第十一篇 超宗教平和運動と霊界解放の摂.... 1

第十一篇     超宗教平和運動と霊界解放の摂.... 1

第一章  超教派運動と宗教連合運勤   目次... 2

第一節    宗教の真の意... 2

第二節    宗教を通じた人類救援と神様の解... 10

第三節    超教派運動とキリスト教との対... 19

第四節    宗教連合運動と世界平... 26

第二章  超宗教平和運動と超宗教祝福結婚式  目次... 33

第一節    「国際宗教財団」と「世界宗教議会... 33

第二節    「世界平和宗教連合」と「世界平和超宗教超国家連合... 41

第三節    中東平和のための努力と超宗教祝福結婚... 46

第三章  霊肉界一体時代と霊界解放  目次... 52

第一節    真の父母様と霊... 52

第二節    霊人救援と霊界解... 60

第三節    霊肉界一体時代の主要な宣布儀... 68

第四節    「霊連世(れいれんせい)協会」時代と霊界大革... 89

 

第十一篇 超宗教平和運動と霊界解放の摂

第十一篇     超宗教平和運動と霊界解放の摂

人類は、人間先祖の堕落により、神様との心情的関係が切れるとともに、霊的世界に対 して全く無知の状態で生きてきた。神様がこのような人類の霊的無知を打開し、救援摂理を完成するための核心的な手段として立てられたのが、宗教であり、宗 教は、時代と地域によって、聖人たちの教えを中心に人類を覚醒させてきた。そして、ついに真の父母様がこの地に来られ、「父母の宗教」時代を開き、すべて の宗教が一つになって神様のみ旨を実現するように導くため、宗教の連合と一致運動に生涯を捧げられたのである

真の父母様はいち早く、一九六〇年代の中盤から超教派運動を展開し、統一教会とキリ スト教団の和解と一致のために努力された。また、一九七〇年代には、韓国宗教協議会を中心に、宗教連合運動の先頭に立たれた。超教派運動と宗教連合運動 は、宗教者たちを和合と統一に導く二つの軸として、一九八〇年代からは、同家的段階を越え、世界的な超宗教平和運動に発展した。このために、真の父母様は 「国際宗教財団」と「世界宗教議会」、「世界平和宗教連合」、「世界平和超宗教超国家連合」などを立てられた

真の父母様のこのような宗教連合活動は、全人類を神様の子女として生み変えること に、その究極的目標がある。そのため、真の父母様は、宗派を超越した超宗教祝福結婚式を通して、これを具体化された。二〇〇二年には、アメリカのワシント DCを中心として、世界で「十四万四千双超宗教聖職者祝福結婚式」を挙行するなど、数回にわたって超宗教祝福式を主宰されることにより、宗教間の壁を崩 し、世界を神様のもとの一つの家族として束ね、世界平和を実現するために努力された

真の父母様がこのように、超宗教平和運動を導いてくることができたのは、神様の心情 を誰よりも深く体恤する場で、霊界全体の実相を自ら経験することにより、今後実現すべき天一国に対する確信をもっていらっしゃったからである。真の父母様 は、霊肉界にわたって蕩減復帰摂理路程を勝利していかれ、堕落の歴史により霊界と地上において、幾重にも囲まれた障壁を崩して地上天国と天上天国の基盤を 築き、霊界解放の道を開かれた。そうして、神様が地上と霊界を思う存分に治めることができ、霊界の霊人たちと地上人たちが自由に通じ合える霊肉界一体圏の 時代を宣布されたのである

第一章  超教派運動と宗教連合運勤   目次

第一節    宗教の真の意

神について正しく教えるべき宗

真の父母様は、一九四五年の光復とともに公式摂理路程を出発し、宗教を前に立てて、 救援摂理と世界平和を主導しようとされた。そのため、宗教の役割について多大な関心をもたれ、一生涯、宗教間の和合のための努力をやめることはなかったの である。真の父母様は、無形でいらっしゃる神様の存在を強く認識させ、神様がどのような方かを正確に教えられる宗教が、真の宗教であると語られた

1     今まで、世界的に多くの宗教がありましたが、その諸宗教は、何を教えなければならないのでしょうか。すべての宗教は、まず神様について正しく教えなければ なりません。神様について教えるとき、漠然と教える宗教は、あやふやな宗教です

神様がいらっしゃるならば、どのようなお方としていらっしゃるのか、神様の愛とはどのようなものかなどについて教えてくれる宗教が、真の宗教です。世界的な宗教の中で、このような、内的で深い事情をもって歩んできた宗教がキリスト教です

キリスト教では、神様は父であると教えてきました。イエス様がこの地に来られて、「私は神様のひとり子である。人間の世の中に神様の息子として生ま れた人は私しかいない」と宣布したのです。父の息子として生まれたというのは、父の骨髄、父の血肉を受けて生まれたということです。そのような父子の関係 は、世の中のいかなる公式や法度でも断ち切ることができず、いかなる権勢や名誉でも否定することができません

このような観点で、イエス様がこの地上で神様を父と呼んだのは、万代を治めることのできる特権的な中心使命をもってきたという事実を、万有の前に明らかにするものでした

2     今日まで、人間は目に見える物質だけを追求してきた結果、二十世紀の物質文明を形成しました。しかし、見える物質世界だけを研究し、その価値だけを追求す ることが、人間の本来の欲求ではありませんでした。物質世界を超越した目に見えない世界と、無形の神様が存在するという事実を教えてくれるのが宗教です

ですから、このような宗教理念によって、無形の神様のみ前に進み出ることを望み、神様のみ意を尋ねていく群れ、そのような民族、国家、人類がいると すれば、彼らを中心として、二十世紀の物質文明を超越した新しい神様の世界、見えない世界が価値の中心となる新しい世界が成し遂げられるでしょう

結局、人間が物質世界を追求していけば、物質の第一原因となる力の世界を経て、見えない世界に到達せざるを得ません。そして、究極的には、見える世界を主管する神様の世界に到達するようになるでしょう

このように、見える世界は、見えない世界と相応的な関係を結びながら存在しています。そのため、一生懸命に祈り、精誠を捧げ、見えない世界に代わっ て、神様の胸の中に隠されている深い内的心情を体恤し、イエス様と聖霊の心情を体恤するようになれば、天上のすべての秘密を解き明かすことができるでしょ

3     宗教とは、絶対に人間だけを中心にして語るものではありません。神様を母体とした教えが宗教です。これが宗教の発源であり、本源なので、神様を抜きにした 宗教というものはあり得ないのです。そして、宗教を中心とした圏内でのみ、聖人になることができます。聖人になるためには、天意に従わなければならず、天 情を紹介しなければなりません

私たちがたたえる四大聖人たちは、教祖、または預言者です。そうだとすれば、聖人たちを誰がそのようにさせたのでしょうか。もし人間がさせたとすれ ば、人を中心とするはずですが、天意を中心としているのを見れば、神様が聖人たちを立てたとみなすことができます。そのようにしてつくられたのが、宗教文 化圏世界です

4     真の宗教は、架空の理想や架空の人類愛を説明するよりも、本然の問題に入っていき、人間が絶対に否定できないよう、神様に対する認識を何よりも強く植えつ けられる宗教でなければなりません。それ以上に真の宗教と言えるものはありません。その価値は、今日この世界で最も貴いと言われるものを一千個、一万個渡 しても、取り替えられないのです。歴史上のいかなる偉人や聖賢たちを統合しても、取り替えられないというのです

そして、神様の実存に対する自覚をもった人がいるとすれば、歴史はその人から発展するようになります。そのような自覚された境地における個人的な認識観、国家観、世界観、宇宙観などが問題になるのです

統一教会では神様の心情を語っていますが、これより次元が高いものはありません。心情問題は生活圏内で起きます。父母の愛、夫婦の愛、兄弟の愛というものは、すべて生活圏内で始まるのです。ですから、神様の心情を語るとすれば、次元が違うというのです

5     世界のあらゆる文化の歴史を見れば、その思想的な裏づけとなるものが宗教です。人類歴史と宗教は、運命を共にする関係にあります。ある時は時代を先取りし たり、ある時は後れたりしながら、今まで続いてきたのです。ですから宗教は、神様が理想世界と理想天国を築くための基盤です

その宗教で教えてくれることは、たった一つです。神様を教えてくれるのです。神様を愛しなさいと教えます。人間の本心は、人類を創造し、この宇宙を創造した神様を尋ね求めていきたいと思うのです。ですから、宗教は、神様の原理を教えてあげなければなりません

「宗教」の「宗」の字は、屋根の棟(むね)を表す「宗」の字です。宗教というのは、棟になる教え、すなわち、大梁(おおはり)になる教えです。そうだとすれば、神様の愛を教えてくれる以上に、何があるというのでしょうか。これ以上のことを教えてくれるところがありますか

人間の欲望や人間の良心が最高に願うのは、神様を占領し、神様の愛を占領することです。人間が最高に希望するその頂上を教えてくれるのが宗教です。次元の高い宗教であるほど、神様を強調し、絶対者であるこの宇宙の創造主を畏敬し、その愛を教えるのです

6     絶対的な神様がいるかいないかということは、この上なく重大な問題です。これは今世紀だけでなく、歴史を前にして、いかなる識者層や、いかなる聖人たちを 通してでも解決すべき人類の課業です。時代的な課業であり、歴史的な課業だというのです

そのため、思想的な面で神様を探し求めていく哲学的な世界の観点がありますが、それとは異なり、神様に出会って、神様から出発する神学的な世界観も あります。神様に出会って、神様と共に生活をするところから始め、世界の人類力どのようにして幸福に生きるかという問題を探究してきたのが宗教です

宗教は、神様と共に生活する環境から出発しました。その生活舞台は、個人の生活だけでなく、家庭から社会、国家、世界の生活圏まで発展していきま す。神様の生活理念を世界化するためには、全人類が文化的に異なり、地域的に異なり、歴史的な背景が異なり、また習慣が異なるので、そこに適応する宗教的 な内容を中心として、神様と共に生活しなければならないというのです

シャーマニズムを見てもそうです。神様と人間が関係を結ぶことにおいて、方向性を提示できなかったので、シャーマニズム化したのです。もし、そこに 方向性があったとすれば、私たちが生きていく個人生活圏、家庭生活圏、民族生活圏、国家生活圏、世界生活圏を通して、偉大な宗教に発展してきたでしょう

7     宗教は、真理だけで形成されたものではありません。宗旨というものは、真理だけではないのです。主義と思想は、真理を中心として進んでいきますが、宗教 は、真理以外に心情が内包されるのです。これが違います。主義と思想には心情がありません。しかし、宗教は、子女と父母が言葉なくして愛し合うのと同じよ うに、その何かが絡み合っています。論理的な条件を越えて動く、ある内容を備えているのです。しかし、主義はそうではありません。主義は組織的な結合で す。心情的な結合ではなく、組織的な結合なのです

私たちは、目標に向かって走る競争者として、その歴史的なコースに関する知識を備えなければならず、時代的な実情をよく把握しなければなりません。その次に、未来的な内容、その計画をある程度までは知っていてこそ、目標に向かって走っていけるのです

このように、天に向かって自分の生命を懸けて進んでいくことにおいて、天の歴史的な心情、時代的な心情、未来的な心情まで備えた人がいて、神様が今 までこのコースを立て、築いてくるためにどれほど苦労されたかを感じる人がいるとすれば、その人はいかなる困難にぶつかっても、難なく突破して進んでいく だろうと見るのです

8     人間世界に天宙的な理念をもった主義や主張があるとすれば、それは宗教です。宗教以上の主義や主張はないというのです。目に見えない創造主について、「そ のお方が私たちの父であり、私たちはその息子、娘である」と言うことができる関係、すなわち、離そうにも離すことができない父子の関係と、その価値を土台 として出発したものが宗教です

したがって、真の宗教は、単にある民族的次元にとどまっていることはありません。未来の国家、未来の世界、ひいては、天宙を見つめることができなけ ればなりません。また、創造主は、創造理想を中心として造られた地と人間を、三位一体的な関係で一つにするという目的をもって働いてきました。正にこのよ うな関係を回復しようとするのが宗教なので、宗教は今まで主従関係を重視し、何が先で何が後かという前後関係などの秩序的関係を結んできました。天倫がそ のようになっているのです

9     真の父母は、永遠に一組しかいません。アダムとエバ、最高の先祖は、二組ではなく、一人の女性と一人の男性です。彼ら人間の先祖が真の父母にならなければ ならなかったのですが、堕落することによって偽りの父母となりました。ですから、絶対的な父母を再び探し出さなければ、神様の創造理想を実現することはで きません。このような論法に照らしてみれば、愛し合う新郎と新婦を中心とした真の家庭、真の理想国家、真の理想世界をつくろうという内容を教えてくれる宗 教でなければ、真の宗教ではありません。真の宗教とは、真の父母が現れなかったので、真の父母が現れてこそ、真の家庭を築くことができるという理論をもっ た宗教です

宗教は堕落人間の修理工

宗教の使命は、堕落した人間を神様の子女として復帰し、神様が本来、構想された創造 本然の世界を実現することである。真の父母様は、「堕落した人類は、あたかも故障した機械のようになってしまったため、宗教は故障した人間を直す修理工場 の使命を果たさなければならない」と語られた

10    宗教は、天地創造の原則に符合する天倫の道理に従っていきます。すなわち、唯一の神様が天地万物を創造され、一つの目的の世界に向かって摂理してこられるので、その方向に向かって進むように教えるのが宗教です

ですから、宗教は肉的生活全体を否定します。仏教もそうであり、キリスト教もそうです。次元の高い宗教であるほど、「否定しなさい」というものが多 いのです。聖書の言葉も、そのようなことを教えてくれています。堕落した人間は、神様とそのままでは一つになれません。完全な解放を受けなければなりませ ん。一つの目的を追求する人間につくり変えられなければならないのです。そのため、宗教が必要だというのです

私たちは、盲目的な宗教生活をしてはいけません。神様は必ず公式的な法度を通して摂理されるので、その公式を知らなければなりません。このような公 式的な法度を教えてくれる所が統一教会であり、このような公式的な法度が入っているのが統一教会の教えです。統一教会の教えは、過去から現在まで、復帰摂 理歴史がどのようにつながってきたかを、はっきりと教えてくれています。これが統一教会の教えの中で最も重要な内容です

11    宗教は何をする所かと言えば、人をつくり変える所です。どのようにつくり変えるのでしょうか。体と心が永遠に争わない平和の場で、天宙の大主宰を代表する 一つの相対的資格と、実体的神様のような人格的資格をもって、永遠無窮に変わらない人間としての価値をもつ生涯を享受できる人間をつくろうというのです。 これを、人間だけがするのではなく、神様と合同作戦を行って完遂しようというのが宗教です

12    人間の本来の主人は、絶対的で統一的な神様です。そして、人間の心は神様に属しているので、磁石のように自然に主体の前に引っ張られていくのです。そのた め、人間は高い所をあがめ、絶対的なものを欽慕できる心を啓発してきました。この分野の使命を担ってきたのが宗教です。体よりも強い心の主体性を備えて、 この体を完全に主導するようにさせることが宗教の使命です

13    真の愛さえ臨めば、体と心は自動的に一つになります。神様の愛が臨むようになれば、体と心が完全に一つになるのです。神様は、このような原則を中心として 人間を救うために、宗教を立ててきました。宗教世界は、間違った人間を修繕する修理工場です。部品を作り、故障したものを直すためのものが宗教です

宗教の教えは、体と心を一つにすることに主眼を置いています。いくら修道をし、研究をしても、体と心を一つにしなければ、すべて壊れていくのです。 十年どころか、千年努力したとしても、水泡に帰すのです。このような人間の体と心を、どのように統一するのでしょうか。それを教えてくれた聖人がいません でした

「私」の体と心を一つにできるのは、真の愛です。神様の真の愛と、なぜ接することができなかったのかが深刻な問題です

14    人間は、神様の創造理想を実現したのではなく、理想世界を見つめて進む途中で堕落することにより、故障した存在になりました。そのため、人間は自分がどこ に向かい、どのような主人に従って、どのような世界に行くべきかが分からず、右往左往しながら生きています。これが現世の人類社会です

僕がいるとすれば、その僕よりも劣り、万物があるとすれば、万物よりも劣る価値の位置に落ちたのが人間です。これを回復するには、ただ盲目的にする ことはできません。再創造原理を通してあらゆる歴史を収拾し、修理工程を経て、再びつくらなければなりません。堕落した人間を再び収拾し、故障した人間を 再創造するために修理工場としてつくっておいたのが宗教です

15    皆さんは、正に故障した人たちです。ラジオが故障すれば、「ピーピー」と鳴るばかりで本来の音は出ません。そのように故障した人間なので、心が行こうとす るにもかかわらず、行くことができないのです。このように故障した人間を修理することができるならば、神様は存在されるのであり、それができないとすれ ば、神様はいらっしゃらないのです

神様がなぜ、故障した人間たちを修理するための工場を造ったのか、また、修理できる技術者をなぜ送ったのかが問題になります。その修理工場が宗教で す。宗教は、人間が堕落したのち、シャーマニズムなどから発展してきました。小さな修理工場から始めて、世界的な修理工場に造り上げてきたのです

16    世界の文化圏は、宗教思想圏と宗教文化圏から成り立っています。すべての文明の発源地は、宗教です。文明は、宗教を基盤として出てきたというのです。この 宗教が、修理工場の責任を担ってきました。そのため、世界は、四大宗教文化圏内にすべて包含されています。この修理工場で腕と脚と首と頭を造ったとすれ ば、組み立てなければなりません。ですから、この全体を組み立てる総合工場がなければならないのです。その総合工場が、統一教会です

今日、このような状況で、宗教を統一しなければならないという看板を掲げて現れただけでも、素晴らしいことです。ですから、統一教会に、仏教を信じ ていた人も入り、キリスト教を信じていた人も入り、儒教を信じていた人も入るのです。また、宗教を信じていなかった人も入ります。それゆえ、統一教会は総 合宗教です。総合的に組み立てるのです。名実共に、総合修理工場になったのです

体と心の統一と自己主

真の父母様は、人間の堕落によって分かれた心と体の闘いから、人類の葛藤と紛争が始 まったと考えられ、「宇宙主管を願う前に自己主管を完成せよ」と強く主張された。そのため、宗教は、体と心を統一した基盤の上で、すべての人間が真の愛を 通した犠牲と奉仕の生活を実践することにより、神様のもとの一つの世界を実現することを、最高の目標に置かなければならないのである

17    皆さんは、体と心を統一しなければなりません。これは歴史的な叫びです。福音の中の福音です。このことが実現されなければ、愛もすべて無駄になるのです。 人間の定義を論じることができる、論理的起源の基盤がないというのです。その起源の基盤がない論法というものは、現実と関係ありません。ですから、「私」 の心と体において、「完全に統一された」と言えるようにならなければなりません。神様は、「真の愛を通して心と体を一つにしなさい」と言われます

神様御自身の体と心が一つになっているのは、互いにために生きる愛をもっているからです。体は心のために生き、心は体のために自分以上のものを投入しようとするので、永存できるのです。投入し、さらに投入できるので、理論的な永生の論理が出てくるのです

18    宇宙主管を願う前に、自己主管を完成しなければなりません。キリスト教徒や宗教を信じる人々は、それを知らなければなりません。誰もが優れた人になること を願いますが優れているとは、どういうことでしょうか。優れた人になる近道は、まず自分から正すことです。体と心が毎日のように争っていて、休戦できずに います。(このままでは)祖父から自分、自分の息子、娘、孫、千年、万年たってもこの争いは続くでしょう。数多くの聖人たちが来ては去りましたが、解決で きませんでした

しかし、お父様がこの問題を解決したのです。ですから、真の愛によって一つになり、共鳴の境地に至れば、修道を通さなくても、すべて分かるのです。私はこれまで、迫害を受け、追われる身の上になりましたが、その渦中で生き残ったのは、私自身が行く道を知っていたからです

神様の垂直下に入れば、行く道が分かるのです。方向を知っているので、いくら大騒ぎしても、私の行くべき道を行くのです。お父様は、「滅びるだろう」と言われましたが、滅びませんでした

19    皆さん個人の体と心が分離しています。しかし、アベル的な立場に立っている心は、体のために今まで犠牲になってきました。投入して忘れ、また投入して忘れ ることを、一生の間続けるのです。ですから、心を中心として、体が一つにならなければなりません。体と心が一つになったところに天が共にあるのです。その ような男性とそのような女性は、カイン・アベルと同じ立場に立っているので、その二人が一つになるとき、神様が臨在できるのです

愛の関係を中心として、一つになったカイン・アベルの立場を探して立てなければ、発展することはできません。個人時代から家庭、氏族、民族、国家時代までそれを整理して、勝利的基盤を成立させなければ、神様の解放、アダム・エバの解放、子女の解放圏は成り立たないのです

20    宗教がすることは二つです。第一は、心に強い力で刺激を与えることです。宗教を信じれば、精神が引き込まれるほどの刺激を受けます。体のあらゆることを忘 れてしまえるように、心に強い衝撃を与えることによって、神様がいることを初めて知って、「ああ、主人は神様なのだなあ。この体と関わりがある悪魔ではな く、神様なのだなあ」ということが分かるように、心に強い力を補給しなければなりません。皆さんは今、心と体の力が同等なので争うのです。心に三倍から五 倍くらいの力さえ吹き込めば、心が体に勝つことができます

第二は、体を打つ力を強化することです。これと、心に強い力を補給することが、宗教の二大役事(働き)です。心を強くしようとすれば、三年間だけ、体を引っ張っていき、心の思うとおりにすればよいのです

心と体の力が同等なので、体が屈服できるようにひたすら苦労させるのです。宗教では「断食をしなさい。温柔、謙遜でありなさい」と言います。体は 「温柔、謙遜になろう」とはしません。ですから、「温柔、謙遜でありなさい!犠牲になりなさい!」と言うのは、二つのうち一方を強調するためです。(それ )宗教では、苦労しなさいと教えるのです

21    主体と対象である心と体が、一つにならなければなりません。私が修養しながら、最も苦労したことがそれです。体と心は、簡単に一つにはなりません。一番の 問題は、眠ることと食べることです。おなかがすけば、精神が乱れます。眠気に襲われれば、目が言うことを聞きません。その次には、男性として、女性に対す る問題です。これが三大怨讐です

この問題をすべて清算し、きれいにしなければ、天の国に行けません。そのような問題にぶつかるので、標語が「宇宙主管を願う前に、自己主管を完成せ よ」だというのです。私がいくら天下を牛耳り、天下を統一すると言っても、私自体の統一を果たせなければ、すべてが一時に崩れるのです

22    世界が必要とする宗教とは、いかなる宗教でしょうか。平和を提示する宗教です。そのような宗教になるには、自分を重要視し、また、自分を中心とした所有観 念や所有欲をもっていては不可能です。それは、歴史時代に、自分の祖国と自分の民族を中心とする主体的観念に支配されていた形態を抜け出すことができませ ん。これを抜け出させるために「自分を犠牲にしなさい」と言うのです

しかし、自己の利益を追求する世界の歴史に付いていけば、戦争歴史それ自体から抜け出せません。それを知る天は、「自分を犠牲にしなさい!自分を否 定しなさい!」と言うのです。また、「自分が主体の立場に立っても、主体である自分の利益を追求するのではなく、相対の利益を追求する道を選びなさい」と 言います。そうして、犠牲を強調し、奉仕を強調し、自分自らを否定する道を尋ねていくのが宗教の道です

第一章  超教派運動と宗教連合運勤   目次

第二節    宗教を通じた人類救援と神様の解

宗教の目的は人類の救

宗教は、救援摂理を通して人類を創造本然の姿に復帰し、創造目的を完成するところに目標がある。真の父母様は、このために、対内的にはみ言と愛によって食口たちを教育され、対外的には宗教連合運動を通して、救援摂理を拡大していかれた

1     人間が最も願うこととは何でしょうか。人間に何らかの欲望があれば、それは自分のための欲望ではなく、神様につなげて、神様と関係のある欲望として、新た に出発できる欲望の道を探し求めていかなければなりません。そして、自分が絶対的な価値を追求するとしても、それを自分の立場ではなく、絶対的なお方と関 係を結んだ立場で追求しなければならないのです

