第五篇 摂理基盤の拡大と年頭標.... 1

第一節 協会の法人登録と聖殿の建設... 1

真の父母経 目次     第五篇  目次... 2

第一章   協会登録と内的基盤拡大    目次... 2

第一節    協会の法人登録と聖殿の建... 2

第二節 「成和青年会」... 5

真の父母経 目次     第五篇  目次... 5

第一章   協会登録と内的基盤拡大    目次... 6

第二節    「成和青年会... 6

第三節 「成和学生会」と「全国大学原理研究会」... 12

真の父母経 目次     第五篇  目次... 12

第一章   協会登録と内的基盤拡大    目次... 12

第三節    「成和学生会」と「全国大学原理研究会... 12

第四節 『原理解説』と『原理講論』の発刊... 21

真の父母経 目次     第五篇  目次... 21

第一章   協会登録と内的基盤拡大    目次... 21

第四節    『原理解説』と『原理講論』の発... 21

第五節 『聖歌』の発刊... 24

真の父母経 目次     第五篇  目次... 25

第一章   協会登録と内的基盤拡大    目次... 25

第五節    『聖歌』の発... 25

第六節 清平聖地の開発と修練所の建設... 30

真の父母経 目次     第五篇  目次... 31

第一章   協会登録と内的基盤拡大    目次... 31

第六節    清平聖地の開発と修練所の建... 31

第一節 民族復帰のための基台を築いた第一次七年路程... 40

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第二章        七年路程の設定と対外的基盤の拡大   目次... 40

第一節    民族復帰のための基台を築いた第一次七年路... 40

第二節 国家・世界復帰の基台を築いた第二次・第三次七年路程... 50

真の父母経 目次     第五篇  目次... 51

第二章        七年路程の設定と対外的基盤の拡大   目次... 51

第二節    国家・世界復帰の基台を築いた第二次・第三次七年路... 51

第三節 四十日啓蒙伝道と全国巡回復興会... 60

真の父母経 目次     第五篇  目次... 60

第二章        七年路程の設定と対外的基盤の拡大   目次... 61

第三節    四十日啓蒙伝道と全国巡回復興... 61

第四節 祝福家庭の総動員活動... 71

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第二章        七年路程の設定と対外的基盤の拡大   目次... 71

第四節    祝福家庭の総動員活... 71

第五節 家庭教会と統班中心の活動... 79

真の父母経 目次     第五篇  目次... 79

第二章        七年路程の設定と対外的基盤の拡大   目次... 79

第五節    家庭教会と統班中心の活... 79

第六節 社会指導者に対する「統一原理」「統一思想」「勝共思想」教育... 89

真の父母経 目次     第五篇  目次... 89

第二章        七年路程の設定と対外的基盤の拡大   目次... 89

第六節    社会指導者に対する「統一原理」「統一思想」「勝共思想」教... 89

第一節 「心情復活の日」と「実体復活の日」宣布... 100

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第三章        主要な名節の宣布  目次... 100

第一節    「心情復活の日」と「実体復活の日」宣... 100

第二節 「父母の日」宣布... 103

真の父母経 目次     第五篇  目次... 104

第三章        主要な名節の宣布  目次... 104

第二節    「父母の日」宣... 104

第三節 「子女の日」宣布... 107

真の父母経 目次     第五篇  目次... 107

第三章        主要な名節の宣布  目次... 107

第三節   「子女の日」宣... 107

第四節 「万物の日」宣布献貢式と「万物の日」宣布... 111

真の父母経 目次     第五篇  目次... 111

第三章        主要な名節の宣布  目次... 111

第四節    「万物の日」宣布献貢式と「万物の日」宣... 111

第五節 「神の日」宣布... 116

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第三章        主要な名節の宣布  目次... 116

第五節    「神の日」宣... 116

第一節、摂理的基盤の造成に総力を傾けた一九六〇年代... 120

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第四章        年頭標語と段階的摂理目標の設定    目次... 120

第一節、摂理的基盤の造成に総力を傾けた一九六〇年... 120

第二節 統一基盤と天国実現の土台を築いた一九七〇年代... 127

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第四章        年頭標語と段階的摂理目標の設定    目次... 127

第二節    統一基盤と天国実現の土台を築いた一九七〇年... 127

第三節 家庭教会活動と祖国創建に重点を置いた一九八〇年代... 135

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第四章        年頭標語と段階的摂理目標の設定    目次... 135

第三節    家庭教会活動と祖国創建に重点を置いた一九八〇年... 135

第四節 真の父母を誇り、祝福に力を注いだ一九九〇年代... 143

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第四章        年頭標語と段階的摂理目標の設定    目次... 143

第四節    真の父母を誇り、祝福に力を注いだ一九九〇年... 143

第五節 天一国理想の実現に力点を置いた二〇〇〇年... 153

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第四章        年頭標語と段階的摂理目標の設定    目次... 153

第五節    天一国理想の実現に力点を置いた二〇〇〇年... 153

 

第五篇 摂理基盤の拡大と年頭標

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一九六〇年四月十一日(陰暦三月十六日)の真の父母様の聖婚式は、新しい摂理歴史が 出発する基点である。この日から、第一次七年路程が始まり、対外基盤拡大のための多様な活動が本格的に展開された。そして、全国に教会が建ち、食口が増加 して地方組織も強化された。毎年、冬・夏季啓蒙伝道活動が展開され、大学原理運動、超教派運動、勝共運動などを通し、宗教界と社会に対して活動を展開して いった

真の父母様は、「啓蒙運動を始め、行く道を知らずに苦しむ韓民族の前に、生命の鉄の杖を持って進み出て叫びなさい」と食口たちを督励された。食口たちの血と涙の努力により、国民は統一教会を改めて認識するようになり、協会が政府に登録され、安定した活動基盤が整った

一九六三年、協会は創立十年目にして、摂理史的に第三イスラエルとして祝福を受け、 社会団体として政府に正式登録された。ユダヤ教の立場を復帰する土台を整え、口ーマ帝国に相当するアメリカでの登録に続き、韓国でも登録を行うことによ り、神様の摂理が一段階、前進する契機となったのである

真の父母様は、一九五七年に『原理解説』を出版されていたのに続き、一九六六年、 『原理講論』を発刊された。『原理講論』が出版されることにより、社会に向けた原理の伝達に、より拍車を掛けることができるようになり、原理公聴会、原理 大講演会、特別復興会などを通して、「統一原理」でなければ、この国と、この民族の行く道はないことを示したのである。そして、大学では、「全国大学原理 研究会」の活動を展開して、共産主義思想の浸透を防ぎ、教授と学生にこの国とこの民族のために行くべき道を提示した

真の父母様は、一九六〇年から三次の七年路程を設定され、内外の基盤の拡大に拍車を 掛けられた。特に、第一次七年路程は、真の父母様が韓国の解放直後、復帰できなかった個人、家庭、氏族の復帰を通して統一氏族を編成し、民族復帰の基盤を 造成することに力を注いだ期間であった。この期間に、真の父母様は、「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」を制定、宣布されたのち、「神の日」を探し て立てられた。また、毎年初めに年頭標語を発表され、その年の摂理的目標を定めて、新たな年を出発された

そして、真の父母様は、「第一次七年路程と第二次七年路程の勝利基盤の上に、世界舞台に進み出ることができるようになった」と語られた。

第一節 協会の法人登録と聖殿の建設

真の父母経 目次     第五篇  目次

第一章   協会登録と内的基盤拡大    目次

第一節    協会の法人登録と聖殿の建

協会の法人登

一九六〇年十月十四日に協会機構が初めて確定したのち、教会の発展に伴い、組織にも 多くの変化があった。一九六三年五月三十一日、創立十年目にして、協会が社会団体として政府に正式登録され、十月四日、維持財団の法人認可も獲得した。こ れにより、真の父母様は、民族復帰のために、内外に対してより一層の拍車を掛けることができたのである

1     私たちは、一九六〇年まで激しい迫害を受けました。それ以降ももちろん迫害を受けましたが、私たちは、次第に成長してきたのです。復帰摂理は、カインとア ベルにおける闘いです。私たちが協会を政府に登録しようとしたとき、文教部(日本の「文部科学省」に当たる韓国の中央行政機関「教育部」の旧名称)で登録 業務を扱っていたのですが、その時、文教部長官が私たちの申請を拒否しました。私たちは、それと闘わなければなりませんでした

