母は、過去、現在、未来に通じることができる道を、完全に築い ておかなければなりません。

19    歴史始まって以来、今に至るまで、神様とサタンが闘っています。神様もその闘いをやめさせることができず、サタンもやめさせることができません。その闘い は、アダムとエバの堕落によって起こったものです。それでは、これをどのように正すことができるのでしょうか。

神様は、再創造をしたいと思うのです。復帰路程は再創造の路程です。再び創造しなければ、解決することができません。ですから、宗教を通して再創造 しようとするのです。数多くの宗教の中で、ユダヤ教、キリスト教、統一教会が中心です。三段階で上がって、「終わりの日」の再臨の時、真の父母が顕現する のです。

その真の父母は、神様の秘密、サタンの秘密、そして人間の秘密まで、すべてのことを知っています。サタンの世界は前後、左右、上下が無秩序です。再 臨のとき、真の父母がこの地上に現れて、それを清算し始めるのです。個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、霊界まで清算するのです。その次に、人間が願う 神様の創造理想が、主流として登場します。ですから、この主流を形成することが統一教会の目標ですそのような高速道路を造るのです。その道に従って走るよ うになれば、理想世界、天国が連結されます。

そこには妨げとなるものがあり得ず、サタンが存在できません。きれいな世界です。人間の目的がすべて成し遂げられるのです。そこから、霊界と肉界の 解放が広がります。そのような世界が私たちの本郷です。このように悲惨になったのは、人間の堕落のためです。これは誰も解決することができません。この地 上に真の父母が現れることによって、そのすべてのことが問題なく清算されるのです。

20    父母様が行く道は、そのまま平坦に行くのではありません。いくつもの谷間を埋めて、越えてきました。神様は、私の父母だというのです。千年の恨、万年の恨 を抱き、天の父母と地上の父母の恨を合わせて解いて、責任を果たさなければならないイエス様の使徒、キリスト教の信者たちの中に、そのような心情をもっ て、天と地の父母を解放しようという心をもった人はいません。彼らは、信じて福を受けようとしています。それは、霊界ですべて引っ掛かります。神様は、滝 のように涙を流しています。その神様を解放することが父母様の使命です。

21    再臨主は、人類の真の父母の立場で再び真の愛の家庭を探し出し、天地父母の位置を経て、人類の救援摂理を完成しなければなりません。メシヤは、アダムとエ バが堕落せずに完成した家庭よりも、さらに栄光をもって、立派に神様に侍ることができる孝子、孝女の家庭から出発しなければなりません。メシヤは、真の愛 を中心とした父の位置で、真の生命と真の血統を連結し、新たに出発しなければならない、人類の理想的核となる家庭の主人です。

ここから祝福結婚家庭を連結し、地上天国と天上天国を完成するのです。

22    永遠の愛に酔いしれて永生を賛美し、永生の価値を神様と共に永遠に賛美できる栄光の場が、キリスト教で言うところの新郎と新婦が新たに出会う場です。新郎 と新婦が出会う場は、数多くの人間を代表した場、神様と人間が出会う場です。

しかし、新郎と新婦という位置が、本来の人間として希望した最高峰ではありません。新郎と新婦の位置は、過程にすぎません。

父母から生命が出発するとき、父母と同じ位置から出発したのですから、父母である神様のみ前に帰る道を求めなければなりません。生命の起源が神様と 同じ位置に立たなければなりません。その位置に立って、神様の愛の保護圏内で育てられ、現れなければならないのが新郎と新婦です。ですから、新郎と新婦の 位置が理想ではありません。

人間が行くべき最後の終着点は、真の神様を父母として侍り、その真の息子、娘になるところです。そこが、人間の願う最後の希望峰であることは間違いありません。このような観点から、統一教会は真の父母理念を提示しました。

新郎と新婦の過程を経て、堕落していない本然の息子、娘の位置に入り、神様によって造られた人間が堕落したので、これを再び復帰して完成し、神様を 真の父母として侍り、永遠の価値の一体であり、永遠の生命の一体であり、永遠の愛の一体と化して、新しい再出発をしなければなりません。そうして、この地 上に顕現することが、復帰の途上における人間が行くべき最後の終着点です。

このような目標に向かって行く道が、復帰の路程です。今まで神様が人類に対して救援摂理をしてきたのも、このような目的に到達させるためでした。

23    神様に侍ることのできる真の男性と女性が一つになり、互いに離れようとしても離れられず、別れようとしても別れられない真の夫婦となり、真の息子、娘を生 まなければなりません。神様を中心とした真の父母、真の夫婦、真の息子、娘となって、四位基台をつくらなければなりません。このような真の息子、娘が、宇 宙と人類の中心になります。彼らを中心とした国が、中心国家になるのです。中心がない国は滅び、中心がない世界は落ちていくのです。そのため、文化は世界 を回りながら発展していきます。このような中心をもって出発し、発展した文化は、絶対に滅びません。

それゆえ、真の父母は、神様をお迎えして、すべての家族の中心にならなければなりません。その生活制度は、万民が生活できる生活制度であり、ここか ら見つめる国家観、ここで議論される世界観、ここで教えてくれる理念は、全世界の万民が共通してもつべき国家観であり、世界観であり、理念です。人類は、 一つの門に向かって、「終わりの日」の時を願いながら、今まで歩んできました。

真の父母の願いは、人類が神様を中心として、真の家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙をつくり上げることです。そのようになれば、神様の愛までも復帰することができるのです。


 

第四節 真の父母は神様の実

神様は縦的父母、真の父母は横的父母

神様の実体対象として創造した男性格の代表がアダムであり、女性格の代表がエバであ る。二性性相の中和的主体として自存しながらも、無形でいらっしゃる神様が、太初に人間を一男一女として創造された目的は、実体世界と相対するに当たって 必要な体をまとうためであった。アダムとエバの二人の体をまとい、実体世界と自由自在に交流し、作用するためだったのである。体をまとっていない無形の神 様では、有形実体世界と相対するときに限界があるからである。

したがって、アダムとエバが心の中に神様をお迎えし、一体となって完成した基盤の上で結婚し、子女を生んで家庭を築けば、アダムとエバは外的で横的な真の父母となり、神様は内的で縦的な真の父母になるのである。

1     神様は、無形でいらっしゃるため、死んで霊界に行っても見ることができない方です。したがって、肉身をもって生きる人間と関係を結んで暮らすためには、神 様も体をもった父として、この地上に顕現されなければなりません。このような天理ゆえに、神様は、人類の最初の先祖であるアダムとエバを創造されました。 彼らを通して、神様は御自身の姿を有形と無形の両面で顕現させようとされたのです。有形世界と無形世界が調和して一つになる姿であり、宇宙が一つになるこ との象徴でもあります。

肉身をもって生まれた人間として、どのようにすれば無形でいらっしゃる神様の体になることができるのでしょうか。神様の属性は、絶対、唯一、不変、 永遠です。神様のこのような属性を完全に伝授し、創造した最高の傑作が人間です。有限な物質世界の原理原則を基にして造った肉身は、永遠ではありません。 ですから神様は、アダムとエバが完成に至れば、彼らの中に内在し、完全一体となることによって、アダムであると同時に神様であり、神様であると同時にアダ ムであるという、永遠なる真の愛の関係を結ぼうとしたのです。

もし、アダムとエバが堕落せず、神様の戒めを守って個人完成を成し遂げ、神様の祝福のもと、結婚式を挙げることさえできていたならば、彼らの子女たちはもちろん、子々孫々、永遠に神様の属性を相続して生きる神様の体になったでしょう。

2    神様は、御自身を絶対投入して、愛の絶対対象を造られました。愛の実体対象が必要で造られたのです。地上世界はもちろん、天上世界においても、実体がなけ れば、実体の子女に相対できないので、形状として体をまとわなければならないというのです。これが完成した真の父母の形態です。

そして、神様は、地を中心として愛することのできる愛の対象が必要だったので、創造の摂理をされました。その基台の上に、神様は、御自身の絶対対象として造った人間が永存するようにするため、繁殖の機能をお許しになったのです。これが、神様の三大創造要素です。

神様は、愛の根であり、生命の根であり、血統の根であり、地上天国と天上天国の根です。堕落がなかったならば、アダムとエバが結婚するとき、神様は アダムとエバの心の中に入り、彼らと一体となって愛を実現したでしょう。そうして、神様は縦的な真の父母、アダムとエバは横的な真の父母になったでしょ う。二つの父母から血肉をもらって生まれた人間の心は縦的な自分になり、体は横的な自分になって、一心、一体、一念、一和の人生を営むことができたので す。

3    神様の体のような方が、真の父母です。真の父母は、完成したアダムとエバです。完成したということは、縦的な神様と横的なアダムとエバが一つになったとい うことです。ですから、アダムとエバは神様の体になり、神様はアダムとエバの心のようになっているのです。真の愛が、そのようなことを可能にするのです。

縦的な神様も、横的なアダムとエバも、互いにために生きる愛を実践するのです。天と地の全体を身代わりして存在しているのです。

4     人間は、神様と真の父母に侍らなければ、その存在価値さえなくなるのです。神様と真の父母、すなわち縦的な真の父母と横的な真の父母の二つの真の父母が一 つになってこそ、「私」が出てくるのです。言い換えれば、神様は縦的な真の父母、完成したアダムとエバは横的な真の父母となって、その二つの父母が一つに なった基台の上で私の心身統一が実現し、天国と神様が連結されるということです。したがって、神様と真の父母に侍らなければ、何もできないというのです。

天宙の代表的家庭とは、堕落する前、アダムとエバが神様と共に理想としていた家庭です。ですから、天宙の代表的家庭と中心的家庭とは、天上における 代表であり、地に降りてくれば、八段階の円形で垂直に位置する家庭です。垂直の立場で、天上の代表と中心が一つになった位置だというのです。

5     神様は、愛の起源であり、生命の起源であり、血統の起源なので、それが人間の愛と生命と血統と一つになり得る場がなければなりません。神様は、縦的な父母 の位置にいます。堕落していない人間は、横的な父母の位置に立つのです。アダムとエバは、子女であると同時に兄弟であり、夫婦であり、のちには息子、娘を 生んで、神様の位置に上がるのです。息子、娘を生んで愛するというのは、神様が人間を創造して喜んだ、そのすべてのものを相続することです。

真の愛によって相続するのですから、自分の息子、娘はそれほど貴いというのです。天地とも換えることができず、自分の一身とも換えることができない価値をもつようになるのです。

6     アダムの息子、娘は、神様の愛の圏内に至ることができませんでした。堕落していないアダムの息子、娘になっていれば、横的に連結され得る地上天国が成し遂 げられていたはずですが、縦横が連結されなかったので、天国ができませんでした。

ですから、息子、娘は、二つの国を受け継がなければなりません。天上の国と地上の国、縦的な国と横的な国、縦的な父母と横的な父母の血統を受け継いだので、縦的な父母の内的なすべてのものと、横的な父母の内外のすべてのものを伝授された息子、娘だというのです。

天の皇族は、二つの国を受け継いだ生活を実際にするのです。皇族になれば、二つの国でいつでも受け入れられる完成的な基盤の上に立ちます。その生活を通して、子女の愛、兄弟の愛、夫婦の愛、父母の愛を拡大しなければなりません。

それが公式化され、完成することによって、縦的な国と横的な国を受け継いだ天地の完成的家庭になるのです。神様の内的な心情と、アダムとエバの外的 な実体のあらゆるものを体験できる家庭生活をした人々が、天の国の皇族圏に属するのです。真の愛を中心として、神様は縦的な父母であり、アダムとエバは横 的な真の愛の父母であり、息子、娘はこの二つの世界の理想を受け継いだ血族だというのです。

7     神様を一代とすれば、二代になるべき方が真の父母です。その二代が神様の祝福を受け、真の血統を連結させなければ、三代が生じません。その三代復帰が、統 一教会の理想です。神様は縦的な父です。霊界まで無限に連結される父です。そして、実体の横的な父がいます。縦的な父が神様であり、横的な父が真の父母で す。それが九〇度で、愛によって出会うのです。そこが、夫と妻も一つになる所です。

夫と妻が一つになる定着地が、男性と女性の生殖器です。その生殖器を通じなければ、男性と女性の生命が一つになりません。それが一つとなって、血統 が連結されるのです。神様の愛を中心として、真の生命を相続し、完成したアダムとエバが主体と対象を形成することによって、神様の見えない性相と形状の結 婚式となるのです。そのように、無形実体と有形実体が一つになるのが結婚式ですが、そのように結婚した初夜に、神様の愛を体恤します。

その結婚は、人間としてのアダムとエバが結ばれるのではないのです。これは、宇宙の根本的な問題です。皆さんの前には、神様と真の父母だけがいなければなりません。神様の愛、生命、血統と真の父母の愛、生命、血統以外には、何もあってはいけません。

8     神様は縦的です。アダムとエバが横的にやって来て出会うときには、中央で出会い、直接向き合わなければなりません。男性と女性は、縦的基準において平等で す。二人が抱き合って一つになろうとするとき、必ず縦が現れるのです。縦を中心として、互いに回るのです。愛は一体を形成します。「父子一体」、「夫婦一 体」、「兄弟一体」という言葉は、愛を離れてはあり得ません。

男性と女性の体は、神様の実体であり、体です。これが一つになるとき、縦的な基準を求めて上がっていくのです。縦的な基準が先に連結されます。縦 は、引力により引っ張られて降りてくるのです。横よりも早く降りてきます。縦的な基準が中心となって一つになり、回るようになれば、全体が一点を中心とし て球形を形成するのです。これが核となり、アダムとエバは客体となって、愛の球形体を完成するのです。それが息子、娘が完成した愛の実体です。

9     真の縦的父母が神様であり、真の横的父母が真の父母様なので、父母を知らない人は、天宙の祝福権を相続する権限がありません。真の愛によって結ばれた心情 圏においては、父母も子女も、神様も真の父母様も、平等な所有権をもつようになるのです。縦的父母は神様です。横的父母は真の父母様です。それをはっきり させなければなりません。

10    神様は、垂直的に唯一の愛の主人公なので、「縦的父母」と言います。堕落していない本然の人間の先祖は、横的で水平的な父母です。そのため、九〇度になっ ています。これは周回しても、どこでも同じ位置が維持されるのです。水平と垂直が九〇度になっているものは、東西が上下になっても不平はありません。

神様の位置が男性と女性の位置に来てもよく、息子、娘の位置が母、父の位置に行ってもよく、祖父と祖母の位置が孫と孫娘の位置に行っても通じるとい うのです。ここにおいて、統一圏が形成されるのです。人間の家庭構成理念のための統一的基盤が生じるのです。ここでは消耗がなく、闘争がないので、平和の 真理が万年にわたって作動できるのです。

神様は真の父母の形状で永存

創造本然の世界では、アダムとエバが完成し、真の夫婦の愛によって完全一体となれ ば、その上に神様が臨在して人類の真の父母になられる。無形の神様の姿にそのまま似た実体対象であるアダムとエバが完成し、神様と一体となった真の父母と して子女を繁殖することにより、理想家庭と理想世界を築くのである。そのようになれば、完成した人間を通して霊界と地上界が連結される。人類の最初の先祖 であるアダムとエバが真の父母となり、地上での生涯をすべて終えて、完成した霊人体として霊界に入れば、そこにおいても神様は、真の父母であるアダムとエ バの形状をもって顕現されるようになる。すなわち、神様は、完成したアダムとエバである真の父母に臨在し、二人の形状で永存されるのである。それゆえ、堕 落した罪悪世界を創造本然の世界に蕩減復帰し、創造理想世界を完成された真の父母様は、地上と霊界において、神様の永遠なる形状になられるのである。

11    神様が二性性相に分立して本性相と本形状の実体となり、本陰性と本陽性の実体となって地上に顕現することによって、天宙のすべての存在は神様の実体になり ます。神様は、二性性相の中和的存在であり、位置や次元においては男性格主体だというのです。

その男性格主体が、真の父母を中心として実体の中に入ってきて、血統が一つになり、愛と生命が一つになるのです。そのような一体の位置において、天 の国の眷属として、創造理想が完結した全体、全般、全能の世界の相続者として、皆さん各自が永生の天国で主人家庭の位置を占有しなければなりません。神様 も、霊肉が勝利した実体世界を願っています。

12    神様は、なぜ人間を創造したのでしょうか。神様も体をまとわなければならないからです。アダムとエバが神様の体になるのです。その次には、愛の対象が必要 で人間を創造しました。そして、天の国の民を繁殖するために、神様の実体対象を立てたのです。そうして、神様の息子、娘たちを生み、子女として天国に迎え 入れさせようというのです。そのために、神様は人間を創造しました。

皆さんが霊界に行けば、そのような本然の形態を備えなければなりません。神様の代わりに、民を率いなければならないのです。神様の代わりになる愛の 対象がいなければなりません。それをこの地で完成していくのが夫婦です。凹凸が初めて一つになるのです。これは、天地が一つになることです。男性は天を象 徴し、女性は地を象徴します。男性も女性も、愛の対象をもたなければなりません。その次に、神様の形状にならなければなりません。神様のようにならなけれ ばならないのです。神様と同じものをもっているので、小さな神様であることは間違いありません。

人間が永遠の世界において、自分の位置と価値と栄光の場を占有できる所に訪ねていくこと、それが「亡くなる」ということです。「亡くなる」というそ の言葉は、啓示的です。(韓国語の「돌아가다 (亡くなる)」という言葉には「帰る」という意味がある)そのような目的で生活し、そのような実体を収めて霊界に行き、神様の家庭的、氏族的、民族的、国 家的対象になり、すべての栄光の実体として、無限の世界で永存することが、存在する私たちの理想です。