堕落した人間は、そのような立場を経なければ、堕落の因縁から抜け出すことができません。そして、この因縁から抜け出さなければ、私たちがいくら幸 福の要件を手にしたいと思っても、それは私たちと関係がないのです。ですから、この環境よりも強く、この環境を造り出した者(サタン)よりも強いお方と共 に、強い人にならなければならないのです。そのようにしなければ、これを解決する方法がありません。神様は、人類がこのようにかわいそうな立場にいるの で、そのような道を教えてあげるために、歴史時代に責任をもち、救援摂理をしてこられるのです

2     歴史は、必ず愛の道に従っていくようになります。人間は神様の愛を中心として出発したので、愛で統一された目的世界に越えていって勝者と敗者が決定される のです。これが、人倫生活の道理です。そのようなことを知っているので、私がこのことに対して命を懸けて闘いながら実践した経歴を、自信をもって報告する のです。このような事情を経ていく人類歴史の中で、宗教の歴史を見れば、長い歴史とともに「終わりの日」まで神様の救援摂理は続くので、主流的宗教形態が なければならないというのです。神様の愛の道を歩んで愛の家庭を築くことにより、愛の氏族を形成し、愛の国を築こうとすることが主流宗教の最終目的です

3     この世は、悪なる世の中、悪が占領している世界です。このような世の中で、どのようにして善なる人を育て上げるのでしょうか。この天地を創造した主人がい るとすれば、これは、そのお方にとって重大な課題にならざるを得ません。それゆえ、善なる人を育て上げることが、今まで神様がこの地に対して成してこられ た摂理でした。そして、この善なる人を育て上げる手段として立てられたのが宗教です

ですから、堕落したその日から、人間には宗教が必要でした。人間は堕落しましたが、人間の本心の深い所には、宗教をもつことのできる心の根、すなわ ち信仰をもつことのできる心の根があるのです。それは本来、悪が生じる以前から、人間に善民の基準、神様の創造目的を完成できる基準が設定されているから です。すなわち、創造目的を成就していける本性をもっているというのです。その本性は、いつでも神様が志向する善の目的に向かわせるようにしました。それ は、自動的な現象として現れます。そして、私たちの良心は、私たちが善に向かって動かざるを得ないように作用しているのです

4     宗教の目的は、救うことです。争いの場所から救うのです。紛争する世界を越えて、平和の世界に行こうというのが救いです。「救い」という言葉自体について 考えてみるとき、本来、人間はそのように争いをする姿ではありませんでした。皆さんは、病院に入院して、すっかり回復して出てくれば、「助かった」と言い ます。「その人を救おう」というのは、「状況が悪くなったので本然の状態に戻そう」ということです。ですから、堕落したので、堕落していない本然の位置に 帰らせようということです。本然の位置に帰れば、どのようになるのでしょうか。神様と人間の関係が、新たに結ばれるというのです

5     神様が宗教を立てた目的は、全世界の野生のオリーブをなくすためです。野生のオリーブを真のオリーブとして完成させるのが宗教の責任であり、宗教者の使命 です。ですから宗教は、「神様から離れて罪人になったので、善人になって神様に帰ろう」と言うのです。神様に帰る運動が宗教です。したがって、宗教の目的 は、人類を救って神様に帰らせることです

これまで、宗教者たちが信仰生活をする目的は、「私が宗教を信じて救いを受け、私が幸せになろう」というところにありました。しかし、世界の人類を救い、人類を連れて神様に帰ろうというのが正しい信仰者の道です

ですから、真の宗教者は、「私が宗教を信じるのは、この国を神様にお返しし、この世界を神様にお返しするためである。そして、私の息子、娘、私の子 孫をまず救うのではなく、国を先に救い、世界を先に救おう」と言う人です。このようにして、国家が救いを受ければ、「私」の家庭と息子、娘がみな、救いを 受け、世界が救いを受ければ、私の国も一度に救いを受けるのです。それゆえ、真の宗教は、人類を救おうという宗教であり、人類を救い、その人類を連れて神 様に帰ろうという人が真の宗教者です

6     神様のみ旨、神様の願いは、キリスト教を統一したのちに、その残りのすべての宗教を廃品のように掃き捨ててしまうことでしょうか。そうだとすれば、神様が 世界を救おうという、その救いの概念が変わってしまうのです。世界を救おうという神様なので、キリスト教を統一してから、その次にはその周辺にある宗教を 収拾しなければなりません

神様の救援摂理は、この地球星だけでなく、天宙までも救わなければなりません。過去、現在、未来の人間を救わなければならないのです。この地球星に 生きては死んだ、すべての人まで救わなければならないというのです。地獄があるとすれば、地獄にいる人までも救わなければなりません

神様が本当の主人であり、本当の愛と慈悲をもった主体であるとすれば、宗教を統一したあとは、必ずこの世界を一つにして、世界全体を救わなければならないというのです

7     宗教が求めようとするのは、天の国です。神様を中心として天の国を建てるのです。歴史路程で人間が求めてきたのも天の国です。天の国とは、この世界のこと です。ですから、神様を中心とした世界をつくろうというのです。そのような世界をつくるために生まれ、そのために生き、そのために死んでいった人は、その 国の民の中でも、忠臣にほかなりません。それだけではなく、父母の前には孝子にほかなりません。ですから、私たちはそのような教えを中心として全人類の前 に手本となり得る近道を提示してあげなければなりません。その道は、万民が共通に欽慕し、従っていくべき道なので、その道から統一が始まるでしょう

個人救援から家庭救援の時代

真の父母様は、人間社会の基本単位が個人だけではなく家庭であることを明らかにさ れ、「神様を中心とした家庭を正しく立て、その家庭から救いの版図を全世界に広げていかなければならない」と語られた。このために、宗教は個人だけではな く家庭を救うことにより、世界復帰の先頭に立たなければならないというのである。一九五四年に「世界基督教統一神霊協会」を創設したのち、四十周年となる 一九九四年に「世界平和統一家庭連合」を発表したのも、家庭救援の重要性を強調されたものである

8     今までの宗教は、個人を救うための宗教でした。これが歴史始まって以来、今まで宗教が越えようとした一つの峠でした。この個人の峠を越えれば、家庭の峠が あります。統一教会は、個人の救いを目標とする教会ではありません。六千年間、個人の救いを中心としてきた宗教形態から抜け出し、家庭を救うための宗教に ならなければなりません。これが今後、統一教会が解決すべき歴史的課題です

今まで、家庭の救援を目標にしてきた宗教はありませんでした。今まで歴史過程を経てきた数多くの宗教は、国家を建てる位置に上がることができません でした。救いの目的が個人の救援だったからです。(家庭の救いに基づいた)社会の救援、国家の救援を目的としたのではありませんでした。ただ個人の救援を 宗教の目的としてきたのです

しかし、統一教会が行くべき道の前には、家庭の峠があります。この家庭の峠を越えるには、自分一人で越えては駄目なのです。必ず二人(夫婦)が一緒 に越えていかなければなりません。一緒に越えていくのですが、前後関係で越えていくのではなく、左右関係で越えていかなければなりません。エバは天使長、 アダムはエバに従っていくことで堕落が起きたからです。左右に同じ立場、平等な立場、同等な立場で行ってこそ、相対的な救いが成立するのです

9     今まで教会は、個人救援時代でした。今からは、祝福を受けた家庭を中心とした家庭救援摂理時代です。家庭が連合するようになれば、氏族救援摂理、国家救援 摂理時代に越えていくようになります。氏族が祝福を受ければ、氏族が救いを受けるのです。国が祝福を受ければ、国が救いを受ける時代に入っていくのです。 次元が飛躍するというのです。ですから、教会(を中心とした摂理)時代は過ぎ去ります

アダムとエバの個人が堕落することによって家庭をひっくり返したので、これを復帰しなければなりません。体と心が一つになり、家庭が一つになり、国が一つになり、世界が一つにならなければなりません。統一しなければならないというのです

アダム家庭では、サタンによって偽りの血統が連結されることにより、すべて分裂しました。今や、真の父母が来ることにより、体と心が一つになった夫 婦を中心として家庭が一つになった基盤の上で、全世界が復帰される平準化時代、統一時代に入りました。真の父母様が真の血統をもってきて、個人の体と心を 連結することにより、完全に一つになった男女が、家庭を中心として完成し、結合するようになります。そうして、このような完成家庭が拡大し、自動的に横的 拡張を成した世界が、神様の統治される天国です

10    今までの宗教は、どこまでも個人の救援を目的としながら、個人を悪から救うという内容を教えてきました。しかし、これから世界が必要とする宗教は、個人を中心としたそのような宗教ではなく、家庭の土台を整える宗教です

天意によって保障を受けることができ、人意によって公認を受けることができ、天情と人情が合わさった場で、いかなる試練にも耐え忍ぶことのできる家 庭の救援運動が新たに現れるようになるとすれば、そのような宗教運動は世界的に広がるでしょう。それは、韓国という特定の国を中心としたものではなく、超 国家、超民族的な基準で、家庭の理念を中心として現れる運動になるでしょう。そのような運動をする宗教があるとすれば、その宗教は今後、この世界に絶対必 要な宗教になるでしょう

11    私たちは、個人の救援を目標として行くのではありません。家庭救援の土台を立てなければなりません。家庭は、社会形成の基礎になり、国家形成の基盤になり ます。ですから、真の家庭が現れなければなりません。真というものは、「真なるもの同士で一つになってはいけない」と言っても、一つになるのです。しか し、水と油はいくら一つにしようとしても分離します。一つにしようとすればするほど、分かれるというのです

本質的に、和合できる内容を備えた家庭、統一の要件を備えた家庭になったとすれば、そのモデル的な家庭によって、氏族形成が可能になるでしょう

その家庭は、今まで私たちが習慣的に生活してきた家庭とは内容が異なります。今までの現実的な社会制度や世界情勢に観点を置き、そこに一致させて、新しい方案を模索していく家庭とは異なります

モデル的な家庭が一致させようとするのは、今日、私たちが暮らしているこのような社会ではなく、このような環境ではありません。これを超越するのです

12    今まで人々は、自分一人が救いを受けるために信仰してきました。私たちの信仰は、そのような信仰とは根本的に異ならなければなりません。内容が異ならなけ ればならないのです。「私一人の救いのためであれば、世界を捨て、国家を捨て、氏族を捨て、家庭を捨てよう」というのが、今まで宗教が追求してきた道でし

しかし、今日、統一教会が行く道は、これとは異なります。個人を必要とするのは、家庭をつくるためです。家庭を必要とするのは、氏族をつくるためで す。氏族を必要とするのは、民族をつくるためです。民族を必要とするのは、国家を形成するためです。その国家をつくるのは、国家自体のためではなく、世界 をつくるためです。根本的に違うというのです

ですから、国家形成の基本は家庭です。したがって、私たちは、個人の救援を目的とするのではなく、家庭の救援を目的としなければなりません。過去 に、私たちは神様と縦的な立場で相対的関係を結びましたが、この時代には、縦的な立場でのみ相対的関係を結んではいけません。それは、どこまでも自分に限 定されたものです

今までの信仰生活は、自分に限定されたものでした。縦的な内容を備えて自分が主体となり、縦的な一つの実体となって、その実体は横的な一つの相対的基盤を決定しなければなりません。これは、今まで信仰者たちが信仰生活をしてきたものと異なります

今までの一般の宗教が願う立場と、今日、統一教会が願う立湯は全く違うというのです

13    この世には数多くの人がいますが、大きく二つに分けてみれば、男性と女性に区分されます。彼らが一つになることのできる秘法を模索することが、私たちの根 本目的です。今までそのような結実的な家庭の起源が出てこなかったので、私たちはそれを模索していくのです。そのような起源が現れて種を蒔けば、新しい木 になるでしょう。これが統一教会の祝福です

知恵深い人は、個人的な頂上から家庭的な頂上に、いかに飛び越えるかを考えます。また、どのように家庭的頂上から氏族的頂上に飛び越えるかを考える のです。そのために歩む人がいてこそ、家庭が救われ、そのような家庭があってこそ、氏族が救われるのです。また、その氏族は、民族の頂上を越えていかなけ ればならず、その民族は国家的頂上を越えていかなければなりません。その次に、国家が世界的な頂上を乗り越えれば、世界復帰は簡単に実現されます

このように、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙の七段階を越えていかなければなりません。この七段階を越えて八段階に上がれば、神様と通じ合うようになるのです

14    イエス様は、「神様は私の父である。私は神様のひとり子である」と言いました。そのひとり子は、父の愛を根こそぎ受けるようになります。イエス様は、神様 と人間の関係をはっきりと明らかにしました。天地の核心を説いたのです。また、「神様のひとり子として、その初愛を受けた」と言いました。そのような神様 の愛を中心として論じれば、イエス様以上の人はいないという結論が出てきます

その次に、イエス様は御自分のことを新郎、信徒のことを新婦と言いました。相対がすべて新婦になるというのです。実際、新郎と新婦以上に近いものは ありません。また、イエス様は「私はあなたがたと兄弟である」と言いました。それは、神様を中心とした神意による家庭と、人意による家庭について語ったの です

人間が願うのは家庭です。男性も女性も、成長すれば家庭を築きます。人情の安息所は、家庭から始まるのです。天情の安息所も、家庭から始まります。 イエス様は、神様を中心とすると同時に人間を中心とした、すなわち、神様と人間が一つになった家庭を模索しました。理想的な世界は、神様と人間が合一した 家庭が出てきてこそ、実現されるのです

神様の解放と父母の宗

宗教の究極的目標は、人類を罪悪と苦痛から解放し、神様が構想されていた創造本然の 世界を回復することにより、神様を解放してさしあげるところにある。そのため、真の父母様は、一生涯、子女を失った神様の恨を解怨するために全力投球さ れ、ついに二〇〇一年一月十三日、神様王権即位式を挙行されることにより、実体的に神様を解放してさしあげたのである。また、世界には数多くの宗教が出現 したが、これらの宗教は復帰摂理歴史の進展に従って、異なる時代的使命を担ってきた。真の父母様は、「僕の宗教、養子の宗教、息子の宗教時代を経て、父母 の宗教が登場する」と語られ、統一教会が父母の宗教の役割を果たさなければならないことを強調された。そして、父母の宗教は、神様の愛を中心として創造本 然の父母を探し出すことにより、すべての宗教を統一し、人類を一つにできる最後の宗教であると説明された

15    宗教を信じるのは、「私」が救いを受けるためではありません。イスラームを信じ、キリスト教を信じるのは、私が救いを得るためではないのです。神様を解放 するためです。ムハンマドも、自分より人類と神様を愛することを願い、イエス様も、自分よりも人類をより愛し、神様をより愛することを願うというのです。 お父様も、自分よりも人類を愛し、神様をもっと愛しなさいと教えています

自分以上に人類を愛し、また人類より神様をもっと愛するというのが鉄則です。宗教者たちの目的は、人類を解放し、神様を解放することです

16    復帰路程は、個人復帰にのみ該当するものではありません。個人を種として家庭を復帰しなければならず、家庭を種として氏族を復帰しなければならず、氏族を 中心として民族、国家、世界、ひいては天宙復帰を完成してこそ、神様の解放が起きるのです。神様が今まで解放されなかったというのです。御自身の創造理想 を通して立てた経綸が、天宙史的な立場で完成を見ることのできる立場に立てなかったため、今まで神様が計画したすべてのものが失敗した立場に落ちたので す。それゆえ、神様も今に至るまで、解放された立場にいらっしゃらないというのです。そのように失敗したことから解放されるようになるとき、初めて神様の 解放が起きるのです

ですから、宗教の使命は、正に人類を解放することです。その人類を解放する目的は、人類の解放だけで終わるのではなく、神様までも解放しなければな らないからです。人類が完成するとき、神様のみ旨が完成し、人類的で天宙史的な幸福の起源が、神様を中心として出発するのです。このような原則が国家にも 適用され、氏族にも適用され、家庭にも適用され、個人にも適用されるのです

17    今まで、救いの目的とは何かを誰も知りませんでした。定義を下すことができませんでした。このような混乱した世界で、統一教会は救いの定義を明確にしまし た。それで、救援摂理は復帰摂理だというのです。「復帰」という言葉は、偉大な発見です。アダムとエバが罪を犯す前、神様の愛を直接受けることができるそ の世界に帰ろうというのが、救援摂理の究極的な目的です。ですから、神様の救援の目的やメシヤの救援の目的、私たちが救いを受ける目的は一つです。すべて 同じだというのです

私たちが宗教を信じる目的は、罪のない世界、神様と本然の世界を訪ねていくこと、それしかありません。そして、兄弟である世界人類が一つになり、共 に神様の愛の世界に帰ろうというのです。皆が神様に帰ろうというのが理想です。ですから、神様の目的と、メシヤの目的と、人類の目的は一つです。私たち は、この三つをすべて統一することができます。これが統一という命題です

神様を解放し、メシヤを解放し、人類が解放され、皆が喜ぶ愛の世界をつくろうというのです。統一教会は、そのような観点を中心として出てきました。 統一教会を通して、宗教を統一しようというのです。いかなる宗教でも、地上でこのような神様のみ旨に一致する宗教にならなければなりません

18    私の生涯は、それこそ形容し難い茨の道であり、闘争と逆境の道でした。死の境に立ち、「これで最期だ」と思ったことも、一度や二度ではありません。事実、 私が今も生きていること自体が、むしろ奇跡であると言わざるを得ません。私は、生きていらっしゃる私の父なる神様を知ってからは、一分一秒も他のことを考 えることなく、ただただ天にいらっしゃる私の父のみ旨を成し遂げてさしあげなければならないという一念で、一生を貫いてきました

神様は、人類をこの上なく愛していらっしゃいますが、この地上には、神様の愛を本当に知っている人は多くありません。神様は、この地上の全人類を幸 福にしようという思いと、地上に天国を建設しようという思いに燃えておられます。神様の本性は真の愛であられ、本来、神様と人間の関係は父子関係でした。 しかし、歴史を通して、人間はその神様を知らずにいるばかりでなく、その神様の胸に不孝の釘を打ち続けてきました

天にいらっしゃる人類の父は、子女を失った父母と同様の断腸の思いと悲しみの恨を抱えていらっしゃることを、私は発見しました。私の人生の目標は、 神様の積もり積もったその恨を解いてさしあげることです。神様を、悲しみと寂しさと苦悩から解放してさしあげることが、私の生きてきた目的でした

19    最後の心情世界を連結させることができる宗教とは、神様が一番かわいそうだということを詳細に教えてくれる宗教です。(今日まで)神様は、素晴らしくて偉 大だとばかり言われてきたのですが、そうではありません。かわいそうで、無念な神様、悔しくて恨があふれる神様です。ですから、これを詳細に教えてくれる 宗教が出てこなければなりません。悲しみの神様を知らなければ、解放してくれる神様、審判する神様(という本当の意味)も分からないのです

それゆえ、歴史的な神様の心情に通ずる宗教が出てきてこそ、歴史的な宗教の使命を果たすのであり、時代的な神様の心情を教えてくれる宗教が出てきて こそ、時代的な宗教の使命を果たせるのです。そして、未来的な神様の心情を教えてくれ、そのような心情に通ずるようにし、その心情に代わって神様を慰労で きる宗教をつくってこそ、その宗教が「終わりの日」に残る宗教になるでしょう

20    宗教には様々な種類があります。僕の宗教があり、その次には、養子の宗教があり、息子の宗教があります。そして、最後には父母の宗教が出てこなければなり ません。人間が堕落したので、宗教が必要であり、救世主も必要なのです。人間が堕落していなければ、救世主も宗教も、すべて必要ありません。直ちに神様と 一つになり、永遠なる神様の愛を中心としてこの地で暮らし、そのような父母から生まれた息子、娘と子孫が、すべて天の国に入っていくのです。地上天国から 天上天国に入るのです

ですから、最高基準の宗教を、何によって決定するのでしょうか。人間が堕落していない本来の善なる立場で、創造主である神様と、その対象である人間 が出会うことのできる、原則的な内容を基準として選択せざるを得ないのです。それが、神様の息子になることであり、神様と一体になることであり、創造の能 力を行使することであり、創造の偉業を受け継いで喜びを感じるようになることです。これが四大要件です。これに符合する内容に従って宗教の等級が決定する というのです

21    数多くの宗教がありますが、宗教の中で最後の宗教は、神様の原理を中心として、完全に一つにしてくれ、私たち自身を再び生んでくれる父母の宗教です

統一教会は、父母の宗教の使命を完結し、僕の宗教でできなかったこと、養子の宗教でできなかったこと、息子の宗教でできなかったことを、代わりにす べて完成する使命を果たそうというのです。これが神様のみ旨の中から出てきたので、この宗教のみを中心として、人類は願いを成就することができるのです。 そこから統一が可能です

また、堕落した父母によって、私たち人間が悪の血統を受け継いだので、これを完全に蕩減復帰した善の父母が出てこなければなりません。そうして、神 様の本然の血統に復帰してあげることができなければなりません。そのような基準を完全に備えなければ、本然の完成した人間、体と心が争わない完全な人間が 出てくることはできません

22    宗教は、どこに行かなければならないのでしょうか。真の父母との関係を尋ねていかなければなりません。神様の愛の門を通過して、本然の関係、すなわち、本 然の真の父母を中心として、神様の子女の立場を復帰しようとするのが、今までの宗教の最終目的なのです。このような目的を追求する宗教が、正にキリスト教 です。それゆえ、キリスト教が名実共に世界的な宗教になり、「終わりの日」に世界の文化を支配できる宗教になることができなければ、神様はいないという思 想が出てくるようになるというのです

統一教会は、神の愛を中心とした本然の男性と女性になることによって、失われた父母の関係を決定する責任を果たそうというのです。これができなければ、いくら世界を統一するとしても、本当の意味での統一とは言えません

私たちは、神様の愛を中心として、堕落前の本然の男性の姿を探して立てなければなりません。神様の内的な心情が連結されたその男性を中心として、神 様が喜ぶ中で女性を探して立て、一組の真の父母をこの地上に誕生させることができなければなりません。このような宗教にならなければ、この宇宙のすべての 宗教を統合することはできず、全人類を統一することはできないのです

23    旧約時代までは物質を祭物にした時代であり、新約時代は愛する息子、娘を祭物にした時代でした。言い換えれば、旧約時代までは物質を祭物にして息子、娘の 生きる道を築いてきたのであり、新約時代は息子、娘を犠牲にして、再臨主が来る道を築いてきたのです。再臨主は父母様なので、父母様が来る道を築いてきた というのです。また、父母様が今まで歴史的路程で犠牲になってきたのは、神様をこの世にお迎えするためでした。この道が、宗教を通した救援摂理の道だとい うことを、初めて解き明かしたのです

宗教が行く道には、僕の宗教があり、養子の宗教があり、庶子の宗教があり、直系子女の宗教があります。その基盤の上に父母の宗教が出てきて、平和の天国に向かって進んでいのです。

第一章  超教派運動と宗教連合運勤   目次

第三節    超教派運動とキリスト教との対

神様は唯一であられ

キリスト教は、絶対者であられる神様に従いながらも数多くのの教派に分かれてきた。 超教派運動は、すべての教派が互いの利害関係を離れ、唯一なる神様のもとに手をつなごうというものである。真の父母様は、教派を超越して共に神様に侍って 暮らすことこそ、すべてのキリスト教徒たちが実現すべき本質的道理と使命であることを強調し、超教派運動を展開された

1     天地を創造された神様は、二人ではありません。もし二人の神様がいらっしゃるならば、創造目的も二つにならざるを得ません。創造目的が二つであってはいけ ません。ですから、神様はお一人でなければならないのです。唯一の神様が造られたすべての被造万物が、二つの目的をもっているというのは、あり得ないこと です

唯一の神様が一つの創造目的を立てられ、その一つの目的を完成するために、すべての存在物を造られたのです。そして、万物が一つの目的を志向するよ うにされました。唯一の神様が一つの目的を中心としてすべての天地万物を造られたので、この歴史がいくら興亡盛衰を繰り返したとしても、一つの目的に向 かって前進するのです

2     今日、人類が信じている神様は、「私」の神様であると同時に、人類の神様です。私たちの神様であると同時に、世界的な神様であり、世界的な神様であると同時に、天地の神様です。それと同時に、宇宙的な父母です