一週間後にそれが覆されたのです。その一週間は、七十年、七百年、または七千年に該当します。その当時、それが覆されなかったとすれば、私たちは、 どんな宗教的な運動もできなかったでしょう。それは覆されるようになっていたのです。ついに、一九六三年五月三十一日、協会が政府に、正式登録されまし

2     統一教会は、第三イスラエルとして祝福され、忠孝の道を相続できるユダヤ教の立場に復帰されました。ですから、協会の政府登録証が出たのです。ローマ帝国 と同じ(立場の)アメリカにも登録され、ユダヤの国と同じ(立場の)韓国にも登録されました

このように、宗教を中心として世界的な舞台を築いておいたので、今からは誰も私たちを追放できず、抑え込もうとしても抑え込むことができないので す。ユダヤ教は、イスラエル民族の思想的な分野を担当し、新しい天地に向かっていく方向を教えてあげるべき使命がありました。これからその方向を教えてあ げる責任を、統一教会が果たさなければなりません

3     私たちの教会が政府に登録されたのは喜ぶべきことでしたが、お父様は喜びませんでした。なぜなら、また別の闘いが残っていたからです。神様がお喜びになる 時、共に喜ぼうと思うのです。あと四年が過ぎれば、第一次七年路程が終わり、お父様の二十一年路程も終わります

この民族は、次第に混乱に陥っていきます。私たちは、この時に備えなければなりません。贖罪の祭壇は、統一教会しかありません。四年が過ぎたあとに は、この民族を代表して動員され、世界のために犠牲となり、奉仕しなければならないのです。そうして、涙と血によって世界を復帰しなければなりません。韓 国が問題ではないのです。世界と天宙を神様にお返しするために祈らなければなりません

4     お父様は、他の人々が知らないことを知ったので、かわいそうな人になりました。ですから、第一次七年路程の三年の期間は、足を伸ばしては眠れなかったので す。老若男女が頭を下げて「指導してほしい」と言い、民族と国家が従ってくるようにしなければなりません。統一教会が政府に登録されることによって、どん な権勢も、行く道を遮れない立場に立つようになりました。神様は、再び来られる主が死ぬことがないようにしようと、民主主義を立てられました。(しか し、)協会が登録されたといって安心することはできません

5     今日、統一教会は、どのような立場に置かれているのかというのです。どのような時代的な過程に置かれているのでしょうか。第一次七年路程の三年の期間は、 どのような期間なのでしょうか。イエス様は、三年の公生涯路程の末に、十字架を背負いました。そのため、民族を中心として勝利の足場を築く期間が崩れたの です。そうして、神様のみ旨が延長されたのですが、いつまでも延長されるのではありません。日本統治下の四十年と三年のアメリカ軍政期間は、原理的に、イ スラエル民族のエジプト苦役四百三十年の期間に該当します

それでは、三年のうちの最初の年は、どのような年だったのでしょうか。最初の年は、立つ場がないので、肉界と霊界が一つになって立場を整える年でし た。統一教会としては、生死を決定する年でした。お父様が一九六〇年に聖婚することによって、初めて個人が定着するようになりました。一つの基点を立てた のです。それは、どのような基点でしょうか。モーセが紅海を渡る前の三日期間に立てたのと同じ基点です。復帰歴史のすべてのものが、この三年の期間にすべ て入っています。この期間を終えることにより、造成された四位基台を中心として、協会登録をしたのち、一九六三年の陰暦四月十三日に、宣布式を行うように なったのです

世界本部の敷地購入および地方教会の建

世界宣教本部建設のため、一九七一年四月十四日、ソウルの汝矣島において一万四千坪 以上の敷地を購入した。食口たちも、一坪ずつ購入することを通して精誠の条件を立てたのである。真の父母様は、世界巡回を終えて帰国されるたびに、ここに 寄って祈られた。そして、全国の教会聖殿建設のために資金を支援され、一九七四年六月十日、忠南(チュンナム)教区の新灘津(シンタンヂン)教会を皮切り に、一九七六年まで、全国で百八十八楝のAタイプ聖殿が建てられた

6     父母様が地方に行って、みすぼらしい教会の門をくぐるとき、教会がこのように悲惨なことを誇りに思います。「この悲惨な姿が、今の時代には悲惨なものとし て流れていくかもしれないが、歴史的な時代が訪れるようになれば、この悲惨さは、旗を高々と掲げて万国、万民の前に誇りとなるだろう」と考えるのです

他の人の世話をして眠りに就く人には平和の解放が訪れ、勝利の栄光の称賛の声が準備されているというのです。ですから、統一教会は次第に上がっていくのです。それゆえ、私はどこに行っても恥ずかしいことがなく、どのような人に会っても堂々としています

7     本部と言っても、青坡洞の本部が世界本部ではありません。私は外国の食口たちに、「この青坡洞の本部は、これこれこのような歴史を中心とした何かをもって いる所なので、みすぼらしいけれども、ここを忘れてはいけない」と言いました。しかし、ここが世界本部にはなり得ません

世界本部というものは、一番だという意識を与えなければなりません。また、世界本部は新しい所に造らなければなりません。そのような意味で、汝矣島 に土地を買うことになったのです。世界本部の土地を買おうとすれば、新たに出発できる所に買わなければなりません。そのような所に世界本部を造らなければ ならないというのです。世界のために世界本部がなければなりません

8     今や、統一教会も時が来たので、本部を造らなければなりません。ですから、韓国に四ヵ所の土地を設定しておいたのです。四位基台を復帰できる経済的基盤を 築かなければならないので、このことをしています。国家や世界に対して、今後、私たちが必要とする基地を用意するため、これに着手しているのです

9     世界本部は、世界を指導しなければならない殿堂です。世界本部を建てようとすれば、二万一千坪は買わなければならないのですが、今は買おうとしても買えな くなりました。ですから、仕方なく一万四千坪の土地だけでも買わなければならないと考えています

その土地は、韓国の食口たちが買わなければなりません。父母様は、精誠の限りを尽くして国を越えに越え、このようなことをしているのですが、み旨を知った人として、ここに加担できなくなるとすれば、千秋万代に恨が残るでしょう

10    韓国を見れば、今や私たちが立ち上がるべき時になりました。また、汝矣島にも世界本部を立派に建てなければなりません。今後、汝矣島は、ソウルの中心街に なるでしょう。それを見れば、神様が保護され、私が予想したことがすべてぴたりと当たりました。そして、世界本部の前に広場ができるのです

11    これから、全国に教会を建てなければなりません。ですから、土地の準備をしなければなりません。皆さんが協力し、本部も協力して、何としてでも教会を建て なければならない時が来ました。一九七五年には千人の国際機動隊が日本を訪れ、韓国まで来ます。そうすれば、千人全員がソウルに一度にとどまることはでき ないので、八大都市を歴訪させなければならないでしょう。ですから、教会を造らなければならないというのです。皆さんが互いに協力して一つになり、教会を 建てなければ、その教会は長くもたないのです

皆さんが精誠を尽くし、血と汗を流しながら建てなければなりません。それを建てる時に大変であれば大変であるほど、その教会を見つめるたびに信仰を維持できる、一つの表象的な殿堂になるのです

12    私は、A型教会建設運動をしようと思います。その費用の半分は、皆さんが用意しなければなりません。その半分を用意した所から造ってあげます。材料を持っ ていって組み立てさえすればよいのです。「どこどこに準備できました」と言えば、本部でその場所が適しているか否かを鑑定するのです

建物を避難場所のような所に建てておくと、建物が死にます。趣や前後、左右のすべての環境が、建物を造ることによって合うか、合わないかを鑑定する のです。そのように鑑定して不合格になれば、他の所に建てなければなりません。もし合格した敷地があれば、次は基礎を造るチームが行くのです。そのチーム が先に行って、基礎だけを築きます

その次に、そこに骨組み、骨格を建てればよいのです。トラックに材料を載せていって柱と門を建てるのです。そのように骨格を建てておけば、瓦を載せ ればよいのです。雨が漏れないようにしておき、その次に左官作業をする人が行って壁を塗り、床張りをする人が床を張ります。そのように責任を分担させ、移 動しながら一気に教会を建てるのです