13    宇宙は、神様の形を中心とした象徴的な実体です。その次に、形象的な実体であり、実体的な実体です。すべてのものが、本体に似ているというのです。最もよ く似たものが形象的なものであり、形象を主体として似たのが象徴体です。象徴世界、形象世界、実体世界は、別々になっているのではなく、一つになっていま す。象徴、形象、実体を中心として見るとき、それを三段階と見るのですが、その中心はたった一つしかないというのです。一つなので、統一された位置になら ざるを得ません。象徴も一つを願い、形象も一つを願い、実体も一つを願います。この世の中の象徴的な存在は万物です。形象的な存在は人間です。実体的な存 在は神様です。

神様は、見えない無形としていらっしゃいます。その無形の神様が有形の神様として顕現するためのものが、創造理想です。神様は見えない世界の実体に もなりますが、また、見える世界の実体にもなりたいと思うのです。そのため、見える世界の実体を再び造っておいたのが人間なのですが、その人間の出発基地 が真の父母だというのです。真の父母は、見える世界において象徴的中心存在であり、形象的中心存在であり、実体的中心存在です。それゆえ、この見える世界 の真の父母の中心は、見えない世界の神様を身代わりした実体と一体になっているのです。

霊界も同じです。霊界にも象徴世界があり、形象世界があり、実体世界があります。内容が見えないだけであって、見える世界と同じように、内外になっ ているというのです。すべての中心は一つです。見える世界の中心も一つであり、見えない世界の中心も一つです。見えないこの実体の中心は、霊界に行って定 着するためのものなのです。

14    本来、アダムとエバは、神様を見ながら育つのです。霊眼で見るというのです。神様は、実体としては、アダムとエバを通して現れます。自己伝授です。見えな い神様をすべて伝授して、アダムに現れ、体をまとうのです。心は見えませんが、心のことが分からないのではありません。分かります。心が主体として、すべ て引っ張って回るのです。

アダムとエバは、自分勝手に生きることができません。心を中心として、一つになって進む立場で生きるようになっているというのです。ですから、私た ちは、心を絶対視しなければなりません。心は、父母に優り、師に優り、神様に優るというのです。愛が理想とすることは、自分の何千万倍、優れていることで す。そのため、神様自体を、アダムとエバ自体がすべて感じるのです。自分一人で行動できないというのです。アダムとエバが神様を感じ、形体としても分かる のです。「私のように一つになっているのだなあ!」ということを感じるというのです。

15    霊界に行けば、神様は真の父母として現れます。真の父母の心の中に神様が入るので、見えるというのです。神様は、対象を必要として創造しました。対象がい なければ、愛を感じられません。完成のために対象を造り、体をまとうために造りました。その次に、繁殖するために造りました。地に実体がなければ、繁殖で きないのです。

この三大要件ゆえに、神様は創造を行いました。神様も体をまとわなければなりません。体をまとうためには、対象が必要です。対象の体を身につけさせたのが、アダムとエバです。そのため、アダムとエバのその姿が、神様の姿になるのです。

16    万民にとって、神様は永遠なる無形の内的父母であり、完成したアダムとエバは、永遠なる有形の外的父母になります。最大の愛は、主体と対象が永遠の愛を与 え合い、完全に一つになるときに現れ、結実します。真の愛の中では、自動的に統一が起こり、また、生命が連結し、理想が実現するのです。神様のみ前に最も 貴い対象存在であるアダムとエバに、神様の愛を中心に父母と子女として、主体と対象として、また無形の創造主と有形の実体として、完全に調和統一された、 永遠の愛と生命の理想を実現させることが神様のみ旨でした。

よく「創造主と被造物が対等の位置に立つことはできない」と言われてきました。もしそうだとすれば、その創造主の前に、愛の理想を実践することは不 可能です。神様の愛の理想は、子女であるアダムとエバを有形実体対象として立て、永遠に彼らと合一しようとするものでした。神様は、人間の中に住むことを 願われます。無形の神様の愛の理想が、実体の人間を通して実現する基点は、人間が神様の対象体として完成する瞬間です。

17    地上の王はアダムとエバで、横的な真の父母であり、天上の王は神様で、縦的な愛の王です。男性と女性が愛し合うその時が、創造主と被造物が真の父母として 合徳する時間です。地上天国、すなわち横的天国を出発させ得る王の顕現と、縦的な天上天国の王の顕現が、その愛から出発するのです。

世の中の貴いすべてのものの中心、本宮が男性と女性の生殖器です。その宮の主人は一人です。王宮の主人は一人の男性であり、一人の女性です。生命の 王宮も、血統の王宮も同じです。地上天国の王も一人であり、天上天国の王も一人です。アダムとエバが結婚する日が、神様の結婚式の日だということです。ア ダムとエバが愛の関係を結ぶことによって、初めて神様を完成させ、解放の位置に立たせてあげるのです。

18    人間は、神様を身代わりした生命の種です。神様は生命の種の根本です。神様の種を相続した人間が、横的な子女を繁殖しなければなりません。種の主人が真の 父母です。そこから繁殖して、それを横的に幾筋にも伸ばし、拡張するのです。それが公式です。

最も多くの祝福を受けた父母は、息子、娘が多い父母です。息子、娘が多い家庭の父母が、祝福をたくさん受ける基盤を立てるのです。個人の価値を完成 すれば、この家庭基盤を自動的に相続するのです。結婚をすれば、前後左右が一つになります。ここが正に、完成点になります。そこに神様がいらっしゃるので す。子女の完成がここで実現され、兄弟の完成、夫婦の完成、父母の完成がここで実現されます。すべて見えない神様と連結されるのです。

心で願うすべてのことは、これに似ます。この位置が見える神様の位置です。その中に兄弟の愛、夫婦の愛、父母の愛があります。ですから、彼らは息子、娘を相続するのです。

見えない神様の創造が始まったとき、見える世界に登場するのと同じです。父母の理想、夫婦の理想、兄弟の理想、子女の理想、この四つが父母の中にあ ります。それで子女を生むのです。子女が徐々に成長し、兄弟になり、夫婦になり、父母になって、完全に一つとなって四方を回るようになるとき、完成すると いうのです。そこから再創造が始まります。見えない神様が顕現したのが夫婦です。これが理想的な夫と妻です。彼らの結婚初夜、そこに神様が訪ねてこられる のです。

19    無形の父母であられる神様が、アダムとエバの形状をまとい、有形世界に永存される父母になるのです。このときアダムとエバは、真の父母、真の先祖になりま す。神様が体をもった父になるので、見えない無形と有形が一つになるのです。それは、天宙が一つになることを象徴します。そのため、神様の形状に似た、体 を備え得る姿としてアダムとエバを造ったというのです。

そうして、アダムとエバを天の国の王宮の王座に登らせ、その王の心の中に神様の王宮を造るのです。王国は、愛の王国です。

20    アダムとエバが神様の体を備えれば、神様は彼らの心の中にお住みになり、有形世界である地上世界と無形世界である霊界を治めるようになったでしょう。これ は、神様が治めることであると同時に、アダムとエバが治めることでもあります。

この地に神様の王国、すなわち平和王国をつくっていったでしょう。アダムとエバは、地上天国の王であると同時に、天上天国の王になったでしょう。神 様の属性をそのまま受け継ぎ、アダムとエバはすべての被造物の上に、絶対的存在であり、唯一の存在であり、永遠で不変なる真の愛の実体の父母、実体の王、 実体の主人、実体の師になったでしょう。今日の人類は、すべて神様の体をまとって生きる分身体になっていたのです。


 

第一節 真の父母様の聖婚と「小羊の婚宴

聖婚式と「小羊の婚宴」

ヨハネの黙示録第十九章に預言された「小羊の婚宴」は、真の父母様の聖婚式によって 実現された。創世記で失われたアダムとエバを、ヨハネの黙示録で取り戻して一致させるのである。御夫妻の聖婚式は、人類歴史の終末時代に、第三アダムとし て来た再臨のメシヤが、その配偶者であり第三エバである聖霊の実体を新婦として迎え、神様が真なる人類始祖の夫婦として祝福してくださる式であった。誤っ て生まれた人類は、生まれ変わらなければならないため、真の父母が必要である。

アダムとエバが成長期間の長成期完成級で堕落して偽りの父母に転落し、またイエス様までもイスラエル選民から不信され、十字架を背負われるようになったことを蕩減復帰した位置で、真の父母様の聖婚式が挙行されたのである。

1     本来、人間始祖は、善なる父母として出発しなければなりませんでしたが、悪なる父母として出発したため、人間は、すべて悪なる父母の血統を受け継いで生ま れました。神様の愛を「私」への愛としてそっくりそのまま受け、神様の懐に抱かれて、神様の直系の愛を通した血族として残された息子、娘にならなければな らないのですが、そのようになれなかったというのです。ですから、その本来の立場に帰らなければなりません。これが正に、新郎と新婦を迎える「小羊の婚 宴」です。

主がこの地上に新郎として来て、一人の新婦を探し、一つの基準の上に接ぎ木しなければならないというのです。それがキリスト教の主張する内容です。 その基準を設定し、確固たる目的を立てた宗教が、キリスト教です。ですから、今日、民主世界がキリスト教文化圏において発展するのです。真の父母を迎えよ うとすれば、そのように発展しなければなりません。

今まで宗教は、一人の真の息子をつくるために努力してきました。神様は、一人の真の息子を探し出すために、今まで苦労されたというのです。ですから、世界宗教の教主たちの中には、女性がいないのです。

2     数多くの宗教の経書の中で聖書が偉大なのは、神様が人類の親であると掲げてきたからです。これがキリスト教思想の源泉です。その次に、イエス様は「ひとり 子である」と言いました。ひとり子は、父なる神様の愛を初めて受けることができる息子です。その次に、キリスト教思想は新婦思想です。イエス様はそのよう なひとり子なのですが、新郎として来たのです。そのため、新婦が必要です。ひとり子がいるので、ひとり娘が必要だというのです。

新郎と新婦は、男性と女性です。新郎新婦の宴の日とは、神様が初めて愛の旗を掲げて現れる日です。そのような婚宴の席が、エデンの園から願われてきたのです。これが台無しになったので、人類世界の終末において、この婚宴の席を再び回復しなければならないというのです。

3     イエス様は、「私は神様の息子だ」と言いました。そして、「神様は私の父だ」と言いました。その次に、「私はひとり子だ」と言いました。ひとり子は、初愛 を受けることができる王子です。神様の息子の中でも、初愛を受けることができるひとり子だというのです。初愛を独占できる息子なのです。その次に、ひとり 娘がいなければなりません。新郎はひとり子であり、新婦はひとり娘です。結婚式をしなければなりません。それが「小羊の婚宴」です。主がこの地上に来て婚 宴をするのです。

「小羊の婚宴」をするようになれば、家庭をつくるようになります。神様が願うものが家庭です。神様が願うのは、人類を神様の愛を中心としてひとり子とひとり娘とし、神様が本当に愛し得る家庭をつくることなのです。

4     聖書を見ると、「終わりの日」には、メシヤが来て「小羊の婚宴」をするという内容が書かれています。「小羊の婚宴」とは、神様の血統関係を中心として夫婦 になることです。そのようにして、人類の真の父母が現れたとすれば、サタンは存在できません。血縁的関係を中心として、その血統を結んでくれるのが、父と 母、男性と女性、性相と形状の実体です。

神様の愛を動機として生命を動かし、愛と生命と血統が一つになって渦巻くのです。その中で女性と男性の主人が入れ替わり、二人が一つになって共に 「主人だ」と言えるところから、生命の種、子孫が連結されるのです。それが創造理想です。ところが、そのようなものがすべて壤れてしまいました。それを取 り戻すためには、代わりに万物を取り戻し、人間を取り戻し、父母を取り戻さなければなりません。これが救援摂理の骨子です。

5     再臨主が来られて婚宴をすると言われています。婚宴、つまり「小羊の婚宴」をするには、イエス様を中心として新婦がいなければなりません。その新婦が、堕 落する前のアダムの前にいたエバです。イエス様は第二次のアダムであり、来られる再臨主は第三次のアダムです。ですから、第三次のアダムが、堕落する前の アダムとして来て、堕落する前のエバを探し出し、「小羊の婚宴」をしなければならないのです。

結婚することによって人類の父母になるべきアダムとエバが、堕落したことによって悪なる父母になりました。それで、私たちが堕落する前の善なる父母 に出会うようになれば、復帰されるのです。ですから、人類には善なる父母がいなければなりません。「小羊の婚宴」をするのは、善なる父母として即位するた めです。

6     人間は本来、堕落せず、時と環境を整えて神様の祝福を成就した真の先祖にならなければなりませんでした。ところが、それができずに堕落した先祖になったの で、万民の前に堕落していない善の先祖が登場しなければなりません。その人は、天にいる霊人たちにとっても父であり、地に暮らす人たちにとっても父になれ る方です。そのような方を、キリスト教では再臨のイエスといいます。

「小羊の婚宴」は、再臨のイエスが父として来られて、母を立てる祝宴です。キリスト教の真理とは、正にこのことなのです。キリスト教の中心はイエス 様であり、イエス様の中心は愛です。聖書の中心も愛です。愛の中心は新郎と新婦であり、新郎と新婦の中心は「小羊の婚宴」です。この「小羊の婚宴」の中心 的な意味は、本来、神様が許可した時と環境を整えて、天と地を相続できる真の人間先祖として祝福を受けることなのです。

7     神様は、失ってしまったアダムとエバの代わりの存在を求めています。聖書では、イエス様を後のアダムと言い、完成したアダムを生命の木と言っています。で すから、イエス様は、失ってしまった生命の木の代わりとして来られた方です。

しかし、イエス様は、使命を完結することができませんでした。神様と息子が喜ぶことができる一日をもつことができなかったので、再臨という言葉を残 すようになったのです。神様がイエス様と共に喜ぶことができる一時、六千年の恨の心情を吐露し、神様と、あるいは今後来られる主と息子、娘の関係を結ぶ日 が来るのです。神様のひとり子、イエス様がこの地上に来られて、もし亡くなっていなければ、イエス様がひとり子だと語ったので、神様は彼のためにひとり娘 も送られたでしょう。

神様の二千年の(キリスト教)歴史は、新婦を求めるための歴史です。イエス様は、真の息子の姿で現れましたが、真の娘の姿がないので、神様のみ旨を 成し遂げることができませんでした。ですから、二千年のキリスト教の歴史は、娘を求めるための歴史です。聖霊は、神様の娘として来られました。神様を解怨 するその日が、「小羊の婚宴」の日です。

8     今まで宗教は、理想的な一人の男性と理想的な一人の女性を求めてきました。神様が「この人は、私がありったけの愛を注ぐ人だ」と言い得る、一人の男性と一 人の女性を求めてきたのです。キリスト教でいう新郎と新婦とは、世界をすべて網羅して、神様の愛を受けることができるひとり子とひとり娘を探し出すことを 意味します。完成した男性と女性がこの地上で出会い、婚宴を行ってこそ、新しい世界が開かれるのです。ですから、来られる再臨主は、新婦を探し出して「小 羊の婚宴」をしなければなりません。

9     人間が堕落していなければ、原罪のない息子、娘を生み、そのまま天国に行ける家庭をもっていたはずです。そこに立った父母は真の父母です。また、その家庭 は、神様と一つになった家庭です。その息子、娘は、神様の家庭の子孫です。このようなみ旨を創世記で成就できなかったので、ヨハネの黙示録に至って、新郎 と新婦の名を立てて成就しようというのです。

新郎は、完全な真の父として来られる方です。新婦は、神様が愛することのできる真の母として登場する方です。アダムとエバが堕落していなければ、神 様を中心として結婚式をしたはずですが、堕落したことによって、サタンを中心として結婚式をしてしまったので、それを取り戻して神様を中心に初めて聖婚式 を行うというのが、ヨハネの黙示録にある「小羊の婚宴」という言葉なのです。

10    天地ができて以来、人間が初めて神様のみ前に孝子、孝女となって、新郎、新婦として登場する日、神様が「地上の様々な逆境の中で、天の心情を求め、天の父 母を訪ねてくるのに、どれほど苦労したか」と語られ、無形の神様の代わりに、実体をもつ真の父母として祝福してくださる祝宴が「小羊の婚宴」です。真の新 婦の約束と理念を備えた基準と、真の孝子、真の孝女の基準の上に立てて、式を挙げるのが「小羊の婚宴」です。この祝福を受けたその日から真の父母になりま す。無形の神様を身代わりした有形の実体をもつ、人類の真の父母になるのです。

人間は本来、堕落していなければ、善なる世界で立派に育ち、神様の愛の祝福を受けて、神様の心情に通じる子女になることができました。ですから、神 様が「あなたたちは私の心情を受け継ぐことができる孝子、孝女だ」と言える心情関係を完結しなければなりません。心情が通じなければ孝子、孝女になれない のです。神様がどのような路程を歩んできたかを知らなければなりません。そうして創造理念の前に掲げられる、本然のアダムとエバの形態を整えなければなら ないのです。「小羊の婚宴」は、正にその形態を整える式です。

11    「小羊の婚宴」の日は、六千年前に失った真の父母を迎えて祝宴を開く日です。本来、堕落していない人間は、子女の立場から父母が開く祝宴を見ることはでき ません。父母があとから来たので逆になったのです。真の父母を迎え、真の子女を生み、新しい世界を建設しなければならないのですが、堕落した人間が繁殖し たので、逆になったのです。皆さんの願いは、真の父母に会うことです。

逆になったものを、反対に再び探していかなければなりません。これが蕩減復帰です。したがって、逆に生まれた人間は、すべて反対に行かなければなりません。世の中が願うこととは異なる、反対の道を行かなければならないのです。

12    イエス様は、新婦を探すことが一代で果たすべき目的であったにもかかわらず、この使命を成し遂げることができませんでした。そうして、御自身は新郎であ り、信徒は新婦であるいう遺言を残されたのです。ですから、神様は、第二イスラエル圏内にある世界で、国を問わず最もよく信じる信徒たちを中心に、特等新 婦を求めていらっしゃるのです。その新婦を求めてきたのが、イエス様以後の二千年歴史です。新婦を探し出すことによって、真の先祖が現れ、真の先祖が現れ ることによって、真の父母が現れるのです。