世界には、神様を唱える教派が多くあります。しかし、教派圏内で唱える神様は、もはや必要ありません。教派を超越して、全天地の中心として信じ、唱 えることができ、全体に代わって神様を「私の父」と呼べる資格がある存在が集まってこそ、この地上に神様を迎えることができるのです

3     神様は、必ず地上に宗教を立てて世界の救援摂理をされるのですが、その宗教は、世界性を帯びるようになります。ですから、一つの宗教を模索しなければなり ません。その宗教の教理には、一つの世界をつくるという内容がなければならないのです。その一つの世界は、神様と関係ない一つの世界ではありません。神様 を主体として、天と地が完全に一つになった宗教的教理の内容をもっていなければならないのです。そして、すべての主義や思想と闘うのではなく、それを自動 的な立場で消化できる主体的な能力がなければなりません

そこでは、自分に味方する人や自分の民族、自分の文化背景と一つになるだけではなく、自分と反対の内容をすべて吸収し、消化できる能力がなければな りません。自分が好きな人とだけ一つになるのではないのです。自分の怨讐は取り除いてしまい、自分の味方とだけ一つになるための主張ではなく、怨讐までも 漏らさず、一つになろうという宗教の内容がなければなりません

このような宗教を神様は願い、イエス・キリストもそのような宗教を目標にしてきたのです。ところが、今日のキリスト教は、数百の教派に分かれていま す。キリスト教がもし、この大宇宙とともに世界を救うという目標をはっきりともっていたならば、このように分裂することはなかったのです

4     皆さんは祈るとき、「神様は世界的な神様であるがゆえに、世界を最も愛されるので、神様の息子である私も世界を愛します」と言わなければなりません。すべ ての国の人々が、自国だけのために祈るとすれば、神様はどれほど困るでしょうか。そのようになれば、神様が何百人もいらっしゃらなければならないでしょ う。神様は、全世界の神様です

神様は、世界を一つの愛の圏内に抱こうとされるお方なので、たとえ大韓民国を愛さなくても、私は恨みません。神様は、大韓民国だけの神様ではないと いうのです。大韓民国を捨ててでも世界を取ろうとする神様だというのです。ですから、世界を愛し、世界のために身もだえする人は、自分の国が滅びても、そ の国を再び復活させて世界を相続できるのです

神様が世の中を救われるとき、善人は救い、悪人はすべて捨てるのではありません。善人を遺わして悪人を救われるのです。もし、神様がキリスト教だけ を残し、残りはすべて葬り去ってしまうとすれば、その神様は、暴虐で残忍な神様です。神様は真理の本体であられ、道理に合うお方です。それなのに、キリス ト教徒たちは、自分たちだけの神様だと思っています。神様は、万民の神様です。どこの誰かだけの神様ではなく、私たち全員の神様です

超教派運動の必要性とその方向

真の父母様は、アベル圏である統一教会とカイン圏であるキリスト教団を一つにさせる ことにより、神様に侍ることのできるアベル型国家として大韓民国を立てようとされた。このような趣旨のもと、一九六〇年代の中盤から本格的に展開された超 教派運動は、教派間の和合と一致運動の典型として定着しながら、韓国の宗教界において大きな新風を巻き起こした

6     アベルはカインを屈服させ、実体基台を立てて子女を復帰すると同時に、父母を復帰する条件を立てなければなりません。その条件を立てようとすれば、アベル 一人ではできず、カインと一つになって立てなければなりません。そのような面で、アベル的教団である統一教会とカイン的教団であるキリスト教が一つになら なければなりません

このように、互いが協助し、サタンを完全に屈服させることができる時が来るのです。ですから、私たちは、カイン・アベルが一つになる条件を立てるために、超教派運動をしています

7     私たちの前には、今、超教派運動が次第に急迫した問題となっています。統一教会は今まで、アベル的な基準に立ち、エサウに排斥されたヤコブや、兄弟に排斥 されたヨセフのような立場で歩んできました。しかし、今の時は、私たちが排斥された基準から次第に上がっていくのです

ヤコブで言えば、還故郷をしたとき、自分が離れる前の故郷を再び回復できる時代に帰ってくるのです

ヨセフで言えば、自分の兄たちが訪ねてきた時、彼らは怨讐の立場にいたのですが、飢えてかわいそうな境遇にいるので、養ってあげなければならないの です。そして、その兄弟たちの難しい環境が、ヨセフによってすべて解放されなければなりません。そのためには、エジプトの物、すなわちヨセフの管轄圏内の 物を持ってきて、与えなければならないというのです

また、ヤコブがもっている物もすべて持ってきて、与えなければなりません。このように財物を与え、ヨセフは父親から天の相続を受けようとし、(かつ )ヤコブも父親から祝福を受けようとしたのです。それが目的です。これを、兄たちが喜ぶ立場で受け取るようになれば、この世にある物質は問題ではありま せん。兄さえ訪ねてくれば、サタン世界の物質は根こそぎ入ってくるというのです。そのようにすることによって、すべて蕩減復帰されるのです

8     兄のカインに会える時が来ました。キリスト教に会える時になってくるので、超教派運動をしなければならないのです。ヤコブが物質を中心として犠牲になり、 自分の兄を生かすために苦労したのと同じように、私たちは、大韓民国を生かすために、物質を基準として、この国で奉仕しなければなりません。原理的な条件 を明確に立てて蕩減していかなければ、押されていくのです。ですから、超教派運動をするのです

キリスト教を兄のように思って接するのです。キリスト教は兄と同じです。ハランに避難したヤコブは、故郷に帰ってくる時、自分が二十一年間、精誠を 尽くして集めた僕と財産をエサウにすべて捧げようとしました。そうして、エサウは物質を手にし、神様の祝福を受けました。私は、たとえ負債を背負うことに なるとしても、そのようなことをするでしょう

9     今や、いかなる教団も、世界的な宗教と連結されなければならず、哲学も、世界的な哲学基準に連結されなければならず、政治も、世界的な政治と連結されなけ ればなりません。私たちは、このような基準を国家的次元で築いておかなければなりません。そのようにしなければ、天が守勢の立場から攻勢の立場に変わるこ とができないのです

そのようにしようとすれば、キリスト教を中心として、統一教会が多くの宗教を糾合しなければなりません。そのために、一九六六年から超教派運動を展開しているのです

言い換えれば、キリスト教を中心として超教派的活動を展開して、彼らと私たちが共通の立場を取っていることを自他共に公認し、国家的な次元でも、統一教会の教理がいかなる宗教の教理よりも優れていることを公認させなければなりません

10    私が今まで天宙史的な責任を背負いながら苦心してきたこととは、この民族とキリスト教と私たちが一つになるその一日を、どのようにして迎えるかということ でした。この民族とキリスト教と私たちは、一つにならなければなりません。今まで復帰摂理において、神様が時代的な使命を背負った人々を送るときは、どの ようにして既成宗教と国を収拾し、一つになる基点を立てるかということが常に問題でした。ですから、既成宗教に歓迎される一つの方向を模索しなければなら ないのです。一つにならなければならないというのです

11    超教派運動は、すべての教会を救ってあげるためのものです。その昔、弟アベルの命を奪ったカインを復帰しなければならないのです。アベルが打てば滅びま す。愛によって抱いてあげなければなりません。これが統一教会の運動です。ですから、借金をしてまで、この運動をしているのです

宗教をどのようにして糾合するかが問題です。これが私たちの課題です。ここには、皆さんが分からない苦しみがあります

そこにお金が必要になれば、私が借金をしてでも、足場を築かなければなりません。そして、私の子女を愛する前に、彼らを愛によって屈服させなければ なりません。愛する子女をあとにして、まず怨讐のために尽くさなければならないのです。自分の子女よりも、怨讐をもっと愛したという立場に立たなければな らないというのです。そのようにするとき、解放の門が開かれます。統一教会は、今までそのために努力してきました

12    本来、メシヤは、実体基台を完成し、教会と民族圏を中心として来られる方です。ユダヤ教とイスラエル民族がイエス様を迎えることができる基準は、長成期完 成級に該当します。ですから、統一教会は、国だけでなく、キリスト教に対しても新たな影響を及ぼさなければなりません。そうして、ユダヤ教とイエス様が一 つになり、イエス様とイスラエル民族が一つになるべきだった基準に立たなければなりません

ユダヤ教とイスラエル民族はイエス様を打つ立場に立ちましたが、今は、そのようになってはいけません。イエス様がユダヤ教とイスラエルの国に影響を 及ぼすことのできる位置を完結しなければならないのです。そのようにしなければならない使命が、私たちにあります。これを合わせるために、超教派運動と宗 教協議会の活動をするのです

13    私たちは、キリスト教徒たちに、「私たちは等しく、神様を父と信じているのは間違いないのではないか。ぶどうの木ややまぶどうの木のように、枝が少し違う だけで、形は一緒ではないか」と言って、説得しなければなりません。そのようになれば、私たちの教会は超教派運動もすることができ、宗教協議会の運動もす ることができます。このように、キリスト教と一つになって、宗教を信じない人々が神様を信じるように導かなければなりません

私たちが主動的な立場に立って、信仰をもっていない人々を伝道しなければなりません。そのためには、キリスト教が復興会をするとき、統一教会員たちが行って、伝道もしてあげなければなりません。私たちがそれこそ、親和を図る行動をしなければならないというのです

14    超教派運動をしている人々は、もともと私の怨讐だった人たちです。私たちは麦だけの御飯を食べて貧しくしていますが、彼らに同情することができるので、ど れほど偉大かというのです。そのような人々に対して悪口を言うのではなく、同情し、慰労して、彼らのために祈る人は、どれほど偉大かというのです。宗教者 でなければ、誰がこれをするのかということです

そうして、神様が「歴史始まって以来、私が愛することができる人に出会った」と私に言われるならば、私は「畏れ多いお言葉です。私は後ろに退きます ので、統一教会の群れを愛してください」と言うのです。これがお父様の思想です。「私は愛を受けなくても大丈夫です」と言うのです。これが神様の思想であ り、イエス・キリストの思想です

15    私たちは、善悪の分岐点に立っています。このことをいつも考えなければなりません。私は、(ここから)転換していきます。それでは、どのような道が最も早 い道でしょうか。怨讐を愛する道は、一八〇度で転換することができます。それを見れば、イエス様は、このような世界を知っていた方です。私が霊界からすべ てのものを探し求め、人生のどん底や高い所をすべて調べてみると、その方は正に真理、真の世界の深い内情を知っていた方でした

ですから、統一教会のためよりも、キリスト教のために、超教派のために、経費をより多く使っているのです。皆さんが飢えても、皆さんを苦労させても、そのようにしています

なぜでしょうか。統一教会が、既成教団を愛することによって端から端に、国の怨讐を愛することによって端から端に、転換する幅が広がるのです

16    キリスト教から見れば、ユダヤ教が兄の立場にあり、統一教会から見れば、キリスト教が兄の立場にあると私は信じ、主張しています。キリスト教とユダヤ教が 一つになったならば、今日、この世界は、このような悲惨な世界にならなかったでしょう

イエス様のみ旨を中心として見るとき、再臨という言葉をめぐって、今日の歴史は数多くの犠牲的代価を払い、現在の世界的な情勢、思潮圏内に入ってきています

この時代に新しい宗教である統一教会が出てきて、キリス教にとって問題になり、世界にとって問題になっていますが、これがある個人の一念から始まっ たものであるとは、微塵も考えることができません。間違いなく、背後で神様が役事(働き)したというのです。私の生涯を通して、成し遂げることができない ような様々な出来事を経験するたびに、天との直接的な解決方策に従って順応することにより、困難な峠道を経て、今日の名声をもつ統一教会になったのです。 私たちは、神様を中心として、神様のみ旨を成就するために、ユダヤ教とキリスト教、そして、統一教会がその道を行くと考えるのです

多様な超教派活

統一教会と長老派教会、メソジスト教会の代表が講師となった連合復興会が、一九六六 年八月十五日から三回にわたり、真の父母様は、一週間ずつソウルで開催された。これをきっかけに、一九六六年十一月七日、「基督教超教派運動本部」を創立 され、これは、一九七四年、「超教派基督教協会」に改称された。また、一九八一年三月二十八日には、「国際クリスチャン教授アカデミー(ICPA)」を、 一九八一年十一月十四日には「国際基督学生連合会(ICSA)」を創立された

17    一九六八年九月九日、クリスチャン・アカデミーハウスにおいて、「新興宗教研究の集い」という名称で、統一教会がキリスト教界と正式に対話をするようにな りました。その時には、キリスト教界の最高指導者など、私に反対していた指導者約四十人が参加しました。私たちは時期的に見て、このような時を迎えなけれ ばなりません

彼らは数年前から反対してきた人々でした。彼らから見れば、私たちはみすぼらしい姿でしたが、時が過ぎてみると、彼らが考えていたものとは違うとい うのです。今や彼らに対し、同情の思いをもって現れる立場になりました。結局、その人々が私を迎え、統一教会の真理を推挙できるようになったということ は、彼らが頭を下げるような段階に入ってきたことの傍証となるのです

私たちは、韓国で多大な関心を呼び起こしてきました。「統一教会は恐ろしい。キリスト教も手を付けることができない。理論的に到底かなわない」と言 うようになりました。統一教会は、そのような迫害の中でも、復帰の道を開拓してきました。天下のすべてのものが立ち上がって反対しても、私は海のような包 容力をもって、そのすべてのものを迎えようというのです

18    統一教会がアベルであれば、カイン教会を復帰しなければなりません。私たちは、アベルのために全力を注ぐのではなく、カインのために全力を注がなければな りません。それゆえ、統一教会は一九七一年に入ってから、キリスト教の牧師たちを対象に、「統一原理」公聴会を開催してきたのです。完全なアベルになるた めには、カイン圏を復帰しなければなりません。そのようにしなければ、アベルとして勝利の位置に戻ってくることはできません。ですから、今日の統一教会 が、統一教会のためだけに存在することはできません。それは歴史的運命です

カインとアベルによって、そのように堕落の癌が生じたので、それを解消してあげなければ帰れない私たちです。それゆえ、統一教会はアベル教団とし て、カイン教団を屈服させる限界線を越えなければなりません。このようにカイン・アベルが和合し、同じ方向に進むようになるとき、大韓民国はアベル型の国 家として吸収されるのです。キリスト教と統一教会が一つになった基盤の上で、民族と国家を中心にして、アベル的使命に責任をもち、進んでいくことができる のです

19    統一教会は、これまで反対を受けてきましたが、一九七一年の末になって、昔の祭司長のような人々が原理を学び、秘密文書を書く状況にあります。「協会に加入する」と言う人々が大勢います。キリスト教が変わったというのです

昔は、統一教会員が現れるだけで、目を三角にして大騒ぎしていた牧師たちが、今では統一教会員たちに、「来なさい」と言います。歓迎する人々が多く いるのです。それで最近は統一教会の牧会者たちが、「キリスト教の牧師だけを対象にするのではなく、長老たちまで対象にして原理公聴会をしてほしい」と 言っているのです

20    キリスト教の牧師たち、百人以上が統一教会の原理を聞きました。彼らは原理を聞いて感化され、「これまで、統一教会の文先生がどのような人なのか、知らな かった」と言いながら、昔は何も知らずに「文某を追い出そう」と言っていたというのです

世の中が変わりました。今や、牧師たちも壇上に立って、「統一教会に行ってはいけない」という話ができなくなりました。名のある牧師たちは、すべて 参加しました。自分たちが統一教会の原理を聞き、学んでおきながら、信徒たちに対して「統一教会に行ってはいけない」とは言えないというのです

21    韓国の有名な神学者の一人が、ソウルのある教会で(「統一原理」を評価するような)講演をすることによって、統一教会は到底取り除くことができないものとして認識され、統一教会に対して恐怖を感じる群れまで現れました

また、私たちの超教派運動に対して、キリスト教指導者たちの関心が高まりました。そのような立場になったので、私たちは対キリスト教の活動と大学生 の運動を活発に展開しなければなりません。思想的な面では、統一教会でなければならないことを全国的に認識させなければなりません。今から、世界のどこに 行っても、統一教会の歌声が聞こえるようにしなければならないのです

22    全国的に、私たちを歓迎する局面に入ってきています。ですから、新しいブームを起こすことができるように努力しなければなりません。一番の近道は、復興会 をすることです。ソウルですれば、全国をカバーできる起源になります。ソウルでできなければ、各地方ででもしなければなりません。一つの道ででもすること ができれば、そこに集中して、キリスト教徒たちと統一教会員たちの和合運動をしなければなりません。そのようにしてこそ、国が生き、世界が生きます。摂理 の方向が、そのようにある一点から解けていくのです。その一点が韓国になるとすれば、世界的に祖国の使命を果たしたというしるしが付くのです

23    クリスチャンの学生たちは、原理を一度でも聞けば先発隊になります。一般人がそのようになるためには、原理を聞いて六ヵ月から一年半はかかりますが、クリスチャンの学生たちは、一週間だけ原理を聞けば、先発隊になるのです

今、大学にいるクリスチャンたちを誰が動かすかが問題です。「全国大学原理研究会」の学生たちと「世界平和教授アカデミー」の教授たちでは動かせま せん。しかし、大学にいるクリスチャンたちを中心として、クリスチャンの教授とクリスチャンの学生が一つになれば、一般の教授までも動かすことができるの です

24    キリスト教の最高責任者たちに、私が「聖地巡礼をさせてあげよう」と言いました。ですから今、キリスト教が大騷ぎしています。私がキリスト教を復興させて あげるために行うのです。長老や牧師たちが八時間だけ私の話を聞けば、完全に私たちの側につきます。彼らが反論せず、すべて「良い」と言うというのです

既に夕方になり、日も沈んで真っ暗になってきているのですが、明かりは統一教会の上を照らすのです。否応なく、そのようになります。そのような意味 で、キリスト教と統一教会にとって転換期になったというのです。この転換期は、キリスト教を中心として見れば、歴史的で重要な時期です。霊的基盤しかな かった時代から、肉的基盤を相続できる時代に入るのです

第一章  超教派運動と宗教連合運勤   目次

第四節    宗教連合運動と世界平

神様を中心とした宗教連合運

真の父母様は、各宗教において信奉する中心存在はすべて、唯一なる神様に帰一するこ とを明らかにされ、神様を中心とした宗教連合運動を展開された。特に、「世界平和を実現するためには、宗派主義を克服し、宗教の背後で役事される神様を正 しく知らなければならない」と語られた

1     今日、世界的な大宗教として、キリスト教、イスラーム、仏教、儒教があります。これらの宗教は、文化背景が異なる各地域を収拾して、一つの世界に連結させ ることのできる道を形成してきました。そのような宗教文化圏を背後にして、一つの世界に前進していかなければなりません。ですから、絶対的な神様の摂理を 中心として、「終わりの日」が近づけば近づくほど、宗教連合運動に連結されていくのです

2     この世界では、一つの世界、平和の世界を追求する理想主義者たちが現れて、これを主張しています。それにもかかわらず、宗教者たちはいまだに宗派主義を脱 皮できずにいます。これは、神様のみ旨から見るとき、この上なく後退的であり、分別のない立場です

神様は多くの宗教を必要としません。神様は、宗教が神様のみ旨に依拠して互いに一つとなり、世界の解放のために生きて、この地上の悪を撤廃し、善の世界をつくるために前進していくことを願っています。宗派的な立場で争う宗教は願いません

このように見るとき、次元の高い文化が次元の低い文化を吸収したのと同じように、次元の高い宗教は次元の低い宗教を吸収するようになるのです。無理 やりそのようにするのではなく、自然にそのようにならざるを得ないのです。なぜなら、それはより良い世界に発展していくために、避けられないことだからで

3     神様が願う世界は、二つではありません。一つです。神様は絶対的なので神様が計画し願う世界は一つです。そうだとすれば、その神様が始めた創造時代から今 に至るまで、人類を中心として綴っていくすべての歴史的な方向は、一つでなければならないはずですが、一つではありませんでした。これは、何ゆえでしょう

人間が堕落したので、このように多様な方向を経ていく人類の姿になったことを否定できません。このように多様な方向を、いかに一つの目的に向かわせることができるようにするかが、今に至るまで混乱と苦痛の中に置かれている人類を救おうとする神様の摂理なのです

宗教で信じる神様は、様々な名前をもち、その表現が違います。しかし、その宗教で信奉する中心存在は、唯一の神様に帰一します。その宗教が教える方 向と目的は、いつでも一つです。宗教は、それを標準として進んでいます。ですから最後にはすべての宗教が自分なりの道を収拾し、一大変革時代を迎えなけれ ばなりません

4     この地上には数多くの宗教があります。人類が分散されているので、人類を収拾しようとすれば、自然と各民族に合った宗教が必要になります。それぞれの歴史 と環境、文化の背景と風習、習慣が異なるので、このような様々な形態を一つの目的に収拾するためには、数多くの宗派がなければなりません。例えば、川を見 ると、上流には数多くの支流があります。この数多くの支流が降りてくれば降りてくるほど、互いに合流しながらその数が次第に減ってきて、結局は一つの川に なって大海に入っていくのです。同じように、数多くの宗教も一つの流れに合わさり、最後には神様を心の中に迎え、神様の愛を占領する所にとどまるようにな るのです

5     宗教の目的は、ただ神様のみ旨の完成にあります。宗教はそのために貢献しなければなりません。数多くの宗教が善を語り、愛を語りますが、その善と愛は、国 家や民族、宗教圏内にとどまるものではなく、これを超越して世界的基盤を越え、人類に向かう善と愛を論じるところまで連結されなければなりません

今まで宗教自体の中の世界を追求する人はたくさんいましたが、宗教自体を一つにし、それから抜け出して、世界に責任をもって救わなければならないと考える人は多くありませんでした。宗教は国家を越えなければなりません

これが神様のみ旨であるにもかかわらず、宗教は国家内に位置し、国家内だけでなく、文化圏内からも抜け出すことができずにいます。また、その宗教の 教理を抜け出すことができない立場で、自分自身の救いや完成を目標として、今まで歩んできているのです。それゆえ、神様は世界を外的に収拾し、宗教を内的 に収拾して、一つの世界へと歴史発展の方向を指導せざるを得なかったのです

6     エベレストの山頂を中心として見るとき、一つのエベレストの山頂を造っておくことによって、その連峰として造られた山脈が存在するようになるのと同じよう に、宗教も、今まで生き残って歴史時代に貢献してきたという立場に立たなければなりません。エベレスト山に連結された峰々が一つになってその山頂を仰ぐこ とのできる基準に属しているように、宗教圏もそれと同じであってこそ、霊界に行って、解放が始まるというのです。主峰のない状況で、連峰がいくら自己主張 をしても、それは無価値なのです

ですから、すべての宗教圏を束ねて、神意の時代に進んでいける新しい宗教は、歴史とともに、そして、時代とともに、漠然とした観念的な神様を主張す るのではなく、実際の生活で主導的な役割を果たすことのできる、生活の裏側にある動機的要素として生活行動を制裁し、主導できる宗教背景を備えなければな りません。このようになることにより、宗教解放が成されるようになります。宗教という名前がなくなるのです。そうして、宗教の理想的結実を実現した生活圏 に越えていかなければなりません。そのような世界が、一つの方向を備えるようになるとき、地上天国が実現されるのです

7     神様は、良心基盤を世界的に拡張させて、終着点を中心として糾合する統一的良心基準を確定しなければなりません。ですから、誰かが宗教連合運動、宗教統合 運動をしなければならないのです。しかし、プロテスタントはプロテスタントを中心として一つになろうと主張し、ローマ・カトリックは、カトリックを中心と して一つになろうと主張しています。神様を中心として一つになろうと主張しなければならないのですが、このことが分からずにいます。神様を中心として、す べて一つになろうと主張しなければならない原理を、彼らは忘れてしまっているというのです

8     神様は、世界をすべて収拾して統合する運動をしてきています。サタンにとって一番の問題は、一つの世界になることです。一つの世界に帰っていくようになれ ば、人類がすべて奪われてしまうので、サタンはこれに対して無神論、「神はいない」という否定的思想を主張し、その次に、宗教を崩壊させようとする宗教戦 争を計画しているのです。現在は、共産主義という思想体系を中心として、世界を風靡しています。共産主義が背後でコントロールし、宗教を分立させ、宗教戦 争を助長しているというのです。特に、主流文化圏であるキリスト教文化圏の核心である白人が世界を支配しているので、黒人と白人の問題、すなわち人種差別 問題を提起し、宗教戦争を誘導してくるでしょう。これが今後の世界的危険性です