13    一九七五年の「希望の日」晩餐会の集会以降、キリスト教が私たちに反対するとしても、一般国民は支持し得る段階に入りました。迫害を受ける時は困難でした が、歓迎を受けられる時になったので、皆さんも故郷の山河を訪ねていき、皆さんの氏族を訪ねて天の国の族譜を作る時に加入させなければなりません。皆さん の一族を族譜に編入させなければ、皆さんは先祖から讒訴を受け、今後、子孫から讒訴を受けるでしょう。

父母様は、本部教会を建てる土地を買っておき、地方教会を造っておきました。そして、清平で、世界の若者たちを教育できる修練所と大学の敷地を買うようになりました。

第二節 「成和青年会」

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第一章   協会登録と内的基盤拡大    目次

第二節    「成和青年会

「成和」の意味と「成和青年会

一九五四年十二月三十一日、協会に初めて「成和基督学生会」が出帆した。「成和」と いう名称は、真のお父様が直接、命名してくださったものであり、以後、多くの団体にその名称が活用された。み言によれば、「成和」は、完成と和動、すなわ ち互いに和して完成していくという意味である。「成和基督学生会」は、一九五五年三月二十七日、「成和青年会」に名を変え、一九六〇年まで協会活動の中心 となった。この日、機関誌「成和」創刊号が発刊された

1     皆さんは、「成和青年会」というこの字の意味を知らなければなりません。「成和」という言葉は、何かの刺激によって受動的な立場で和合しなさいということではありません。能動的に和合しなさいということです

このような意味を中心として出発した皆さんなのに、朝は喜んでいても、夕方には泣いて騷ぎ、また夜になれば自分のしたいようにすべてしています。そ れではいけません。神様のみ旨を知る人たちであれば、朝に泣き、夕方や夜には喜ばなければなりません。それにもかかわらず、皆さんは、初めは喜んでいて も、あとになって「ああだこうだ」と言って多くの条件を付けるのです

ですから、成和学生の卒業生たちに苦労をさせるのです。皆さんを最前線に送り出して、倒れさせ、死の淵に追い込んでこそ、民族を救えるとすれば、そのようなことをさせなければなりません

2     「成和」という言葉は、どのような意味があるのでしょうか。化学の「化」は本質まで変わりますが、成和の「和」は違います。絶対的な相対性と神様の本質と しての「成和」だというのです。皆さんは、正にこの「成和」としてみ旨を果たしていくのです

皆さんは、自分を中心とした世界観と生活観、自分を中心とした天的な心情を強固にしなければなりません。そうして、完全な種として結実して、殼を脱 がなければなりません。それでこそ、真の穀物になるのです。それなのに、「先生の姿は立派だが、弟子たちの姿はそうではない」と言われてはいけません

3     成和の「和」は、個性がそのまま生きているのです。「個性真理体」という言葉があります。ここに千人いれば、この千人はみなそれぞれ違います。個性をもっ ているのです。その個性を中心として一つになるのが「成和」です。「化合」は、個性が変わって一つになることですが、「成和」は、個性をもったまま一つに なることを言います

「成和」は、すべての個性が合わさって成し遂げたという意味なのです。そのように成し遂げることを「統一」と言います。各自の個性が連結されて完成すれば、完全に一つになるというのです。統一が成し遂げられるのです

4     「成和青年会」の「成和」という字を調べてみると、「成」は完成を意味し、「和」は和動を意味します。「互いに和して完成していく」という意味になるので す。そのためには、第一に、皆さんがみ言の過程を通過しなければなりません。第二に、皆さんは、神様が相談できるほどの人格をもつ存在にならなければなり ません。一つ一つ相談しなくても、心情的に通じなければならないのです。そして、何よりも、和動の中心にならなければなりません。前後、上下、左右に和合 できる人格体にならなければならないのです。そうして、祝福の実体になることが標準です

イエス様も、青年時代にみ旨の一線で働きました。三十歳前後の青年時代は、人生で最も重要な時期に該当します。お父様の若さに皆さんの若い情熱をプラスして働かなければなりません。再創造の偉業に加担して、栄光の条件を備えることができるのは、この一時しかありません

私たちは徹頭徹尾、世の中の人たちに対して、「私はあなたたちと同じではない」という心情を備えなければなりません。「あなたたちは成し遂げること ができないのか。私はできる!」、このような精神を常にもっていなければなりません。いかなる困難の中でも、「私はあなたたちと同じではない。歴史的に も、時代的にも、平面的にも、どこを見てもそうだ」と言えなければなりません。あらゆる困難なことに対して、「私」が動かなければならないという決心がな ければなりません

5     皆さんの中に、生命が躍動している青年男女はいるでしょうか。そのような人がいるとすれば、教会の牧師、長老の前に天倫を立証し、彼らの人格を批評して、 天的な価値の前に審判できる資格を備えなければなりません。神様の心情に外れたことは、天上のいかなる存在も、地上のいかなる存在も受け入れないという覚 悟をもたなければなりません

皆さんは、統一教会に入ってきたのであれば、既成宗教の観念を超越しなければなりません。懐疑的な信仰観念を踏み越えて立たなければなりません

今までの信仰観念の立場は、神様が臨在できる安息所になることができず、イエス様の実体に侍ることができる安息所になれないので、それを情け容赦なく踏み越えることができる勇断さをもたなければなりません

6     若い人々は、その若い時期が長く続かないことを知らなければなりません。どのみちみ旨を知った人として、天のみ前に献身しようと進み出たのですから、貴い 青春時代を何の未練もなく天のみ前に完全に捧げようというのです。そうすれば、それがどれほど貴いか、考えなければなりません

時々、青春時代をみ旨と共に無意味に過ごしたと後悔する人々を目にします。そのような人々は、み旨がどのようなものであり、若い時代にみ旨と共に過ごしたことがどれほど価値のあることかを忘却した立場で不平を言い、嘆息するのです

この若い時代には、必ず峠があります。各自には、必ず最高の絶頂期と言える青春時代があるのですが、その一時を誰と共に過ごすかが問題です。自分の 一身や一家の幸福のために過ごすことより、国と世界のために、歴史とともに永遠に残り得る問題を中心として生きることが貴いというのです

青年に対する時代的要求と使

協会創立以降、中心となったのは青年と学生であった。意気衝天の勢いをもつ青年と学 生は、教会の力であり、花だった。そして、草創期の食口たちは、大部分が社会的に地位のある人々であり、錚々(そうそう)たる顔ぶれだった。そのため、 「統一教会は知識人だけが行く教会だ」といううわさも広まった。青年たちは、草創期の教会の柱として、民族と世界を復帰する先兵の役割を果たし、真のお父 様も青年たちを野外に連れ出しては、克己訓練をさせ、自然と親しむ機会をもたせるなど、彼らを指導者として育成するために尽力された

7     一般の大学生たちは、学校を卒業すれば社会に出ます。それから、家庭を築くようになります。それは、皆さんももちろんであり、お父様も同じです。形は似て います。学校を卒業したあと、大韓民国の国民の一員として国に貢献できる道を探し求めていくのです

ですから、社会なら社会のある道徳圏内で生活をするようになります。男性は男性として、女性は女性として、家庭を築いて暮らすようになるでしょう。 このように、向かっていく方向はみな同じです。しかし、社会に出た人は、その歩みが社会でとどまり、家庭に入った人は家庭でとどまるでしょう。その家庭と 社会を越えて、国家と世界に向かい得る、自律的で自主的な信念で一日一日の生活を開拓していくことができず、その日その日を、生き甲斐をもって送り得る能 動的な実体になれなければ、いつも悲観と失望の中で生きていくようになるのです。今、若者たちの中には、そのような人も多いでしょう

しかし、私たちは、彼らとは行く方向は同じですが、立場が違います。家庭ができれば、私たちはその家庭の家長になりますが、一つの家庭の家長だけで 終わるのではなく、自分を中心とした個人的な家庭の環境を打破し、氏族に連結され得る家庭の道をつくらなければなりません。そうして、民族を統合できる核 心的な家庭の形態を備え、世界の家庭へと向かっていかなければなりません。このように、私たちは一般の青年たちと立場や考える範囲が違います

私たちは、このような使命を果たすべき個体なので、このような面で影響力を発揮できる主体的な個体として能動的に実践するためには、外的に実力を備えなければなりません。そうして、力の母体にならなければならないのです。力がなければ、このすべてのことを達成し得ません