本来、エデンの園で真の先祖である真の父母が現れなければならなかったのですが、人間の堕落により、六千年が過ぎた今になって、初めて神様は再臨時 代を中心として、真の先を探し出したのです。言い換えれば、サタン世界の前に勝利した一人の男性が現れ、一人のエバを再創造した基準において神様の祝福 を受け、聖婚式を行うことによって、初めて、六千年前に人類の真の先祖が立てられるべきだった基準を復帰したのです。数多くの堕落の子女が繁殖した六千年 を経て、ようやく反対に、真の父母が現れたのです。

真の父母の聖婚式は救援摂理史の転換点

一九六〇年四月十一日に挙行された真の父母様の聖婚式は、蕩減復帰歴史において、長成期完成級の蕩減の峠を越える歴史的な瞬間であった。真の父母様 の聖婚式は、世界的で天宙史的な事件である。長い長い摂理史の基盤の上に、完成したアダムとして来られた真のお父様は、地上での摂理基盤を築いたのち、エ バである真のお母様を迎えられた。天の代身である真のお父様と、地の代身である真のお母様が一つになり、分かれていた天と地が初めて連結されるようになっ た。アダムとエバが堕落して互いに怨讐となり、神様と断切させていた塀が崩れるようになる救援摂理史の歴史的転換点を迎えたのである。

13    「歴史は、一九六〇年代から大変遷時代に入った」と歴史家たちは言います。「統一原理」を中心として言えば、「一九六〇年代に、神様の名を中心として地上 のすべての困難をかき分け、キリスト教文化圏がすべて失敗し、その基地となる韓国が反対する環境にもかかわらず、初めてこの地上で神様と真の父母の名を中 心として聖婚式をしたところから、歴史は新しい方向に変わるようになった」と言うことができます。変化するその歴史の環境が死亡世界へと次第に落ちてい き、人類が分裂して破綻の世界へと向かうように思えますが、変化する歴史時代は、次第に互いに異なる地域的環境を越えて、世界へと進む時代に急変していく というのです。

神様と共に、父母様の血族を中心として横的に拡大すべき摂理時代を迎え、思想の混乱が起き、伝統の混乱が起きます。揺さぶるのです。キリスト教もす べて揺さぶるのです。それゆえ、解放されてから十四年がたつまで、韓国のキリスト教を見ると、再建教会も、神社参拝をした教会も、同様でした。

そこから、韓国を中心として、世界に向かって跳躍できる神様の摂理の道が開き始めるのです。その始発点が、正に一九六〇年四月の聖婚式でした。この 聖婚式をして、「父母の日」が設定されることによって、人類歴史において偽りの父母から受け継いだ、汚れた愛と生命と血統を初めて清算し、神様を中心とし た本然の新しい愛と生命と血統の関係が、この地上に根を下ろし始めたというのです。この世界は今まで、堕落した天使長の血統を引き継いできましたが、一九 六〇年に父母様が現れたその日からは、本然のアダムとエバの血統が、神様の愛を中心として根を下ろし始めたのです。

14    復帰摂理における絶頂であり頂点は、一九六〇年でした。その時、お父様は、国家と国民、すべての教会、そして、すべての人たちから迫害を受けたのです。そ の当時、死ぬか生きるかを決定しなければならない、切迫した立場でした。統一教会が生き残るか滅びるかの瀬戸際にありました。その困難を切り抜けて聖婚式 を挙行したのです。

その時点から新たな歴史が出発しました。その時が歴史の転換点だったのです。多くの歴史家たちも、「一九六〇年は歴史の転換点だった」と言っています。その時からすべての問題が解決し始めたのです。

15    父母様が聖婚した一九六〇年四月十一日、その日は外的に見ると平凡な日であって、特別に変わったことはありません。しかし、その日、聖婚式をしたことが、他の日とは全く違うというのです。

聖婚式をしたので、今や歴史は、一人の人によって左右されるようになりました。その一人の人が現れるまでの時間が、民族的で世界的な関係をもったも のだったのか、また、その期間が歴史的な関係を経て、時代的な関係を経て、未来の関係を経ていける基盤になっているのか、現れたものは簡単に見えますが、 それが全体を集約させた代表的な核になる時、歴史はその日を研究するようになるのです。

16    人類の先祖であるアダムが、長成期完成級でエバの言葉に従うことによって主管権を失ったので、これを蕩減復帰するために、イエス様は、神様の愛と一致する 完全な人格を備え、創造目的を完成する人間としてやって来て、そこに一致する人の女性を探さなければなりません。アダムを通してエバを創造したように、再 創造の順序を経て、エバ、すなわち新婦を立て、新しい家庭を成立させて初めて、完成世界に向かって上がっていけるのです。

その時が正に堕落した時代の「終わりの日」であり、新しい時代が出発する時なのです。その時が一九六〇年でした。今日この地球上に、真の父母を中心とした関係が現れたことは、天宙史的な出来事にほかなりません。

17    神様の目的と創造の偉業は、アダムとエバが祝福を受けることによって、すなわち聖婚式をすることによって成し遂げられます。このようなことを成し遂げるた めに役事してくる復帰過程を考えてみるとき、人類の先祖が堕落したのは長成期完成級なので、今日の人類は、これを再び尋ね求めて上がっていかなければなり ません。蘇生期は僕の時代に該当し、長成期は養子の時代、完成期は嫡子の時代に該当します。したがって、僕の時代である旧約時代を経て、イエス様の福音が この地上に現れることによって、歴史は養子の時代圏に越えていくようになったのです。

人類始祖が養子圏である長成期完成級で堕落したので、その息子の外的な形態と関係を整えて再びつくり直し、長成期完成級の位置まで上げておいて、初 めて実子圏を相続できるのです。すなわち、人類始祖が長成期完成級から落ちたため、この長成期完成級に行ってこそ、復帰することができるというのです。し かし、堕落は家庭で起きたので、復帰するときにおいても、この家庭の形態を備えなければ、その基準に上がっていくことができません。それで、統一教会で は、父母様を中心として、一九六〇年にその基準を越えたのです。

18    お父様は、個人的に霊的な世界で勝利しました。そのために、この地上で激しい嵐に襲われながらも、「死んではならない」と何千万回、決心したか分かりませ ん。怨讐に出会う峠を越えていくたびに、「私は倒れてはいけない。私は死んではいけない。私が死んだらこのみ旨を誰が立てるのか。いくら苦労をしたとして も、四肢が切られ、不自由な体になって寝たきりで暮らすことになったとしても、私は死んではいけない」と、どれほど心の中で誓ったか分かりません。そのよ うにしながら、今まで困難な道を歩んできました。

基盤のない状態で、名が知られることを恐れるのです。基盤を固める前に、名が知られるのではないかと恐れました。そのような場合には、サタンの攻撃 があるのが原則だからです。それで、死なずに四十歳の峠を越える日を待ち望みながら、歳月が早く過ぎていくことだけを黙って願っていました。アブラハムが 復帰の基準を立てた以降の四千年の歴史を、「終わりの日」に四十数を立てて越えなければならないことを知って、四十の峠が早く過ぎていくことを指折り数え て待ったのです。また、それはお父様の宿願でした。天宙の前に一身を立て、死なずに責任を果たすために、身もだえしながら今まで歩んできたのです。

19    神様は、四千年を経てイエス様を送られました。イエス様は、長い歴史を経て来られた方です。生まれる時は、母親のおなかを通して十ヵ月で生まれたのです が、地上に来るために、四千年前から準備された方なのです。そのような歴史的な由来をもって生まれたので、その時までの四千年の歴史を蕩減できたのです。

イエス様は、四十歳の時にそのような歴史的な蕩減をすべきでしたが、ユダヤ民族の不信によってそれができなかったので、私たちが七年路程において蕩 減しなければなりません。皆さんは、「四十数復帰」ということを学んだはずです。イエス様が四十歳の峠を越えられなかったので、私たちには、四十代の峠を 見つめていくべき路程が残っているのです。つまり、そのような蕩減路程が残っているので、再び来られる主も、七年の大患難に逢着せざるを得ません。そのよ うな原理的根拠があるのです。

20    一九六〇年の四十の峠をいかにして越えるのでしょうか。原理が教えてくれる四十の峠を、どのように越えなければならないのでしょうか。イエス様は、三十三 歳で亡くなったので、その後の四十の峠を迎える七年を越えることができませんでした。それで、人間の世界に七年の大患難が残されているのです。ですから、 この峠をいかにして越えるかというのです。

この峠を越えるためには、ヤコブが経てきた復帰路程と、数多くの先祖たちの絡み合った蕩減路程を遡らなければなりません。その道には、友もなく、同 僚もいませんでした。「従います」と言った人たちは、行く道の前に重荷になり、とげを刺し、荒れ地をつくったのであって、そこで助けになった人は(一人 も)いませんでした。

21    お父様一代から見ると、四十歳までは個人の勝利基準を中心として、初めて横的な基盤へと越えていく時でした。今まで復帰歴史の目的は、アダム一人を立てる ことだったので、一九六〇年代は、アダムを中心として勝利するための基盤を築く時でした。その勝利は、イエス様が失敗した国家基準での勝利です。

ですから、一九六〇年代の統一教会は、イエス様が失敗せざるを得なかった運命圏を、お父様の満四十歳を基準として、実体的に蕩減して越えなければな りませんでした。そのような過程にあった統一教会は、一九六〇年代に激しい迫害を受けました。お父様に勇気がなく、神様のみ前に人間として善悪を分別する という、決定的な宣誓ができていなければ、歴史は遅延していたでしょう。

22    父母様の聖婚式は、地上において記念するに値する天宙的な大事件でした。世界的基準で縦的蕩減条件を、横的にこの地上で解決する実体として、霊肉共に勝利 の基準を立てたのです。お父様は、聖婚式の前にイエス様の三弟子、反逆したその弟子を復帰しなければならない立場にいました。

聖婚式の目的は、アダム家庭を蕩減する条件を立てることです。人間の父母であるアダムとエバは、夫婦関係において堕落しました。堕落が夫婦を通して 起きたので、復帰は一人ではできません。男性一人では復帰されません。女性一人でも天国に行けません。したがって、二人で解決していかなければならないの です。堕落したアダムとエバの立場を復帰して、真の父母の基準を地上で立てなければならないというのです。三弟子の約婚という問題を中心として、解決しな ければなりません。

23    復帰は、アダム家庭の復帰を目標として行うのです。アダム家庭が失敗したので、そのみ旨がノア家庭に移されました。神様は、ノア家庭を中心として、世界の すべての人々を洪水審判で滅ぼし、サタン侵入の条件を越えた家庭を立てて、摂理の基盤を地上に構築しておこうとされました。それがアブラハム、イサク、ヤ コブ、モーセに移され、イエス様につながって、私たちの時代まで来たのですから、そのすべてのものを蕩減しなければなりません。

アダム家庭を基準にして蕩減しなければならないのです。アダムが失ってしまった三人の信仰の子女を復帰しなければ、真の父母の立場に立つことができ ません。それで、イエス様には、三人の弟子が絶対に必要なのです。その三人は、アダムとエバにとって、三天使長を象徴します。三天使長が一つになって、ア ダムとエバに服従しませんでした。侍らなかったのです。その結果、堕落世界になったので、完成した父母の境地に立つためには、三天使長格である三弟子がい なければなりません。再臨主も、完全に服従する三人の信仰の子女をもたなければ、真の父母の立場に立つことができないというのが公式になっています。

自分の生死の境地を乗り越えて、迫害のまつただ中でも従っていき、孝の道を行くことができる三人の弟子をもたなければなりません。お父様は、そのよ うな三弟子を一九六〇年四月に探して立てました。復帰路程というのは、逆に探し求めて上がっていくものなので、祝福は子女の立場に立っている人が先に受け るのです。家庭圏はヤコブ家庭なので、十二数の基準を基盤にしなければなりません。三人の弟子、三人の子女を中心として、それと同じ基準を通過しなければ ならないのです。

24    父母様は、一九六〇年に聖婚式をしたあとに聖塩を作りました。真の父母様は、堕落した世界の物に相対できないからです。そのような物に、神様の息子、完成 した父母は相対できないのです。そのため、すべて燃やしてしまわなければなりません。燃やす条件として聖塩を採択したので、これを振りかけることによっ て、サタン世界を清算してしまい、天の側が取り得る条件的、方便的な物として使用できるようになるのです。天の国が設定されれば、この世の国のすべての骨 董品、この世の国のあらゆる物は、そのまま使うことはできません。


 

第二節 真の父母様の聖婚

聖婚と真のお母様

イエス様は、アダムとエバの堕落によって始まった歴史を終結し、神様の創造理想世界 を復帰するために、この地に来られたが、ユダヤ民族とユダヤ教徒の不信によって、このみ旨を成就することができず、再臨の約束を残されたまま、霊界に行か れた。真のお父様は、イエス様のあとを継ぎ、一九四五年八月十五日、韓国の地で、光復とともにメシヤとしての公式路程を出発された。

しかし、メシヤとキリスト教徒が一つになるための最初の摂理路程が、彼らの不信により失敗することによって、キリスト教に代わる新しい摂理団体の基盤を築くため、三大祝福の条件復帰のための蕩減路程と受難路程を歩まれるようになったのである。

そうして、一九五四年五月一日、ソウルで「世界基督教統一神霊協会」を創立し、その 時から、新約時代の全体を蕩減復帰する七年路程を歩み、聖誕から四十年の蕩減路程を勝利することによってサタン分立路程を立て、ついに一九六〇年四月十一 日、真のお母様と共に、神様から最初の真の父母として、栄光の聖婚式を行われるようになったのである。

1     二千年前に使命を果たすことができず、十字架で亡くなられたイエス様の願いを、二千年過ぎた今、私たちが果たさなければなりません。第一次でユダヤ民族を 中心として成し遂げようとしてできなかったので、今、私たちが第二次としてキリスト教の世界的な版図を中心として、父と母の出会いを実現してさしあげなけ ればなりません。このような基点をつくらなければ、神様の真の直系の息子、娘になれません。ですから、このような基準を連結させて合わせようとするのが再 臨理想です。

再臨理想においてもまた、真の家庭があってこそ天道が出発するのであり、これがあってこそ真の愛と真の幸福が出発するのです。

2     故障したものは、元の状態に修理しなければなりません。世界も新しい世界、国も新しい国、民族も新しい民族、人も新しい人、息子も新しい息子、娘も新しい 娘になることを願います。ですから、新しい息子であるイエス様が来られたので、新しい娘もいなければなりません。

ところが、新しい娘を探している途中で、イエス様は亡くなりました。宇宙の希望である一人の母を探して立てるためのイエス様の路程には、苦難も多 く、迫害も多かったのです。あの村からこの村に、あの野からこの野に追われ、逃げて歩きながら迫害を受けた哀れなイエス様でした。ダビデの系統であるヨセ フの家庭を中心として、み旨を立てようとしたイエス様が、家庭でみ旨を立てることができなくなることによって、家を出て三年の公生涯の道を歩んだのです。

3     皆さんは今、神様の顔を見ることができません。皆さんは、神様の顔を見ることができないので、おなかの中で暮らしているのと同じです。今日の人間は、この ような事情に置かれているのです。ですから、重生しなければなりません。霊的な救援摂理は完結し、霊的には重生しましたが、それだけではいけません。霊肉 共に重生しなければならないのです。将来、主が来られるというのですが、その主は真の父母として来られます。実体をもった人類の父として来られるのであ り、実体をもった新郎としてこの地上に来られ、実体をもった人間の中から新婦を探し出すのです。そうしてこそ、堕落していない真の父母になるのです。

アダムとエバが堕落することによって、真の父母を失ってしまったので、今日の人間には、堕落した父母はいますが、堕落していない真の父母はもつこと ができずにいるのです。ですから、復帰摂理を経て、実体をもって真の父母の使命を完結するために来られる方が再臨主なのです。歴史的な真理をもって来られ る主は、イエス様の霊的救いを基盤として、霊肉共に完全な息子、娘を生むことができなかったので、それを完結しなければなりません。

4     イエス様は、この地上に後のアダムとして来られました。聖霊もこの地上に来て新婦の体をもつことができませんでした。霊界に行ってみると、聖霊は母なる神 です。イエス様が地上において実体を備えれば、新婦は天道のすべての内容を知り、すなわち真理の中で新婦の資格を完遂して、メシヤが来るのを待ち望み、彼 を迎える準備をしなければなりません。そうして一つの家庭を準備し、一つの国家を準備し、世界を準備しなければなりません。これが、新婦の果たすべき責任 です。

ですから、一九六〇年代に入って、女性運動が世界的に広がったのです。この地上に人がいくら多くても、すべて悪なる血統を受けて生まれた堕落の子孫 なので、母としての愛を施せる、真の女性が現れなければなりません。「終わりの日」が近づけば近づくほど、そのような代表的な存在が現れる時が近づくの で、世界的な女性運動が広がるのです。

これからは、多くの女性が男性を凌駕できるのです。終末期は、堕落したことを女性が復帰できる時なので、終末期である今、女性は天的なエバを代表し て立ち上がれる恵沢圏にいます。今日、女性たちが解放とともに、そのような立場に立てるようになったので、この時に真の母が現れなければなりません。私た ちは、その母に地上で侍ることができなければなりません。人類は、このような時を迎えて神様を求めていくので、地上に新婦が立てられなければならないので す。

5     統一教会は父母の宗教です。僕の宗教から養子の宗教、庶子の宗教、その次に直系の息子、娘の宗教、息子、娘の宗教から母の宗教を通して発展してきました。

神様は、今まで母を探し求めてきました。相対がいなかったのです。神様は、男性格の主体なので、女性格の相対がいなければなりません。その方は、神 様の相対であると同時に、この地の王妃であり、氏族の王の王妃であり、家庭の王の王妃です。ですから、祖母の代身であり、母の代身であり、妻の代身であ り、娘の代身です。母がそうです。本来、母がいれば、すべてそうなるのです。天の国の王妃になり、この国の王妃になり、その次に自分の先祖たちの祖母にな り、母になり、妻になり、娘になるのです。それをすべて合わせたものが母の価値です。