そのような時代的環境に追い立てる歴史時代を御存じの神様は、必ず宗教を統一する運動をされるのです。キリスト教を連合し、すべての人種を糾合し、 思想的に共産主義の浸透を防いで、宗教戦争と人種戦争を起こそうとすることに対して防御する準備をせざるを得ません。この世界を一つにする統一運動を、神 様がせざるを得ないというのです。世界的共産主義侵略からの防衛(運動)と、キリスト教のすべての宗派を超越した超教派運動、そして、宗教を超越した超宗 教運動がこの「終わりの日」に出てこなければ、天の側が世界を収拾できる道はあり得ないのです

韓国宗教協議会とアメリカ聖職者連合運

統一教会は、一九七〇年四月十五日、韓国宗教協議会に加入するとともに既成教団と手 を取り合って宗教連合運動に乗りり出した。真の父母様は、超教派運動とともに、多くの教団が参加する宗教協議会の活動を通して、宗教を中心とした内的統一 基盤を造成し、これを、勝共運動を通した外的統一基盤に連結させることにより、国家と世界的統一の土台を整えようとされたのである。また、第二イスラエル であるアメリカのキリスト教の教派が一つにならなければ、世界的な宗教圏の統一は成し遂げられないと考えられ、アメリカのキリスト教聖職者たちの糾合のた めに、多くの精誠を傾けられた。特い、二〇〇〇年五月、キスト教聖職者百二十人を中心に、「米国聖職者指導者会議(ACLC)」を創設し、アメリカのキリ スト教が超宗教圏を通して世界平和実現の先頭に立つようにされた

9     統一教会は、一九七〇年四月十五日を期して、韓国宗教協議会に加入しました。ここには、七大宗教が加入しています。この過程で、初めは三つの宗派が分裂し ました。それでも私たちは、「反対するなら反対してみなさい」という姿勢を貫いていくと、反対していた宗派がすべて戻ってくるようになりました。そうし て、七大宗教と関係を結ぶようになり、統一教会は八番目として入ることになったのです

私たちは、この協議会をどのようなことがあっても前面に立て、この協議会を通して対社会活動を展開していかなければなりません

10    私たちが「宗教協議会」や「国際勝共連合」の活動をする理由とは何でしょうか。宗教界にとって最も緊急な問題が、数多くの教団が一つになることであり、国 にとって最も緊急な問題が、反共運動をすることだからです。この国のために、統一教会が反共運動をしています

このように、統一教会が内外に活動しているというのは、大韓民国だけでなく、全世界の人類も認めざるを得ない事実です。宗教を中心とした統一運動 も、私たちがしていきます。もちろん、そこには様々な困難が伴うでしょう。物質的損害や人的損害があるでしょう。しかし、私たちはそれを覚悟しています。 これは、統一教会のためだけのことではありません。国のためにすることであり、世界のためにすることなのです

11    一九七〇年に韓国宗教協議会の三大目標を定めるとき、救国を中心思想にしました。その救国の方向とは何でしょうか。勝共思想で武装しようというのです。そ のようにして、共産党に反対し、闘って勝とうというのです。このようにすれば、私たちが今まで韓国宗教協議会を中心として築いてきた内的な基盤が、各教団 の宗教者を中心に外的な基盤となっていくのです

結局、「国際勝共連合」の基盤を中心とした外的な国家基準と、宗教協議会を中心とした内的な教会基準が互いに一致すれば、内外がぴったり合うように なります。その次には、修練をさせれば、人が増えるようになります。私たちは、韓国宗教協議会を中心として、世界的に発展していくでしょう。今、キリスト 教が復興している以上に成長するでしょう

ですから、私は今、「国際勝共連合」の活動を中心として外的な活動を行い、内的には、韓国宗教協議会を中心として救国を教えているのです。これは国 民的な願いであり、民族的宿願である南北統一をしようということです。南北統一は、宗教者たちが立ち上がってしなければなりません

12    一九六〇年代は、個人で蕩減する時でしたが、一九七〇年代は家庭で蕩減する時です。家庭的アベルを立てるべき時だというのです。そうして、家庭的アベルを 中心として氏族的アベル圏をつくろうとするので、家庭的カイン圏にある既成教会を愛しなさいというのです

ですから、私は、他の人が知らないところで、キリスト教のためにたくさんのお金を使うのです。妻子に食べさせることができなくても、統一教会員たち を養えずに苦労させたとしても、彼らを愛さなければなりません。自分が愛する最高のものをすべて与えたという条件、自分の生命までも彼らのために与えたと いう条件を立てなければ復帰ができないので、このようなことをしてきているのです

それで、数多くの宗教を糾合し、韓国宗教協議会の活動を主導するのです。数多くの宗教団体を一つに糾合しようとすれば、どんな宗教よりも愛したとい う立場に立たなければなりません。自分の最も貴いものを祭物にして与えることのできる立場で、愛さなければなりません。そのように愛すれば、天命によって 一つになるのです。引っ張られてくるようになるのであり、屈服するようになるのです

13    私たちは、み旨のために前進しなければならないのであって、後退や停止をすることはできません。前進のための一時的な停止や整備するための停止はあり得ま すが、停止するための停止はあり得ません。統一教会は前進しなければならないというのです

今、キリスト教が、統一教会のために大変なことになっていると大騒ぎしています。彼らに対して「後退せよ」と言っているのではありません。統一教会 によって、キリスト教がすべて刺激を受けて前進しなさいというのです。そのような意味で、神様とキリスト教に貢献していると自負しています

また、韓国宗教協議会が統一教会を加入させたので、社会問題になったと言いますが、キリスト教は私と統一教会に刺激を受けたので、昔の宗教よりも、新たな宗教として前進することができるのです

そのような意味で、経済的な消耗はありましたが、良いことをしていると考えているのです

14    統一教会は、韓国宗教協議会や「週刊宗教」を中心として、宗教の最高責任者たちを一つにするための作戦を行っています。その風土がある程度造成されれば、 すべての宗教団体は超宗派的な立場で、宗教の怨讐である共産勢力の脅威から国家の運命(を守ること)に責任をもつ思想的基盤になり得るようにしなければな りません

ですから、私たちが宗派を超越し、超宗教的な立場で反共の姿勢をどのように確立するかが、何よりも緊急な問題とならざるを得ないのです

それゆえ、私たち個々人の使命ももちろん重要ですが、全体に責任をもった立場で、このような問題を急いで解決しなければならないので、超教派運動をしながら韓国宗教協議会まで導いてきたのであり、また、それを中心として「週刊宗教」までつくっておいたのです

15    週刊宗教社は、統一教会の週刊紙を作るために設立したのではなく、宗教の週刊紙を作るために設立したのです。これに関するたくさんの計画があります。今後、何をしようとしているのでしょうか

今、宗教界は、自分の宗派でなければならないと言って、「独不将軍(トプルチャングン)」(何でも自分の考えどおりに一人 でする人)の振る舞いをしています。そのようにしていては、何もできません。休戦ラインで北の共産圏と対峙している韓国の立場から見れば、なおさらそうで す。神様が嫌う共産主義であり、人類が嫌う共産主義です。宗教者同士で心を合わせ、決着をつけなければならない第三の怨讐であり、大きな怨讐が残っていま す。それは、国内にいる怨讐より、さらに大きな怨讐です

ですから、宗教者たちがまず合同作戦を行わなければなりません。合同作戦を行うためには、誰かがそのような風土をつくらなければならないのです

16    ソウルには、韓国宗教協議会に属している教団の集会所がたくさんあるのですが、何としてでもその場所を活用して、それらの教団が一緒に集まることのできる 体制をつくろうと考えています。ですから、私が韓国宗教協議会の創立二十二周年の総会の際に、そのような提議をしました。その時、「自分たちが後援する」 と言ったので、韓国宗教協議会の議長が本格的に推進しています。仏教の布教所でキリスト教徒たちが集会をし、キリスト教の集会所で僧侶たちが布教する、交 換活動を展開させようと思います。宗教全体が連合して共産主義を防ぎ、無神論者たちを導かなければなりません

17    今まで、歴史時代において、国家と世界は関係がありませんでした。これが第二次世界大戦以降、一九六〇年代を中心として冷戦体制に入って世界的な角逐戦をすることによりブロックが形成されて今の時代に入りました

昔は、自分の国を中心として生きればよかったのですが、今は国を越え、世界と共に生きなければならない時代です。このことは、国を治める政治家だけでなく、宗教界でも問題になります

四大聖人によって世界的な版図を備えた宗教圏でも、問題になっているのです。宗教も、自分の宗派的、あるいは地域的な文化背景を中心として進んでは いけない時代になったので、宗教間において和解をしなければならないと考え、私は今まで数十年間、超教派運動と韓国宗教協議会の活動をしてきました。今 や、世界的に宗教連合体制を構成することができなければなりません

18    イエス様も、十字架で亡くなるとき怨讐を愛されました。ローマは大怨讐でしたが、彼らを愛されたのです。その怨讐を愛さなければ、天国に入ることができな いので、「愛しなさい」と言いました。そのようにすることによって、サタンの計略から抜け出したのです。私にとって、アメリカは怨讐です。しかし、あだを 討つのではなく、愛するのです。ですから、神様は打たれて奪ってきます。そのように、統一教会は迫害を受けながら、発展してきたのです。私は、滅びゆくア メリカを救うためにアメリカに来ました。ですから、サタンが私を讒訴する何の条件ももち得ないのです。私はアメリカで、「アメリカ自由協会(AFC)」と 「世界聖職者会議(ICC)」、「統一神学大学院(UTS)」をつくりました。このアメリカを愛するがゆえに、つくったのです

19    私たちはアメリカで、教会の十字架を外す運動をしています。連合教会を中心として、教会の十字架を外してこそ、イエス様がイスラエルの国の救世主の名で帰 ることができる道があります。十字架を外せば、連合教会へと進まざるを得ません。教派が根こそぎ十字架を外してみてください。十字架を外して連合教会の看 板を付ければ、アメリカはよみがえるのです

20    アメリカの四十四の教団から、重要責任者百二十人が清平修練所に行きます。清平に行って、統一的な連合教会を模索するのです。教会を一つにするのです。教会を一つにすれば、アメリカを生かすことができます

分裂した教会では、国を愛することができません。国を探して立てることはできないというのです。争っているので、一つにならなければなりません。で すから、連合教会の形態をつくるのです。このようにして、統一教会のカイン教会をつくります。十四万四千の教会をつくるための作戦が出発するのです

21    アメリカの五十州をどのように取り戻すのでしょうか。このために、司教(主教)クラス以上の百二十人の人々が韓国に行って、十四万四千の連合教会をつくる ための宣言をしてこなければなりません。そのようにしなければ、教派の争いゆえに、家庭も失い、息子、娘も失い、社会も失ってしまうというのです。すべ て、教派の争いのために台無しにしてしまいました

アメリカが滅びるようになれば、教派の争いゆえに滅びたと考えるのです。また、宗教が滅びるのは、宗教の争いゆえです。教派の争いと宗教の争いゆえに、神様の摂理を破壊し、サタンの前に再堕落させた結果となったので、これを砕いてしまわなければなりません

22    米国聖職者指導者会議(ACLC)」と、韓国に行ってきた牧師たちの十二教派を中心に連合して、十四万四千の教会をつくれば、その牧師たちを中心として 政治と教会が一つになって、アメリカを救うことができます。アメリカが再びよみがえることができるというのです。アメリカがそのような基盤を築けば、次 は、アメリカのキリスト教が超宗教圏を中心として、先導的な立場で世界を救うことのできる準備をするのです

第二章  超宗教平和運動と超宗教祝福結婚式  目次

第一節    「国際宗教財団」と「世界宗教議会

「国際宗教財団」の創設と「世界宗教議会」の活

真の父母様は、一九八三年四月二十五日、世界宗教の統合のために「国際宗教財団 (IRF)」を創設されたのに続き、一九八五年十一月十五日から二十一日まで、「国際宗教財団」の主催でアメリカのニュージャージー州にあるアメリカー ナ・ジョージ・グレート・ホテルにおいて、「世界宗教議会」の創立総会を開催された。この日、真の父母様は、「急変する世界の中で人類を正しい方向に導く ためには、宗教が互いに和合し、神様のみ旨を地上に実現するために努力しなければならない」と語られた

1     一ヵ国体制時代は過ぎ去りました。連合国家体制を取らなければ生存することができません。宗教も同じです。また、社会は科学技術を中心として急変していま す。このような急変する社会に対して、一つの教団の教理では到底歩調を合わせることができません。どんどん落ちていくというのです。様々な教派が垣根と なって、東西南北に大きく重なり合っていてこそ残るのであって、そうでなければ、変遷する社会に押され、立つ位置がなくなります。ですから、宗教界が連合 戦線を組まざるを得ないのです

世界の趨勢がこのように流れています。いくら一番だと自分を主張し、伝統的教派、教団だと主張しても通じません。どんどんと若い人々や知識人たちが 雛れていくのです。宗教をしきりに追い出すというのです。ですから、退廃思想除去問題や共産主義の侵略からの防衛問題のような世界的な諸問題を前にしてい る立場で、連合戦線を組んで新しい方向の路線を取らなければ、生存できない段階に追いやられていくのです。それゆえ、連合せざるを得ません。それで、私が 「国際宗教財団」をつくったのです

2     私たちは、宗教世界を収拾しなければなりません。それで、「国際宗教財団」をつくり始めました。それを見て、人々は「狂ったことをしている」と言いまし た。「世界が数千年間、キリスト教一つすら統一できなかったのに、レバレンド・ムーンは宗教をどのようにして統一しようというのか」と言って、ありとあら ゆる悪口を言いましたが、その結果は驚くべき出来事として現れました

これは、世界的事件です。ところが、言論機関がこれを聞き流してしまいました。これは、糾弾されなければなりません。今から、皆さんは宗教連合運動を大学から始めなければなりません。教授たちから大学生、中高生たちを中心として、この運動をしなければなりません

今や、二世時代です。私たちが二世を中心として宗教連合運動の烽火を上げなければ、今後のすべての宗教が、世界的な基盤をもち、人類に貢献できる道 を失ってしまいます。ですから、(彼らを)抱えるための大きな垣根は、他の教団が提示する目的よりもさらに明確でなければなりません。それでこそ、その目 的に向かって宗教が進むのです

3     私が強調してきたことは、世界平和のための必須条件が、正に宗教間の和睦だということです。今までどれか一つの宗教が、神様を完全に代弁することは不可能 だったので、各宗教がもっている多様な見解は必然的な産物です。しかし、私たちはみな、唯一なる天の父母の子女であるがゆえに、一つの大家族の中の兄弟姉 妹です。したがって、宗教間の葛藤と憎悪は不要なのです

私は早くに、霊的探究の道で神様と何度も対面し、世界宗教の創始者たちとも霊的に会いました。今も続けて、神様の臨在と、そこから来る霊感による交 信を生活の中で体恤しています。神様がいらっしゃらなければ、抑圧され、搾取されてきた弱小民族の地にある僻村に生まれた一人の人間が、どのようにして無 理解と迫害の中、世界的な霊的基盤を築くことができ、世界の宗教指導者たちのこの高い水準の会合を主催して、このような演説をすることができるでしょう か。統一運動の目標と手段は、神様が下さった指針によって設定され、採択されてきました。私が明らかにした内容や活動は、私的なものではなく、正に神様に 由来したものなのです

「国際宗教財団」は、一九九三年に「世界宗教議会」を開催しようと計画しています。この行事は、一八九三年にシカゴで開かれた「世界宗教議会」の百 周年を記念するためのものです。この行事は、世界的に超宗派の広場を整えるように準備されており、その目的は、すべての生命体に内在している普遍的な原理 を明らかにして、その原理の多様な発現を十分に促そうとするところにあります。「世界宗教議会」は、全人類が希求する世界平和の成就も模索するでしょう

4     シリアのグランド・ムフティ(イスラーム律法解釈最高権威者)であるアフマド・クフタロは、既に四十年前からユダヤ教とキリスト教とイスラームを一つにす るために努力してきました。その中で、反対を受けて何度も監獄に行きながら、志を果たせずに落胆していたところ、私が宗教議会を中心として活動しているの を見て驚き、私を訪ねてきました

そして、面会したあと、「この方が先頭に立てば成し遂げられる!」と言ったのです。そうして、イスラーム圏の指導者たち二万五千人が集まった場で、 「私が四十年間努力してきた宗教統一の方案を、レバレンド・ムーンが既に実践躬行しているので、私に従うすべての人々は、レバレンド・ムーンを協助するた めに、私と共に立ち上がりましょう!」と発表してしまいました。世の中がそのように変わりつつあります

5     ユダヤ教とキリスト教とイスラームが一つになるのは、簡単なことではありません。一つになろうとすれば、どのようにしなければならないのでしょうか。イエ ス様、ムハンマド、ユダヤ教のモーセとアブラハムよりも、さらに大きな愛の心、父母の心情をもって耐えることができなければなりません。そのように耐えら れるか、という問題が重要です

あとから、「ムハンマドも愛し、イスラームも愛した。イエス様も愛し、キリスト教も愛した。モーセも愛し、イスラエルも愛した」と言うことのできる結果的存在が出てこなければなりません。そのような存在が出てこなければ、一つになれません

一九九〇年八月十六日、第二回「世界宗教議会」を開催しましたが、私はいったい何ゆえに宗教議会をつくり、宗教界に問題を起こすのでしょうか。一つ の教派でも一つになれないのに、超宗派的な面で一つにしようというのは正気を失った話です。いくら統一教会の責任者としてそのように步んでいるといって も、世界に散らばっている統一教会の人々が、そのようにできるのかというのです。ですからそれを教えてあげなければなりません

一つになるためには、理論的にこうでなければならず、思想的な面と宗教的な面で一つのキーポイントはこうでなければならず、出発点はこうでなければ ならず、内容はこのようなものを備えなければならないという理論を整えて、実践舞台で困難を克服できる信念をもたせてあげなければなりません。このような 準備をしながら、お父様は思想的な面で王座に上るようになりました

「新超教派研究協会」と「神様会議」、「世界宗教青年セミナー

真の父母様は、世界的な超教派運動のため、一九八一年一月、著名な宗教学者と神学者 二百八十人をアメリカのニューヨークに招請し、「新超教派研究協会(NewERA)」を創設された。また、同年十二月、ハワイにおいて百六十四人の神学者 と宗教学者、哲学者が参加する中、「神様会議」を開催された。「神様会議」には、正しい神観が確立された土台の上で、初めて宗教一致運動が成功し得るとい う真の父母様のみ意が反映された。そして、真の父母様は、各教団の二世圏を教育し、教団間の理解と和合を増進させ、宗教連合運動の新しいブームを呼び起こ すという趣旨のもと、一九八二年から十二の教団を代表する青年たちを招請し、「世界宗教青年セミナー」を開催された。また、一九八五年には、各教団の若い 指導者たちによって構成された「世界宗教青年奉仕団(RYS)」を通し、世界の各宗教の聖地を共に巡礼しながら、奉仕活動を展開するように導かれた

6     アメリカでは「新超教派研究協会(NewERA)」という組織をつくり、運動をしています。それこそ、超教派運動です。そうして、有名な神学者たちを集め てみると、数えることもできないほど大勢いるのです。彼らをすべて活動させなければならないので、千人ほど集めておいて、選別しています

アメリカには、アメリカ全体の神学者大会があります。一九七五年と七六年には、そのような大会に統一教会の学者たちが顔を出すこともできませんてし た。そのような舞台の上に、既に統一教会の神学が定着し、数十冊の本を販売できる基盤ができているという事実を、今日、反対する韓国の神学界の人々は、知 る由もないのです。なぜこのようなことをするのでしょうか

この宗教界について、神様に「あなたの願いは何でしょうか」と尋ねるとすれば、「争う神学者たちをすべて一つにして、私のみ旨に一致する道に進むよ うに収拾してくれたら有り難い!」と返答せざるを得ないのです。そのような事実を知ったので、異端と言われて、追われ、追い出されても、このようなことを してきました。これを連結する道を開放する人間が、神様の必要とする人だというのです

7     私は、一九八一年に「神様会議」を始めました。「神様会議」というタイトルを中心として、神様について自信のある人はみな来て、話をしなさいというので す。仏教、儒教、イスラーム、ヒンドゥー教、ユダヤ教など、全体が集まって、神様についてすべて話してみなさいというのです

神様の摂理完成の道は、宗教を超越してこそ行くことができると分かったので、「神様会議」をするのです。宗教界が通じ合うことのできる穴を開けよう というのです。超宗教的な立場で壁を取り壊さなければなりません。超宗教、超教団的な基準を連結させ、世の中を救うための神様の摂理完成を期することがで きる終着点に向かって、一つの道に前進するためには、これが必ず経なければならない過程であることが分かりました

また、私がいくら愚かだと批判されても、神様のみ旨の中で誰かがこの道を開拓しなければならないということが分かったので、莫大な犠牲を覚悟して開拓してきました。そのようにしたところ、今や宗教界でも私が有名になったのです

8     統一教会は、世界を救うための宗教です。キリスト教とアメリカを犠牲にしてでも、世界を救わなければならないという伝統的思想をもって現れたのです。統一教会で教え、語るすべてのことが神様の伝統です

皆さんは、神様の伝統と父母様の伝統を受け継がなければなりません。これは運命です。この伝統の道を通して天国に行くのです。キリスト教がいくら 「イエス様を信じる」と言っても駄目なのです。いかなる宗教ても駄目です。ですから、私は莫大な投資をして、キリスト教連合運動を行い、宗教連合運動を行 うのです

これをしなければ、教団の教主たちが讒訴し、すべての宗派や霊界が讒訴するので、地上でそのようなことをしているのです。数多くの民族を糾合し、数多くの学者たちを糾合して、このようなことをしています

9     一九八一年の年末に、私たちは「神様会議」を行いました。世界の数多くの宗教や宗派を超越するのです。キリスト教、ヒンドゥー教、イスラーム、仏教を問わ ず、世界的な大学者たちを集めました。それは歴史上、初めてのことです。共同目標が「神様会議」だというのです

そうして、私が提言した「宗教議会」というタイトルを中心として今まで行ってきながら、「ヒンドゥー教の宗派が分かれて争っているが、統合運動をす る大会があれば、私がお金を出してあげよう!仏教も、儒教も、イスラームも、キリスト教もそうである」と言ったのです。このように、支援を受けて大会をす るのに、自分たち同士で争うというのは、顔を上げることができず、話をすることもできない恥だというのです

そのような大会をしながら、超宗教的に青年たちを指導して、世界的活動をする青年組織を、一九八二年の夏休みの期間につくるのです。中東に行けば、 イスラームの最も有名な学者たちを集めておいて講義をし、アジアに来れば、仏教や儒教の最も有名な学者、アメリカに来れば、アメリカで最も有名なキリスト 教の学者たちを動かすのです。このような運動が始まれば、宗派や教派の争いはすべて終わるというのです。このように、世界最高の学者たちを集めて宗教大会 に参加させたというネームバリューをもつようになれば、もはや自体内の分派闘争時代は過ぎ去るというのです

10    今まで「科学の統一に関する国際会議」のような学者大会をしてきたので、世界の有名な学者の中で、私のことを知らない人はいなくなりました。私が有名な学 者たちを活用できる基盤をすべて築いたのです。彼らの中で、各宗教の有名な宗教学者たちを集めて、「神様会議」を開催しました。世界宗教の最高の神学者た ちを糾合する運動をするのです。ですから、神様に関することで学者たちが言いたいことがあれば、話しなさいというのです

神様を再び探し出さなければなりません。「神様はいるのか」という疑問から始めて、歴史的な過程を摂理史とともに批判し、「現世においてこのような 実情にあるのは、神様がいるからだ。たから、このようにせざるを得ない」ということを理論的に裏づけ、「神はいない」と言う神学者たちを再教育するので す。それゆえ、そのような宗派の最高の学者たちを連結させることができる基盤を、「神様会議」を通して築くのです