8     青少年がもつべき誇りとは、どのようなものでなければならず、神様が訪ねてこられる青少年とはどのような人でしょうか。これが問題です

それは、不信の先祖であるアダムとエバが汚した路程に従っていく青少年ではありません。疑ったり、不平不満を言ったりする若者たちではありません。 「絶対犠牲、絶対信仰、絶対服従、絶対順応するのみである」と言える純粋な青少年でなければいけません。復帰時代の限界点が近づくこの時に生まれた成和の 中高生、統一教会の青少年の皆さんが立っている立場は、流れていった歴史時代とは違います。皆さんは、霊界と肉界の統一的な基盤を備え、肉的(実体的) アベルの基盤を備えて、新しい世界に登場しなければなりません

「統一思想」を携え、この境界線を越えて、新しい旗手として旗を持って進み出るべき群れは、年を取った壮年や老人ではなく、血潮がたぎる若者たちで す。そのような輝かしい青少年の群れを、この地球上のどこか一ヵ所からでも発見できるその日が来てこそ、神様の六千年の恨が解けるのであり、アダムの怨恨 の基盤になっている罪悪の根を抜いて覆すことができるのです。これを発見できず、これと出会えなくなる時は、天宙が暗黒のまま延長されます。ですから、神 様が呼び求めている世代は、青少年世代なのです

9     皆さんは、先祖たちの歩んでいった路程を経なければなりません。私たちは今、荒野に出たイスラエル民族と同様です。モーセとイスラエル民族は、荒野で追わ れて苦難に遭い、イエス様は民族とユダヤ教から排斥され、家庭から不信されましたが、皆さんも、そのような悲しく悔しい立場を経なければなりません。だか らといって、落胆しないでください

皆さんがこのような悔しい立場で果たすべきことがあるとすれば、それは歴史的に苦難を受けられた父の心情を体恤し、先祖たちの苦痛は自分の苦痛だと 思って、千年、万年、そのみ旨のために変わらずに団結し、サタンに対する敵愾心を抱いていかなければならないということです。そのようにできる青年男女 を、天は求めているのです。このように、天的なみ旨に徹する本物の青年たちを、天は探し求めてこられました

民族に代わって私たちにこのような使命を任せたとすれば、私たちは父の怨恨の心情を感じ、父の悲しみを自分の身に抱いて、怨讐に向かって進撃できる 精兵にならなければなりません。そのために皆さんは、皆さんの生活と理念を統一させなければなりません。天の悲しみと、イエス様の悲しみと、先祖たちの悲 しみと、子孫たちの悲しみを解怨するために、進まなければならないのです

10    青年男女の皆さんは、自分自身が着飾る前に、この三千万の民族が着飾るようにしようという心、自分自身を考える前に、この地上の万民を考える心が湧き出な ければなりません。さらには、一株の草までもつかんで泣いてあげられる心が、自分も知らぬ間に心中で爆発しなければなりません。このような心情をもつこと ができなければ、完全な神様の息子、娘になれないのです。そのような人間は、神様の涙の実であり、神様の苦痛の実であり、また神様の血の祭壇の上に上がる 供え物なのです

それでは、この民族の行く道を開拓する人は誰でしょうか。本当にこの民族のために地をたたき、胸を打ちながら痛哭する人が現れなければなりません。この世界を救う人は、青年男女たちなのです

11    五千年の歴史を経てきながら、私たちの民族は様々な苦労の道を歩んできました。悲しみがあっても、どこかに行って訴えることができず、憤りや悔しさがあっても訴えることができない中で、この民族は歩んできました

それでは、民族をつかんで、皆さんはどのようにすべきでしょうか。孤児のようなこの民族ですが、私たち同士で手を握って痛哭することができなければ なりません。そうしてこそ、この民族が生きることができるというのです。兄弟に過ちがあろうとなかろうと、天が許した同じ血と骨肉をもって生まれた兄弟な ので、自分個人の事情を越え、父母の歴史的な血統と心情に結合するために泣くことができる、雅量のある人たちが現れなければなりません。そのような青年た ちが求められているのです

そのような青年たちの血潮がたぎる情熱が、一身の出世と欲望のためのものであれば、それは一個人の限界圏内で終結するでしょう

12    人間の本来の理念は、無限大の(限界)線を何度も越えて神様をつかみ、喜ぶことを願うのです。したがって、人間本来の理念のために、情熱を注がなければなりません

この民族が経てきた歴史路程に神様の摂理があったとすれば、その摂理の終局に、神様はどのような群れを求められるでしょうか。それは、神様のみ旨を 成し遂げるために泣くことでしょう。一つのみ旨に思い悩んで泣き、一つの心情に思い悩んで泣き、一つの行動に思い悩んで泣きながら、先に供え物になろうと いう群れです。神様は、そのような群れを求められるのです

13    私たちが良心的な基準を探し求めていくところには、悪が対立していて、サタンが反駁できる余地があります。ですから、私たちは、私たちの心と天の心が一体 となるその基点の上で人情と天情が一体になり、私たちの理念と天的な理念が一体となるその基点の上で私たちの生命と天の生命が一つになり、私たちの愛と天 的な愛が一つに絡み合うその基点の上で、天と絆を結ばなければなりません

天と私たちの心が一つになり、生命が一つになり、理念が一つになり、愛が一つになった絆を、何によって断つことができるでしょうか。堕落した人間同 士が結んだ情の絆も切ることができず、泣き叫んで大騒ぎするのに、天情に絡めて一つになったその絆を誰が断ち得るでしょうか。いくら罪悪の力が強く、地の 権勢が強いとしても、この心の根本で結ばれた情的な流れの一つの基準を曲げることができるものは、何もないというのです

そのような基準を見つけ出す時まで、歴史は苦しみ、人類は塗炭の苦しみの中でうめくのですが、これを防ぐ勇者は地上にいないのでしょうか。このよう な責任を担い、このような使命の路程を開拓するために、自分の体を一つの爆弾として、一つの原子爆弾として、サタンの都城を崩してしまおうという、火のつ いた爆発的な心情をもった勇者がいることを、私は期待します。このような勇猛さを備えた天の精兵たちが、大勢現れることを天は願っています

14    最後に残る一つの理念の場に向かって動いていくようにするのは心情です。心情が最終的に「私」のすべてを決定してくれるのです。この心情一つだけをつか み、注意深く探し求める人が、聞かせてくださるみ言を聞くことができ、見せてくださる幻想を見ることができ、生活におけるあらゆる実情を分析することがで きます

自分に与えられた責任を感じつつ、気をもむ心情と不安な心を抑えながら、新しい理念を探し求めて動く青年男女たちがいて、彼らの泣き叫ぶ声が聞こえ る、そのような心情の動きがあるなら、皆さんは、彼らの心情を通して、歴史的なすべてのことと、長い間感じてきたすべてのことを一度に感じられるでしょ う。その心情を感じ、自己を覚醒して、「天が求めていた理念の主体がこれだったのか。世界が求めていた真の姿と、天地の前に立てて誇り得る姿がこれだった のか」と、我知らず叫ぶ瞬間をもつ人だけが、歴史の主人であり、摂理の主人であり、天倫の主人なのです

今日、皆さんは、関係と絆の世界において責任を果たし、実績を残さなければならない人生行路を歩んでいます。そのようになれば、自分を誇ることがで き、「本然の人間に代わる勝者の姿が私だった」という覚醒が訪れるでしょう。そのような瞬間に、この世界と宇宙は皆さんのものになり、神様も皆さんの神様 になるでしょう

15    私たちによって、天と地と人類の幸福の基点がこの地上に現れなければなりません。このことに誰かが責任をもたなければなりません。涙が前を遮って歩くこと ができず、身もだえしながらこれに責任をもとうと、ひれ伏して訴える人がいれば、その人の膝に頭を埋めて痛悔しなければなりません。凄惨で絶望的な境遇に ありながらも、自分の一身を顧みず、その立場で感謝する心をもって、天のために、み旨のために血と汗を流しながら進んでいく群れがいるなら、決死的に彼ら に従っていくことができなければなりません。このような信者、このような良心的な人士がこの民族の中から、特にこの民族の青年男女たちの中から現れなけれ ば、この民族は減びます

「私が、神様の永遠不変の理念的な足場です。この姿は、たとえぼろを着て、おなかをすかせ、備えたものがないとしても、心情においては、私でなけれ ばあなたの手をつかんであげる人がなく、私でなければあなたの服をきれいに整えてあげる人がなく、私でなければあなたの履物を直してあげる人がいません。 あなたのいかなる一部分も、私でなければなりません」と言える群れが集まれば、闘わなくても、このサタンの天下を征服できるのです。重要なのは、私たち自 身です。