6     皆さんは「家庭を信じる」という言葉を聞いたことがありますか。キリスト教徒たちに「誰を信じるのか」と尋ねれば、「イエス様を信じる」と言うのであっ て、「イエス様の家庭を信じる」とは言いません。仏教徒たちに尋ねても「お釈迦様を信じる」と言うのであって、「お釈迦様の家庭を信じる」とは言いませ ん。これからは、家庭救世主宗教が現れなければなりません。それが真の父母主義です。真の父母宗教です。真の父母宗教は、四位基台を造成する真の父母の生 活宗教です。そうなれば、父母が息子、娘の救世主になります。聖書のヨハネの黙示録を見ると、復帰歴史に関する内容が出ています。それで、聖書は偉大だと いうのです。このような復帰の原則があるので、聖書の最終章に復帰の内容を入れるようになったのです。

ヨハネの黙示録に「御霊も花嫁も共に言った、『きたりませ』。また、聞く者も『きたりませ』と言いなさい。かわいている者はここに来るがよい。いの ちの水がほしい者は、価なしにそれを受けるがよい」(二二・一七)と記録されていますが、花嫁とみ霊とは何か分かりますか。花嫁は主の妻になり、み霊は霊 的なものなので、ここに霊肉が合わさった母が現れなければなりません。イエス様は、人類の父であり男性なので、女性の中から母を探し出して新しい世界へと 救わなければなりません。

7     お父様は、立派なお母様を迎えました。顔が美人だから立派なのではありません。心が美しいので、顔が美しいのです。心が美しいので、声も美しく、容姿も優 雅なのです。お父様は、神様の哲学を自らが成し遂げ、教える師です。その原理どおりに行くために、お母様を神様の代わりに称賛しながら生活してきたのであ り、大衆に称賛して宣伝したのです。それが原理に通じるからです。

8     世の中の人々は、お母様のことを「美人だ」と言うのですが、どのような人が本当の美人か、私は研究しています。

美人とは、顔がきれいだからといって美人であるわけではありません。心がきれいであってこそ、「美人だ」と言えるのです。それでこそ、千年過ぎて も、その美貌を損なわず、和気あいあいとした、清い姿を保てるのです。そのような女性が、環境を美しく輝かせ、かき抱いてあげることができます。そのよう な女性が美人の中の美人なのです。そのようなお母様なので、私は、お母様が美人の中の美人だと思うのです。

9     お母様は、とても知恵深い女性です。お母様は、目が素晴らしいのです。にこっと笑う時には、私はその笑う魅力的な目に惚れ惚れしてしまうのです。そのよう な魅力的な目をもっています。それから、私は、お母様の鼻が本当に好きです。良いことがありそうであれば、鼻がひくひくと笑います。それがお母様の魅力な のか分かりませんが、夫をそのように感動させるのです。

それから、深刻な時は、お母様はできるだけ口を突き出さないようにします。そのような口が美しいのです。そして、態度が美しいのです。お母様は、本 当にきれいなところがたくさんあります。女性たちがそのような武器をもてば、「万事亨通」(すべてが思いどおりにいくこと)する秘密の鍵をもつことになる と思います。

10    お母様の特別なところは何かというと、霊感が鋭いことです。天性的な素質をもっています。そして、お父様が「しなさい」と言うことは何でも「する」と決意 し、また、その決意したことをいつも忘れずにいるので、受難の道も克服できたのです。それは、目的を中心とした忍耐心に当たるものです。また、私がお母様 に有り難く思うことは、自分の貴いものを自分の息子、娘ではなく、皆さんに、ためらうことなく一〇〇パーセント与えようとするところです。それは、神様が 贈り物として下さった性格だと思っています。

11    お母様は、二十年間で十二人以上の息子、娘を生んで、ヤコブの家庭を完全に蕩減復帰しなければなりません。イエス様の十二弟子が一つになれず、どのように したでしょうか。結局は、イエス様を売ってしまいました。別々の氏族で結ばれた兄弟圏が問題でした。ヤコブ家庭は、四人の女性が生んだ息子、娘なので問題 になりました。その問題を克服するためには、二十年以内に十二人以上の息子、娘を生まなければ、お母様の使命が不可能になるのです。そのような面から見る と、二十歳を越えれば、お母様になることができません。満十八歳までです。韓国の年では十九歳までです。

ですから、四十歳のお父様が十七歳のお母様と結婚したのです。お父様が十六歳の時に、あらゆることを決心して立ち上がったように、女性も十六歳を越えてその基準に合わせなければ、女性の解放圏を連結する道がありません。

12    歴史において、女性たちが経たあらゆる惨状の過程を経たとしても、不平を言わず、夫のために生きることができ、さらに苦労ができる女性はいませんでした。 ですから、「本当に、み旨の前に立っている私は、何一つ弁明の余地がありません」と言う人はそのような風霜をたくさん経験したのでむしろ私が落胆する時 に、慰められる対象になるのです。そのようなところから始めるのです。

心情的な蕩減をしなければなりません。上がっていく時も引っ掛からず、下がってくる時も引っ掛かってはいけません。二十歳前まで下がってきて、二十 歳前の少女を天が相対として許可すれば、その少女は、どんな困難な立場に立たされても、順応できなければなりません。ですから、孤独な背後から探すのがよ いのです。お母様には、父親もなく、兄もなく、みないませんでした。ただ一人、天のためには何でもするという、洪という母が背後にいるだけでした。

13    お母様は、聖婚式の時に十七歳でした。お父様は四十歳でした。四十歳の男性が十七歳の娘をお母様として迎えることにしたのです。しかし、摂理史では仕方が ないことです。そのようなお母様を迎えて成し遂げてきたのです。ですから、約婚する時、お母様に「私はこのように行かなければならない」とすべて話しまし た。プログラムどおりに行くので、お父様を尊敬するのです。

このように攻撃されるときにはこのように越えなければならず、ここから攻撃されるときにはこのように越えなければならない、と教えてあげたのです。その道のとおりに行くので尊敬するのです。その道が困難であっても越えなければならず、行かなければなりません。

14    (お母様)は、聖婚式の一ヵ月前に、お父様が夢に現れ、天から特別な啓示を受けました。「その日が近づいたので準備しなさい」と、啓示が下りたのです。 その時は、いわば天が求婚したというより、天の訓令が下されたのです。訓令があった時、私は完全に自我を離れた立場にいました。私はその時、天の摂理でな ければ、そのような大きなことを判断できる能力がなかったので、無我の境地になる以外になかったのです。

そして、祈らざるを得ませんでした。「今まで私は、み意のままに生きてまいりました。今、神様のみ意が何だったとしても、神様の摂理の目的がどのよ うなものだったとしても、命じられるままに従います」と、私は啓示に対して答えました。それは、私が満十七歳の時の二月頃でした。私は、完全に無我の立場 で準備していたので、当時の事情などを分析したいとは思いませんでした。神様のみ意のままに応じることを、ひたすら願っていました。

15    (お母様)の母方の家に伝説のような物語があります。私の母方の母である趙元模の趙氏一族に、趙漢俊の弥勒についての記録があります。一九九一年に、 お父様と北朝鮮に行ったとき、そのようなものがあるかと聞いてみました。するとまだその弥勒はあるということでした。

趙漢俊の弥勒についての伝説によると、天の王女を送ると約束し、国のための精誠を記憶し、忠誠の家門で私が生まれるようにしたというのです。その母 方の祖母から大母様が誕生され、大母様を通して私が生まれました。再臨のメシヤを迎え、再臨のメシヤの相対を育て上げるための神様の環境創造が、その趙漢 俊の弥勒から始まり、私にまで連結されたのです。皆さんがみ旨や天のみ前に精誠を尽くしたものは、必ず天が記憶してくださいます。ですから、私は、お父様 に会った時にすべてが分かったのです。環境創造の中で誕生し、育ったので、私が果たすべき、私が成し遂げるべき使命が分かったというのです。

 真の父母様の聖婚式

イエス様の路程を再蕩減するために、血と汗と涙の道を歩んでこられた真のお父様は、 一九六〇年三月二十七日午前四時、ソウルの青坡洞一街にある旧本部教会で、再臨主を迎えるために、精誠の限りを尽くしてきた洪順愛大母様の一人娘であられ る真のお母様と約婚式を行われた。四日後の三月三十一日に、真の父母様の聖婚式と三弟子の祝福式について正式決定がなされ、四月十一日(陰暦三月十六日) 午前十時、全国の各教会から選抜された七百人以上の食口が参席する中、旧本部教会で、歴史的な真の父母様の聖婚式が挙行された。第一次式は「蕩減復帰父母 の式」、その後すぐに挙行された第二次式は「栄光の父母の式」であった。

16    お母様を迎えたのは、解放から十四年たった一九六〇年です。なぜ十四年後なのでしょうか。人間始祖が長成期完成級で堕落したので、蕩減復帰の原則によっ て、十四年の迫害路程において韓国に着陸し、統一教会という祭壇をつくり、キリスト教や大韓民国と闘いながらお母様を立てたのです。お母様を立てたところ から、初めて地上に着陸するのです。お母様を立てるため、アダム時代からノア時代、アブラハム以降の時代に、摂理史的に問題となったことに対して蕩減条件 を立てました。

イスラエルの国とイスラエル民族を設定してきた歴史的なすべての問題を、キリスト教文化圏が受け継ぎ、二千年間、霊的ではありましたが、蕩減したす べてのものが、崩れたも同然になりました。ですから、十四年後にお母様を選ぶ時は、イエス様が十字架で亡くなった、その時と同じ立場なのです。

言い換えると、大韓民国はユダヤの国と同じ立場です。ユダヤの国を中心として見ると、キリスト教はユダヤ教と同じ立場であり、統一教会はその時のイ エス様とキリスト教と同じ立場です。国と教会から迫害を受けて十字架を背負ったので、それと全く同じ環境で闘って勝利しなければなりません。蕩減復帰しな ければならないのです。

17    お父様は、結婚式場に出る前日まで、警察署で調書を作りながら闘いました。大勢の裏切り者たちが讒訴する出来事や、イエス様の十二弟子が反対したように、 統一教会で信仰の篤かった十二人が、一つになって反対する出来事が起きたのです。統一教会の味方になっていた人も反対し、キリスト教も反対し、国も反対し たのです。イスラエルの国とユダヤ教とイスカリオテのユダが一つになり、イエス様の命を奪ったのと同じ運命に追い込まれました。その時が正に一九六〇年、 陰暦三月十六日です。その時は、反対の絶頂期でした。もう一歩進むか進めないか、死ぬか生きるか、ここから新しく出発できるかできないか、という境界線に いました。

このような境地で新しい歴史的なことを成し遂げたのです。その日は、神様が最高の天運を宣布する日になりました。イエス様が語ったように、新婦を迎 えられる歴史的な日になったのです。それが聖婚式です。そこから巻き返しの第一歩を踏み出したのです。初めて天の中心をつかみ、環境を処理して、急進的な 発展を計画し始めたというのです。

18    蕩減復帰歴史は、原則を経なければなりません。原則的な条件を経て越えていくのです。その時に統一教会に通っていた人たちが離れ、イエス様の十二弟子が反 対したように、十二人が団結して反対し始めました。そのような過程を必ず経なければなりません。

お父様に対して国が反対し、キリスト教が反対し、統一教会から離れた人たちが反対しました。この三つの集団が一つになって反対したのです。これをサタン側から見ると、国は蘇生、キリスト教は長成、離れていった人たちは完成です。このように攻撃を始めたのです。

19    七年間準備して、父母様の聖婚式をしました。その時には、キリスト教をはじめとして、すべてが反対しました。一九五五年には、監獄暮らしまでしたのです。 監獄でも闘いました。その後、一九五七年から、断食をして、宣布式をして、本格的に全国的な基盤を築き始めました。攻勢をかけ始めたのです。伝道して全国 に拡大していったのです。統一教会は、新しい段階に入るようになりました。そうして、一九六〇年まで、国家的な基盤を築いて影響を及ぼし、国が反対し、キ リスト教が反対する段階に入って聖婚式をしたのです。

イエス様が捕まり、十字架に向かっていったのと同じ環境で、聖婚式をしなければなりません。その時は、国が反対し、キリスト教が一つになって反対し、すべてが反対しました。

20    約婚式から十五日後に聖婚式がありました。聖婚式は、「蕩減復帰父母の式」と「栄光の父母の式」の順に進められました。

第一次の式には、両脇に十二人ずつ介添人が立ちました。白いチマチヨゴリに長いベールをかぶって新婦の装いをした私(お母様)は、聖歌の「宴のと き」の合唱が響き渡る中、お父様と共に二階の階段から降りてきて、行礼台(ヘンネデ)(礼式を行う壇)に上がりました。お父様の祈りと宣布に続き、代表食 口の頌辞と頌詩の奉読が続きました。

引き続き、第二次の式は、韓国伝統の紗帽(サモ)(官服を着るときにかぶる黒い紗(しゃ)で作った官吏の帽子)と冠帯、チョクトゥリ(女性が礼服を 着るときにかぶる冠)に婚礼服を着て行われました。お父様が神様に宣誓され、一同が四拝をしたあとに、対面して三拝、礼物交換、対面一拝で礼を終えまし た。それから、代表食口の記念品奉呈と頌辞の奉読がありました。続いてお父様が、神様のみ前に宣誓されたあと、参加者たちのために手を挙げて祝福祈祷をし てくださることによって、歴史的なすべての行事が締めくくられました。

21    お父様は、聖婚式の参加者たちに、お父様の印が押された参加券を配ってくださいました。お父様は、「将来、この券さえあれば、地獄に行く人も天国に行く」 というみ言を語られました。これは、真の父母様の聖婚式がどれほど貴いものかということを強調されたみ言であり、その場に参加した人たちに対しても、その 価値を大切に心にとどめておくようにという意味だと思います。

また、天の啓示によって聖婚式のテーブルが準備されました。四十種類のものが並べられた祝宴のテーブルが、壇上に盛大に置かれていました。お父様 は、一つの大きなテーブルで私(お母様)と共に食事を召し上がりました。そして、即席で祝賀披露宴が続きました。官服と婚礼衣装から韓国服に着替え、お父 様と一緒に楽しく踊りました。お父様が先に歌われたあと、私にも歌うように求められました。それから、食口たちにも指名され、一緒に歌を歌いました。

人類初の真の父母に即位する聖婚式は、その意義と価値から見て、万民が慶賀と賛美と栄光と頌栄を捧げるべき摂理的礼典でしたが、質素に執り行われたのです。

22    天よ、勝利の旗を揚げてくださり、地よ、歓喜の報いを父のみ前にお返しください。栄光、栄光、無限なる栄光、天地が合わさって喜びをお捧げできるこの時間 であることを知っておりますので、末永く後代の万象まで、この喜びの時間を保持するようにしてください。お父様、太鼓をたたいてサタン世界に向かって進軍 に進軍を重ね、お父様の子女たちを早く復帰の勇者として立てるために、あらん限りの血肉をすべて注ぐ私たちとなるようにしてくださり、誓いを立てる私たち となるよう許諾してくださることを、切にお願い申し上げます。この日、お立てになった娘を受け入れてくださり、勝利の月桂冠をかぶせてくださり、恨に満ち たあらゆるものを断ち切れる娘となることを許諾してください。

23    きょうの聖婚式が行われるまで準備してこられた神様の心情は、何をもってしても形容できません。この一つの場に娘を送ってくださり、六千年の摂理と父のみ 旨を成し遂げようとされるあなたの召命の前に、言葉にできないほど畏れ多いばかりです。み旨が成し遂げられる日まで、心情やすべての面において、皆さんと 一つになって歩んでいくことをお誓いいたします。


 

第三節 聖婚式後の七年路程と真の子女の誕

真の父母様の聖婚式後の七年路程

一九六〇年の聖婚以後の七年間は、真の父母様の家庭がサタンの侵犯を受けない条件を立てながら、神様の直接主管圏内に入ることができる、本然の家庭基盤を完成する期間であった。

聖婚式後、真の父母様の家庭は、長成期完成級の峠を越え、完成期の七年を経る過程 で、霊肉界からの攻撃に立ち向かい、闘って勝利しなければならなかった。同時に、七年路程は、真のお母様にとって、み旨に対する絶対服従によって蕩減条件 を立て、真のお父様と絶対的に一つにならなければならないという、(御自身の)責任分担(完遂)の期間であった。

また、七年路程は、真のお父様が神様のみ旨を中心として、真のお母様を完成基準に立 てていく相対完成の期間でもあった。御夫妻が信仰と愛と実体で一つになる期間である。さらに、この時から、祝福家庭は生まれてくる真の子女様と腹中時代か ら一つになり、真の子女様をアベルとして、愛さなければならない。御夫妻は、真の父母様の家庭と祝福家庭を率い、人類歴史上、最初の四位基台家庭完成のた めの七年路程を開拓していかれ、ついに勝利された。七年路程の内的蕩減過程を経て、この期間に、人類始祖の堕落によって立てられなかった「父母の日」、 「子女の日」、「万物の日」を設定したあと、一九六八年一月一日に「神の日」を宣布することによって、神様の四大名節をすべて復帰されたのである。

1     お父様は、一九六〇年まで何をしたのでしょうか。ヤコブの路程と同じ十四年路程を歩んできました。ですから、一九六〇年からの七年路程は、皆さんにとって は第一次七年路程ですが、お父様にとっては二十一年路程の最後の路程です。この七年路程を中心として、私たちはこの民族と出会う運勢をつくらなければなり ません。

神様は、前半の三年路程では、内的に家庭的な基準を立て、後半の四年路程では、外的に社会的な基準を立てながら、七年路程を合わせてきたのです。こ のためにお父様は、家庭的な代表、民族的な代表、世界的な代表を探し出したという条件を立ててきました。そのために「万物の日」を設定し、その土台の上で 世界的に聖地を選定しました。