その次には、若い青年たちを束ねます。彼らが今後、指導者になるのです。ですから、青年たちが重要です。今後、世界を引き継ぐ後継者は、若い知識人 たちです。そして、数多くの宗教の中で、八つの教団で最も優秀な人、その学者たちが推薦し、その教団が推薦する人を二十人ずつ選び、全体で百六十人に、自 分の教団だけでなく八つの教団の聖地を巡礼させて教育するのです

11    私は、アメリカの統一神学大学院を中心とした二つの一致化運動として、「新超教派研究協会(New ERA)」と「神様会議」を創設し、これらを通してキリスト教内の教派間はもちろんのこと、他宗教間の調和と統一に対する可能性と必要性を見いだそうと試 みた結果、このような調和と統一は、忍耐と犠牲、真の愛の貴い結実によって実現することを確認しました

そして、各宗教間の真摯な対話と調和を実現することにより、地上で神様のみ旨が成就するよう促進し、世界平和を実現しようと、私は「世界宗教議会」と「世界宗教会議」を始めたのですが、現在、このような集まりは、停滞した宗教界に奇跡を起こしています

また、私は、青少年たちの人種紛争および宗教戦争を防ぎ、神様の名のもとに理想的平和世界を建設することに積極的に寄与する機構として、「世界青年 会議」と「世界宗教青年奉仕団」を設立しました。私は、このようなすべての機構を通して、宗教界に新しい代案を提示しているのです

12    宗教連合運動を大学から行わなければなりません。大学の志ある青年男女たちが一つになって、宗教を連合させるように、主導していかなければなりません。 「世界宗教青年セミナー」に参加した人々を第二回「世界宗教議会」に立てておいたので、教団の指導者たちはどうすることもできなかったのです

今回の宗教議会の表題は、「社会および後世に対する宗教伝統の伝承」でした。社会が宗教を受け入れられる立場に立っておらず、後世が宗教を受け入れ られる立場に立っていません。それを誰が受け入れられるようにすべきなのでしょうか。それを教えてあげるべき責任は、誰にあるのでしょうか。教団の指導者 たちではありません。宗教者たちと宗教圏内の二世たちです

そのため、私たちが一九八二年から八年間、「世界宗教青年セミナー」を通して動かしてきた有望な人々を、それぞれの要所要所に配置したのです

今や各教団に、私たちと関係のある人がいます。一つの方向性が設定されているのです

13    人種戦争を防止するために、一九七七年に「世界宗教会議」を開催しました。そうして、二世たちを教育してきたのです。一九八二年には「世界宗教青年セミ ナー」を行い、それぞれの教主の故郷、教主の出生地のような聖地を巡礼するに当たって、どの教団に行っても、一週間ずつ教育を受けるようにさせました。そ のような運動から始めたのです

ここに参加した二十代、三十代の青年たちは、今後、その教団の後継者になり得る有望な人々です。この人々は、十年間参加しながら、これを私がしていることをすべて知りました。ですから、少なくとも宗教指導者であれば、私のような心をもたなければならないというのです

14    「世界宗教青年セミナー」は、十二の教団を中心とした超宗派的な連合体ですが、一九八二年から八年が経過する間に、何をしたのでしょうか。教団の責任は世界を救うことである、ということを理解させたのです

ここですべての教団の若い知性ある人たちが、八年が経過する間に悟ったことは、「私たちの教団の指導者も、教理と教派は違うが、レバレンド・ムーン のように教団を越えて、世界を救おうという思想をもつべきだ」ということです。このような基盤をつくってあげたので、宗教議会にまで発展するようになりま した

宗教が結束すれば、今後、不信の風潮を完全に追い払い、平和の世界に移行させていけるのです。絶対的な神様のみ旨は一つです。二つではありません。 それが平和の世界です。神様を中心とした理想家庭を実現することにより、天の国のような統一された家庭形態を地上に残そうというのです

『世界経典』発

『世界経典』は、世界の有数な神学者と宗教学者たちが、編集委員や編集諮問委員とし て参加し、各宗教の経典に共通して収められている百六十余りのテーマを選別して、これを集め、一つの統一された経典として編纂したものである。一九九一年 八月十五日に、まず英語版が発刊され、(真の父母様に)奉呈されたのち、一九九四年五月一日の韓国語版に続き、日本語版が発刊された。また、真のお父様の み言選集から抜粋した内容を中心に編纂された『世界経典』第二編が、二〇〇九年一月二十八日に発刊された

15    一九九〇年八月十六日に、第二回「世界宗教議会」を開催します。この宗教議会では何をしようというのでしょうか。宗教界や国々が一つになり、一つの統一的 な国の形態をつくって、兄弟のように暮らそうというのです。宗教議会でビザさえ出してあげれば、どこにでも行けるようにします。そのような運動をするので

それで今、何をしているのでしょうか。一つの経典を作っています。そのためには、そこに歴史観が必要です。哲学的内容から、すべての理論的体制を整えて、人間の根本問題を究明できる一つの教理を編成しなければなりません

16    宗教には国がありません。世界的国家がないというのです。宗教が主人となっている国はどこでしょうか。それをつくっていこうとしているので、「世界宗教議 会」を通して超宗教的立場から、宗教理論に排他的な共産主義と、人倫道徳を破綻させる邪悪な人本主義思想を消化しようと提唱したのです。逆さまにならなけ ればなりません。このように大きな理想があります

ですから、一つの経典が必要なのです。みな経典のゆえに争いが起きています。各経典において天理大道の核が何かを明らかにし、それを基盤として大きな教団の教理の核心を抜き取って、一つの経典を編成しようというのです

17    宗教の争いを防ぐために、一つの経典を作らなければなりません。経典を一つにしなければならないというのです。ですから、一九八五年から今まで六年の歳月 を送りながら、あらゆる教団の有名な神学者たちを集めて自分たちの教理の核心を抜き出させ、一つの経典として作るための準備を四年前に終え、編修のための 鑑定要員として学界の専門家を動員し、監修を行っています。このような人々が監修したその標本のもとで、一つの経典を発表するつもりです

経典が多くてはいけません。イスラームは、イスラームだけ知っていてはいけません。イスラーム圏も、キリスト教文化圏を知らなければなりません。宗 教圏の人口は人類全体の三分の二以上です。神様が世界を統治できる時が来たことを知らなければなりません。そのような世界を早くつくらなければならないと いうのです

18    一つの『世界経典』を作ることを主張しました。これは、一九八五年の第一回「世界宗教議会」で決定し、九一年に出版されます。イスラームの指導者である皆 さんも、他の教派を知らなければなりません。イスラームだけを知っているのでは駄目です。キリスト教も知らなければならず、儒教も知らなければならず、仏 教も知らなければならず、統一教会も知らなければなりません

それでは、なぜ統一教会の教えをまず聞かせるのでしょうか。私がこのようなことを提唱し、理論的な側面や、見つめる観点においてリードしているの で、それをまず聞きなさいというのです。皆さんを教化させて統一教会員にしようという考えは微塵もありません。統一教会員になるという人がいても、必ず送 り返そうと考える人です

一つの経典を作ることが簡単だと思いますか。各宗教の世界的な学者たちで委員会をつくって、「皆さんの宗教の教理から、一つの世界的な経典を作るに 当たって提出できる内容をすべて抜き出しなさい」と言って編成したのです。そうして、共同会議を四回も開いて世界的な大学者たちの審議過程を経ました。誰 が見ても妥当だと言える内容を中心に、『世界経典』を編成したのです

19    一九九〇年八月十六日、アメリカのサンフランシスコで開かれた第二回「世界宗教議会」において、『世界経典』を確定しました。経典を一つにするのです。神 様を中心とした目的は、絶対者の目的であり、絶対者の目的は、二つではありません。み旨が二つにはなり得ないというのです。一つだというのです。そのよう な観点で、絶対者である神様を中心とした理想郷を追求していくのが摂理観だというとき、ここには必ず教育が必要になります。経典は、教科書と同じですが、 その教科書が二つにはなり得ないのです

ですから、これを今まで準備してきました。六年ほどかかったのです。六年間、世界的な大学者たち、イスラームの学者から、ヒンドゥー教の学者、仏教 の学者、カトリックの学者、プロテスタントの学者まで、すべての宗教の学者たちに対して、「自分たちの経典を中心として、世界に残すことができ、今後出て くる『世界経典』にこれが抜けてはいけないという最高の内容を抜き出しなさい」と言ったのです。深い内容は大慨みな同じです

20    経典は、人間のために存在します。私が『世界経典』を公認するまで、教団の指導者や世界的に有名な教団の博士たちが審議をしました。そのようにして、数回 ずつ直し、一つの経典を作ったのです。仏教であれば仏教、儒教であれば儒教など、十二の宗教の代表となる経典をすべて集めて作りました。

今までの経典は、出発がはっきりしておらず、終わりもはっきりしていませんでした。統一教会の教えを中心として、これを再び作ったのです。創世から あらゆる史観的な論理を備えているのが統一教会の教えなので、統一教会の教えを入れないわけにはいきません。世界の有名な神学者が編成の責任者になって作 り、一九九一年八月十五日に、私に献納したのです

第二章  超宗教平和運動と超宗教祝福結婚式  目次

第二節    「世界平和宗教連合」と「世界平和超宗教超国家連合

「世界平和宗教連合」の創

真の父母様は、宗教界を統一し、人類を平和の道に導くため、一九九一年八月二十七 日、三十四ヵ国から来た二千人以上の宗教者が参加する中、ソウルで「世界平和宗教連合(IRFWP)」を立てられ、その翌日、五十一ヵ国の元・現職大統 領、総理などを招請し、「世界平和連合」を創設された

そして、「宗教圏を代表した『世界平和宗教連合』と、政治圏を代表した『世界平和連合』が、あたかも人間の心と体のように一つとなり、世界平和実現の先頭に立たなければならない」と語られた

1     私たち人間には分かりませんが、世界を救うための神様の摂理から見るとき、民族と文化背景の違いによって、宗教も僕の宗教、養子の宗教、庶子の宗教、直系 の子女の宗教があります。これらの宗教は、父母の宗教に一致しなければなません。ですから、僕の宗教も、主人の家庭に一致できるように教えなければなら ず、次に、養子も息子なので、父母を中心とした宗教時代が来れば、養子の宗教も父母の宗教時代に一致できるように教えなければなりません。また、庶子の宗 教も、直系の子女の宗教も同じです。ですから、神様を父母として、侍ることができる準備をしなければなりません。それで、教主たちを神様の代わり、父母の 代わりとして、侍ることができるように、準備させてきたのです

教理の根本に入っていけば、すべて同じなので、古い宗教が一番だという考えを砕いてしまわなければなりません。世界を収拾できる新しい宗教時代が来 るので、真の父母の宗教が顕現するようになります。ですから、すべての宗教の信徒たちが教主に侍ってきたのは、父母に侍るための訓練でした。このような内 容を提示したので、これは宗教界に次元の高い革命が起こり得る一つの主体的な観点です

そのような内容を中心として、父母様が真の父母の宗教のみ旨を代表した天の召命を受けた人であると、宣布してしまいました。このようにして、宗教の 代表たちが、「世界平和宗教連合」創設のための声明書にサインをし、決意大会をしたのです。今まで誰も、宗教圏を一つの枠組みに入れて束ねるということは 考えることもできませんでした。このようなことが行われたという事実は、歴史的な事件です

2     今まで、政治と科学が宗教に反対してきましたが、初めて父母様を中心として統一の形態が広がるのです。宗教圏と政治圏と科学世界が一つになって入ってくるのです

反面、政治世界では、外的な面で左右が闘争しています。民主世界と共産世界、カイン・アベルが闘争するのです。カイン・アベルの闘争圏が統一される時代に入るので、宗教圏を中心として「世界平和宗教連合」、政治圏を中心として「世界平和連合」を創設するのです

3     み旨の立場から見れば、父母様がすべきことは、ほぼすべてしました。今や残ったのは、外的な世界の「世界平和連合」と、内的な世界の「世界平和宗教連合」 です。「世界平和宗教連合」は心的基準です。この体と心が一つにならなければなりません。神様の摂理において、宗教圏と政治圏を中心として、戦争の歴史を 通し、数多くの犠牲者を出すことで目的達成に向かって進んできた歴史は、必ずや一つに終結するでしょう。今やこれが目前に迫ってきました

この宗教界を糾合しなければならず、政治界を糾合しなければならないのですが、これを誰がするのでしょうか。誰かがしなければなりません。そのよう な立場に立った人と国家がなければなりません。このことをどこかの国がするか、あらゆる宗教団体が一つになってするなどしてやらなければならないというの です。今やすべきことはそれしかありません

4     世界の宗教界に、父母様がいなければなりません。イスラームとユダヤ教が争い、仏教は教団同士争い、キリスト教は教派同士が争うのですが、私たちが行け ば、争っていた人々も一緒に集まって礼拝を捧げることができ、修練をすることができるようになったというのです

しかし、私たちを抜きにすれば、そのようなことはすべて不可能だというのです。ですから、教団世界の有名な学者や有名な行政責任者たちも、結局、父母様を抜きにしてはうまくいかないというのが、一つの標準になりました

その標準を中心として結集できる世界的な宗教クラブになったというのです。それで、これを総合して、世界的な一つの機構をつくったのですが、それが一九九一年八月二十七日に創設した「世界平和宗教連合」です

5     宗教は、僕の宗教から養子の宗教、庶子の宗教、息子、娘の宗教、母の宗教から父母の宗教に上がってきました。母の宗教がキリスト教ですが、これが父の宗教 を中心として一つになって出てきた父母の宗教が統一教会です。ですから、統一教会は真の父母の宗教だというのです。それを理論的に教えてあげて、教団の指 導者たちを収拾しなければなりません。そのような超宗教的な面で「世界平和宗教連合」をつくったのです

これを、思想的見解において行くべき道を知らないすべての国々に教えてあげ、トップクラスにいるすべての為政者たちにも教えてあげなければなりませ ん。それが「世界平和連合」を中心として行われています。体を代表した政治版図と心を代表した宗教版図が、人間が堕落することによって体と心が分かれて争 うのと同じようになったので、これを一つにしなければ世界平和の道はありません

6     父母様は、人間の堕落によって体と心が分かれたことを収拾するために、心を代表した宗教を経てきたのであり、今や政治世界に力を及ぼすようになったので す。体が心を打ったのと同じように、政治が宗教を犠牲にしてきましたが、その終末を世界的に告げる集まりが、一九九一年八月二十七日に創設された「世界平 和宗教連合」です。この「世界平和宗教連合」において、統一が成し遂げられるのです

今まで体の世界が心の世界に影響を及ぼしてきましたが、今からは心の世界が体の世界に影響を及ぼさなければなりません。心の世界が体の世界に影響を及ぼすことのできる新しい時代が来ます。変わってくるというのです

今後の世界は、心を中心として体を管理し、平和の時代に進んでいける道が目の前に広がっていて、私たちの生活圏内で、これが入れ替わってきていると いう事実を知らなければなりません。今までの歴史過程では、宗教と科学、宗教と政治、政治と科学、それらが一つになりませんでした。これを一つにできなけ ればなりません

7     平和の世界に進むに当たって、方向が二つになってはいけません。政治の方向、宗教の方向が統一された方向でなければならないというのです。そのためには、 宗教が指導しなければなりません。心が体を支配するのが原則なので、心的宗教圏を結成するのが、一九九一年八月二十七日の「世界平和宗教連合」創設大会で

そこには、十二の宗派がすべて入っています。その次に、四十ヵ国以上の国が入っているのです。そのようにして、平和の世界に進む道を模索するための「世界平和宗教連合」の出帆をしなければならないというのです

8     体と心が分かれた歴史的な恨を解くためには、世界的な分野で民主世界と共産世界を連結させ、一つにしなければなりません。心の世界を代表したものが宗教で あり、体の世界を代表したものが政治です。この体と心が分かれて争っていたものを一つにして、天理の大道をはっきりと明らかにすることにより、心を中心と して絶対統一的人間性、統一的価値観を立て、そのような価値をもった完成したアダムを中心として、完成したエバと一体観を立てるのです

そのような家庭の主体観を中心とした氏族観、氏族観に連結された民族観、民族観に連結された国家観、国家観に連結された世界観を中心として、愛の絆 で天宙を束ねようというのです。このようなあらゆる理論の体制(整備)を締めくくり、規範を通して社会生活制度まで、すべて公法として制定することを構想 しています

「世界平和超宗教超国家連合」の創

真の父母様は、超宗教的基盤を、国連を中心とした超国家的基盤と連結するため、一九 九九年二月六日、「世界平和超宗教超国家連合(IIFWP)」を創設された。超宗教超国家のビジョンは、既存の国連に代わる機構創設へと続き、二〇〇三年 十月三日には「超宗教超国家平和協議会(IIPC)」二〇〇五年九月十二日には「天宙平和連合(UPF)」が創設された

9     父母様は、一日も休める日がありません。国連まで消化しようと思います。国連NGO(非政府組織)世界連合から、万国平和賞という世界的な表彰を受けまし た。四十年間、彼らが見守った結果、父母様を尊敬せざるを得ないので、そのようにしたのです。ですから、彼らが自ら志願して迎えるようになったのが、二〇 〇〇年八月十七日に行われた「世界平和超宗教超国家連合国連大会」でした

「世界平和超宗教超国家連合」の超宗教とは、宗教以上の基準を立てなさいということであり、超国家とは、国家以上の国連になりなさいということで す。ですから、最高の世界的な宗教者と政治家たちを集めて教育するのが父母様の願いです。そのようにして、間違いなく素晴らしい宗教者と政治家たちにする のです

10    超宗教というのは、今までの宗教ではいけないということです。新たに、世界の宗教の行くべき道を提示しなければなりません。超国家というのは、今までの政 治風土や国連を中心としてはいけないということです。超国家超宗教です。そこに、今後つくろうとする超言論機関と超金融機関を中心として、これさえできれ ば、世界が進んでいける方向を定めてあげることができると考えたので、それを準備してきたのです。そのような意味で、国連に定着するための一つの機関をつ くったのですが、それが「世界平和超宗教超国家連合」です

今や、私たちが様々な分野のNGOを糾合して、国連を刷新しなければなりません。国連は今、私たちを消化し、リードすることができません。学術的な大会やすべての大会で、国連が私たちに付いてくるようになっているのであって、私たちを指導できる立場ではないのです

11    国連に、下院制度としての政治圏と上院制度としての宗教圏を構成しなければなりません。この上院と下院は、野党と与党のように対決するのではなく、連合しなければならないというのです

国連に上院と下院ができれば、宗教圏は自動的に政治圏内に入るようになります。今は、宗教と政治が分離されています。政教分離です。しかし、このよ うになれば、自動的に政教一致になります。これからは選挙がなくなります。教育を通して、一つになるようにしなければならないのです。超宗教と超国家で す。宗教と国家は怨讐の立場ではなく、互いに愛し合い、一つにならなければなりません

12    国連に、上院のような機関をつくらなければなりません。国連が国家主義の環境から離れることができずにいます。宗教的限界を越えることができずにいるので す。それは、真の父母の思想でなければできません。「神主義」、「頭翼思想」でなければできません。今後、国家主義的で宗教的限界を越えることができない 国連は、自然に機能しなくなります。それを越えることができなければ、越えさせるのです

ですから、アベル的な「世界平和島嶼国家連合」、「世界平和半島国家連合」、「世界平和大陸国家連合」をつくりました。これらを中心として、アベル国連をつくるのです

13    今や「神様のもとの一つの国」ではなく、アベル国連をつくったので、「神様のもとの一つの世界」という表題を掲げて進まなければなりません。そのようにな れば、自然に包括されます。「神様のもとの一つの国」は、民族主義、国家延長主義だというのです

第二次世界大戦の勝利の覇権を中心として、制度をもって世界に影響を及ぼそうとしましたが、その制度というのは自国に限定されるので、超国家的な面 では駄目なのです。それで、私たちが「世界平和超宗教超国家連合」をつくりました。私たちは、超国連を主張しなければなりません。「世界NGO連合 (WANGO)」の理念は、超国連主義です。国連が一つの家庭主義、大家庭として、神様が創造理想とした家庭主義で一つになるのです。私たちの思想は、そ れを連結させることができます

14    新千年紀の開幕とともに、世界は急速に一つの世界を指向しています。「神様のもとの一つの国」を越え、「神様のもとの一つの宇宙」になりつつあるのです。私が早くから説いてきた地球村大家族の世界が現実になるのです

しかし、ここに深刻な障害物があります。それは、人種間の差別と宗派間の葛藤、対立です。これは、神様のみ意ではありません。特に、人類が平和世界 を目指していくに当たって、宗教間の葛藤はより深刻な現実です。神様は教派や宗派をつくりませんでした。宗教自体が堕落の副産物です

私が国連で既に明らかにしたことのある、世界平和を目指す各種の国境線撤廃運動が活発に展開されています。「世界平和超宗教超国家連合」が先頭に立ち、NGO連合団体である「世界NGO連合」を中心として、国連本部から急激に五大洋、六大州に拡大しつつあるのです

15    世界に、どれほどたくさん非政府組織があるか分かりません。多い所では一国で三千を超えるといいます。ですから、数万に上る団体の総会を結成して、「超宗 教超国家連合」を中心として活用するのです。「世界NGO連合」は超国連です。「世界平和女性連合」をはじめ、四大団体の名前で二〇〇〇年に教育を行いま した。それで、「世界NGO連合」、「世界平和超宗教超国家連合」、「世界平和女性連合」、「世界平和統一家庭連合」が行く所には、反対する国がありませ ん。百六十ヵ国を超えたというのです。そのような幕を張ったのでそれを誰も否定することはできません

第二章  超宗教平和運動と超宗教祝福結婚式  目次

第三節    中東平和のための努力と超宗教祝福結婚

シリアのイスラーム指導者四十日修練と平和大行

一九九〇年八月十六日、アメリカのサンフランシスコで開かれた第二回「世界宗教議 会」において、真の父母様は、世界の宗教の内的結束のため、連合教育を提案された。その一環として、一九九〇年十二月二日から九一年一月十日まで、アメリ カ、ニュークのニューヨーカービルにおいて、シリアのイスラーム指導者四十数人が参加する中、四十日修練が開催された。真の父母様は、ユダヤ教とキリスト 教、イスラーム間の長きにわたるわだかまりを解き、中東地域における平和実現の先頭に立つことを彼らに願われた。そして、真の父母様のみ意に従い、世界の 宗教指導者など二万人以上が、イスラエルとパレスチナ地域の平和安着を祈願するため、二〇〇三年十二月二十二日、エルサレムに集まり、歴史的な平和大行進 を行った。真の父母様は、前日の二十一日、平和大行進のために精誠を尽くされる中で、第一、第二、第三イスラエルが一つの勝利圏において統一定着したこと を宣布する「一体統一式」を挙行された

1     一九五四年に統一教会が出発する前から、私は、共産主義が七十三年以上はもたないと教えてきました。共産主義が問題ではありません。共産主義が終わったあ とは、イスラームを含む宗教圏が問題になるというのです。ユダヤ教とキリスト教の争いを誰が止めるのかという問題について、既に五十年前から話してきまし た。これを防ぐための準備を、その時から始めたのです

聖書に「平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう」(マタイ五・九)とあります。人類歴史が始まって以来、この ような宗教圏、国家圏、民族圏をすべて網羅して、迫害を受けてもこれらを和解させようと努力し、一生を捧げて闘った人は、私一人しかいません

しかし、私は一人ではありません。今まで神様と共に、宗教界一致運動のためにその基礎を築いてきました。そうして、宗教統一の結実をもたらしたチャンピオンになったのです。これは観念ではありません。これは訓練課程ではなく現実です。歴史的事件なのです

2     アメリカのサンフランシスコで開催された第二回「世界宗教議会」において、私たちが連合して教育をすることにしました。内的結束を固めなければならないと いう趣旨で、そのようにしたのです。それを私が中心となって行いました。そのようにするための内容を、あらゆる教団の代表たちが手を挙げて決意しました。 そのように決意したならば、行動しなければなりません

その最初の事例が、シリアのイスラーム圏の代表を教育することです。一九九〇年十二月二日から、ニューヨークで四十日修練を受けています。これは、 イスラームの約千五百年の歴史を中心として見るとき、途方もない事件です。イスラーム圏の国家を代表する重鎮指導者たちが、世界が反対する統一教会に来て 教育を受けているというのです。彼らは私に向かって、「ファーザー・ムーン」と言います。私はそのように教えてはいないのですが、「ファーザー・ムーン」 と言うのです。統一教会員たちよりも優秀です。教育を受けるために来た彼らに、「皆さんが教育を受けるに当たって教理的なことは問題ではない。み旨が問題 なので、皆さんがもし統一教会の教えを聞いて感化され、私の弟子になるとしても、歓迎する」と言いました