第三節 「成和学生会」と「全国大学原理研究会」

真の父母経 目次     第五篇  目次

第一章   協会登録と内的基盤拡大    目次

第三節    「成和学生会」と「全国大学原理研究会

「成和学生会」と成和同窓

統一教会の初期の活動は、成和出身者たちが主導した。一九五五年十月二十三日、中等 部と高等部の「成和学生会」がそれぞれ結成され、それ以後、教会活動の中枢的役割を担った。「成和学生会」を修了した正会員と、仮修了した準会員で構成さ れた全国成和同窓会の創立総会が、成和七期までの卒業生が参加する中で、一九六三年十一月八日から十五日まで開催され、以後、毎年総会が開かれた

1     「成和」という名前を、なぜ若者たちに付けてあげたのでしょうか。血が沸き立つ若者、純潔の血が沸き上がり、神様の感情に同化され得る血をもった若い青少 年たちが必要だというのです。それで、若者たちに「成和」という名前を付けてあげました。成和の意味は、「成し遂げて和合する」ということです。一つの目 的を成し遂げて和合するのです。和合したので、二つではなく一つです。麹と同じです

家庭には、祖父、祖母、あるいは父、母がいますが、ほほえましい姿の子女たちもいなければなりません。それでこそ、その家に笑顔の花が咲くのです。 そのような意味で、成和の若者たちがもつ責任は大きいのです。これから成和学生の皆さんは、神様を解放してさしあげる旗手になるという信念をもたなければ なりません。神様が六千年間、闘ってこられた信念以上の信念をもった人がいるとすれば、み旨を成就できなくても、神様はその人に仕事を任せるのです

2     「成和」の「成」は、創造理想の完成を意味します。すなわち、宇宙全体の完成を意味するのです。本来、完成()の基準を立てる時期は、人間始祖が堕落し た年齢である十六歳の時からです。ですから、二十歳前後の成和を中心として、すべてのことが成就されるのを願われる神様です。未来完成の位置を占有できる のは、青少年の時期です

お父様は、青少年期に願いの標準と生涯の目標を立てて決心しました。皆さんは、神様の正しい系統を引き継いだ者として、直行しなければなりません

3     堕落した子孫たちは、嘆息圏内で生きています。皆さんは、このような嘆息圏内で善の基台をつくろうという信念をもって闘争していかなければなりません。よ り大きな善を創造しようとすれば、信念をもって誤った環境を踏み越え、闘争しなければなりません。このように能動的に行動するとき、悪の環境も善の環境に 吸収されるでしょう。第二の創造が始まるというのです

どんな環境にぶつかっても、どんな波が打ちつけてきても、これを克服していこうという信念をもった人が多ければ、この国は滅びません。お父様もこのような信念をもって闘っています

再創造をしようとすれば、相対的な位置ではなく、主体的な位置に立つ存在にならなければなりません。再創造の価値をもつことができないので、「成和 学生会」が発展できないのです。行く途中で倒れれば、結局、滅びます。皆さんは、再創造の目標を立てて行進していかなければなりません。自分自身から再創 造しなければなりません。「善を創造する私」、「善を代弁する私」として再創造しなければなりません

「私」は善を立てることもでき、善を壊すこともできる存在です。二股に分かれた道に立った母体です。より良いものを願う欲望を満たそうとすれば、神様のみ前に対象の位置に立たなければなりません。私たちは、地上で善を擁護し、悪を憎む人たちになろうというのです

4     統一教会は、今まで歩んできましたが、まだ世界舞台に向かっていくべき道が残っています。ですから、父母様は世界に向かっていくのです。行く時は、誰にも 屈せず、負けません。また、何かの問題を解決するための勇猛さも誰にも負けず、闘いにおいても、誰にも負けませんでした。このような心をもって進まなけれ ば、世界的な勝利を期待することはできません。今、いくら民族的な勝利をしたとしても世界的な勝利の道は遠いというのです

今まで皆さんがどんな立場で若い時期を送ったのかを考えなければなりません。神様のみ旨と統一の理念圏内で生きていますが、いつでも父母様が目指 し、神様が目指す勝利の世界に行くために、自らの立場を批判できなければなりません。そして、その批判によって自ら悲しみを感じる小心者にならず、それを 基に発展できる大きな器にならなければなりません。したがって、皆さんはこれから天上世界が許す天の王子になり、王女になり、栄光の天国を完成するため に、若い時期によく準備しなければなりません

5     私たちは、サタンの鉄条網から抜け出せる時まで、神様のみ旨に従って進まなければなりません。神様は、本当に「私」の父であり、私は神様の息子、娘である ことを知って、忘れることができずに残っている神様の恨を解いてさしあけるべき責任があります

私たちは、神様の恨を解くことによって、神様を解放してさしあげなければなりません。そして、自由な神様として万国を統治するとき、少しでも妨げに なる障害物があるとすれば、「私」が責任をもってすべて取り除き、自由と平和の天国として万国を主管する堂々たる絶対者としてお迎えしようと思わなければ なりません

そのような信念をもった成和学生、若者がいるとすれば、その人は本当に偉大な若者です。このような若者たちによって、今後、世界は新しい方向に進む ようになるでしょう。皆さんが実際にこのような若者になったとすれば、いくらみすぼらしい姿をしていても、それは見苦しい姿ではありません。そこには無限 の希望が宿っているのであり、その姿は神様の希望と幸福の基盤になるのです

6     若者たちは、「価値あるものがない」と言って落胆するのではなく、「より価値のあるものを創造しよう」という信念をもって生活していかなければなりませ ん。そのような生活をしていくとき、第二の希望を抱くようになり、また、その希望に向かって発展していけるのです。腐っていく木の枝のような若者たちを再 創造し、環境を整理していこうという信念をもたなければなりません

成和学生たちの中には、反対する環境を克服してきた人もいるでしょう。様々な環境を経てここまで流れてきたと思いますが、これからは、ひたすら神様の創造理念をもって、より良く、より価値のある環境を創造していこうというのです

7     神様のみ旨に責任をもち、この時代を収拾しようとする責任者がいるとすれば、その人は、受動的な人ではなくリーダーです。統一教会も今まで、考える時代か ら、準備する時代と実践する時代を経てきて、ある程度までは基準が立っているので、統一教会や統一教会の食口たちは、受動的な立場ではなく、主動的な立場 に立っています

しかし、いくらそうだとしても、個人的な勝利の基盤を築かなければ、個人的なリーダーの立場に立つことはできず、ひいては家庭、氏族、民族、国家、 世界的なリーダーの立場にも立つことができません。そのため、成和卒業生の皆さんは、み旨から見て今がどのような時代かを知り、そこに合わせて、まず個人 的な勝利の基盤を築かなければなりません。今は氏族と民族が一気に連結され、氏族的な勝利の基盤の上で、民族を収拾しなければならない時代です

8     成和学生の卒業証を受け取ってから離れた人たちがいるのですが、その人たちは、モーセがイスラエル民族を率いてカナンに行く途中、荒野で不平不満を言い、 「行けない」と言って反対してモーセを追い出そうとした群れと同じです。皆さんは、自分が考える内的な世界において、心を中心として闘い、勝利の基盤を築 かなければなりません。そして、その場で誓って、たゆまず準備し、善なる自分にならなければなりません。そうして、最後の実践舞台である世界舞台において 立派に闘い、勝利することによって、最高の栄光の場に参加できなければなりません

9     歴史の主人は、不平を言い、腹を立てる人々の中にはいません。不平を言い、腹を立ててばかりいる人は、神様も嫌い、友達も嫌い、父母や兄も嫌います。不平 を言う人を好む人はいません。かえって、不平の思いを変化させて感謝し、あすの希望にあふれ、望みに燃えて、国と世界のために「私」が生まれたという思い をもたなければなりません

自分がもっているものを分け与えたいという思い、自分が着ているものを与えたいという思い、自分が食べているものを分け与えたいという思い、自分はいくら粟飯を食べ、粗末なお粥を食べても、他の人にもっと与えたいという思いがなければなりません

このような心をもって、他の人のために与えることができない立場で悲しみを感じながら祈り、それを考える人がいるとすれば、その人はその国の主人で す。それゆえ、勉強するのも自分のためにするのではなく、生まれたのも自分だけのために生まれたのではないというのです。世界のために、歴史のために生ま れたのです