2     イエス様がダビデの氏族、すなわちヨセフの家庭を中心として一体になり、イスラエル民族の反対を受けることなく、勝利の一路を開拓し、イスラエルの国を蕩 減復帰しなければならなかったのですが、それができなかったので、統一教会はそれを蕩減復帰する歩みをしているのです。

ですから、個人復帰、家庭復帰、氏族復帰をして、統一氏族を編成しようとしているのです。統一氏族を中心として、大韓民国の前に民族復帰の使命を果 たすため、第一次七年路程を設定して活動してきました。これによって大韓民国では、統一教会の行く道を阻むことができなくなりました。イエス様が復活の権 限をもって、新しい世界を目指して出発できる時代圏を復帰した、という条件を立てた立場に立ったのです。ですから、第一次七年路程を行くことによって、民 族的な蕩減条件を立て、イエス様の願いである民族救援の基準を、再び立てるようになったのです。

3     蕩減復帰の解怨成就において、エバ完成のための蕩減復帰歴史がなければなりません。

お父様は、アダム復帰完成のための闘争歴史を経て、勝利の基台を築いてきた堂々たる男性として立つことができますが、女性が堂々たる女性として立つ ためには、エバの蕩減復帰路程を経なければなりません。そのためには、誰も分からない心情的闘争はもちろん、実体的闘争、信仰的闘争までしなければなりま せん。ですから、お母様も、切迫した道を開拓してきたのです。

そうして、第一次七年路程が終わることによって、初めて「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」、「神の日」を迎えたのであり、初めてこの地上で女性としての資格を得て、同等な位置に立つようになったというのです。

4     お父様は、個人的な蕩減路程を終え、家庭生活の土台を備えた一九六〇年代からは、家庭的十字架の道に突入するようになりました。六千年の歴史を蕩減すべき 使命を担っているので、皆さんや教会よりも、家庭的十字架をどのように蕩減するかという問題を中心として歩んできました。このような過程を経て「父母の 日」を定め、「子女の日」を定め、「万物の日」を定め、「神の日」を定めたのです。一九六〇年から始めて、一九六八年正月一日を期して、「神の日」を宣布 するまでの内的な受難の路程を、皆さんは知らないでしょう。お父様は、サタンと対決し、家庭的段階に越えて、立ち得る基盤を築いたのです。

5     第一次七年路程の期間には、父母として初めて蕩減歴史を解怨成就し、天地に残った堕落の起源をすべて清算する、内的な闘いをしてきました。この時期は、血 統的問題において、アダムとエバが失敗した歴史的なすべての曲折を解いて、清算すべき内的闘いの時です。み旨の前に自分の身はもちろん、自分の心情問題ま でもすべて捧げるという天との関係を選んで立てながら、第一次七年路程を完結することによって、勝利した父母が誕生するようになったのです。

6     一九六〇年を迎えて、お母様をお迎えすることによって、統一教会が本格的に出発することになりました。国家が反対し、キリスト教が反対する中で、国家を貫 き、キリスト教を貫いていける基盤を築いてから、お母様をお迎えするようになったのです。

お母様を迎えたとしても、お母様は、結婚してすぐにそのままお父様と一緒に暮らせるわけではありません。皆さんに結婚後の三年期間があるように、外 部から家庭を尋ね求めてくる歩みをするのです。皆さんは、原理の道をそれと同じように行くのです。第一次七年路程では、多種多様で複雑な家庭の問題を、す べて蕩減する路程を経ていかなければなりません。第一次七年路程は、お母様を中心とした家庭的基盤を築く期間です。これはまた、長成期完成級でアダムとエ バが堕落したので、長成期完成級から完成期完成級へと越えていく時なのです。

7     神様は、六千年間何をされ、神様の一貫した歴史的な望みとは何だったのでしょうか。それは、一人の母を探し出すことです。アダムを送ったあと、すなわちア ダムを再創造したあと、彼を通して一人の母を探し出そうというのです。これは再創造です。本来、神様がアダムを創造したあと、アダムを中心としてエバを創 造したので、再創造においても、アダムを送ってエバを探し出すのです。つまり、母を探して立てるのです。

そうするために、この第一次七年路程の間、サタン世界の讒訴条件から免れ得る道を、お母様が行くようにしたのです。

そうするためには、お母様自身がサタンと直接闘ってはならず、お父様を絶対に信じ、常に一つにならなければなりません。そうしてこそ、サタンの侵犯 を受けないというのです。また、アダムが責任を果たせずにエバを失ったので、アダムの立場を復帰し、サタンを屈服させて勝利基準を立てなければならないの ですが、七年期間は、このようなことをすべき期間です。

その基準を立てたあとは、お母様を立てて心霊的な基準をつなげ、堕落した父母の立場を蕩減復帰して、真の父母の土台を立てなければなりません。

8     第一次七年路程は、堕落していないアダムとエバが行くベき道でした。父母が行くべき道だったのです。ですから、サタンがいくら讒訴しても、この期間を無事 に突破しなければなりません。そのような家庭的代表の道を築き上げるのが、お父様を中心とした第一次七年路程です。

ですから、この七年の期間に、お母様とお父様を中心として、歴史時代にもつれたすべてのものをほどかなければなりません。この七年期間は、エバがア ダムを主管したことを覆し、完全にアダムの権限を立ててエバを再び教育すべき時です。言い換えると、エバを教育して、アダムの基準の前に、どんなことでも 絶対服従して順応することができ、生命を犠牲にしても従っていく基準を立ててこなければならないのが、この第一次七年路程の期間です。

9     父母様の家庭が定着するのは、容易なことではありませんでした。世界的頂上の位置まで行かなければならないのです。蘇生、長成、完成の位置を経ていかなけ ればなりません。その完成基準は七年路程です。アダムとエバが長成期完成級で堕落して落ちてしまったので、父母様の家庭も、そこから七年路程を経たので す。一九六八年正月一日、「神の日」を定めるまで、お母様は、女性として行くのが難しい道を行かなければなりませんでした。そのような道をすべてかき分け て、無事に天の試験を通過したので、今日の素晴らしいお母様になったのです。

真の子女の誕生と四位基台完成

聖婚以後、真の父母様の家庭には、長女・譽進様と長男・孝進様を筆頭に、十四人の真の子女様がお生まれになった。長男と長女の誕生は、イエス様が果 たせなかった四位基台を成し遂げるものであり、真の父母の家庭の四位基台完成は、復帰摂理上において人類が手本とし、成し遂げなければならない里程標と なった。真のお母様が一線に立つ食口たちと共に麦御飯を召し上がるなど、同じ心情で生活しながらお生みになったのである。

食口たちはカイン的子女として、真の子女様と愛によって一つとなり、双子のような立場で、再び生まれる条件を立てなければならなかった。それゆえ、 真の父母様は、子女様の奉献式の際、食口たちに三大祭物条件として三つの贈り物を配られたのち、わかめスープと御飯と牛乳を振る舞われた。

10    父母様の家庭に息子と娘が生まれることによって、皆さんも再び生まれる道ができました。そのような条件を立てるためには、一緒に生まれたという条件を立て なければならないので、赤ん坊が母親のお乳を飲むのと同じ条件を立てる式がなければなりません。ですから、譽進が生まれた日を期して、全国的に全食口が御 飯とわかめスープを食べる式を行いました。孝進の時も全国的にこの式を挙行しました。このように、お母様のお産とともに生まれたという条件を立てなければ ならないのです。

11    皆さんは、お父様のおなかの中に入り、生まれていない赤ん坊の種のような立場で条件を立て、お母様のおなかの中を通して、再び生まれたという条件を立てな ければなりません。皆さん一人では生まれることはできないので、父母様の息子、娘を通して再び生まれたという条件を立てなければならないのです。そのため に、父母様の息子、娘を中心として、お母様と共にすべての食口が、御飯とわかめスープを食べる式を行ったのです。

ですから、ここで譽進が登場してくるのです。譽進が最初の娘です。これですべての条件を蕩減し、すべての女性たちが、お母様のおなかの中から再び生 まれたという条件を立てました。実際は、皆さんが三年間一つになるという式を行わなければなりません。孝進は最初の息子です。男性たちも同様です。した がって、女性たちは、譽進の誕生日をアベル的誕生日として記念しなければならず、男性たちは、孝進の誕生日をアベル的誕生日として記念して、一つになった という実体的条件期間が必要なのです。

12    一九六三年、陰暦四月が過ぎる前に、食口同士のわだかまりを、すべて解かなければなりません。そのようにしてから、怨讐のために福を祈ってあげなければな りません。この期間は、一九六二年以前に教会を出ていった人たちに、再び戻ってこられる恵沢を付与する期間です。そうすることによって、サタン世界に対し て「門を開けよ」と言える条件を立てることができるのです。このような時があることを知っているので、怨讐を憎みませんでした。

一九六三年一月十八日は、孝進が誕生して二十一日目になる日です。この日は、皆さんがより一層、喜ばなければなりません。

13    「真の父母」という言葉が成立するためには、子女と一つになる起源がなければなりません。

人間が堕落したので、外的な子女と内的な子女、カインとアベルがいるのです。ですから、一九六一年から一九六三年の間に、譽進と孝進の二人の子女が 生まれたということは、復帰摂理において、この上なく貢献する出来事になるのです。このようになることによって「万物の日」を立て、第一次七年路程が終 わって、初めて「神の日」を宣布することになったのです。

第一次七年路程が終わったのちの一九六八年から、統一教会は順調な発展を始めました。「神の日」を定めたということは、エデンの園で、堕落せずに完成基準に到達したことを意味するのです。

14    イエス様は、イスラエル民族に排斥されたので、そのイエス様の位置を復帰するためには、再臨をして果たすべき困難なことが残されているのです。もちろん既 に肉身をもって生まれ、成長してしまった私たちは、文字どおり完成したアダムの体内にある種の立場に戻っていくことはできません。ですから、私たちは、真 の父母様から生まれた真の子女と一体にならなければなりません。それによって、生まれ変わるための条件を立てていくのです。

カインがアベルに完全に屈服することによって、両者は共に復帰されるという原理があるので、この原理によって、カインの立場にいる人は、アベルの立 場である罪のない真の子女と、一体化しなければならないのです。彼らと一体化することによって私たちは復帰された子女として同じ恵沢を受けることができま す。そのようなわけで、罪のない真の子女が真の父母を通して生まれる時に、皆さんは、食べ物やその他、同じ成分の物を分けてもらったという条件を立てなけ ればなりません。

このようにして、皆さんは、真の子女の立場に同参する路程を通過していかなければなりません。誰を通して真の子女と一体化し、新しく生まれ変わる子 女として条件を立てるのでしょうか。父だけでは十分ではありません。真の父母を通さなければなりません。いくら父が重要だとしても、父だけではなく、父母 とその子女を通さなければならないのです。

15    韓国では、一九六〇年から一九六三年までの三年の期間に、国家基準を中心として、全祝福家庭が復帰の路程を歩みました。この期間は、イエス様が国家を失っ てしまったので、国家復帰の使命を果たすために、全体が出ていって活動した時でした。その時は、お父様もお母様も、一線に出て活動する人たちと共に麦御飯 を食べました。お膳の上で食べたのではありません。腹中にいる子女たちも、そのようにして一緒に食べたという条件を立てる生活をしなければなりません。

16    譽進と孝進が生まれる時に、わかめスープを食べた人がいるでしょう。カインとアベルが一緒に生まれたという条件を立てたのです。祝福を受けたカインの立場 の家庭は、神様以上にアベルに侍らなければなりません。真の父母以上に侍らなければならないのです。そこには、この世の概念があってはいけません。腹中か ら一つになっていなければなりません。双子として生まれなければならないのです。そうして長子権を復帰するのです。

タマルの息子ペレヅとゼラが腹中で入れ替わったように、生んですぐに絶対信仰、絶対愛、絶対服従圏を家庭的に連結してこそ、入れ替わるのです。これ は言葉だけではありません。創造以前に神様が、絶対信仰、絶対愛、絶対服従の立場で造ったので、皆さんの家庭を、そのような環境的条件を中心として、父母 様に連結しなければ、自分の相対的な存在圏が生じないのです。

17    皆さんは、お母様のおなかの中に入ることができないので、父母様の子女たちと一つにならなければなりません。皆さんは三年間、腹中の子女の立場に立たなけ ればなりません。ですから、皆さんに一九六〇年から一九六二年までの三年間の標語を、第一に「生涯中、最大の実績を残す年となるようにしよう」、第二に 「父の代身者となろう」、第三に「見せてあげて誇り得る者となろう」に定めました。ここで見せてあげて誇りなさいというのは、四位基台の復帰を意味しま す。

皆さんは、この三段階を中心として、腹中にいる赤ん坊と共に食べ、共に暮らしたという条件を立てていくのです。お母様も三年間は、皆さんが麦御飯を 食べる時、共に麦御飯を食べ、皆さんが出ていって活動する時、同じ条件の活動をしました。譽進と孝進は、お母様が麦御飯を食べて生んだのです。言い換える と、お母様も皆さんと同じ心情で生活したということです。

18    天使長は、アダムとエバが創造されたその時から、彼らが結婚する時まで、仕え、奉仕し、敬わなければなりませんでした。天使世界がアダムとエバを敬うこと ができずに堕落したので、その恨を解くのです。この復帰の過程は、最初にアダムとエバが創造されたことと同じです。

ですから、皆さんは、信仰の三子女を立てて、彼らを皆さんの子女が腹中にいる時から仕える立場に立たせなければなりません。それができなければ、天 国に入ることはできません。皆さんの息子、娘だけでは、天国に行くことができないのです。しかし、皆さんがそのような蕩減条件を立てて祝福を受け、息子、 娘を生めば、その息子、娘には血統復帰が必要ありません。ところが、それができなければ、天国に行く前に引っ掛かってしまうのです。

父母様は、一九六〇年代に、子女たちを中心として腹中から復帰してくることによって、そのような条件をすべて立てました。当時、皆さんはわかめスープを食べ、牛乳も飲み、御鈑も食べました。そのすべてが条件です。

19    一九六三年まで、父母様も麦御飯を食べながら活動をしてきました。三年間は蕩減しなければなりません。家庭的蕩減をしなければなりません。そのようにしな がら、皆さんは外に出ていって闘うのです。父母様が麦御飯を食べる時に、一緖に食べなければなりません。内的な面と生活の面において、世界的な供え物の過 程を経ていきながら、息子、娘を捧げなければならないのです。そのようにしてきました。皆さんは、譽進が生まれたあとに御飯とわかめスープを食べました が、それはお母様の血を受けることを意味します。お母様が御飯とわかめスープを食べる時に、その血を受けるのです。

孝進を生む時も、その基準を中心としてそのようにしました。このようにして「子女の日」を探し出しました。それから「万物の日」を探し出してきまし た。父母様は、そのような基準を中心として、祝福の一日を立ててきたのです。そのようにして、第一次七年路程が終わり、父母様の家庭が解放されるとともに 「神の日」を設定したのです。


 

第四節 真の父母時代と救援摂理の完

真の父母宣布と救援摂理完成

真の父母様は、聖婚後の七年路程を通して、神様を中心とした家庭的四位基台を完成す ることによって、地上天国を創建できる出発の基台を立てられるようになった。また、復帰摂理の進展に従って、各時期にふさわしい蕩減条件を立てて勝利する ことにより、サタンが侵犯できないよう、それに相応する宣布式を挙行された。

真のお父様は、一九九〇年四月十一日、モスクワで開催された言論人大会で、ゴルバ チョフ大統領に会い、「無神論を放棄しなさい」と勧告し、帰国後、四月三十日から、全国十二ヵ所で開かれた「モスクワ大会勝利帰国真の父母様歓迎大会」を 通して、韓国国民に「真の父母」を宣布された。

特に一九九二年八月二十四日、第一回「世界文化体育大典」の祝賀晩餐会において、世 界の指導者たちに対し、「私は今年の七月初め、韓国の五大都市で開催された世界平和女性連合指導者大会で、私と私の妻である韓鶴子総裁が、人類の真の父母 であり、救世主であり、再臨主であり、メシヤであると宣布しました」と発表された。

真の父母様は、祝福結婚を通して人類を真の血統に転換させる、超人種、超宗教、超国家的次元の革命的大役事をしておられる。天の真の愛と生命と血統をもって来られる真の父母だけが摂理的な時を知り、それに合わせて人類の救援摂理を完成させるのである。

1        第二次世界大戦後にキリスト教が反対したため、お父様は四十年間、洗礼ヨハネが成し遂げられなかったことと、キリスト教が失敗したその基準を、再び蕩減復 帰しなければなりません。それをしなければ、新婦を探して立てる道がないのです。四十年間で洗礼ヨハネの失敗を完璧に復帰し、キリス教文化圏を完全に復帰 して、アメリカを収拾するのです。サタンからアメリカを奪い返してくるのです。

それで、お母様がアメリカの国会に行って「真の父母と成約時代」を宣布し、国連にまで行って宣布するのです。自由世界を代表するのが国連です。新婦 の基台を失ってしまったので、お母様が新婦の立場に立ってアメリカと一体になり、自由世界と一体にならなければなりません。それで、国連に行って堂々と真 の父母を宣布したのですが、反対がありませんでした。完全にその上に立って「真の父母と成約時代」を宣布しましたが、全員が感動し、拍手したというので す。

2        人間の先祖が堕落することによって、四大心情圏と三大王権を失ったのですが、今、真の父母の名を中心として、解放された立場で、第二次世界大戦以降のあら ゆる事実を、四十七年という期間をおいて再蕩減し、この位置まで来ました。お母様が今まで生涯にわたって、内的に孤独な心情の道を歩んでこられたのも、こ の日に備え、宿命的な使命を準備するための期間だったからです。