3     私は、歴史をよく知っている人です。イスラム帝国とキリスト教は、十字軍戦争の時から互いに怨讐です。これを収拾しなければなりません。なぜシリアのイス ラーム指導者の統一原理修練をしたのでしょうか。このようにしなければ、世界が滅亡するというのです

今、イラクが問題ですが、イラクを中心としてイスラームが一つになってキリスト教と戦えば、世界戦争になります。国境戦争の次は、宗教戦争が来ると考えるのです。これをいかに防止するかが、生涯の使命だと考えています

イラク問題を中心として、「キリスト教は私たちの怨讐だ。今から、十二世紀の十字軍戦争でやられたことを復讐するために出ていこう」と言えば、イス ラーム圏が一つになるのです。世界の頂上が交差し、危険水位にまで至るこの時、私たちはこのような教育をしています。平和を定着させるに当たって、このよ うに偉大なことが底辺に敷かれているというのです

4     キリスト教の中心が、イスラエルではなくアメリカなので、アメリカを中心として、今まで三十三年間活動してきました。今や三十四年目に入ります。イエス様 が三十三歳、三十四歳から四十歳まで、王権を中心として世界を支配すべきだったのと同じような、この上ない大変換期に備えなければなりません。このよう に、摂理の時がどのようになっているかを知っているので、そこに合うようにすべての処理を終わらせておいて、今、平和国連を中心として活動しているので す。イスラームやユダヤ・キリスト教は、すべてアブラハムの子孫ですが、イエス様お一人の命を奪うことによって支障が生じたのです

本来、イエス様は、イスラエルの国の王にならなければならなかったのですが、それができずに死ぬことにより、霊肉の二つの世界に分かれるようになり ました。このようになることによって、イエス様が再臨して、地上で肉的世界の平和の王権を立てるべきみ旨が残っているので、来られる再臨主が雲に乗って来 ては、何にもならないのです。ですから、イエス様が失敗した内容、成就していないすべてのことを再び収拾して探し出し、蕩減しなければなりません。蕩減復 帰です。恨を解いてあげなければなりません。それで、二〇〇三年十二月二十二日に、ガザ地区とイスラエルを中心として、平和大行進を行ったのですが、その 時、統一教会員三千人が東西南北から入っていったのです。集会をもつのが最も難しい年末に、四方から三千人が入っていって大会をすることができたという事 実は、驚くべきことです

5     神様とアダムの国が縦横に一つになって定着できる基盤を、第三イスラエルにまでつくろうとして失敗しました。ですから、第一イスラエルの立場、その次に第 二イスラエルであるアメリカの立場、第三イスラエルである韓国の立場を定着させるためには、南北統一をしなければなりません。このようになれば、紛争地域 は自動的に平和の地区に転換されざるを得ないのです。これが結論なので、ガザ地区でユダヤ教とキリスト教、イスラームの人々を集めておいて、平和大行進を したのです

ユダヤ教、キリスト教、イスラームが私と何の関係があるでしょうか。しかし、み旨から見るときは、一つの血統で連結された先祖の責任があるというの です。アダム、エバとイエス様を中心として天国に入っていける覇権的主権を立てられなかったことを蕩減するために、このことをしているというのです

また、第二次世界大戦の時、アベルの位置にいるアメリカと天使長の位置にいるフランスが一つになり、日本とドイツ、イタリアのサタン側に対して勝利 して屈服させ、その上で韓国を中心として、平和の王国を定着させなければなりませんでした。ところが、それができず、歴史時代において、神様がサタンと 闘って勝つことができなかったのです。そのすべてを蕩減復帰して、勝利の覇権時代を迎え、平和の王であるイエス様は失敗しましたが、ガザ地区での平和大行 進を通して、実体的に地上で第一、第二、第三イスラエルの基盤を連結させることにより、再臨主が初めて真の父母の位置に立つようになったのです

超宗教祝福結婚式とその意

真の父母様は、「宗教間の障壁が消えてこそ、平和世界が訪れる」と語られ、超宗教祝 福結婚式が、そのような障壁を一時に崩し、平和を定着させ得る最も効果的な方法であることを強調された。これに伴い、二〇〇二年四月二十七日、アメリカの ワシントンDCを中心として「十四万四千双超宗教聖職者祝福結婚式」を挙行するなど、数回にわたって超宗教祝福結婚式を主宰された

6     一九九三年二月一日、インドのニューデリーで開かれた「世界平和宗教連合」の会議で、「すべての宗教が一つになって結婚させよう」という運動をしなければならないと宣布しました

私が代表になり、これから世界的な家庭倫理を立てることにおいて、宗教が先発隊になろうというのです。したがって、すべての宗教が力を合わせ、この 公式的な原理にさえ合わせればよいのです。ですから、「各教団が合同結婚式を、私の名をもって何万双でも何百万双でもやろう!」と私が提案しました。その ようなことを世界的に宣布することにより、「世界平和宗教連合」をつくった者としての責任を果たすのです

7     天一国時代という新しい時代が開かれました。これは、地上天国を意味します。霊界と肉界、右翼と左翼、イスラームとキリスト教のすべての人々が、一つの家 族として生きていく時代です。これが天一国の意味です。平和の世界は、宗教間の境界と障壁がなくなる時、成し遂げられます。私たちの子女たちは、超宗教的 な国際結婚を通して、平和世界を建設することができます

ユダヤ人たちの子女とムスリムの子女たちが結婚し、共産主義者たちの子女と民主主義者たちの子女が結婚して、すべての人が結局、一つの家族にならなければなりません

カインがアベルの命を奪った瞬間のことを考えてみてください。その結果として、今まで神様の心情は苦痛と涙でしみたものになりました。本来、長子 は、弟を愛してあげなければなりませんでしたが、反対に殺人事件が起きたのです。その当時、神様の心情は凄惨だったというのです

神様は、宗教の終焉を御覧になりたいと思いました。ユダヤ教が、人類のための最後の宗教にならなければならなかったのです。しかし、イエス様が十字 架にかかって死ぬことにより、キリスト教が出現して、現在まで続いています。第一次と第二次であるアダムとイエス様の時代は、過ぎ去りました

今や第三次のアダムの時代である再臨主の時代であり、完成の期間です。再臨主の使命というのは、真の愛、真の生命、真の血統を中心として三代を完成することです。ですから、再臨主が全人類の血統を清めるために、祝福を通して真のオリーブを接ぎ木するのです

8     神様のもとに一つの家庭を中心とした世界を築かなければならないのですが、そのような世界を築くことのできる最も単純な方法は、いわゆるユダヤ人とムスリム、共産主義者たちと民主主義者たちの間の交叉結婚です

例えば、北朝鮮の指導者の子女と韓国の大統領の子女が結婚するとすれば、その結婚を通して怨讐関係が取り除かれるだけでなく、韓半島を中心として平 和世界を成し遂げることができるのです。もし、国連が超宗教、超人種、超国家的な結婚のチャンピオンである父母様を招請し、「全人類を祝福してあげよう」 と言えば、全人類を復帰するのに一週間もかからないでしょう

すべての問題の解決策は、遠くにあるのではなく、正にここにあるというのです。私たちが祝福家庭になれば、親戚の息子、娘や甥、姪たちを祝福に導く ことができます。そのようになれば、祝福が燎原の火のごとく広がっていくでしょう。今や、私たちの親戚の息子、娘たちを強制してでも祝福に導かなければな りません。なぜなら、そのようにしてあげることが、本当の意味で彼らのために尽くすことになるからです。のちのち、彼らが祝福の真の意味を知るようになれ ば、皆さんに感謝するようになるでしょう

もしここで皆さんに、ユダヤ教指導者、イスラーム指導者、そして、キリスト教指導者たちの間で交叉結婚をするように提案するとすれば、従うでしょう か。皆さんが確信をもつことができなければ、皆さんの代身者たちを送ってください。彼らを四十日間教育して、一〇〇パーセント同意するように導きます。そ れは、神様が願われ、皆さんの先祖たちと宗教の創始者たちが願うことなのです

9     宗教によっては、独身生活をしなさいと教えてきました。独身生活をしなさいというのは、今まで歴史を通して現れた主流宗教の教えです。天国には、個人で入 ることはできません。血統を中心として、三代圏の完成を実現して入らなければなりません。ですから、祝福をするのです。祝福を受けて、真の神様の真の愛、 真の生命、真の血統を中心として、三代を完成した基盤をもってこそ、天国に入るのです。地上世界を祝福し、天地を束ねて公式的に祝福するのは、統一教会の ほかにはありません

この世的に見れば、アラブ圏と私に何の関係があるでしょうか。韓国人とアラブ人に何の関係がありますか。(それは)神様のためです。神様の願いがそ のようになっているので、自分が信じられないことも信じなければならず、できないことでも行わなければならず、迫害なども受けなければならないのです

「世界平和超宗教超国家連合」で行う中東平和セミナーに来た人々の中で、私を最初から信じた人がどこにいるでしょうか。すべて、反対した人々です。 宗教指導者たち、ムスリム、ユダヤ教徒がどれほど統一教会を憎みましたか。キリスト教徒がどれほど憎みましたか。神父や修道女たちがどれほど憎みました

平和の世界は、国境を中心として怨讐同士、その息子、娘を交叉結婚させてこそ、実現されるのです。そのように交叉結婚をさせられる価値観をもってい る団体が、宗教界にはありません。統一教会しかないのです。ムスリムとユダヤ教徒が交叉結婚をするようになれば、中東戦争はなくなるのです

10    百八十九ヵ国の選ばれた宗教指導者十四万四千双が、一心、一体、一念になって、天から許される祝福の恵沢を与えられたことを、心から感謝申し上げます

(天の)お父様、今や統一教会を中心として、あなたの創造理想の園であったエデンで失われた、真の愛と、真の生命と、真の血統の関係を備えなければ なりません。あなたの血統的基盤を中心として、創造理想的家庭完成を標榜し、アダムとエバを造って天宙の愛の理想を十分に抱き、理想的父母になり、夫婦に なり、夫婦を中心とした子女たちを繁殖して、神様を中心とした一代、二代、三代、神様の家庭において孫と孫娘を備え、愛と生命と血統によって一体となった 家庭的基台の定着を願ったことがあなたの創造理想でしたが、人類始祖が成長過程において失敗の一日を迎えることにより、堕落という怨恨の罠をこの地上に残 しました

それによって人類の先祖はもちろん私たちも解放的喜びの世界を失い、悲しみの中にとどまるようになりました。このような私たちのために、蕩減という 復帰路程である旧約時代、新約時代、成約時代を立て、六千年の歳月を費やしながら、解放された復帰勝利の一つの版図であるエデンの基準を取り戻すために、 お父様がどれほど苦労されたかという事実をよく知っております

ここに立っているすべての宗教指導者たちと共に、天と地の統一的な祝福の恵沢によって、一心、一体、一念の一つの血族を備え、父のみ前に失った個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様まで、本然の心情圏を尋ねて復帰しなければなりません

11    個人の体と心の統一と、夫婦の統一、父子間の統一、兄弟間の統一、氏族、民族、国家、世界の統一のために、サタンによって塞がっていた塀を崩し、境界線を 撒廃して、怨讐の立場を飛び越え、また飛び越えて、アダムとエバが堕落していないときの兄弟の友愛をもった子女たちとして、一つの家庭的基台の上で真の父 母であられる神様を中心に真の一族の姿を備え、超民族的、超国家的、超世界的、超天宙的祝福の行事を断行いたしました

このようにすることにより、地上の統一圏と天上の統一圏を立て、霊界と肉界の境界線を撤廃し、サタン世界と天の世界の境界線を撤廃することによっ て、理想的な家庭、真の愛の血統関係を中心として、世界人類が一兄弟、堕落する前のアダムとエバを中心として望んだカイン・アベルの兄弟、子女たちとし て、国家を越え、宗教的基準を越えた家庭的愛を完成できる祝福の時代を迎えました。それにより、超国家的であり、超民族的であり、超氏族的な基準で、一 心、一体、一念をもって祝福行事を挙行し(天の)お父様のみ前に奉献するこの時間となりました

第三章  霊肉界一体時代と霊界解放  目次

第一節    真の父母様と霊

実存する霊界を明らかにされた真の父母

真の父母様は、早くから霊界の構造と実相を明らかにされ、霊界解放のために一生涯、精誠を尽くされた。特に、霊界における四十三日間の闘争を通して、神様の御印(ぎょいん)を押されるなど、地上と霊界の統一と救援に向けた天宙的摂理を導かれた

1     本来、宗教は神様から出発します。統一教会もそうです。統一教会も、伝道して集まったのではありません。私が伝道して、このように多くの人が来たのではな いのです。霊的に高い霊力をもった人々が集まってきました。霊界が案内してきたのです。このようにして来た人々は、「神様はいない」とは言えません。その ような経験のない人が神様を否定するのであって、経験がある人は神様を否定できないのです

自分たちが信仰生活を長くしながら、現実の中ではっきりと神様を体験し、認める人々が大勢います。彼らは、神様を否定することができません。そのよ うな人々は、「神様はいない」とは夢にも口にしません。そのような霊的アンテナが高い人々は、一つの場所を知っているのです。中心を知っています。そのよ うな人々が、自動的に中心のほうに集まるようになって、統一教会を始めたのです。統一教会は、神様との直接的な関係から出発したのです

2     皆さんは、永遠の世界があること、すなわち霊界があることに対して絶対に否定できません。なぜなら、それは少しだけ努力すれば体験するからです。少しだけ 努力すれば、難なく体験するというのです。長く統一教会にいる人たちは、みなこれを体験して、統一教会に入ってきたのです

体験しなかったとすれば、人々が反対し、迫害する統一教会を誰が信じるでしょうか。ところが、体験するので、信じなければ居ても立ってもいられないように、霊界から押し出すのです。それで信じてきたのです。ですから、霊界があることに対して否定できません

3     私は、皆さんが想像もできない背後をもっています。世界史的な内容をもっているというのです。本然の世界に入って体験したこともあり、どこの誰が「神もい ないし、霊界もない」といくら弁明しても、弁明できない実証的な材料をいくらでももっています

このような材料は、皆さんが今に至るまで習慣的に生きている生活圏内の関係の中から出てきたものではありません。誰よりも切迫した立場、目が涙でぐしょぐしょになる立場から出てきたのです。膝をついて地面にひれ伏し、何日間も訴えた精誠の底から出てきたのです

4     私は、いくら霊界の事実を知っていても話しません。知らない人のようです。ところが、私が行くべき道の問題に入っていけば(冷静)沈着です。無慈悲に方向 を選別できる何かがあるので、今日、混乱した霊的過程を克服し、混乱した時代過程を克服できるのです

いくら波風がぶつかってきても、その波風が私にぶつかって、私を押し出すのではなく、その反対になります。このようにして、個人的混乱時代を経て、 家庭的混乱時代を経て、国家的混乱時代を経て、今、世界的混乱過程において進軍しているのです。全世界が混乱したこの過程で旗手になろうというのです

5     自分の素質が神霊的な面に合う人々は、霊的なことについて関心をもちます。私はもともと、そのように生まれつきました。神様に関する話をすれば、非常に気 になるのです。御飯を食べずに二十四時間聞いても、聞くほどおもしろくなるのです。そのようなときは、それを一方的にするのではなく、真理で補強しなけれ ばなりません。このように、両面を選別していかなければならないのです。自分の素質、自分がどのようなタイプの人間かは、各自が分かるでしょう。そうすれ ば、その反対の分野を啓発するために努力しなければなりません

真理を探究したり、神霊的な面での体恤をしたりしなければなりません。必ず祈りと真理の探究が必要です。神霊的なタイプの人は、既に霊的に感じたこ とを真理で消化できる基盤を築かなければならず、知性的なタイプの人は、その知性的な面に神霊的な面を補強できる体恤的な基盤を築かなければなりません。 そうすれば、それは必ず、自分が落ちていくことのない永遠の基盤として発展できる基礎になります

自分一人では大変なので、必ず自分と相対的な素質をもつ人を友達にしたり、師にしたりして、指導を受け、協助を受けていかなければなりません。それが一番正しい道なのです

6     霊界に行って神様まで認定するようにしなければなりません。それは、原理を学べばすべて分かるようになります。霊界をすべて暴いて体系をつくらなければな りません。私がそのような体系をつくったのです。その世界はあまりにも膨大で、手を付けることができません

ぼろぼろの布の包みをすべてほどいて、王が着てお出ましになる服まで作れるほど、膨大なその世界を整理することができなければなりません。そうし て、神様が「あなたは歴史始まって以来、私よりも優れている」と言えるようにしなければならないのです。そのようにして御印を押され、勝利した人は私しか いません

7     自分の心の声を聞ける境地を尋ね求めていかなければなりません。神様との対話は、祈祷を通してするのではありません。そのような境地に入れば、翌日、もし くは次の週に行う会議の内容まで、あらかじめ語るのです。夜なのに眠らず、心の深い所では会議をしているというのです。お母様はそれを知っています

汽車に乗っていくとしても、独り言を言うのです。その境地に行けばそうです。ラジオ放送の音を聞くのと同じように、心の根元から響いてきて、大宇宙に共鳴するようになるのです。他のものは聞こえません。その周波数、波長が合わなければならないのです

8     霊界にいる大勢の霊人たちと、四十三日間、闘ったことがあります。十二使徙とイエス様までも私を見分けることができませんでした。霊人たちは、私が霊界を 滅ぼそうとしている、というのです。ですから、誰が正しく、誰が偽りかを明らかにする闘いが、四十三日間繰り広げられました

その時、神様は判決を下しませんでした。神様は、誰が正しいか闘ってみなさいというような立場でした。霊界も譲歩せず、私も譲歩しなかったのです。 ですから、千年、万年、闘いが続きそうなので、神様が判決を下さなければならないという立場にまで行きました。神様は天理の公法によって判決を下したので

その闘いで、私が勝ちました。それで、霊界にいる大勢の霊人たちも、私の話を聞くようになったのです。今や霊界も、私によって左右されます。そのように霊界を統一した条件を立てたので、地上の統一をするのです

真の父母様は霊界の専門

真の父母様は、講演を通して御自身のことを「霊界を最もよく知るチャンピオン」であ ると語られたように、霊界の最高の専門家であられる。霊界との交流を通し、人間先祖の堕落以降の神様の恨と人間の恨を隅々まで明らかにし、神様を解放へと 導かれ、永生のために人間が地上の人生をどのように生きるべきかを提示されたのである

9     皆さんは霊界についてよく知らないのですが、私は霊界の専門家です。恐らく、「霊界を開門するに当たって、理論的基盤に基づいて霊界を教示し、体系的内容 で明らかにしてくれた元祖が文総裁である」という記録が残るでしょう

私を指して「真の父母」と言うのですが、その「真の父母」という言葉は恐ろしい言葉です。真の父母になったならば、真の家庭を率いなければなりませ ん。ここに一族がくっつけば、真の一族を率いなければならず、これが民族に拡張されるときには、民族を率いなければならず、国家と世界に拡張されるとき は、国家と世界を率いなければならず、天地、霊界と肉界に拡張されるときには、それを率いることのできる能力がなければなりません

10    世界は真の父母を必要とします。地上世界だけでなく、霊でも同じです。霊界に愛の宮殿を造らなければならないのに、そのような人がいないからです。霊界の 宮殿は、神様も造ることができず、霊人たちも造ることができないというのです。真の父母が造らなければなりません

霊界において、愛の宮殿は真の父母から始まります。真の父母が霊界に行って、「ここを宮殿にします!」と宣布すれば、その宣布を中心として全霊界が定着するのです

そのような責任が残っているので、霊界でも私を絶対に必要としています

11    皆さんが霊界に行き、どこからでも「お父様!」と呼べば、直ちに会えるのです。すぐに会うことができます。心配することはありません

愛の心情に合わせるようになれば、同参(一緒に参加すること)権、同位権、同居権をもつので、私を呼べば、すぐに会えるというのです。そのような人々には、私がすべての霊界を見物させてあげるでしょう

12    私は、死後の膨大な本国の活動舞台を知っています。向こうの国(霊界)では、何億マイルをあっという間に通過することも問題ありません。飛行機も必要あり ません。愛の力は最高の速度です。真の愛をもって慕う人を呼べば、すぐにその場に現れます。何億万里あっても、問題にならないのです

霊界に行ってみれば、どこに行っても花でいっぱいです。ところが、その花が笑い、踊りを踊るのです。自分の愛の価値観の完成基準によって、それぞれ 声を出しながら踊ったり、声を出さずに踊ったりと、様々な姿で迎えてくれるのです。その時になって、「お父様が教えてくださった愛というものは、このよう に偉大なものだったのだなあ。あの時に理解できていれば良かった」と言っても、既に通じません。その世界に合格させ、その世界に周波数を合わせ、そして、 そこに調和するように教育しているのです

13    私が誇るべきことは、神様を知っているということです。私は、霊界で知っていること以上に知っています。神様の心情を知っているので、神様が一番好まれる のです。ですから、神様は、私が行く先々に付いていきたいと思うというのです。神様が私に付いていきたいと思うので、霊界にいるすべての人々も付いてくる のです

私は、霊界に行けば霊界の頂点に座ります。私がそれを願わずに低い位置に行って座ると、頂点まで連れていかれるというのです。皆さんがこのようなみ言を聞いているという事実は、歴史的な事件です

14    私は、時について知っている人です。ですから、世界の誰もできない冒険もするのです。時について、どのように知るのでしょうか。皆さんがもつことのできな いアンテナをもっています。それゆえ、霊界に通じ、立体的な体験をする人々は、私を無視できません。それは専門家だからです。一言語れば、その十倍の事情 をはっきりと分かっています。そのような面については、皆さんは知りません。知らない人々は、知っている人に付いていかなければならないのです。指導を受 けなければなりません。生きる道は、それしかありません

15    科学は仮説から始めます。実験を通して結果が合えば、「科学的だ」と言うのです。統一教会は、それよりもさらに確実です。仮説ではありません。内容と結果を事実としてもっているので、行動できる宗教です

私は、行くべき道をはっきりと知って行きます。これから世界はどのようになるか、ということも知って行くのです。それゆえ、どのような哲学者たちで も、理論的な面ですべて相手にすることができます。神秘の世界に対しても、はっきり知っているのです。霊界の専門家です。ですから、統一教会は、言葉のと おり、教会を統一することができ、宗教を統一することができるのです

16    地上の一人には、数多くの霊人たちが連結されています。今後、その霊人たちが地上に降りてきて協助するでしょう。そのような霊人たちが、私のために総動員 されています。高い霊界と通じる人に私の三文字の名前を示して、「この方について祈ってみてください」と言ってみてください。祈ると、「ああ!」と言いな がら敬拝するのです。そのようになっています。私は専門家なので、はっきり分かります

霊界を統一できなければ、地上統一ができません。ここに立っている人は、霊界を統一できる能力をもっています。そのような能力があるだけでなく、既 に霊界を統一しておきました。ですから、霊人たちがみな、私を協助するのです。仏教徒が一人訪ねてきて、「お釈迦様が文先生のために二十四時間祈りなさい と言った」と言って敬拝をしたこともあります。協助しなければならないというのです

17    皆さんは、神様の代身の立場で万物を創造し、息子を創造し、さらには、父母の位置を創造しなければなりません。そのような運命の道が、再創造の道であり、 復帰の道です。新しく買ってきた物が故障すれば、修理工場に送って修理するか、再びつくるかしなければなりません。それと同じ道理です。神様は、キリスト 教が信じるように、「ああ!空中で宴をしてみ旨を成就しよう」と考えたでしょうか。それは妄想です。絶対にできないというのです。私は、イエス様に会い、 神様に会ってみました。霊界について隅々まで知っている人です

18    「果たして霊界があるのかないのか、天国があるのかないのかということは、死んで初めて分かる」と言う人がいます。死んでみれば、間違いなく霊界があると いうことが分かります。皆さんは、霊界を体験できなかったので、霊界がどのようになっているか知りませんが、私は天の特別な恵沢を受けて、霊界についての 専門家になりました。世界のいかなる霊通人でも、私の所に来れば屈服しました。霊界の専門家になったので、今日、統一教会をつくって、世界を駆け回ってい ます。間違いなく、そのような世界があります