10    私たちは、狭い心を広げなければなりません。広げて、さらに広げなければなりません。神様を解放し、イエス様と聖霊を解放し、霊界にいるあらゆる千々万の聖徒を解放して、南北統一を私たちの手で成就しなければならないのです

左右に分かれて混乱したこの世界の方向を定め、統一の地上天国に変革しなければならない使命が、青少年の皆さんの双肩に掛かっています。そのような 私として寝床に入り、そのような私として朝起きるとき背負わされた重責が自分を押さえつけているのが分かるので、敗者や愚か者になって倒れるのではなく、 これを貫いて上がっていき、輝く価値を「私」によってプラスさせ、神様と子孫に渡してみせるという決意に徹しなければなりません。これが、この時代におけ る統一教会の青少年たちの使命です

11    若者は、どんな環境でも勝利しようとします。敗者になることは、絶対に嫌います。皆さんは若者として、天の側に立ち、大韓民国を発展させなければなりませ ん。ですから、社会の各分野で歴史的な業績を残さなければならず、それらの分野を新しく変えなければなりません。皆さんは、そのようにすべき立場にありま す。皆さんは全員、青年たちです

今、世の中の大部分の青年たち、特に大学生たちは、自分自身を中心として、自分の国でどのように出世をするか、または自分の幸福な人生をどのように築くかという問題をめぐって苦心しています。しかし、統一教会の若者たちは、そうであってはいけません

自分自身だけの幸福を考えるより、さらに次元の高い倫理観に立脚し、民族のために、世界のために考えなければなりません。そのように次元が高く、広 い視野の幸福観をもたなければならず、その幸福観を実践できなければなりません。皆さんは、このような中心的な使命意識をもたなければならないのです

韓国の「全国大学原理研究会

真の父母様は、一九六六年一月九日、第二回大学生および青年特別修練会において、 「今後、大学に大きく関心をもって、行くべき道を探し出せずにさまよっている大学生たちを目覚めさせ、糾合する努力をしなさい」と語られた。そのみ言が動 機となり、修練会に集まった若者が志を一つにして、大学の原理運動の旗手になることを誓い、一月十日、韓国の「全国大学原理研究会」が創立された。「全国 大学原理研究会」は各大学にサークルとして登録され、「統一原理」を伝え、勝共活動を行う先頭に立った

12    民主と共産の二つの陣営を統一するのが、私たちの使命です。それをするためには、全国の二千四百の面に、少なくとも一人ずつは配置しなければなりません。 三位基台を造成して配置しようとすれば、七千人以上はいなければなりません。その人々は、大学出身者以上でなければならないのです。梨花女子大学と延世大 学を中心として行おうとしたことが崩れて、方向が変わりました。それで、中高生を中心に行うようになったのです

第一次七年路程の三年路程の期間は、この民族に、統一信徒たちと(行動を)共にしなければならないことを見せてあげるべき期間でした

韓国は、現在の状態では共産主義の浸透を防ぐ道がありません。彼らは、中流層以下に浸透します。ですから、私たちは、地方にいる人々に原理を伝え、生活指導と啓蒙運動を続けてきました。各面の三位基台は、理念指導と生活指導と啓蒙運動に責任をもたなければなりません

大学生たちを一年ずつ地方に送って、中等教育に責任をもたせるようにすれば、彼らは農村の事情も体得し、愛国心ももつようになるでしょう。民族のた めに祭物となる真の思想を大学に残しておかなければなりません。そのためには、審判者の責任を果たせる若者を立てなければなりません。これが、「全国大学 原理研究会」の創立目的です

13    国家の興亡は、その国の若者たちにかかっています。あすの自分を創造すべき人々を立てるために、全国大学生修練会を行うのです。植物の芽が育つためには、 適切な環境がそろわなければならず、環境に適応できなければなりません。歴史的な向上線に立った先祖がいたとすれば、その人は幸福な人です。「私以降の未 来をどうするのか」と考えながら、「私」と子孫が一貫した目的をもって進むことができるとすれば、その道は幸福な道だと言えます。歴史の中では、正しい方 向に向かうほど発展します

今日、この地上に数多くの人間が暮らしていますが、彼らの目的は一つです。それは、多くの植物が日の光に向かうのと同じです。神様は、中心の芽を立 て、横的な環境を形成する歴史を綴ってきました。今も神様は、その芽になり得る個人、家庭、氏族、民族、国家、世界を訪ねてきます

韓国は、このような芽の立場に立たなければならず、そのためには試練を経なければなりません。芽は、すべての枝が受ける試練を一時に受けますが、前進して克服しなければなりません。このように、私たちも世界的な試練を克服しなければならないのです

14    統一信徒は、泉にならなければなりません。泉の水は湧き上がります。滝とは反対です。山の獣も泉の水を求めてきます。泉がない山は、名山になることができません

特に大学生の皆さんは、腐敗した大韓民国を清くする泉にならなければなりません。泉の水は、湧き上がって、(汚れを清めながら)清さそれ自体を汚さ ない所に流れていこうとするでしょう。泉の水が人間の生命と関わりをもつためには、その純粋性を失ってはいけないのですが、純粋な泉の水とは、岩を貫いて 出てきた水です。ですから、誰もがそのような水を飲もうとするのです。皆さん全員が泉になることを願います

15    大学原理研究会の核心的な会員が、どれくらいになるかが問題です。そのような基準で、大学を中心に社会活動を展開するために学舎を造り、運営することにし ました。学舎を各大学に一つずつ造らなければなりません。このようにすれば、相当な効果が出るようになっています

ですから、原理研究会を中心とした学舎と、成和学生たちとの関係を強化しなければなりません。そして、三年生、四年生になればみな、原理講義ができ る責任者にならなければなりません。このようになれば、この人たちを各大学の各学科に配置して、私たちの思想を指導できるようにしなければならないので す。このように組織を強化しておけば、短期間で急速に発展すると思います

また、大学出身者たちを全国に配置しようと考えています。大学生たちは、社会や教会で主導的な役割を果たさなければなりません。教会で主人の役割を 果たし、自分の責任を果たさなければならないというのです。皆さんは教会の雰囲気を知り、若い人々が教会にとって希望の標準となり得る雰囲気を形成しなけ ればなりません

16    今後、大学原理研究会を核心的な活動体制にしようと思います。ですから、彼らの中で決意が徹底している人々を地域要員として配置し、活動させようと思うの です。このように活動を強化しておけば、これから短期間のうちに私たちの教会が発展し、原理研究会も大きく発展するだろうと思います。今後、そのような面 で推し進めていこうと考えているので、皆さんは全般的な内容を知って、新しい分野で決意しなければなりません

そして、原理研究会を世界的に組織し、国際大会をたくさん開催しなければなりません。韓国だけでなく、日本やアメリカなど、多くの国で開催しなけれ ばなりません。今後、原理研究会の重要なメンバーたちを各国の核心要員として活動させるために、超国家的な要員として養成しようと思います

17    お父様に対して気に掛けつつ、今まで甲論乙駁しながらいろいろと批判していた人々が、「科学の統一に関する国際会議」に参加し、私たちのことを宣伝する状 況にまでなりました。大学で理論的な人、哲学を研究するとか、宗教や思想を研究する人が何人かだけ私たちのことを宣伝するようになれば、自然科学や社会科 学を研究する人々は、そのまま付いてくるようになります

ですから、その教授たちが私たちの教会に対してある程度関心をもつようになれば、大学原理研究会の活動を何としてでも急進的に展開して、彼らをここに連結させることを考えています。原理研究会の機動隊をつくって出動(伝道)させたのも、彼らを連結させるためでした

そのため、アメリカの各州の代表たちと各都市の責任者たちは、今まで「科学の統一に関する国際会議」を通して連結されているすべての教授たちを自分 の祖父や父、叔父のように思い、積極的につき合いなさいというのです。そうして、その人々を中心として一般の学生たちを推薦してもらい、外的な原理研究会 の形態をつくることもできるのです

18    大学原理研究会の正会員は、大学に旋風を起こさなければなりません。勉強をすべき青春の男女たちのその元気旺盛な熱気をすべて発散させて、天理原則の価値 ある愛の深い谷間を掘り下げていかなければなりません。そうして、世界に伸びていける道を築かなければならないのです