一九九二年を迎え、四月から「世界平和女性連合」を中心としてお母様が総裁の名をもち、世界の女性解放とともに、万民の家庭を天のみ前で抱き得る父 母が顕現したという事実を中心として出発し、七月にはメシヤを宣布し、真の父母を宣布し、救世主を宣布し、再臨主を宣布しました。そうすることによって、 この地上に中心がなく、希望の基盤がなかった家庭と、国の混乱した環境に、一つの軸を備えられる摂理史的な定着地帯を整えました。神様が懐に抱ける条件を 立てて、お母様の解放と二世の解放を宣布できる時代を迎えるようになったのです。

3        韓国は、再臨主が来られる所です。その再臨主がお父様です。一九九二年七月三日、きょう、初めてこのような話をするのです。初めて文字に書いて「再臨主は 誰だ」と語りました。何と書いておいたのですか。「文鮮明」です!初めて書いたのです。発表したので、はっきりと知らなければなりません。これからは、天 下にすべて公開します。

4        一九九二年八月、「世界文化体育大典」の期間中に、リトル・エンジェルス芸術会館で、八つの分野で世界的なトップクラスの人を一千人ほど集め、「私がメシ ヤであり、救世主であり、真の父母である」と宣言しましたが、それでもうなずくのであって、頭を横に振る人はいませんでした。お父様は、世界を股に掛けて 思うままに回る人ですから、政治に対して批判できないでしょうか。転換時代を見極めることにおいて、私以上の感覚や頭をもっている人はいないというので す。それは、世界が公認します。ですから、それを宣布しなければなりません。それを宣布しなければ、定着できないのです。結婚式をしてこそ、夫婦として定 着します。

全国を巡りながら宴をしたので、これからは宣布して定着しなければなりません。そうすれば、天地が定まるのです。一つの国を形成するようになると き、閣僚を選んだとしても、選ぶだけではいけません。その事実を宣布してこそ、定着するのです。ですから、メシヤであり、再臨主であり、真の父母であるこ とを宣布したので、定着するようになるのです。

5        神様を中心として真の父母宣布をしました。堕落していない解放の真の父母が、この地上に現れたと世界的に宣布しました。真の父母が出てきたので、息子、娘 も真の父母になり、その方の教えを受けたあらゆる人たちも、真の父母になれるのです。堕落することによって、「真の父母」という言葉も、真の父母という存 在もなくなったというのです。

6        お父様がソ連のゴルバチョフと会ったのは、旧約時代のエサウとヤコブの出会いと同じです。ヤコブの立場にいるアメリカ、日本、韓国を代表したお父様が、エ サウの立場にいるソ連、中国、北朝鮮を代表したゴルバチョフと会い、彼の心の中に天の真の愛を植えてあげたというのは、サタンを自然屈伏させるヤコブの還 故郷になるのです。

今やエサウには、兄弟と一つになり、天の父母に侍る道だけが残されています。兄弟である自由世界と一つになり、天の父母に侍ることだけが、共産圏の 生きる道です。これは歴史始まって以来、最大の事件であり、天の側の勝利をもたらす新しい起源になるのです。それゆえ、帰国し、大韓民国の国民と民族の前 に、真の父母歓迎大会を通して真の父母を宣布したのです。

7        真の父母宣布をしたので、世界的、宇宙史的な転換時期が訪れてきます。真の父母のあとに従っていこうとすれば、真の父母の息子、娘がいなければなりませ ん。真の父母の一族がいなければならず、真の父母の一民族がいなければなりません。真の父母宣布をしたのなら、真の子女を中心とした真の家庭宣布がなけれ ばならないのです。家庭だけではありません。第一次のアダム、第二次のアダムが失敗したので、これを蕩減できる氏族メシヤ圏を確保して、真の父母に代わつ て宣布式をしなければなりません。そうしてこそ、大転換的な国家基準と世界基準の基盤ができるのです。

8        アダムが失敗したことを、イエス様が収拾しようとしてできませんでした。イエス様が失敗して亡くなったので、再び来られる再臨主は、完成した第三次のアダ ムとして来て、第一次のアダムが失敗したこと、第二次のアダムが果たせなかったことを復帰しなければなりません。本来人類は、(完成した)第一次のアダム の子孫になっていなければなりません。イエス様が死んでいなければ、人類はみな、イエス様の息子、娘になるのです。そのようになっていれば、既に統一天下 ができていました。

イエス様が死なずに結婚して息子、娘を生んでいれば、イエス様の一族がこの地上に長孫(韓国では、長男の長子を指し、祭祀をつかさどる人を意味す る)として王権を残し、千年、万年継承するはずでした。民主世界は兄弟主義です。父母主義ではありません。兄弟同士で争うのです。父母がいないので争うの です。ですから、父母主義に帰らなければなりません。この地上の兄弟主義、この世界を収拾するためには、真の父母が出てこなければなりません。

9        エデンの園でアダムとエバが十代の時に堕落しました。堕落は男女の問題です。そのような種を蒔いたので、全世界的に秋になったために、青少年の問題や家庭 崩壊の問題が深刻になるのです。それで、主人がいない立場で嘆息しているのが、今の世界万民の実相です。ここで、どのように本来の主人を探すのかというこ とが問題です。そのような意味で、真の父母が出てくるようになったのです。

偽りの父母によって汚されたあらゆるものは、消えざるを得ません。それを打ち壊す「終わりの日」になれば、その反対の神側は、真の父母を中心として 新しい個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙の観が立てられるようになります。それで、地上と天上のあらゆるものが一つになる世界を求めざるを得ませ ん。そのために真の父母が現れて、真の愛、真の生命、真の血統を出発させなければならないのです。

10      メシヤは、真の父として来られる方です。人間始祖の堕落によって偽りの父母が現れ、人類が偽りの血統を相続して生まれたため、人類に対する救援摂理は簡単 なことではありません。その血をいくら清めても、きれいにならないのです。ですから、何千万年たっても、人類の救いは終わりません。偽りの父母によって汚 されたそれ(血統)は、神様もどうすることもできません。人間が責任分担を完成して、神様の血統を相続し、子孫たちに引き継がせてあげなければなりませ ん。それが創造理想です。そのような創造理想をアダムとエバが壤してしまったので、それを復帰しない以上は、神様が正すことはできません。

それで、真の父母が現れて、蕩減復帰するのです。逆さまになったものを、本来のとおりに戻すことを蕩減復帰というのですが、それは、ただそのままで きることではありません。反対の道を準備して戻っていかなければなりません。その蕩減復帰の路程を通過しなければ、本然の世界に帰る道は永遠にないので す。

11      今までお父様が、どれほど困難な立場にいたか分かりません。普通の人であれば、数百回でも放棄し、逃げ出したいと思うほど、恐ろしく、深刻な立場でした。 しかし、その立場でびくともしませんでした。その道を行くことが使命だと思ったからです。もしこの道が簡単な道だったならば、サタンが先に選んでいたで しょう。サタンが行くことのできない道をお父様は行きました。

このようにしてその領域を家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙まで拡大するのです。それで、真の男性の立場で、神様と断絶した世界人類の仲保者とし て立ちました。そして、高速道路を築いて神様をお迎えしてくるのです。そうすれば、神様が天宙基盤から世界、国家、民族、氏族、家庭基盤にまで降りてきま す。神様が降りてきてとどまる場は、父母圏の位置です。今ではもう、サタンが越えてくることのできない領域をつくりました。

12      お父様は、有名な王国の王子として生まれたのではありません。誰も認めてくれませんでした。韓国は、戦争で傷ついた小さな国なので、そこに再臨主が来ると は誰も思いません。再臨主は、イエス様が死ぬことによって始まった民主と共産、イスラームとキリスト教の四大怨讐圏の争いが世界的に発展して収穫期になっ た時に来て、これを収拾して統一しなければなりません。名実共にそのようなことをしました。すべて成し遂げました。

そこで大成功するまで、多くの複雑な内容があります。一家族が巻き込まれて苦労することとは比較になりません。一国の苦労は何でもないのです。忍耐力をもって、すべて整理してきました。

13      主が再び来て、左翼と右翼の世界を統一しなければならず、宗教世界を統一しなければなりません。左翼と右翼の世界を一つにし、宗教世界を一つにすること を、お父様がしています。アメリカ政府がしたのではなく、ソ連政府がしたのではありません。来られる主は、イエス様が成し遂げられなかったことを、成し遂 げなければならないのです。このようにしなければ、復帰することはできません。これを乗り越えていくことができないというのです。歴史は、そのまま成し遂 げられるのではありません。

歴史は、摂理と共に進むのです。お父様が出てくることによって、摂理と共に歴史が進み、神様が生きていることを歴史的に証できるようになりました。神様を否定できない時代に来たのです。

14      祝福家庭は、イエス様の立場にいるので、国を復帰しなければなりません。イスラエルは、南と北に分かれました。北朝の十支派と南朝の二支派に分かれたので す。レアとラケルによって一つにならなければならなかったものが、紛争によって国家的な基準で分裂してしまいました。イエス様は、そのような立場で亡く なったのです。それを象徴するのが、右側の強盗と左側の強盗です。それがカインとアベルの立場で世界的な基準になっているので、その基準の上に再臨主が来 て転換し、勝利圏を形成して統一しなければなりません。

ですから、再臨主の使命をもった人は、共産主義を整備しなければなりません。それで、お父様は、共産主義を打倒する世界一のチャンピオンとして働か ざるを得ませんでした。民主主義を一つにしなければならず、世界を一つにしなければならず、アメリカまでも収拾してあげなければなりません。そして、宗教 界と政界がすべて一つになるようにしなければならないのです。

15      真の父母には、間接主管圏と直接主管圏を連結させる責任があります。サタンに引っ掛かっている個人、家庭、氏族、民族、国家、世界の塀を、どのように壊す かということが問題です。サタンはサタンなりに、継続するこの神様の役事をどのように遮るかと考えています。このように、互いに対決してきているのです。 サタンがしつこく、神様に敵対しているというのです。ですから父母様は、サタンと神様の中間で、いつもサタンを除去する業をしてきたのです。サタンの讒訴 を受けない位置で、このことを進めていかなければなりません。それで、蕩減路程が出てきたのです。それが人間の責任分担です。

今まで人間は、責任分担を果たせませんでした。サタンは、それがメシヤの責任であることを知っています。ですから、すべてのサタンの勢力を総動員し て、真の父母を攻撃したのです。父母様は、サタンの塀を壊す業を、個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、霊界まで経てなしてきました。

16      昔は、主流宗教を信じて善なる名を残し、善なる霊界に行っている霊たちが神様のみ意に従って、地上の摂理を助けました。そこを通さなければ、地上と関係を 結べる道が今までなかったのです。真の父母様がこの地上に現れ、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界的伝統を立てて闘い、勝利して越えてきたので、これか らは宗教圏解脱です。世界的な勝利の版図を備えたため、真の父母時代には宗教がなくなります。

アダムとエバ自体が堕落しないで真の父母になっていたならば、宗教は必要ありません。そのようになっていたならばそれ自体を中心として、永遠に天と 一体となって合徳するようになり、その一体的理想を中心として、先祖たちがいつでも、地上で暮らす自分の子孫と連結するようになるのです。イスラエルの民 族的選民圏、キリスト教の世界的選民圏、統一教会の天宙的選民圏を中心として、すべてのものを蕩減復帰したため、宗教圏解脱時代が来るのです。ですから、 霊界が地上世界と平面的に接することのできる時になるのです。

そのため、宗教を信じない人々も、選民圏を通して宗教を経て、霊界と連結され、過去の時代が過ぎていくようになります。真の父母の勝利によって、宗 教を信じない人々も宗教主流圏内で旧約完成時代、新約完成時代、成約完成時代に連なっていき、霊界に行ったすべての先祖が、いつでも地上の自分の子孫たち を訪ねてきて、協助する時が来るというのです。

真の父母様の最終一体・救援摂理完結宣布

真の父母様は、二〇一〇年、天暦五月八日(陽暦六月十九日)午前二時二十分と、五月 十五日(陽暦六月二十六日)午前三時二十五分、アメリカのラスべガスにおいて、神様と縦的に一心、一体、一念、一和、一核を成し、御夫妻が横的に最終一体 を成し遂げた基盤の上で、旧約・新約・成約時代の完成、完結、完了と、全体、全般、全権、全能の時代を宣布された。

そして二〇一一年、天暦十一月十七日(陽暦十二月十一日)、天正宮博物館において、「天地のすべての存在が焦点を合わせ、創造主、神様が探して立てられた創造本然の基準のもとで、すべての摂理の完成、完結、完了と最終勝利を宣言する」と語り、「すべてのことを成し遂けた!」と発表された。

海洋天正宮において、天暦十一月十七、十八日「天一国最大の勝利の記念日」という宣布文を記し、「神様と真の父母様一体完了!神様が完成、完結、完了!아주 侍奉天国成る。祝文鮮明、アーデュ!」と宣布された。また、真のお父様は、二〇一二年、聖和(天暦七月十七日、陽暦九月三日)される二十一日前の天暦六月二十六日(陽暦八月十三日)、地上の生涯における最後の公式宣布文を次のような要旨で残された。

「きょう、最終的な完成の完結をお父様のみ前にお返しし、今までの一生をお父様にお 捧げすることを知っておりますので、そのみ旨のままに、今や精誠を捧げてすべての生を終了する時間を備え、氏族メシヤが三百八十七ヵ国さえ復帰すれば、す べて終わることを宣布します。そのことのためのすべてを成し遂げました!すべて成し遂げました!アーヂュ!」。

17      お父様は、精神的にもそうですが、この体でも、すべてのことにおいて、誰も付いていくことができない伝統を立てています。天地を思って精誠を尽くしていま す。その精誠がしみ渡って天地に連結されるようになるとき、その精誠が主流となってサタンが侵犯できないのです。天の眷属とすべての霊人たちが橋を架け、 この道を通ってお父様が築いた基盤上に来ることに対しては、サタンが反対できません。今や完全にみ旨をすべて成し遂げたというのです。

18      お父様が行く道を、皆が反対しました。アメリカとソ連、中国が反対し、金日成主席が反対し、すべて反対しました。それをすべて越えたのです。左翼を崩壊さ せ、共産世界の解放とともに、サタン圏を完全に統一して、一つの基準で束ねるのがお父様の使命です。今や、この道を行くとき、塀がありません。今まではあ りとあらゆる塀がありましたが、すべて崩しました。個人から神様、八段階まで行ったので、塀のない中を帰ってくることができるのです。これが統一です。個 人統一、家庭統一、氏族統一、民族統一、国家統一、世界統一、天宙統一です。お父様がサタン世界の塀をすべて崩し、統一された環境をつくって、祖国を訪ね るのです。

19      四千年の期間に相当する過去四十年間、父母様は、安らかに寝ることができませんでした。全人類と全国家が反対してきました。その期間、どのように個人、家 庭、氏族、民族、国家、世界、天宙圏を克服できるかということに対して、身もだえしました。その峠を何度も越えていく道は、サタン世界とは全く違う道でし た。天宙の背後にいらっしゃる神様と交流して、サタン世界の塀を一つ一つ崩しました。個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙の塀まで、一つずつ崩して 高速道路を造ったのです。そのようにして人類は、アダムとエバが堕落する前の立場に復帰されたのです。

その時には、アダムとエバが行く所なら、どこへでも神様が付いていくことができます。そのような立場を再び取り戻したのです。天の世界が来て、サタン世界は退きます。サタンは、父母様が行く道を妨害できないというのです。サタンは常に屈服するしかありません。

20      私の前にある個人的な塀、家庭的な塀、国家的な塀を含め、積み重なっていた八つの塀をすべて突破しました。四十年間で、アダムとエバがいくらでも回ってい くことができ、行ったり来たりできる道をすべて築いてきたのです。その道は、私が個人的に回って余りある道です。数多くの宗教と国家が反対しました。しか し、私は突き進みました。それで、死なずにここまで生きてきたのです。

今や、すべて成し遂げました。すべて成し遂げたので、死んでも何の問題もありません。真理が残っているからです。原理が残っています。これは、神様の法廷で判決を受けた勝利の公布文です。サタンも否定できません。

21      復帰というものや完成というものは、アダムが一代でしなければなりません。真の父母一代で、すべてのことを整理しなければならないのです。ですから、どれ ほど忙しいか分かりません。そのため、宣布式をするのです。宣布式をしてこそ、神様がそこに旗を立てることができるからです。ですから、数多くの宣布式を することによって、神様が主人になる旗を立てるのです。旗を立てた所は、真の父母と神様が主管できる権利圏内に入ってくるのであって、サタンの権利圏内に は入っていかないのです。

父母様は、アメリカを経て、ソ連を経て、韓国に帰って真の父母宣布式を全国的に行いました。そのことによって、民族が反対せず、環境的条件が歓迎し たという杭を打ち込むのです。それからは、サタンは後退しなければなりません。その宣布の内容を信じて従う人々が、その宣布圏内に入ってくるようになれ ば、サタンが引っ張っていくことはできません。国をもたずに暮らしていた人でも、国境が設定されたのちには、その国の法と環境に合わせて従っていくように なれば、その国の民になるのと同じです。

22      お父様が、正に天から印を受けて顕現した、人類が何よりも待ち望んできた救世主、再臨のメシヤ、平和の王だということを明らかにしなければ、霊界でも地上 でも問題になります。ですから、宣言をしたのですが、宣言したものは、憲法を決定して宣布したのと同じなので、その法に一致していない人は失敗者になり、 法に一致することを宣言して立ち上がった人は、永遠に残ることができるのです。すべての完成標準になることはもちろん、法の決定標準になる憲法以上の位置 にあるので、包み隠さず、すべて発表しなければならないのです。

今までは発表しませんでしたが、お父様自身が今後、逝く時には「すべて成し遂げた」と言うことができ、み旨を中心として関与したその環境圏内で、お父様と関係を結んでいないものはないという事実を明らかにしてから逝ってこそ、天上世界でも初めて安着するのです。

それと同時に、地上でもそこに相対となって一つになることによって、平和の天国が連結されるのです。驚くべき話です。お父様自身も、生死の境を乗り 越え、死なないように最高の精誠を込めてこの位置にまで来たのであり、このことを宣布しているというのです。(504-203, 2005/08/16)