そのような特別な恵沢を受けて向こうの世界(霊的な世界)を探索してみながら、果たして天国の組織はどのようになっているのか、これが気掛かりな問 題でした。それをかき分け、突破し、探し求めてみると、天国の組織は簡単だったというのです。天国は、ために生きた人だけが入って暮らすようになっている 所です

19    私は、サタンのすべての秘密武器を爆破するに当たって、先導的な役割を果たしました。悪魔サタンが今日まで、この地球星を蹂躙してきたのですが、それをす べて隅々まで暴きました。サタンが行く先々、隅々にまでくっついていって問い詰めるチャンピオンです

それだけではありません。今に至るまで、霊界はすべて混乱していましたが、その世界に入っていって、すべてまとめておきました。また、霊的世界で教主たちに会い、原理的な闘争をして勝利したのです

20    私に地上で会い、誰より慕って共に暮らした人は、私と近い霊界に行きます。ですから、家庭が反対して教会と遠くなった人々も、収拾してあげなければなりま せん。真の愛の心情は永遠なので、彼らが離れているとしても、みな呼んで解放してあげなければなりません。そして、殺人鬼までも探し出して解放してあげる のです

本来は、エデンにおいて、天使長もアダムとエバを愛したのではないでしょうか。それを回復してあげようという思いがあるので、殺人鬼と聖人、カイン とアベルを同じ場で解放してあげるのです。夫婦のような対等な価値の位置に立てたいと願った家庭理想を中心として出発した基準があるので、サタンとカイン を愛さなければならないというのです。真の愛を実践してこそ、すべてのものが解放されます。真の愛がなければ、救援摂理は成立しないのです

霊肉界一体時代と真の父母様の直接主

真の父母様は、霊肉界を統一することにより、霊肉界一体時代を開かれた。それによ り、霊界と肉界は神様と真の父母様が直接主管される時代に入ったのである。そうして、真の父母様は、霊肉界が互いに一体化できるようにするためには、多く の精誠を尽くさなければならないと語られた

21    霊界が統一されなければ、地上統一をすることはできません。今まで私がこの道を歩んでくるに当たって、霊界がそのような背景からすべて協助しました。ですから、いかなる宗教も、すべて私を証しています

本来、第二次世界大戦以後に、統一されたキリスト教文化圏の世界において一つになれば、その時から霊肉が一体になるのです。これが実現されなかった ので、四十年路程で統一的基盤を合わせるための業を今まで繰り返してきました。そのようにして、これがすべて終わったというのです

霊界の基準を地上に一体化させることによって、霊界と肉界が交流することができます。今までは、すべて塞がっていたのです

22    霊的世界を動員しなければなりません。霊界を動員しようとすれば、何においても霊界の先祖より、自分が上回っていなければならず、精誠を尽くさなければな りません。そして、孝子、孝女、忠臣であると自覚する立場で動かなければなりません。ですから、一人でいるのではなく、三時代を代表して、先祖はもちろ ん、自分の父母と一つにならなければなりません。そうして、子孫に影響を与えなければならないのです。霊界をはっきりと教えてあげなければなりません

霊界と肉界が合同する時です。それゆえ、必ず自分の先祖たちを動員して、動かさなければなりません。そして、霊的に先祖たちが教えてくれるその環境に従っていきながら、地上でも一体化運動をしなければなりません

23    監獄生活をして最も印象的なことは、苦労をしたことです。そのようなことがあるほど、霊的な心との共鳴圏が鋭敏になるというのです。普通の人であれば耐え られない重労働をするときでも、体は労働をしていますが、心は労働をしないのです。このようなことをすれば、霊的な体験が本当に早くなります。そのような 体験をすれば、体の疲れはすべて吹き飛びます。必ずそのような体験をしなければなりません。この体験をしなければ、霊界に行って共鳴体になりません

そのような体験をもてるように、努力しなければならないのです。そうすれば、夢うつつの中で私に会う回数が次第に増えるのです。そのようになればな るほど霊眼が開きます。皆さんが座っていても、私が何をしているのかがすべて分かるのです。皆さんは家にいても、父母に侍って暮らすその生活圏内で、一緒 に生きることができる圏内に入るのです。本当に来て、暮らす、その姿を見るようになります

そのようになれば、霊界は自動的に開きます。これは、妄想ではなく現実的問題です。このようになってこそ、皆さんが活動するときに、霊界が自由自在に協助し、行う事柄が横的に拡大されるのです

24    今までの宗教は、教主が霊界に行き、地上と関係を結びながら発展してきました。しかし、統一教会は父母様が生きている間に、世界を神様のみ旨に連結してき ました。これが違う点です。イエス様や各宗教の教主たちは、霊界に行ったあと、霊人体が地上に来て協助しましたが、私たちは違います

父母様が生きながらにして、霊界に行った霊人たちと皆さんを通してみ旨を展開しているのです。ですから、統一教会は地上で実体をまとい、霊界をコントロールして、その目的を完成することができます。それは、神様と父子の関係があるからです

父子の関係が成立するには、生活的な環境が共通していなければならず、感情までも互いに共感できなければなりません。そうでなければ、父子の関係を 結ぶことができません。感情と環境が同じ生活圏で共生することが、父子の関係を中心とした生活なので、皆さんも生活圏で、そのような密接な関係をもって祈 らなければなりません

食口の中で、父母様の近くで侍って暮らす人が言うには、まるで天国で暮らしているかのように錯覚するほどだというのです。実際、皆さん全員が、その ような境地にまで進まなければなりません。現在、統一教会の食口たちの中で、そのような人が多くいます。そのようになるためには、熱心に祈って精誠を尽く さなければなりません

25    皆さんは、絶対に不平を言わず、感謝の心をもたなければなりません。そのように感謝の心をもって働き、帰ってきて祈るときには、必ず夢の中に父母様が現れ て教えてくれるようになります。霊的な目が開かれるのです。そのようになれば、どのような現象が起きるのでしょうか。父母様に会いたくて、御飯を食べるの も忘れてしまいます。また会いたくて、心の中で呼ぶ声が聞こえます。御飯を食べられず、眠れないほどです。そのように精誠を捧げれば、霊眼が開きます。そ の境地を過ぎれば、その次には、父母様が皆さんと一緒に暮らすのです。そのような現象が起きます

そのようになれば、百万長者や億万長者を羨ましいとは思いません。これは、夢のような話ではありません。そうして、三百六十五日、一年中教えてくれ ます。そのようなことを知っているので、私も、このことをしているのです。あすどのような人に会うのか、推測してすべて分かって仕事をします。そのような 世界があるというのです。ですから、皆さんは、そのようになることを願ってばかりいるのではなく、精誠を尽くせば、間違いなくすべてその世界になるので、 父母様がするとおりに、その世界のために精誠を尽くさなければなりません。心から精誠を尽くさなければなりません。そうすれば、皆さんがするとおりに返し てくれるというのです

26    愛は永遠です。愛は永遠なので、神様と一つになったその愛をもてば、永生するというのは理論的であり、自然な結論です。神様は永遠であられるので、永遠の 初愛を結んだ人は、神様のように永遠に生きるようになるというのです。アダムとエバも永遠に生きてこそ、その息子、娘も永遠なる愛の根に到達するので、永 生するというのです。理論的です。それが統一教会の力です

根に行けば行くほど、あるいは距離が遠くなれば遠くなるほど、父母様に対する思いが、さらに切実になるのです。そのようになれば、霊界で教えてくれ ます。地の果てと地の果てで離れて暮らしていても、夜眠ることができず、御飯を食べるのを忘れてしまうほどになれば、霊界に通じます。父母様が何をするの か、すべて見るようになるのです

27    父母様を本当に慕わなければなりません。そうすれば、夢や啓示の中で出会うでしょう。これは、この世の中にはないことです。国境と時空を超えて、父母様が コントロールしています。どこを通してするのでしょうか。神様を通してするのです。アンテナの中で、最も高いのが神様のアンテナです。アンテナが高けれ ば、世界のどこにでも通じるのです。神様が霊界を通して、皆さんに伝えています

宣教師たちには、一〇〇パーセント教えてくれます。迫害の中では、ことごとく教えてくれるのです。「ある人が調査しにくるから、どのように答えなさ い」と教えてくれるというのです。そのような経験をした人は、死んでも神様がいないとは考えられません。そのように実体的体恤圏で経験をした人は、神様と 共に生きることができるのです

第三章  霊肉界一体時代と霊界解放  目次

第二節    霊人救援と霊界解

地上・天上天国の門を開かれた真の父母

真の父母様は、この地に来られて、堕落した人類の偽りの血統を断絶し、復帰摂理のす べての段階を勝利することによって、地上と霊界の間を隔てていたすべての境界線を撤廃し、地上世界から天上世界に至る高速道路を築かれた。それゆえ、真の 父母を愛し、真の父母以上に人類を愛せば、地上から天上に至る直通路を誰もが行けるようになると語られた。そして、神様の創造理想を実現できる本然の中心 の位置に、真の父母様が安着することにより、地上天国と天上天国の門が大きく開かれるようになったことを強調された

1     神様は、霊界から直接働き掛けることはできません。天使や聖徒たち、善なる先祖たちを遣わして役事するのであって、神様が直接役事することはできないとい うのです。直接役事できたならば、堕落もありませんでした。直接役事できるように橋を架けるのは真の父母です。真の父母がこの地に来て、偽りの父母のすべ ての実情を根本から完全に解消するのです。そうして、個人から天宙まで浄化させた基盤の上で、神様が地上世界に降りてきて、完成した基盤を中心として活動 するのです

2     来られる再臨主は、完成したアダムです。そうして、エバは完成したアダムを中心として、絶対的に一つになってこそ、完成したエバになります

お母様がそのことを身代わりして蕩減歴史を歩んできました。アダム創造完成とエバ創造完成を世界的な基準で成し遂げたので、すべての男性たちは男性の位置に、女性たちは女性の位置に立って、愛を中心として平等、平準化された家庭理想時代に入るようになります

天と地、世界の東西に塞がっていたあらゆるものが本然の基準に帰ることにより、今や行くべき道は一つしかありません。真の父母に従って、天国に入る 道しかないというのです。そこにサタンがすべて屈服し、サタン世界のすべての妨害がなくなったので、皆さんが一つになって国を動かし、天のみ前に捧げるこ とによって、地上天国と天上天国が成就されるのです

3     アダムとエバは、神様のみ前に万代の一人息子と一人娘です。世の中でも、七代の一人息子と一人娘が死んだとすれば、国までも贈り物を送って慰労するので す。ところが、今まで万代の息子、娘を失った、その神様を慰労した人がいましたか。ただお父様だけが、堕落の悲しみを抱いている神様に対して、「私に付い てきてください。私の行く道に付いてきてください」と言いながら慰労するのです。その道を開拓し、地獄の門を打破して、天国の門を開門できなければなりま せん。神様が自由自在に往来できるようにしなければなりません。地獄という、恨に満ちた敷居を、すべて取り壊しておかなければならないのです。神様を解放 しなければならないというのです

それで、お父様が、地上世界と天上世界の地獄まで、塞がっていたものを崩してしまいました。今から高速道路を造らなければなりません。平準化しなけ ればなりません。それは、地上だけではありません。霊界がすべて平準化されなければならないのです。家庭的平準化、氏族的平準化、民族的平準化、国家的平 準化、世界的平準化、天宙的平準化が実現されなければなりません。それは、男性と女性の家庭形成によって実現されるようになっています

4     祝福の恵沢圏が上から下まで、地にまで及んだので、霊界祝福時代に連結されるのです。それを連結してこそ、復帰することができます。今までは地上で愛する 妻と夫が暮らしてから霊界に行けば、分かれていきました。霊界に行くとき、自分の度数に従って入っていくのです。霊界に行ってビデオのボタンさえ押せば、 自分が地上でどのように生きてきたのか、すべて出てきます。すべて記録されているのです。天使が来て、そこに連れていくのです。家庭に十人いても、心霊基 準が違うので、みな別れなければなりません。会うことができないのです

今やそこから解放されます。地上で愛していた人が霊界に行っていれば、その人と祝福してあげることができるのです。ですから、霊界の人々を祝福して あげたのです。その門が開かれました。それゆえ、地獄解放が可能です。そうしてこそ、「堕落していない本然の世界、天国に一方通行で入れる天国編成を完成 した」と言える基準が立つようになります。そして、地で分かれたすべての個人と家庭をかき分けて、世界的に編成するのです。これを一時にもってきて合わせ ることによって、地上・天上天国の統一圏が形成され、神様が解放される時代が来たのです

5     一生の間、怨讐を愛しました。個人の段階でそれを行い、家庭の段階でそれを行い、氏族、民族、国家、世界の段階、その次に天宙の段階においてまでそれを行 いました。ダンべリーにはなぜ入ったのでしょうか。霊界と肉界とが塀で塞がっています。堕落した父母によってずれてしまったものを解消するために、霊界と 地上に道を築いておかなければなりません。ダンベリーにいるとき、お母様と特別祈祷をすることにより、そのような条件を立てました。その時から地獄のすべ ての塀が崩れて、誰でも努力すれば、天上世界に上がっていける道ができました

また、霊界において自分の親戚の中に善なる霊がいれば、教育して引っ張っていくこともできるようになりました。霊界の救世主の役割が始まったという のです。救世主の役割は、この地上にのみあったのですが、このような道を築いてあげることにより、向こうの国(霊界)の善なる霊たちが、地獄にいる悪なる 霊たちを教育し、善なる先祖が救世主の役割を果たしながら、発展して上がっていける道が開かれるようになりました

6     お父様の一代で、個人から世界、霊界まで高速道路を開拓しました。それが一九八五年二月一日、ダンベリーにおける「開天門の日」宣布です。地上世界から天 上世界まで高速道路を連結させて、門を開いておかなければなりません。それは、最も難しい所、最も難しい底辺からしておかなければなりません

ですから、すべての歴史の新しい起源は、獄中から始まるのです。世の中でもそうです。革命家たちは、監獄から新しい道を開いていきます。それと同じ ように、獄中の一番底から高速道路を築いてこなければなりません。そのようにすることによって、地獄であれば地獄でも、男性と女性が行く道ができるので す。地上世界もすべて同じです。偽りの父母によって仕切りで塞がれたものが、真の父母によって開かれるというのです。偽りの父母の愛による血統的因縁で塞 がったものが、真の父母の愛により、新しい祝福の血統を受け継ぐことによって、開かれるようになるのです

7     ダンベリーを中心として地獄と天上の門を開け放ち、地上の地獄の門までも開け放ちました。そうして、ダンベリーから出てくるときには、統一家とお父様を中 心として、東西南北の四方に万国を連結することができました。そのような基盤を築こうとしたので、真の父母の息子である興進君を霊界に送り、霊界を救わな ければなりませんでした。天地を中心として、祭物的立場で真の父母の愛の圏内において霊界に行った人は、興進君しかいません

イエス様を中心として教派が分かれました。民族別にもすべて分かれているのです。このような塀をすべて崩して、一列に集まれるように綱を張っておき ました。水がたまっている所に穴を開けておけば、水が流れて一ヵ所に集まるのと同じように、イエス様と興進君の愛の道を通して、霊界と地上を往来するので す。本来、霊界に行った善なる先祖たちは、愛の道、本然の愛の綱を渡らなければならないのですが、その愛を通して往来できる橋ができたのです

8     本然の世界において天国に行く道は、真の父母が導くのではなく、天使たちが導きます。真の父母が皆さんを導くのは、原理ではありません。真の父母が道を築 いておいたので、真の父母を愛すれば、この道に従っていくようになっています

その道に従っていきながら、真の父母を愛する立場で、人類を真の父母以上に愛するようになれば、皆さんが行く道は万事亨通(すべてが思いどおりにい くこと)です。滞る道がなく、狭い道がないというのです。高速道路で、直通する主流の心情路線を行きます。ですから、皆さんは地上から天国まで直行するこ とができるのです

9     霊界に行く時、神様のみ前に何のプレゼントをもって行くのでしょうか。それがお父様の問題です。神様が願う国と世界のために働き、今後、訪れる理想的な社 会と理想的な世界を築くことができる二世のために生きてきました。神様のように愛したのです。それゆえ、霊界に行っても自然です。そのまま延長です。その ことをするのです。神様がそのみ業をしているので、私も神様の近くに行って、それを一緒にせざるを得ないという結論が出てきます。ですから、神様も「私の 国は、あなたの国だ!」とおっしゃるのです

10    真の父母は、偽りの父母がつくっておいたすべてのものを生み変えていきます。真の父母が霊界に入っていくとき、より良い条件をつくっておいてから行かなけ ればなりません。地上世界と天上世界の監獄にいる囚人たちをすべて解放してあげなければなりません。地上世界の監獄の門を開いて、天上世界に行ける道を開 いてあげなければならないのです

自分の信仰の程度と良心に従って天上世界に上がれば、教育をするのです。原理のみ言と理想世界の内容を教育できる体制を霊界につくらなければなりま せん。互いに知っている人々に対しては、自分たちのクラブを中心として教育すれば、短期間のうちに復帰されます。そうすれば、統一天下になるのです。そう して、地上天国が始まり、天上天国が始まるのです。サタンまでも解放してあげなければなりません

11    歴史的な怨恨の塀を、真の父母が押しのけてしまわなければなりません。それは、国の王権をもって玉座でするのではありません。人類が地上地獄に生きてい て、霊人たちが霊界の地獄で苦痛を受けているので、地上地獄と天上地獄の門をすべて開いて、地上の個人から国家と世界を連結し、その次に、地上から天上世 界まで通ずるように道を連結しなければなりません。高速道路を連結しなければなりません。主流と通じる、たった一つの道に連結しなければならないというの です

ですから、皆さんの心と体が一つになり、その一つになった基準で家庭を経て、氏族を経て、民族と国家を経て、世界を越えて、天上世界に行っても、塀 があってはいけません。すべて、押しのけてしまわなければなりません。最後の問題は、塞がっている霊的な地獄の門と、天国の門を開くことです。地上地獄の 一番端に行って地上地獄の門を開き、天上地獄の出発点に立って、天上地獄の門を開かなければ、天国に入ることはできません。地獄に勝った人だけが、天国に 行くことができます

何によって勝たなければならないのでしょうか。祈りによって勝てるのではありません。神様の愛をもって勝たなければなりません。そのようにしなけれ ば天国に入れないので、私は神様の愛を中心として、地上を経て天上世界の地獄の門まで開き、地上から天上まで行く道を築いておきました

12    歴史的につながってきた皆さん自身に対する根本問題を解決する道は、父母様の教え以外にはありません。永遠にありません。私がうそを言っているか、霊界に 行ってみてください。すべて知って成し遂げ、勝利して教えているのです。良心はそれを知っています。「真の父母と成約時代」を宣布したということは、それ を成し遂げたということです。サタンと対決して屈服させたので、父母様が向かう世界、展望する世界には、サタンがその姿を現すことができません

それを個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、霊界の天国まで平面化しています。それを平面化して連結すれば地上天国です。地上天国で生きた人とその一族が、そのまま天上天国に移行するようになっています。天上天国は本家なのです

13    霊界と肉界を一つに統一できる真理が、原理です。本然のプラスは天であり、地上はマイナスの立場です。これが一つになる場で全体的発展が可能です。今まで の歴史全体が、摂理的観点の世界歴史だという概念を誰も知りませんでした。真の父母様がこの地に来て、初めて堕落したアダム世界をきれいに掃除し、完成さ せて、天国に連結されるようにしました。本然の基盤は、アダムと神様が連結されるところです。これが選民イスラエルを決定します

イスラエルが拡張され、全人類にまで広がらなければなりません。そこから、家庭が出てくるようになります。アダム家庭が確定すれば、堕落家庭は滅びるようになるのです。そのように転換できるのは、祝福しかありません

同じように、祝福家庭がこの地上に定着すれば、その先祖と父母たちが祝福に同参するようになります。そのようになったあとに、地上に理想家庭が定着 し、理想家庭が全世界に広がるようになれば、それが地上天国です。そのような地上天国が完成すれば、自動的に天上天国ができるのです

14    真の父母だけが、霊界と地上世界を清算することができ、理想的な地上天国と天上天国を完成することができます。それが可能です。そのような全体、全般、全 権、全能を行使できる時代が来ました。世の中の組織、多くの国の組織全体が一般化されます

全体・全般的にすべての能力をもったサタン世界は、完全に天の権限の前に無能となり、神様の全権時代、全能時代に越えていくのです。それができる人が、真の父母です。真の父母から始まるのです

15    天地父母に侍って暮らさなければなりません。霊界と肉界は異なる世界ではなく、私たちの心と体が和合して生きていける世界なので、地上天国が形成されるこ とによって、天上天国は自動的にできるのです。私たちが入っていくときに、私たちの家庭が入り、私たちの国が入っていけるので、私たちの世界の数多くの国 が解放されることにより、神様を国の主人として、侍って暮らすことができるのです

16    真の父母の活動範囲は、この地球星だけではありません。膨大な霊界、その世界の果てまでも関与して、サタンの影があれば清算しなければなりません。そのま までは蕩減ができません。真の父母は、実体蕩減をします。アダムとエバの失敗、イエス様の失敗、宇宙的な失敗、サタンに汚されたものを、すべて清算しなけ ればなりません。サタンを屈服させて、それを清算する命令を下し、整備された基準に従って、天の国の再建、地上天国と天上天国完成の出発が可能になるので す。それは、真の愛の論理でなければできません

17    「神様王権即位式」を行ったということは、宗教世界の願いがすべて果たされたということです。また、神様の救援摂理のすべての目的が終わったことになりま す。そして、創造理想を立てて万物を造り、人を造って愛の家庭、神様が祝福した家庭を築いて、初めて堕落していない地上天国と天上天国の理念が実現すると いうのです

個人と家庭ではありません。世界人類が同じ解放的祝福中心家庭の位置に立つことにより、今まで空いていた天国に、一度に合わせることができるので す。失敗した歴史のすべてを、水平基準で神様が理想とされたその基準に継ぎ合わせたり、鏠ったり、どのようにするとしても、その空いた場所にもっていって 合わせることができるというのです。ですから、今や地上と天上には理想天国が実現します。神様が霊界全体を闊歩することができ地上も思いどおりに闊歩なさ ることができるのです

悪霊分立と霊人の解怨および祝

真の父母様は、天宙的勝利圏を土台にして、霊界の文興進様と大母様を中心に、一九九 五年一月十九日から始まった清平役事を通して悪霊を分立させ、九九年二月十二日から、霊人解怨の恩賜、九九年十二月十二日から先祖祝福の恩賜を施された。 このように、堕落の血統を清算する祝福の恩賜を霊人たちにまで与えることにより、全人類は天宙的な解放の時代に生きるようになったのである

18    すべての人に、霊がたくさん入っています。清平の役事は、真の父母様がこの霊を引っ張り出すのです。そして、真の父母様が、その霊たちが霊界の地獄から上 がっていけるように、サーチライトの光を発するのです。誰でも、その光に従っていくことができます。善なる霊は、すべてそのようになっています。上がって いける道を開いてあげるのです。塀や条件があったものを、完全になくしてしまうのです。そのような解放の塀を開いてあげなければなりません。ですから、短 期間のうちに天国に行くことができます。今、人々が悪霊たちに接して被害を受けているので、これを断ち切ってしまわなければなりません。すべての悪霊たち を払いのけてあげるのです。アダム家庭が堕落することによって悪なる家庭になったので、再創造の役事をしなければなりません。先祖たちを再創造するので す。ですから、天使長の立場の家庭を用意しておかなければなりません。そうして、大量祝福、霊界解放祝福時代に入るのです

19    清平修錬苑は、皆さんを悪霊から解放してくれる本拠地です。霊界にも修練所があります。その修練所を通して、地上で犯した罪に対する蕩減ができていないこ とを解決しなければなりません。真の父母と一つになって罪に対する蕩減をするようになれば、霊界の修練所にも行かず、直接、天国に入っていくというので す。皆さんは、天国に入っていける息子、娘を生む父母にならなければなりません。それでこそ、直接、天国に行ける人が出てくるのです。今や、蕩減復帰時代 をすべて清算しました