天のみ意は、共産勢力と教会の没落、青少年の淪落を心配しています。淪落の道に陥る青年男女をつかみ、信仰が破綻していくキリスト教をつかまなければなりません。そして、キリスト教思想が壊れ崩れる、そこに乗じて入ってくる共産勢力の侵入を防がなければなりません

19    大学において活動する大学原理研究会に対して、大きな期待をもっています。教会復興活動や勝共活動を、原理研究会に結びつけなければなりません。原理研究 会が、超教派運動よりも、YMCAYWCAのような団体とどのように連合し、大学で活動するかというのです。また、復興会活動を通して大学生たちが伝道 されれば、私たちがその人々とどのように連帯関係を結ぶかという問題を中心として、原理研究会の活動に集中しようと思います

今後、原理研究会の活動は、大学内の活動だけで終わってはいけません。大学生であれば、中学、高等学校を卒業したので、必ず母校があります。そし て、現在自分が在籍している学校があります。学校には自分個人だけがいるのではなく、学校の同僚たちと友人がいて、自分の専攻学科を中心としては同期たち がいます。このような同窓や友人、同期たちと私的に接することができる活動体制を強化していかなければなません

20    大韓民国の政府当局が、私たちの活動に対して「勝共」という名称を認定したのは、ヤコブがヤボク川のほとりで天使と競って勝つことによって、イスラエルと いう名前を得たのと似たような事例です。このような点から見て、み旨を成就できる勝利の立て札は、既に立てられたと考えます。今や縦的な勝利の基準はでき たので、これを基盤として横的にも勝利すべき組織が必要です。キリスト教だけではできません。世界を統一の理念で復帰しなければならないのです。このため には、学問的で思想的な土台を中心に行わなければなりません。このような一連の活動を具体的に調べてみれば、思想を中心に学界と関連づけて展開しているの が勝共運動であり、教会を中心に展開しているのが対外伝道活動であり、学生を中心に展開しているのが大学原理研究会の運動です

21    大学内で、共産思想をもった赤色分子たちが浸透する路線を、勝共活動をして事前に封鎖しようというのです。このような点で、大学原理研究会のすべき仕事が、どれほど重要なことかを知らなければなりません

「統一原理」の最後の勝敗は、世界的な学界によって決定されます。それゆえ、「統一原理」を世界に提示するためには、まず国内の各大学の宗教学科や 哲学科の権威ある教授たちに「統一原理」を紹介しなければなりません。そうして、この教授たちが「統一原理」を世界の学界に提示し、世界化できるようにし なければなりません

そのようになる前に、私たちは、対内的、対外的に基盤を築いておこうというのです

22    共産党は、労働者と農民、あるいは労働組合を中心として活動しています。また、大学を中心として、教授と学生たちを操っています。これが今まで、共産党が世界を侵食してきた一つの方便です

大学で教授と学生を団結させて、労働者と農民を扇動し、大衆デモを中心として混乱を起こしてくるのですが、それを防ぐために、大学原理研究会は必ず 教授たちを収拾しなければなりません。そのような意味で、随分前から「世界平和教授アカデミー」を立てて活動してきたのです。この「世界平和教授アカデ ミー」と原理研究会が一つになって進まなければなりません

23    日本とアメリカの大学原理研究会は、共産勢力と第一線で闘っています。韓国では、地下活動をする共産主義者たちと闘うことはできますが、彼らが誰か分かり ません。文書を通して活動できる環境条件だけそろっているのであって、直接、白昼に生死を懸けた対決をする立場には出ていくことができていないというので す。しかし、日本では白昼に出ていって、生死を懸けて対決する闘いにおいて、私たちが勝利の立て札を立てました

そして、アメリカでは、一九七九年から原理研究会がこのことを展開し、一九八〇年の末には、既にアメリカ全域で大学を席巻していた共産主義一色のす べての風潮を食い止めました。日本で勝利したのと同じ結果をもたらしたというのです。数百人の共産党系列の学生たちがデモを行う所に、原理研究会の会員五 人が行って収拾した事例もあります。ですから、アメリカの大学の共産勢力は、「原理研究会の学生たちに会ってはいけない」と言っているのです。日本で行っ たのと同じ結果が、アメリカの原理研究会でも起きているというのです

24    日本では、YMCAYWCAのようなキリスト教団体の活動は微弱です。私たちがそれに代わる組織をつくり、教育していきながら活動をしようとしたので、 時間がかかりました。学校の当局も反対し、教師たちも反対する中でこのことをしているというのは、どれほど胸の詰まることかというのです。共産党の言葉に すべて乗せられたのです。それがどれほど悲惨だったかを、私の目で見て、報道でも見ました。皆さんはそのようなあきれ返る事情が多かったことを知らないで しょう

お父様は日本のために闘いました。日本の中心大学から闘っていったのです。政治的な面で影響圏をつくり、社会分野で共産党の基地を討伐しなければな りません。ですから、日本共産党がお父様をどれほど恐れているか分かりません。「統一教会が存在せず、原理研究会さえ存在しなければ、日本は間違いなく共 産化され、赤化されるはずなのに、統一教会のせいで大変なことになった」と言っています。そのような準備をしてきました

25    アメリカの若者たちの心に火をつけなければなりません。大学原理研究会の活動を中心として大学を正常化させ、家庭を訪ねていって、家庭教会を中心として伝 道しなさいと命令したのです。アメリカの家庭の若者も、私たちのような若者にしなければならず、大学では私たちの青年のような青年にしなければなりませ ん。そうして、アメリカが反対せず、お父様を支持する環境になっていけば、その次は共産勢力をつかむのです

お父様が今まで韓国で勝共活動をしたその伝統を日本に伝授し、アメリカに伝授し、ソ連にまで伝授しなければなりません。大学では原理研究会がどんな 活動をしなければならず、現在の家庭教会活動はアメリカでどんな伝統を残さなければならないかを知らなければなりません。そうして、私たちは、共産主義の 問題と青少年の淪落問題を解決しなければなりません。皆さんが原理と徹底した家庭的基盤を中心として、彼らを教育しなければならないのです

26    皆さんは、天意に従う若者たちにならなければなりません。そこには異議がありません。お父様が歩んだのと同じように、黙って自分の行くべき道を決意しなが ら、進まなければなません。皆さんを通してそのような雰囲気が大学に拡大し、一つの風潮になるとすれば、大韓民国の大学において新しい希望の灯台となるで しょう

日本の大学原理研究会は、韓国の大学原理研究会よりも先を行っています。今や、アメリカの大学原理研究会が動いています。ドイツのベルリンに原理研 究会の若い青年たちを集め、ベルリンの壁の問題を提起させるでしょう。数多くの若者たちを集めて、ベルリンの壁を私の手で崩そうというのです。皆さんにそ のようにする勇気がないとすれば、大韓民国を守護する若者にもなれず、世界を守護する統一家の原理研究会会員にもなることはできません。私たちは、その目 標に向かって、強く雄々しく前進しなければなりません

27    私たちが大学の学生たちと教授たちを動かせなくなれば大韓民国は生きる道がありません。西ヨーロッパの国々もすべてそのようになっています

ベルリンで共産勢力が反対し、市民たちが反対する中、大学原理研究会の世界大会を行うのです。第一次、第二次、第三次の大会を終わらせ、今回、ベル リンの壁を撃破するでしょう。大学生を中心に問題を起こし、共産勢力を追い出す運動をするのです。それは、ただ座っていてできることではありません。それ は考えられません。誰かが血と汗を流さなければならないのです。銃弾を浴び、血を流しながらも、しなければならないのです。そのようにしなければ、南北を 統一することはできません

28    大学で左翼系列の人々を連れてきて、教育しなければなりません。現在、世界的に見れば、共産主義体制はなくなりましたが、民主主義体制も瓦解状態に入って きています。かえって、共産主義という反対勢力がここに反作用を起こし得る動機となり、自体内において自覚をもたせる活性剤の役割を果たしました。共産主 義が崩れることによって、民主世界が思いどおりにできるという考えは、誤った考えです。かえって、共産主義がなくなったあとに、民主世界の崩壊状態はより 一層進むでしょう

左翼系列も混乱状態に入っており、民主世界も混乱状態に入っているので、それこそ、両面の教育をすべき時が来ます。

それでは、教授たちにそのようなことを教育するだけの実力があるかといえば、そうではありません。学校でも、それに対する対策を立てて防げる内容が ないというのです。そのような防御的な教育を私たちが提案しなければなりません。ですから、大学原理研究会を中心とした大学活動を衰退させてはいけない時 だと見るのです。