23      目に見えない神様ですが、見える実体以上に真の父母として、侍ろうと思わなければなりません。暗闇を除去し、光の中で光の道に従い、地獄の解放圏まで、天 上世界にサタンの足跡や影もなくなるその場まで、解決すべき責任があるのです。そのため、この責任分担を果たさなければなりません。神様の責任分担を果た して、神様が「私の天下だ。私の天宙だ」と言えるようにならなければなりません。

ですから、昼夜に限界線がなく、常に二十四時間、光明天地なので、光明天地の王になるのです。神様だけが王になることができます。私も、すべてを神 様に引き渡してこそ、「蕩減、解放、釈放を成し遂げた」と言うことができます。これが責任分担の完成圏であり解放圏です。天の国に境界線がなく、地獄に境 界線がないというのです。霊界の大きな谷間を平地にするのです。そうして、誰もが思いどおりに霊界の先祖と共に暮らすのです。先祖を呼べば来るようになっ ていて、先祖の言葉を聞いて実践できるのです。そのような天国本来の基準をつくって、神様が「すべて成し遂げた」と宣布しなければなりません。

私が創造理想も完成したので、神様の責任分担完成となります。原理原則を知らずに堕落したので、真の父母が教えて一体圏をつくらなければなりませ ん。そうであってこそ、解一放圏地上理想天国、本郷の地に平和が宿り、神様に侍ることができる祖国光復が始まります。(598-108, 2008/09/19)

24      お父様は、既にすべて越えました。私が考えても、夢のようなことを成し遂げたのです。どのようにして、このようなことをすべて成したのかというのです。自 分がやったとは夢にも思いません。天が内外においてすべて整えておいて、枠組みを築き、訓練して、また枠組みを築いて、すべて成し遂げたのです。天がより 苦労したというのです。ですから、私は不平を言わずに生きる人です。(311-107, 1999/08/19)

25      人間は、堕落によって故郷と祖国を失ってしまいましたが、地球星が私たちの故郷の地であり、神様がいる所が私たちの祖国です。どのように孝子、忠臣、聖 人、聖子になり、どのように王になるかをすべて知りました。知らないことがありません。ですから、地上天国と天上天国が成し遂げられるのです。

第四次アダム圏時代が来ます。それゆえ、「七・八節」を中心として真の父母の完全定着、そして「九・九節」と「三・十節」を中心として解放圏を宣布 しました。偽りの父が、神様が創造したすべてのものを消し去り、破壊したので、真の父母が再創造してすべて復帰完成し、統一世界、家庭理想一体地上天国時 代を開いたというのです。解放圏を中心として、第四次アダム圏の堕落していない本然の世界、何千年もの間、空いていた天国を一度にもってきて合わせられる ようになりました。

ですから、神様が解放され、サタンまでも赦されて天国に入っていける基盤がすべてできたのです。父母様も今や、解放されなければなりません。そうし て、最もどん底の谷間にいる人々まで、天国に連れていかなければならないというのです。(313-282, 1999/12/26)

26      お父様は一生の間、迫害を受けながら、ために生きてきたので、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界的な反対圏をすべて収拾しました。ですから、お父様は、 個人完成と同時に家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様まで、八段階の完成を間違いなくしたのです。六千年の歴史がかかっても完成できなかったこと を、すべて成し遂げました。ですから、今の世界には蕩減がありません。

第四次アダムの心情圏を中心として、絶対信仰、絶対愛、絶対投入をする場合には、相対的に上がっていくようになるのです。高速道路があれば、自動的 に宮殿の前まで直行できるのと同じです。何も妨害するものがありません。問題は、どのように運転するかということと、ガソリンがあるかということです。ガ ソリンだけ供給してもらえれば、いくらでも走ることができる時代になりました。(332-042, 2000/09/04)

27      神様は、一代だけでなく、数千年の救援摂理を継続し、この時まで四千年の復帰歴史を導いてきました。全体は六千年ですが、イスラエル選民圏を中心とした四 千年の復帰歴史がねじ曲がっていったのです。ですから、お父様が、これを四十年間で蕩減復帰しなければなりません。

そのようにして、一生を通して築いておいたあらゆる道を、お母様にすべて伝授してあげました。夫を自分の祖父のように信じ、自分の父のように信じ、 自分の兄のように信じなければならないのですが、そのように生きてきたというのです。それがお母様の立派なところです。(256-219, 1994/03/13)

28      摂理的禧年(すべてのものが元の位置に戻る、喜びの年)の二〇〇七年を迎えて、父母様を中心としてすることとは何でしょうか。お父様は、無形の神様に代 わってこの地上に現れ、天の機密、地の秘密、人間の秘密をすべて解き明かし、蕩減して、勝利した基盤をお母様に譲り渡しました。お母様は、これを中心とし て百八十ヵ国で、そして、カインとアベルが一つになって、四十ヵ国で一体圏家庭を中心に収拾したのです。その次には、皆さんの家庭が行かなければなりませ ん。

神様が一代、アダムが二代、それからアダム家庭のカインとアベルが三代ですが、三代圏を失ってしまったので、お父様がこれを越えて勝利したのです。お母様がこれを越えることによって、エバ圏が勝利して、父母様が勝利したのです。(569-071, 2007/07/22)

29      お父様は、監獄を訪ねていきました。平壌に行く時、既にどのような人に出会うかという約束がありました。どのような人に出会い、どのようなことをしなけれ ばならないかが分かったのです。イエス様が監獄に行く時、十二弟子がいましたが、すべて裏切りました。しかし、お父様は、獄中を経ながらも、十二弟子以上 を取り戻したのです。失ってしまったものをすべて捜し立ててこそ、蕩減復帰になります。

ですから、今後、記念塔を建てる場所はどこでしょうか。お父様が獄中生活をした場所が、記念になり得る実体の位置を築いた場所です。ダンベリーの苦 難以上の基準を中心として、お父様とお母様が一つになり得る一体圏を発表したのです。(566-183, 2007/06/19)

30      真の父母様は、すべての蕩減復帰摂理歴史を完成、完結、完了され、新時代を開いてくださいました。天一国の時代を開いてくださいました。今や皆さんは、み 旨を知らない多くの皆さんの隣人と、さらには多くの国の人々を教育して、天の父母様と真の父母様のみ旨と一つになれるように導かなければなりません。その 道だけが、天のみ前に負った負債を返す道であり、世界の前に使命を果たす道になるのです。(真のお母様、2013.10.22, 日本・神戸)

31      二〇一〇年、陰暦五月十五日、この日付が重要です。この日、お父様とお母様が最後の宣言をしました。その時、韓国とそれ以外に対する方針を、お父様とお母 様が約束しました。間違いなく、お母様がお父様と一つになって進むことを約束した時間です。それを公布した時間が、二〇一〇年、陰暦五月十五日午前三時二 十五分です。堕落した世界の終幕の闘いにおいて、お母様がお父様と神様を中心として約束したのですが、それが二〇一〇年、陰暦五月十五日午前三時二十五分 の出来事です。

その時、「三時は初不得三(精進すれば必ず成功するという意味)の三時代を代表し、旧約・新約・成約時代の完成、完結、完了の時代を迎え、真のお父 様と真のお母様の最終一体圏が完成、完了した全体、全般、全権、全能の時代を奉献、宣布する」と言いました。(2010.07.01,清海ガーデン)

32      天地のすべての存在が、二〇一一年十二月十一日、きょうこの時間に焦点を合わせています。真の父母がこの地上において、主人である創造主の本然の基準を完 成、完結、完了することによって、地と天、父と子女、家庭と世界が一体となって解放、釈放され、天宙の真の父母の勝利と創造理想世界の勝利の覇権を完成・ 完結・完了宣布するこの日となりました。

神様!真の父母様万万歳!万宇宙の解放勝利の覇権の王者、真の神様と真の父母一体圏家庭の天国となるようお許しくださった、すべてのことを成し遂げ ました。すべての勝利の主権が決定されたものとして宣布いたします。天と地、天地父母が一体となり得るけさ、完成解放終了を宣布する、この時間となったこ とを感謝いたします。アーデュ!(2011.12.11,天正宮)

 


 

第五節 真の父母様に倣い、真の父母となる

真の家庭のモデルを立てられた真の父母様

人間は本来、神様の愛の中で個性完成し、真の夫婦、真の父母となり、真の家庭を築か なければならない。真の家庭は、父母の愛、兄弟の愛、夫婦の愛、子女の愛を順次感じて、体得する「生活の時空間圏」であり、創造目的を完成する根本基台で あるため、すべての人間の願いとなる。真の家庭の一員となった人間は、真の愛の実体となり、神様のみ旨に背いて人に損害を与えたり、万物世界を悪用したり することができなくなる。真の父母様は、神様の創世以後、最初の真の家庭理想を完成することにより、人類が手本とすべき人生のモデルを立てられたのであ る。人類は天地人真の父母様が神様を愛し、人を愛し、万物を愛される、愛天、愛人、愛国の「ために生きる生活」をしてこられた、生涯の伝統を手本として、 そのごとく生き、実践しなければならない。

1     父母様の家庭が、全体家庭を代表しています。それで、世界人類の家庭を水平に置いて、再創造するのです。原理原則を中心として、すべて、一つにさせるので す。四大心情圏と三大王権と皇族圏が形成されるというのです。長子権から父母権が成立し、王権が始まり、皇族圏が始まるというのです。それが形成されてこ そ、神様が夜も昼も、思いのままに通過できるのです。

個人から世界のどこに行っても、すべて表面的に連結され得る概念が、統一された祖国です。家庭がすべて、連結できなければなりません。新しい家庭を 中心として、すべてに通じることができてこそ、祖国になります。新しい家庭が連結されたものが、祖国です。「私」がそのようなモデル家庭になれば、どの家 に行っても、そこにいることができるというのです。神様が思いのまま、自由に動くのと同じです。

2     霊界に行って幸福な人とは、どのような人でしょうか。自分の家に付いてきて、一緒にいたいという人が大勢いて、たくさんの人が出入りするとすれば、その人 は幸せなのです。民族が違い、環境が違いますが、体と心が一つになり、夫婦が一つになり、父母が一つになり、子女が一つになった新しい家庭組織があれば、 どこでもすべて合うのです。長子権復帰、父母権復帰、王権復帰と四大心情圏復帰ができれば、統一教会の世界になるので、通じない所がありません。新しい家 庭には、そのような責任があります。一つのモデルにならなければなりません。

このような完全な家庭を連結させたものが祖国です。それでこそ、神様が共にいることができます。神様も皆さんも、真の父母を慕います。自分が慕うよ うに皆さんも慕うので、神様が思いのままに入っていけるのです。そのように連結された家庭が大きくなったものが祖国です。モデル家庭が真の父母家庭であ り、その家庭を手本として、数多くの家庭を輩出することができるのです。

3     堕落した人間世界に一番必要なのは、神様の本然の愛を中心として堕落圏を乗り越えた真の父母です。原理で言えば、責任分担を完成するその圏内を越えた人 が、真の父母です。間接主管圏から、直接主管圏に入った人です。直接主管圏は、愛に一致した世界です。このようになれば、他の主人が現れることはできませ ん。絶対的です。

愛に一致すれば、二人の主人を願わないのです。神様も他の主人を願わず、人間も他の主人を願いません。これをもって、永遠の基地になるのです。それ がモデルとなります。それが家庭に拡大し、氏族、民族、国家に拡大し、その愛の軸を中心として、天運が回るようになっています。

4     創造本然の理想世界は、神様の真の愛、真の生命、真の血統を中心として、真の子女、真の兄弟、真の夫婦、真の父母の四大心清圏を完成することによって成し 遂げられる世界です。人間始祖が神様のみ旨を不信し、天使長と不倫の血縁関係を結ぶことによって、人間は悪の種を受け継ぐようになりました。このような愛 の関係により、人類は悪なる父母と悪なる子女を通して、悪なる生命と悪なる血統の根をもつようになったのです。

このすべての堕落の起源は、正に青少年期に発生しました。青少年期は、一生で最も重要な時です。今日の若者たちは、無分別な価値観の混乱によって、 人類始祖がそうであったように、堕落のどん底に陥っています。フリーセックスや利己主義などにより、道徳と倫理を否定し、父母と子女を否定し、家庭を貴く 思っていません。このような地上地獄になったので、地上天国を実現するためには、このすべてのものを、神様の絶対的真の愛の基準を中心として、神側に一八 〇度転換しなければなりません。

すなわち、悪魔が人類の家庭を崩壊したので、神様は人間を救うために、その反対の経路を通して、真の父母を中心とした真の家庭のモデルを立ててきました。神様は、創造本然の立場において、愛と平和の世界を願っているのです。

5     今、この世界は、家庭が崩壊していっています。父母自体も無秩序であり、兄弟も分裂しています。一つの家族がすべて、中心もなく反対方向に向かっていま す。その家庭の崩壞状況を解決するために、真の父母が必要なのです。真の父母を完全に知ることによって、家庭は収拾されるのです。

現在の家庭だけでなく真の父母を知らず、崩壊した人生を生きては死んだ過去の先祖たちの家庭も再び地上に呼び、復帰させることが可能になりました。 それが再臨復帰です。子孫も同じです。原理の内容をはっきり知って、体恤する基準の上に立てば、子孫を守り、正しい道に導いていくことができるのです。で すから、真の父母が必要な理由は、真の家庭によって収拾するためなのです。

6     神様の創造理想は、八段階の真の愛のモデルの主人を完成することです。すなわち、腹中時代、幼児時代、兄弟時代、約婚時代、夫婦時代、父母時代、真の祖父 母時代、真の王と王妃の時代を経て、永遠に変わらない真の愛の伝統を立て、父子関係である真の愛のモデルを完成するのです。真の神様の真の愛、真の生命、 真の血統は、絶対、唯一、不変、永遠なので、子孫万代の不変なる真の愛を中心としたモデルとして相続されるのです。真の愛を中心としてこそ、父子一体、夫 婦一体、兄弟一体になります。

父を愛の主人にしてくれるのが息子であり、夫を愛の主人にしてくれるのが妻であり、兄を愛の主人にしてくれるのが弟です。反対に、子女に父母がなく、妻に夫がなく、兄に弟がいなければ、それぞれ愛の主人の位置を探し出せないのです。

真の愛の主人になるためには、相対を自分よりも高め、そのために生きなければなりません。ですから、個人においては心身一体、家庭においては夫婦一体、兄弟一体、そして、国家一体を形成して、八段階の理想モデルである愛の圏を完成しなければなりません。

そうして、父母と子女、夫婦、兄弟姉妹、国々が、すべてこのような真の愛を中心に、八段階モデルの主人になることを願うのが、私たちの理想家庭と国 家です。ここから永遠の世界的平準化が始まるので、地上天国が出発するのであり、また、天上天国も自動的に成し遂げられるのです。

7     真の父母が現れて、家庭のあらゆるモデルを見せてあげ、教育してあげない限り、平和世界は、その起源がありません。真の父母が世界的に展開してきている国 際祝福結婚は、単なる一教団の結婚儀式ではありません。神様の愛の伝統を立てる救国、救世の運動です。青少年たちには、婚前純潔運動を実施します。そし て、成人たちには、神様の真の愛を中心に、夫婦間の絶対信義と貞節の誓約のもと、祝福結婚をするように導く運動をします。真の愛の家庭を通して家庭の崩壊 を防ぎ、国と世界に平和の礎石を据えるのです。

特に、政治的、歴史的に不和で怨讐関係にあった国家間の人々が、その高い塀を越えて、姻戚関係、真の愛の関係を結ぶようになるため、平和の範囲は、 国家を越え、人種を飛び越えることになります。真の平和に向かう高次元の公式は、不和と怨讐関係である家門、さらには怨讐国家の子女たち同土が交叉結婚祝 福をして、天地が願う、真の愛を中心とする真の家庭完成の祝福圏を成立させることです。怨讐同士が交叉結婚をしてこそ、平和の出発が始まります。家庭でも そうであり、国同士でもそうであり、思想同士でも、そのようにしなければなりません。そうすれば、思想界を越えて、思想界以上の幸福と平和の世界になりま す。ここから、神様と人間が願う永遠の平和世界が出発するのです。

8     真の父母様が歩んできた蕩減路程を絶対的に信仰すれば、霊界において過去のすべての塀を越えていける条件になります。父母様に侍ったその基準が、霊界と連 結されるからです。父母様が教えてあげた真の愛、真の生命、真の血統を中心として、心情一体を実現しなければなりません。

真の父という概念を中心として、心情と和合できる血統に連結された息子、娘になり、その息子、娘が、その神様の愛と生命の実の実体として、夫婦にな るのです。夫婦になることによって、二性性相の正分合本体の心情圏に一致し、天上世界と地上世界において縦的に一つになるのです。同時に、夫婦生活を中心 として東西が一つになり、息子、娘を中心として前後が一つになるのです。それは、家庭モデルの金型と同じです。モデルの表題です。

そこでは、神様の愛をすべて感じることができます。息子から感じることができ、娘から感じることができます。生命も息子から、娘から、血統も息子か ら、娘から感じられます。それが左右関係、上下関係として一体になっているため、神様の生命を身代わりした息子、娘になり、夫婦になることによって、横的 な基準で神様の愛、生命、血統が連結されるのです。

9     神様は主人です。神様は先生です。神様は父母です。これが三大主体思想です。真の父母になるためには、師の中の師にならなければならず、主人の中の主人に ならなければならず、父母の中の父母にならなければなりません。真の主人、真の父母、真の師になろうとすれば、真の神様をはっきりと知らなければなりませ ん。

真の神様の理想を中心として、真の人間、真の家庭、真の国家と国民を教えてあげるのです。しかし、今までそれを知りませんでした。真の父母は、正しく歩む道を教えてくれる人です。真の父母になれる道を教えてくれるのです。また、真の主人になれる道を教えてくれるのです。