今から生む息子、娘は、天国に直行しなければならないのですが、そこに行けなければ、皆さんは天国の敷居の外で待たなければなりません。その罪が完 全に蕩減される時まで、待たなければならないのです。それが問題です。地獄の代わりに、霊界に祝福家庭の監獄が生じ、祝福家庭が天国に入るための敷居を越 えられずに、待機する楽園ができるというのです。ですから、自分の子女たちが犯した罪を霊界で解放する時まで、待たなければならないのです。祝福を受けた としても、罪がある人は天国に入れません。きれいに罪を蕩減しなければなりません。霊界についてはっきりと話しました。私たちがどのように生きなければな らないかがはっきりしているので、言い訳はできないのです

20    皆さんは、清平修錬苑に行って先祖の解怨式と祝福式をしなければなりません。早く先祖たちを解怨して、祝福を受けさせてこそ、天使世界の(立場の)祝福家 庭として、地上の祝福家庭を保護する活動をするのです。そうして、家庭に患難がなくなり、サタンが侵犯できる圏内を抜け出せるようになるのです。そのよう にしなければ、抜け出せません。サタン世界にそのままとどまるのです

21    祝福家庭の皆さんは、氏族()メシヤです。霊界と肉界の自分の一族をすべて解放しなければなりません。そのような責任があります。先祖たちのために、皆 さんが結婚する時のような蕩減条件を立てなければなりません。そのようにしなければ、霊界の天使たちを動員して、先祖たちを呼び出すことができません。地 獄にいる人々を引っ張り出してくるのです。天使を送って、引っ張り出すのです

22    興進君が霊界から送ってきた報告内容は、皆さん自身が霊界に行って報告するものとして考えなければなりません。興進君が代わりにしてくれているということです

地上で興進君と皆さんが兄弟として一つになることによって、霊界も解放され、地上も解放されます。地上が貴いのです。興進君が送ってきた霊界の事実 を皆さんが知って、地上できれいに清算しなければなりません。それは、蕩減は地上でしなければならないということです。ですから、霊界も「私」のものであ り、地上も私のものだというのです

皆さんの時代になって、初めて父母様と興進君が一つになり、皆さんが興進君と兄弟として一つになって定着するのです。地上の皆さんと父母様が一つに なることによって、霊界を整理してあげなければなりません。神様と興進君と霊界が一つになって、初めて地上に着陸することにより、祝福家庭が着陸して、地 上天国の大家族になるのです

23    皆さんは、先祖たちを解怨し、祝福してあげなければなません。これを急がなければなりません。そうしてこそ、先祖たちが興進君のように地上に再臨して協助 できるのです。天使世界は、堕落前のアダムの十六歳までの血統的基準があるので、先祖たちを祝福することによって復帰されると同時に、堕落した世界が完全 に解放されます。ですから、天使長が兄の位置で失敗して、家庭を破壊させたことをひっくり返し、蕩減の立場を経ていくのです。霊界から協助を受けなければ なりません。兄と弟をひっくり返さなければなりません。兄が弟になるのです

24    霊界にいる霊人たちは、すべてアダムの子孫ですが、堕落することによって、天使長の血統をもって霊界に行っているのです。カインの形態として広がった霊界 を、そのままにしておいてはいけません。すべて祝福してあげなければなりません。祝福をしてあげて、水平になるようにしなければならないというのです。で すから、結婚できずに死んだ霊たちを集めて祝福してあげるのです。また、生まれてすぐに死んだ赤ん坊の霊たちが成長しています。十六歳以上で、結婚できず に霊界に行った人々を、すべて祝福してあげるのです

父母様が、幼い子女たちや結婚できずに死んでいったすべての未婚の男女たち、十六億双を結婚させてあげました。四十億双、百億双、百二十億双、この ように祝福しています。そして、地上のすべての未婚の男女たちを中心として祝福をするのです。悪霊たちが地上の人に入ってきてくっついているのと同じよう に、善なる霊たちが人に入ってコーチするのです。今まで入っていた霊たちをすべて追い出してしまい、祝福を受けた善なる霊たちが、地上に来て取り囲んでい ます。ですから、若い青年男女たちが祝福という言葉を聞くだけでも、祝福を受けたくて走ってくるというのです。そのように、心が感動し、引っ張られてくる 環境をつくらなければなりません

25    清平役事は、エデンの園で天使長とアダム、エバが分立されていたので、これを統合するものです。堕落したサタンの血統をすべて浄化する運動を行います。で すから、清平役事を経た人々は浄化されたので、祝福をしてあげるのです。霊的な祝福をしてあげるのです。今回、三百六十万双の祝福が終わり、清平修錬苑で 大母様と興進君がすべて祝福をしてあげました。それは、霊的な父母の立場でしてあげるのです。イエス様が失敗したので、霊的基準を実体的に、霊的な基準で 堕落したアダムとエバのすべてのものを清算して、実体的な天使長圏で復帰するのです。実体的な天使長圏というのは、アダムの体が十六歳の時にサタンの体に なったことを蕩減してあげるものです。真の父母の体をもってきて接ぎ木(の役事を)してあげます。愛を通して接ぎ木(の役事を)してあげるのです。歴史的 に、否定的な愛が広がったのですが、肯定的な愛の基準を立てるのです。興進君がそのことをするのです。イエス様は、真の父母の愛の絆をもつことができませ んでした。ですから、真の父母の息子、娘が行って、イエス様が結婚できずに分かれたので、これを連結させられる内的な立場に立ち、大母様はイエス様を生ん だマリヤのような立場で、母子協助を通してそのことをするのです。マリヤが責任を果たして、イエス様を助けてあげなければなりません

26    天地父母天宙安息圏を宣布したので、この地上に家を建て、暮らすことができるのです。個人の家、家庭の家、氏族の家、民族の家、国家の家、世界の家、天宙 の家になっているので、やって来て暮らすようになっています。世界版図を築いて暮らすことのできる解放圏を地上でつくっておこうという決意と行動をすれ ば、すべてが降りてくるようになっています。安息圏を中心として、神様がこの地上に降臨するのです。その次には、天使世界が降臨します。その次は、善なる 先祖たちを率いてきます。善なる先祖たちは、天使(の立場)で兄(の立場)です。天使は体をもっていません。家庭がありません。堕落したサタンは、家庭が ないのです。しかし、皆さんの現在の先祖たちは、天使長とは違います。アダムの体を継承できるので、家庭をもつことのできる時代に入ったというのです。で すから、地上の祝福とともに、天上の先祖たちの祝福をしてあげているのです

第三章  霊肉界一体時代と霊界解放  目次

第三節    霊肉界一体時代の主要な宣布儀

主要な宣布儀式とその意

真の父母様は、生涯を通して、数多くの実体的蕩減条件を立てて勝利し、霊界を解放し て統一された。この過程で行われた多くの段階的な宣布の儀式は、復帰摂理を締めくくり、神様を解放してさしあげるところに重点を置いて成し遂げられたもの である。特に、一九九一年七月一日の「神様祝福永遠宣布式(七・一節)」以後、神様と一心、一体、一和を成し遂げるまでの路程は、それこそ、血と汗と涙の 「天路歴程」(天国に向かって歩む道)であった

一九九七年十一月二十九日の四千万双国際祝福結婚式を通して、霊人祝福式を挙行する ことにより、この年の十二月一日、霊界祝福開門を宣布され、一九九八年五月十五日、地獄解放と天国開門を発表された。それとともに、この年の六月二日、 「霊界で原理を教育できる体勢を整えなければならない」と語られ、六月十三日の三億六千万双の一次祝福式を期して、聖人と殺人鬼を一緒に祝福してくださ り、霊肉界統一祝福式を宣布されたのである。これにより、一九九九年二月十二日、直系先祖解怨式を始められ、三月二十一日のサタン自然屈伏の日宣布と五月 十四日の天宙解放式に続き、九月九日、天地父母天宙統一解放を意味する「九・九節」を宣布することにより、サタンによって塞がっていた地上と天上の塀を崩 された。そして、翌日の九月十日十時十分、すなわち「三・十節」を通して、「天の側に一から十までの数を奉献することにより、旧約・新約・成約時代を蕩減 復帰し、完全に清算する」と宣言されたのである。続いて十月二十三日に総天宙祝福解放日、十月二十四日に第四次アダム圏時代到来を宣布することにより、神 様と一体になった完全なアダムの位置で、十一月七日に天城旺臨宮殿を奉献し、一九九九年十二月十二日には先祖祝福式を始められたのに続き、二〇〇〇年六月 二十九日に天宙還元式を宣布された。そのような基盤の上で、二〇〇一年一月十三日に神様王権即位式を挙行するようになったのである

また、二〇〇四年四月十日の天使世界解放釈放宣布と、五月五日の「双合十勝日」を通 して、後天時代の出発を宣布したあと、二〇〇五年九月十二日に「天宙平和連合」を創設し、二〇〇六年六月十三日に天宙平和の王真の父母様天正宮博物舘入宮 および戴冠式を挙行された。真の父母様は、このような基盤の上に、二〇〇七年四月三日から世界巡回講演を通して、天宙平和神文明開闢時代を宣布され、二〇 一〇年七月八日以降、数十回にわたって進められた天地人真の父母定着実体み言宣布大会で、神様の実体として神様と完全一体を成し遂げ、神様の完成を実現で きるようになったことを宣言された

また、二〇一一年天暦七月三日、「摂理的最終目的成る」という発表とともに、この年の十一月十七、十八日を「天一国最大勝利記念日」として宣布することにより、すべての神様の復帰摂理を完成、完結、完了したことを、満天下に公表されたのである

1     イエス様がローマの元老院に行って、「私がメシヤだ!」と宣布したならば、迫害を受けません。ローマから反対される以上の世界的版図ができるので、反対で きないのです。反対すれば、それ自体が制裁を受けます。ですから、宣布をしなければなりません。宣布をしなければ、上がる途中で落ちていきます。それゆ え、お父様の生涯はいつも宣布です。塞いでおくのです。水が出てこないように、塞いでおかなければなりません

「天地父母天宙勝利祝賀宣布式」をしたので、「神様が解放された!」と言うことに反対できません。その特権がお父様にあります。真の父母解放、万民 解放、神様の全権時代に入ると宣布したので、サタンはその宣布を否定することができません。神様のみ前に讒訴できないのです。原理結果主管圏以下にいるサ タンの全権とは、何の関係もありません。それゆえ、全体、全般、全権、全能の時代に越えていくという言葉が成立します。ですから、宣布が必要なのです

2     父母様は、神様が愛によって主管する時代を宣布しなければなりません。そのようにしなければ、サタンに奪われたものを取り戻してくることができません。サ タンが主管していた原理結果主管圏を、神様が愛によって主管するというキーを差し込んでおかなければならないのです。里程標を打ち込んでおかなければ、帰 ることができません。偽りの父母によって破壊されたものを、真の父母が天の愛の主権基準に戻すというのです。そのような日を立てなければ、神様が蕩減させ ることのできる立場に立てないのです。アダムとエバが偽の愛によって堕落したので、真の父母の愛を中心として、サタンの主管圏から天の主管圏に転換したこ とを宣布しなければなりません

3     神様は、摂理歴史の発展路程において勝利したという立て札を立てて、宣言しなければなりません。宣言をしなければならないのです。二つの国の間に国境を宣 布してこそ、国境が設定されるのと同じように、神様とサタンが争うところに真の父母が来て、杭を打ち込まなければなりません。その杭は、サタンも抜けず、 神様も抜けないのです。天運は、それを中心として浄化運動をすることにより、環境を整備できるように霊界を動員し、この地上の宗教圏を動員するのです。そ うして、歴史的な体制の変化を起こしていくのです

4     今まで、父母様は多くの宣言をしてきました。そのように宣言することによって、サタンが入ってくることができなくなります。多くの宣言をして、中心にまで 来たのです。天と地を束ねて宣布をしました。それは、神様もできないことです。神様ができることならやっていたというのです。アダムが責任を果たせなかっ たので、アダム完成者として来られる真の父母が、その責任を果たすのです。真の父母がネームバリューを付けておけば、それを剥がす人はいません

5     お父様が宣布したことは、サタンが遮ることはできません。それは、公認された事実として認めなければなりません。それを宣布すれば、必ず限界線に入ってき て、サタン世界が自分勝手にできなくなります。神様が保証するというのです。私が多くの宣布をしたので、終わりになったのです

総解怨式(一九七五・五・一、天宙清平修錬苑)

6     国家と世界が連結される時が来ました。そのような世界的基準を中心として、霊的基準が世界基盤に連結されるときに、初めて霊界も連結されるのです

霊界は、大韓民国の霊人も、日本の霊人も、すべて連結されていません。各国の霊人たちは、すべて自国にのみ連結されているのであって、世界的な一つ の道に集めて「どこどこに行きなさい」と言っても、全体が動員されるようにはなっていないというのです。地上で解決してあげるまでは、霊界で整理ができな いのです。それゆえ、霊界では日本人と韓国人が怨讐になっています。日本人と中国人も怨讐だというのです。ですから、国家間にどれほど、そのような怨讐の 霊たちが多くいるでしょうか

それで、一九七五年五月一日に総解怨式を行いました。全体を解放してあげ、全体を赦してあげる解怨式をしたのです。サタンまでも解放される道を開いてあげました

総解怨式をすることによって、怨讐を怨讐として対することができず、すべて赦すようになるのです。ですから、もうこれ以上怨讐はいないというのです。今や統一される時が来ました

地上と霊界が一つになれば、どのようになるのでしょうか。堕落によって、霊界と地上が分かれました。神様とアダムとエバが分かれたのです。神様とア ダムとエバの間に心情的決裂が起きたのです。それゆえ、地上と霊界が一つになった場で、アダムとエバの家庭と、氏族、民族、国家、世界を中心として超民族 的な形態が広がれば、世界的な統一圏を形成できるという論理が成立します

7     今は、神様が思いどおりに地上に降りてこられるので、全霊界が地上に直行できるようになりました。ですから、反対するものがありません。今までは、「教派 が違うので行くことはできない」と言ってすべて遮りました。上から解決されて通牒が行ってこそ、門を開いて横的にも進むことができ、縦的にも進むことがで きるのですが、それができていなかったというのです

しかし、総解怨式をすることによって、神様がお出ましになると同時に、真の父母が来て、その次には、霊界にいる先君たちや善なる教主たちが来るので す。今まではサタンが悪の側でしたが、これからは違います。反対するものは地獄に行くので、みな反対せずに天の国に行こうとするというのです。ですから、 みな銃の柄を逆さまに握り、サタンまでも解放しようというのです。それゆえ、悪の主権が我知らず瓦解していく時代へと越えていきます

そうして、私が第三次七年路程の期間にアメリカを席巻し、霊的世界のキリスト教の運勢を集めて韓国に戻ってきました。霊的な国家的基準を越えて世界 的基準まで行き、運勢を集めて戻ってきたので、肉的な国家的基盤を連結させ、霊的な世界的勝利の基盤の上に肉的な世界的基盤を結束させることによって、霊 肉を完全に蕩減できる世界史的な起源を整えて、新しい次元に登場するというのです

統一式(一九七六・一・三一、青坡洞一街、旧本部教会)

8       一九七六年の陰暦一月一日、韓国で統一式を行いました。復帰の路程を歩んでいくに当たって、個人完成をし、家庭完成をし、氏族、民族完成をし、国家完成を し、その次に世界完成をしなければならないのですが、これが直線で連結されなければなりません

地上で父母様が個人基準、家庭基準、氏族基準、民族基準、国家基準を中心としてそれを行いましたが、霊界と連結されていませんでした。霊界とも連結 されておらず、統一教会の家庭を中心としても、連結されていなかったというのです。道は築いておいたのですが、連結されていなかったので、この道を中心と して、霊界と連結しなければならず、その次には地上と連結しなければなりません。そのようにしてこそ、統一式ができるのです

9     一九七六年の一月に韓国に来たのは、すべての歴史を蕩減するためです。それで、去る陰暦一月一日に統一式をしたのです。今まで霊界と肉界を中心として、国 家が勝利した基盤から出発できる統一的起源をもつことができませんでした。その式を行うために韓国に来たのです

今日、「天の国の民である」とか「天の国の息子、娘である」と言いますが、父母様の誕生日を迎えることができませんでした。父母を中心として誕生日 を迎えることができる資格がありません。霊界に行った霊人たちも、真の父母の誕生日を迎えることができずに行ったのです。それでは、天の国の民としての振 る舞いができません。天の国の天使世界があっても、父母様の誕生日を迎えて祝ったならば、アダムが完成した圏内に同参できる権威がありますが、そのように できませんでした。それゆえ、霊界と肉界の万民が、真の父母を中心として誕生日を記念できる、特権的契機を整えてあげる式をしたのです。その契機を整えて あげたのが、父母様の誕生日です

文氏氏族解放と世界氏族解放宣布式、統一解怨式(一九七八・一一・二、天宙清平修錬苑)

10    今まで、私は、霊界を塞いでいた数多くの塀を崩しました。また、地上の数多くの民族や人種の間を塞いでいた塀を、神様の愛を中心として崩しました。それを してきたのです。そうして、一九七六年の陰暦一月一日、霊界にあるすべての教派、宗教の門を開いておきました。国家間のすべての門を開く時になってくるの です。それで、一つ残っているのが氏族の門です。今に至るまで、氏族の門を開くことはしませんでし

ですから、仕方なく、文氏氏族解放と世界氏族解放宣布式、統一解怨式を行ったのです。それにより、数多くの宗教の世界の門を開き、この地の数多くの氏族圏の門を開くことになりました

氏族の門を開いておけば、国家的な門は自動的に開くようになります。そのような時が来るというのです。門を開いておいたので、昔の道人たち、宗教を 信じて逝った霊たちが、地上の復帰摂理において、天使長のような立場でアベル圏に協助することができるのです。そのようなことが、特定の宗教だけにはあっ たのですが、今日、地上で塀を崩し、その範囲を広げておくことによって、宗教を信じていた人も信じていなかった人も関係なく、すべての霊人たちが地上に来 て、自分の子孫たちを善なるほうに導くことができる道が開かれたというのです

11    世界を代表した蕩減歴史を、個人的、家庭的、氏族的、民族的、国家的、世界的に拡大するのです。夫婦を中心として蘇生、その次には家庭を中心として長成、 氏族を中心として完成、三段階で展開するようになります。そして、家庭教会を中心として見るとき、氏族は蘇生、民族は長成、国家は完成です。ですから、家 庭教会のメンバーたちはみな、国家を復帰しなければなりません

その次に、国を中心として見るときには、世界と霊界までが三段階です。三段階圏として、世界を復帰しなければなりません。原理は、三数の三段階を中 心として十数を越えていくのです。真の父母は、そのような使命を中心として、復帰摂理を蕩減していきます。蕩減してから戻ってくるのです。ですから、韓国 を中心としてこのような役事(働き)をして合わせていくのです

それで、一九七八年十一月二日、文氏氏族解放と世界氏族解放宣布式、統一解怨式を行って、すべて連結させました。それにより、塀がすべてなくなっ て、どこにでも行けるのです。境界線なしに、どこにでも思いどおりに通ずることができます。そうして、すべて相対的関係が結ばれるのです

ですから、地上で霊界を動員するのは、皆さんにかかっています。地上の人々はアダムと同じであり、霊界の霊たちは天使長と同じです。今や、皆さんの 先祖の中で善なる霊たちは、天使の責任を担っていることを知っているので、命令しなければなりません。その先祖たちの先祖が、正に皆さんです。これが先祖 復帰です。皆さんから始まるのです。先祖ですから、これに責任をもたなければなりません。過去にも責任をもち、現在にも責任をもち、未来にも責任をもつの です。三時代の責任者です

霊肉界統一式(一九八二・二・二二、アメリカ、イースト・ガーデン)

12    お父様は、一九四八年二月二十二日、北朝鮮の獄中生活から出発して一九五〇年十二月に韓国に入り、キリスト教圏内を中心として一九八二年二月二十二日ま で、三十三年かかって、霊肉界統一式を行いました。三十三年になる年に行ったのです。そうして、ここから出発するのです

この三十三年は、イエス様の三十三年の生涯に相当します。これを蕩減して、霊的基盤と肉的基盤が世界の上に立たなければなりませんでした。この霊肉 を中心とした所に蕩減基準を連結しなければならないというのです。国家的基準を越えて世界的基準で行わなければなりません。その日が、一九八二年二月二十 二日です。三十四歳圏は、イエス様が死なずに生きて出発する時です。復活圏に入っていくというのです。これをすべて蕩減したので、迫害はいくらも残ってい ないということで

13    一九八二年から七年間に、すべてのことが終わらなければなりません。ですから、共産世界まで越えていかなければならないというのです。民主世界では、キリ スト教の再復興が起き、道徳と倫理の再建運動が起きるでしょう。皆さんは知ませんでしたが、それが可能になるように万全の準備を今までしてきたのです

それでは、統一教会員が心情的に一つになることができる良い時がいつかというのです。アメリカの法廷闘争を中心として、すべての統一教会員たちが心 を一つにし、志を一つにしなければなりません。それ以降は、反対されても私たちが攻勢に出る時代に入ります。私たちが主体になることができるのです

「開天門の日」宣布(一九八五・二・一、アメリカ、ダンベリー連邦刑務所)

14      アメリカが、私をダンベリーの監獄に放り込みました。それで、監獄で一九八五年二月一日、「開天門の日」を設定しました。私がアメリカに行っていなけれ ば、地獄と天国の門を開くことのできる道が生じなかったでしょう。また、監獄に行かなければ、それをすることができなかったでしょう。サタンが私を押し込 めて、自分の願いを成就できると思ったのですが、反対に私は、死なずに地獄と天国の門を開き、地獄と天国が通ずる道を開いておきました

だからといって、地獄にいる人が天国に思いどおりに入っていけるのではありません。天上にいる自分の善なる先祖たちが来て、地上地獄にいる子孫たちを教育し、引っ張っていける道ができたというのです

今までは、天上の善なる先祖たちが地獄に行こうとしても、行くことができないように、塀ですべて囲まれて塞がっていたのですが、その道を開いておき ました。塞がっていた塀を開いたのです。個人において、体と心を中心として塞がっていた塀、男性と女性を中心として塞がっていた塀、サタンの愛が根となっ てすべて塞がっていたものを、私が本然の神様の愛を中心として押しのけたというのです

ですから、家庭の門、氏族の門、一家、一族の門が開かれたのです

「世界統一国開天日」宣布(一九八八・一〇・三、一和龍仁(イルファ・ヨンイン)工場)

15    自分の故郷にいる兄弟姉妹を各国の兄弟姉妹と連結させれば、世界は自動的に連結されます。そこにおいて、一番目がどこかというと韓国と日本です。アダムと エバが一つにならなければなりません。統一が始まるには、日本と韓国が一つにならなければならないのです。アメリカと韓国とドイツとソ連が一つにならなけ ればなりません。この四ヵ国が世界的結実体として、真の父母を中心に、支障を来さないようにカインとアベルの両面の基盤を完成させたので、初めて勝利的天 国基盤を築くことができるというのです

第一は韓国と日本の統一開始であり、第二はアメリカと韓国とドイツとソ連の統一開始です。その次に、アメリカのキリスト教と韓国の統一教会による統 一世界が始まるというのです。これが三番目です。四番目は、キリスト教とキリスト教文化圏がアベルになって、唯物史観の共産世界と唯心世界の統一を成し遂 げるのです。五番目は、地上世界と天上世界の統一です。それが連結されることによって、初めて天上世界と地上世界の統一が始まるというのです

六番目は、摂理史的蕩減責任完遂です。摂理史的責任完遂がすべて終わったというのです。責任が完遂されたので、完成した家庭が出発するとともに、サ タン世界は存在できなくなります。このように解放された世界基盤の上で、初めて完成した家庭体制が生じ、家庭だけでなく、氏族、民族、国家、世界体制圏が 生じることにより、サタンの存在価値がなくなるのです。それは、解放世界になるということです

それゆえ、七番目は地上天国世界が出発し、八番目は家庭、国家、世界、地上天国、天上天国の実現が始まるのです。天地に初めて、愛の一体理想世界が 展開されるというのです。それで、統一誓約と関係している前後のすべての内容を中心として&#