10    天正宮博物館で揮毫した表題とは、「天一國眞聖德皇帝億兆蒼生萬勝君皇太平聖代萬事亨通」です。この標語を中心として生きなければなりません。今や誰が干 渉しなくても、天地の道理をすべて体得し、生きるべき道、公式的な道が分かったので、これ以上、教材は必要ありません。これが最後です。

11    父母様は今、地上で全体を越えて、勝利の覇権の位置、神様の王権樹立とともに、自主国勝利の解放世界と円一統一世界まで成し遂げました。そのため、父母様 を中心として完全に一つになるのは、創世前から創世以後の摂理歴史全体の完結を、「私」自身が判定するためなのです。判定されたその勝利の覇権をもって、 神様の印とイエス様の印と真の父母の印を受けてこそ、解放になります。そのような途方もない内容を、私たちがすべて個人的に蕩減することはできないので、 絶対信仰、絶対愛、絶対服従しなければなりません。

そのため、父母様を中心として、皆さんの所有観念や欲望、このようなすべての基準が、父母様以上に越えることはできないのです。

絶対信仰、絶対愛、絶対服従をして、相対的実体圏を、私個人から、家庭を越えて、国家、世界、天宙まで越えるとしても、変わることのない家庭モデル の形態をつくり上げなければなりません。皆さん個人と家庭において、祝福を受けた基準が、全体を越えて公認を受けられる主体的立場に立ってこそ、創造理想 世界、堕落がなかった本然の世界に帰るのです。円一統一世界に越えていくというのです。

12    個人から家庭、氏族、民族、国家、世界に、自由に往来できるモデルが、真の父母様の家庭なので、ここと永遠に一体にならなければなりません。そして、真の 父母様の伝統を受け継ぎ、家庭から世界まで、すべて神様と真の父母様と真の子女として同和してこそ、統一された祖国が完成するのです。いつでも真の父母様 の家庭が、そのモデルです。そのため、真の父母様の家庭とすべてのものが、一つにならなければなりません。世界とすべて連結されなければなりません。真の 父母様の家庭は、一体となった皆さんの家庭のモデルでもありますが、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界を越えて、全体のモデルになるからです。ですか ら、自由に往来できるモデルが父母様の家庭なので、ここと永遠に一体にならなければなりません。これは、父母様が個人から家庭、氏族、民族、国家、世界の モデルになるための伝統でもあります。

その伝統を受け継ぎ、家庭から世界が、神様と真の父母と真の子女として同和してこそ、統一された祖国が完成するのです。同和するというのは、完全に 和合して、一緒にいるということです。真の子女とは、父母様の直系の子女のことを言います。ですから、真の父母の家庭を手本として、世界が一つにならなけ ればなりません。そのモデルは、神様と真の父母を身代わりするためのものです。真の父母と神様を身代わりするためには、真の父母と直系の子女を中心とし て、一つに統一されなければなりません。それでこそ、祖国統一が成し遂げられるのです。

人類が行くべき真の父母の道

人間は誰しも、アダムとエバの堕落によって、宿命として復帰の道を行かなければなら ない立場に置かれた。神様のみ前に絶対信仰、絶対愛、絶対服従の生活をすることにより、億万のサタンを自然屈伏させ、勝利された真の父母様の典型路程を、 そのまま歩んでいかなければ、堕落の因縁を清算する道はないのである。

真の父母様は、地上だけでなく、霊界における凄絶な霊的闘いまでも勝利し、神様に絶 対信仰、絶対愛、絶対服従して、ために生きる実体となられ、その勝利圏を祝福家庭に相続させてくださる恩恵をお与えになった。人類は、真の父母様の真の 愛、真の生命、真の血統の伝統を相続し、真の父母となって、氏族メシヤと天一国の民としての責任を果たさなければならない。

13    人間は、堕落した父母から生まれたため、絶望の中で呻吟しながら、目的と方向も分からないまま、日々変化する立場で生きてきました。

しかし、私たちが行く道は、変わりません。朝はこのようにして、夕方にはあのようにして、というようなことはできないのです。「真の父母が行く道が 私の道であり、真の父母が暮らす生活が私の生活であり、真の父母が立っている場所が私の場所であり、真の父母の世界が私の世界である」という思想を強固に もたなければなりません。そして、「真の父母を慕うことにおいては、世界で一番慕っている」と言わなけれぱなりません。真の父母に侍って行く道にいくら暴 風雨が吹きつけても、これを幸せなこととして消化し、歩んでいくことができなければなりません。

ですから、未来になれば、世界の復帰や、一つの世界というものを夢見る必要はありません。皆さんはそのとき、歴史的伝統と希望の基準になる真の父母 の家庭を身代わりすることができる、未来の世界的な家庭になりなさいというのです。この原則は変わりません。その原則になる家庭が、真の父母の家庭です。

14    皆さんは、自分自体で完成するのではありません。純然と、父母様の愛によって完成するのです。子女が父母の懐から生まれれば、良し悪しにかかわらず、その 父母の形態に似るのです。それと同じように、統一教会では、真の父母の道理を教えてあげます。それが、皆さんには福の中の福です。

人間の願いは、真の父母に出会うことです。死の道を行っても会うべき人が、真の父母だというのです。歴史をすべて失ってしまい、時代をすべて失って しまい、自分の子孫をすべて失ってしまうとしても、真の父母に出会うならば、歴史を取り戻すのであり、時代を取り戻すのであり、未来を取り戻すのです。こ のような方が、正に真の父母です。堕落した過去の歴史は、一つの世界を願ってきました。ある一時に、平和の世界がこの地に立てられるということを、未来の 希望として抱いてきたのです。

15    今、父母様の家庭を中心として、世界人類の家庭と、家庭対家庭として向き合える時が来ました。復帰時代になったので、天の側の家庭モデルをつくっておき、 サタン世界の家庭に道を教えてあげるのです。息子、娘が父母に仕えるのと同じように、妻が夫のために、子女が父母のために、妹が兄のために尽くすのと同じ ように、今まで完全となり得なかった道理を超越し、完成した一つのモデルを掲げるのです。

真の愛を中心として、縦横の真の父母の心情をすべて受け継ぎ、完成した息子、娘になってこそ、真の父母になるのです。神様の心の中で構想した完全な 兄弟の理想を成し遂げたあとには、夫婦になります。夫婦の中でも、願ってきた最高の完成した夫婦になるのです。この夫婦が父母になるのですが、父母として も完成した位置にいる父母です。神様が天の家庭を中心として、理念として待ち望んだ心情的、系列的な完成実体として現れたのが、真の父母です。

16    皆さんの中心は、神様と真の父母という概念をもたなければなりません。これが、元来の標準の立場です。ここから新しい未来に拡大していかなければなりませ ん。このように拡大された世界をつくらなければなりません。皆さんは、絶対的な、元来の真の愛を中心とした家庭体系を形成しなければなりません。これが、 神様と真の父母様の伝統的な出発点です。

ところが、皆さんは今、このような立場とはあまりにも違うというのです。世の中の多くの悪い習慣と観念ゆえに、誤った方向に進んでいます。このよう なことが、将来、神様が審判するときに讒訴条件になります。最も恐ろしい条件を、皆さんはもっているというのです。今から誤った習慣、条件を一掃してしま い、真の家庭体系を確実につくっていかなければなりません。

17    祝福を受けたすべての家庭は、真の父母にならなければなりません。世界全体の家庭の真の父母化時代です。世界的な統一をするための基盤の上に父母と子女が 定着したので、全世界の祝福を受けた家庭は、真の父母化時代に入っていかなければなりません。

第一に、すべての祝福家庭の婦人たちは、お母様の伝統を相続しなければなりません。真の父母になろうとするので、その婦人たちは、お母様の伝統を受 け継がなければならないのです。皆さんも、真の父母化時代において、氏族圏内のすべてを一つにするため、お母様の代わりにお産の苦労をしなければなりませ ん。真のお母様は、聖霊の立場なので、霊肉共に生んであげなければならないのです。これは母の責任です。若い青年と一世の男性まで再び生み変えなければな りません。復活させなければならないのです。

第二に、家庭的メシヤ圏を解放していかなければなりません。再び生み変えて解放してあげなければなりません。再び生み変えなければ復活できないので す。重生しなければなりません。家庭と氏族を生んで一つにしなければなりません。氏族メシヤが氏族の場で、あらゆる氏族を一つの氏族圏にしなければならな いのです。それで、真のお母様の立場で再び生み変え、家庭と氏族的メシヤ圏を一致させなければなりません。アダム家庭、イエス様の家族が失敗したことを、 蕩減復帰しなければならないので、そのようにするのです。

18    今や皆さんが、アダムとエバ以上に、神様と共に暮らした個人的生活基準の家庭を越え、民族、国家、世界、天宙まで、家庭理想を完結しなければなりません。 偽りの父母になったアダムのすべてのものを、真の父母が一代で清算しなければなりません。歴史時代にサタンが植えた、汚れた死亡の血について、今まで誰も 知ることができなかったのですが、真の父母の一代でこれを整理し、神様の愛の一体圏心情的世界を中心として、家庭を越え、氏族、民族、国家、世界を越え、 天宙を越えて、初めて本然の基盤として定着するのです。

神様と共に、アダムとエバから今まで、人類の旧約時代、新約時代、成約時代、第四次アダム心情圏を通して、初めて定着したというのです。皆さんの家庭は、今まで数千万年を経て解放されたアダム家庭の位置を受け継いだため、これから皆さんは、新しい一族の先祖になるのです。

19    家庭では孝子の道理、国では忠臣の道理、世界では聖人の道理、天宙では聖子の道理を果たすことによって、家庭理想のモデルをつくらなければなりません。自 分の家庭は、個人を代表するだけでなく、氏族、民族、国家、世界、天宙の代表型として、これを成し遂げていくのです。そのようなとき、アダムが個人の立場 で堕落したように、世界の数千億を一人のように、一つの家庭のように考えて、一時に蕩減しなければなりません。祝福家庭の各自の責任です。そうして、自分 たちが立てた功績を中心として、各自祝福を受けた家庭が、新しい氏族になるのです。

サタン世界は、個人から氏族に広がっていきましたが、今や全世界が合わさって、世界個人型、世界家庭型となり、世界完成型である真の父母のモデル基 準と一致し得る相対基準にならなければなりません。皆さんの体が祭物的な立場で印を受け、家庭全体を身代わりして、世界人類のモデル型に一致できなければ なりません。そのモデル基準を開拓するために、父母棣の一代で今まで開拓の歴史を歩んできたのです。

20    皆さんは、天国の民にならなければなりません。真の父の国、真の母の国、真の長子の国があれば、そこに連結されて、天国の民が生まれるのです。ですから、 「私」が天国の民であり、息子、娘であり、主人だというのです。家庭から出発して、天国の主人になります。天の皇族圏に入るのです。家庭の主人は孝子、国 の主人は愛国者ですが、これが一つに連結されなければなりません。一つの道を行かなければなりません。孝子から愛国者、愛国者から聖人、聖人から聖子にな るのは、一方向です。後戻りはあり得ません。神様は、一つの道を行くことを願うのです。

最初は、孝子にならなければなりません。神様が「お前が絶対に必要だ。困難な場でも幸福な場でも共にいよう」と言うことのできる私にならなければな りません。「一生の間、永遠に共にいたい」と言うことのできる、私にならなければならないというのです。誰がいくら否定し、迫害しても、皆さんはその道を 行かなければなりません。天国の民になれば、そこには蕩減がありません。一度成し遂げた結果は、永遠に存続するのです。ですから、私たちに一つの希望があ るとすれば、再創造されることです。

21    真の父母は、真の愛の主人です。真の父母は愛の王です。私たちは、最も貴いものを失ってしまいました。それをどのように取り戻すのかが問題です。

真の父母、真の愛、真の生命、真の血統は、サタンがいくらじたばたしても、どうすることもできません。神様のみ旨に永遠に一致するためには、神様と人類が真の愛を中心として、主体と対象の立場で、永遠の関係を結んでいかなければなりません。

私たちがこのような結論に到達できなければ、人類は神様の創造理想である真の愛を中心とした生活を営んでいくことはできません。これが原理です。誰も否定できません。ですから、真の父母が絶対に必要です。

22    アダムの堕落によって、数え切れないほど多くの塀が生じたのですが、真の父母が現れて初めて、天上世界も、地上世界も、愛を中心として塀のない道にしてお きました。行くか行かないかは、自分にかかっています。真の父母によって、すべての村に高速道路ができました。

高速道路を行こうとすれば、自分の努力で車を手に入れて、訪ねていかなければなりません。真の父母によって、人類歴史の心情的世界と、霊界、肉界を 塞いでいた塀が崩れたので、大きな水道のパイプを通って全家庭に水が流れ込むのと同じように、滞りなく行ける道が開かれたというのです。それで、地上と霊 界の統一圏が、初めてこの基盤の上に形成されるのです。

23    今から私たちは、創造本然の夫婦であるアダムとエバの伝統的基準を確立し、創造理想の夫婦圏完成を通して真の父母となり、真の息子、娘に真の愛、真の生 命、真の血統を再び相続してあげなければなりません。そのような使命が祝福家庭にあることを忘れてはいけません。真の父母になったのは、個人が家庭的勝利 圏から氏族的勝利圏、民族的勝利圏、国家的勝利圏、世界的勝利圏、天宙的勝利圏だけでなく、神様の解放圏まで成就させるためなのです。

24    真の父母は家庭を収拾し、救世主は国を収拾するのです。この一つの責任があります。真の愛と真の生命の種をもって接ぎ木することによって、収拾できるので す。人類は、堕落したので、偽りの愛、偽りの生命の種を受けました。これが野生のオリーブになったので、真のオリーブから接ぎ木を受け、真の愛に連結され て、真の愛を中心とした生命を再び受け継がなければならないというのです。そのようにしなければ、真の父母の血族になれません。

25    すべての責任者たちは、自分の代身者、もしくは相続者を立てるとき、自分より優れた存在を願うのが天地創造の道理なので、主人となる人は、自分に従い、侍 る最も近い息子、娘に、「自分よりも優れた人になりなさい」と言って、道を開いてあげなければなりません。サタンは、そこから落ちていくように門を閉じて しまいましたが、皆さんがそのようにすることによって、堕落した血統の痕跡がない完全、完結の本然の血統を受け継ぐことができるのです。

そうして、天の国において、統治の主人として、真の父母、真の師、真の王として、血統的に神様と父子関係を結べる位置で、「私」が信じ、実行するこ とによって、神様が築いておいた真の父母家庭の代身者、真の父母の相続を受ける代身者として、すべてを相続させてあげられるようになるというのです。これ が天地に宣言する宣言文であることを知って、実践しなければなりません。

26    皆さんも真の父母にならなければなりません。そうだとすれば、氏族的真の父母になりますか、民族的真の父母になりますか、国家的真の父母になりますか。国 家的真の父母になれば、そのまま天国に上がっていくのです。個人(および家庭)的な真の父母は多くいます。ここにおいて一番の人が、氏族的真の父母に上が るのです。また、民族、国家、世界的真の父母に上がるのです。

真の家庭にならなければ、天国に入れません。天国は家庭が入るのです。天の国の編成は、家庭を連合して行うようになります。連合を通して公式をつく るのです。すべてのものが連結されて、公式をつくるのです。皆さんも完成した家庭をつくらなければ、天国に入れません。それが真の父母主義です。真の父母 として行く道です。

27    聖書に「わたしは道であり、真理であり、命である」(ヨハネ一四・六)とありますが、愛が抜けています。「わたしは道であり、真理であり、命である」とい うのですが、それをもって何をするのでしょうか。私たちは愛を入れなければなません。「わたしは道であり、真理であり、命であり、愛なので、だれでもわた しによらないでは,父のみもとに行ことはできない」と言わなければなりません。イエス・キリストが愛の中心者です。真の父母になることができます。体が心 に似ているのと同じです。真の父母時代に入って、真の父母に似れば、神様に似るのです。

28    神様の父母の心情と同じ心情圏を自分がもって、どのように一体化するかということが問題です。天上世界や地上世界、先祖たちや霊人たちや天使世界が、すべ てそれを中心として擁護し、保護するようになっているというのです。一番の問題がそこにあります。

骨髄の骨髄から神様と連結されていて、その肉身、体全体が真の愛の絆によって連結されているので、真の愛を中心として、主人と関係を結べるように なっているのです。被造世界のすべての周辺、この宇宙というものはすべて、そのような主人の前に一つとなり、主人を保護すべき立場になっているので、恨を 残したまま途中で死ぬことはないというのです。そのため、「私」の骨髄から、体と私の思いすべてが一つになり、真の愛の関係の中で、万宇宙の主人の資格、 神様が創造するときに願った創造理想的主人の位置に、いかに立てるかということが問題です。その主人が、神様のすべてに似た息子、娘なのです。

29    私たちには、完成概念があります。その完成をどのように成し遂げるのでしょうか。公式に従っていけばよいのです。

「このようにすれば、理想家庭を築くことができる」という公式があります。氏族、国家、世界、天宙に対する公式が、すべてあるというのです。そのような絶対公式の主人が神様です。

ですから、定着することは問題ありません。大きな公式と小さな公式が一つになって完成するのです。個人基盤、家庭基盤、氏族基盤、国家基盤、世界基盤に拡大します。そうすれば、神様のすぐそばに立つのです。

中心というのは、縦的に霊界と通じることを意味します。皆さんが、神様の息子、娘だというのです。神様に似た子女です。神様は、心と体が一つになっています。

しかし、皆さんの心と体は、今も闢っています。いつ統一されますか。一つになる過程、中間の立場にいるというのは、完成できなかったことを意味します。ですから、謙虚になり、他のために尽くそうとし、献身しなさいというのです。

「私は真の父母様の代表者である。私は神様と一つに連結されている。私はチャンピオンである」という観念をもっていれば、皆さんは中心の位置に立つ ことができます。「私」は第二の創造主だというのです。個人完成は問題ないということです。家庭完成も問題なく、氏族完成も問題ないのです。国家を越えて 影響を及ぼすこともできます。国境を越えて隣の国と連結できるというのです。

(第一篇の終わり)