第四節 『原理解説』と『原理講論』の発刊

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第四節    『原理解説』と『原理講論』の発

『原理解説』と『原理講論

『原理解説』の執筆作業は、『原理原本』を基礎として、劉孝元協会長により一九五五 年五月から進められた。一九五七年に入ってから真のお父様の監修を受けた原稿が、毎月「成和」に掲載され、最終校正作業を経て、八月十五日、『原理解説』 という名で発刊された。この日、真のお父様が直接署名された二百十二冊が、地方伝道地に発送された。一九六六年五月一日には、『原理解説』をより体系化 し、講義しやすくした『原理講論』が発刊された

1     解放後、七年目に私がすべき召命的責任を果たすため、教本、教材である『原理原本』を作りました。『原理解説』を発表したのが一九五七年であり、『原理講 論』は一九六六年に出ました。一九五七年と一九六六年には九年の差がありますが、九年間に、お父様は原理のすべてを準備して進み出たのです

2     『原理原本』を中心として『原理解説』を出版しました。何ももたずに教育することはできないので、本が必要だったのです。小学校さえ卒業すれば、誰でも本 をもって教育できるので、伝道の一線に出ていきました。十五歳以前に伝道に出た人もいます。エバは十六歳の時に堕落しました。ですから、純真な心情が燃え る時に伝道を始めたのです。そのような歴史は、統一教会しかありません。中学生の時から伝道に出たのです

3     統一教会の責任者たちが伝道に出ていく時は、二人ずつ送り出しながら、旅費も持たせず、手ぶらで出発させたこともありました。そのまま行って、起草してお いた『原理原本』を中心として伝道をしたのです。その時は、『原理原本』を書き写しなさいと配ってあげたのですが、それを書き写した人たちがいます

金元弼は、私の書いた『原理原本』を直接書き写して、自分で勉強し、「ああ、神様はこうだ」とおおよそ分かっていました。そのような立場で『原理解 説』が出たので、本格的な教育を行いました。一週間あれば十分です。これは、読むことさえできれは教育できます。『原理解説』の骨子だけを選んで覚え、教 育するのです

4     お父様に会うこともなく、従った最初の人が劉孝元協会長でした。彼は『原理原本』を読んで、お父様に従っていこうと決心したのです。彼は手紙を書きまし た。劉協会長は、お父様よりも六歳年上でした。洗礼ヨハネはイエス様よりも六ヵ月年上でした。ですから、劉協会長は洗礼ヨハネの立場です。彼は、洗礼ヨハ ネの立場で原理を解説しなければなりませんでした。劉協会長が原理の本を書く時、彼に、「このように、またはあのように書きなさい」と指示したのです

5     お父様は、釜山避難時代の一九五一年に、『原理原本』を書き始めました。詩のように書いたのです。それは、誰もが理解できるわけではありません。私が説明 をしてあげて、初めて分かるようになっています。『原理原本』を誰にでも分かるように解説しておいたのが『原理解説』です

6     『原理講論』を書くとき、すべて文章を鑑定し、間違っていれば直させました。ですから、『原理講論』は、お父様と霊的に連結されているのです。電球は、発 電所と送電所、配電所を経た電気がソケットを通して連結されることによって、光を発するようになります。見境なく引っ張ってきても駄目です

ですから、これから歴史が過ぎれば過ぎるほど、お父様のほかに、誰でも本が書けるというわけにはいかなくなるのです。私の語ったことが、いつでも問 題になります。私がどのように語ったのかが問題になるのであって、他の人が語ったことは問題にならないというのです。他の人たちが語ったことは霊的に連結 されません

7     『原理解説』の次に出てきたのが『原理講論』です。『原理解説』を通して学んだ人が『原理講論』まで教えるので、その水準は大学以上です。国が歩み得るあ らゆることが『原理講論』の中に入っています。『原理講論』に、政治問題、経済問題、社会問題、歴史問題に関する内容がすべて出てきます。『原理講論』に 精通しさえすれば、世界のどんな国の大学教授にもなることができ、大学教授をも教育して余りある実力者になるというのです

「統一原理」と『原理講論

『原理講論』は、真の父母様が明らかにされた「統一原理」を体系化し、講義しやすい ように整理したものであり、創造と堕落、復帰など、神様の摂理史全般を解き明かした根本真理を収めている。真の父母様は、一九六〇年代の初めから、変化、 発展する時代相に合うよう、「統一原理」の叙述方法と内容の伝達において、より平易で論理化された体系が必要であることを感じ、劉孝元協会長に執筆を指示 された。劉協会長は、「統一原理」を宣布された真のお父様の代筆使命者として、『原理講論』の原稿の一つの行、一つの単語の中に、真の父母様の心情と真理 を、より完全に込めるため、徹頭徹尾、渾身の力を注いだ

8     「統一原理」としてこれまで発表した内容の中で、新たに(検討を)試みるものが部分的にあります。しかし、最初から最後まで、啓示の基本的な内容は少しも 変更されません。例えば、「創造原理」、「堕落論」、「メシヤの降臨とその再臨の目的」などで見られる中心思想は、決して変わらないでしょう。「統一原 理」は、それに対して協議をして変えたり、人々が好まないからといって変わったりするものではありません。そのようなことは決してあり得ないというので

9     「統一原理」は、一つの哲学でもなく、学説でもなく、言葉それ自体のように「神様の原理」です。これは神様の不変の真理です。一度その真理が明らかになれ ば、その原理どおりに生きなければならず、その原理のもとで行動しなければなりません。少なくとも、その原理の成就のための基台が造成されなければならな いというのです。そうすれば、サタンが侵犯できません

ある一人の人が真理と完全に一体になったときには、サタンが彼を神様から引き離して連れていくことができません。例えば、神様とアダム、エバが真理を中心として完全に一つになっていたとすれば、サタンが侵犯する余地はなかったでしょう

真理は実体化されなければなりません。真理は、生きている人間の中で存続し、完成されなければならないのです。そのようにならなければ、真理はサタ ンに奪われ、誤って利用され得るのです。ですから、私は、あらゆる条件が造成され、真理がある線まで実体的に具現される時までは、新しい真理を公表しませ

10    「統一原理」は、私の生涯の記録でもあります。それは、私自身の生活経験です。この「統一原理」は私の中にあり、私は「統一原理」の中にいます。多くの 人々は、私がただ真理の発表者であり、その伝達者にすぎないと言いますが、私は真理のとおりに生きており、それを具現しました

したがって、人々が私と私の行動を理解する唯一の方法は、「統一原理」に通じることのみです。「統一原理」を知って研究することによってのみ、私を理解することができます。原理を研究すればするほど、私をさらによく理解できるというのです

11    お父様が発表すべきことは非常に多くありますが、もう少ししてから発表しようと思います。『原理講論』がすべてではありません。皆さんは、お父様がどこで どんなみ言を語ったかを、まず知って行動しなければならないのですが、そのようにできずにいます。『原理講論』には、お父様について明らかにされていませ ん。『原理講論』にはイエス様までのことが入っています。イエス様を中心として語ったのです。それなのに、『原理講論』だけを重要視すれば十分であるかの ように思っています

お父様がどのようなみ言を語ったのか、心で従い、苦しみを共にして同調しながら、そして、その生活に感激し、あすの歴史創造の旗手として責任を果たせる統一教会の信徒たちにならなければなりません。このような心情が欠如すれば、発展しないのです

12    お父様は、数多くの学者たちが研究したものをすべて否定するわけではありません。調べてみて、事実ではないことだけを否定するのです。霊界に入り、隅々ま で探してみて、(「統一原理」が)事実だということが分かったので、悪口を言われながら、その内容をもって世界と向き合ってきました

ですから、統一教会のみ言は、「そうだろう」ではなく、「そうだ」です。真理が、「そうだろう」という話がどこにあるでしょうか。物理や化学の公式 では「そうだろう」という言葉はありませんが、真理も同じです。実証的で科学的、論理的な結果が出なければなりません。「統一原理」は、「そうだろう」で はなく、「そうだ」です

私たちが語る心情というものも、漠然としたものではなく、具体的です。私たちが語る人格も、漠然としたものではなく、具体的な人格です。み言も、漠 然としたみ言ではなく、具体的なみ言です。この具体的な心情と人格とみ言は、普遍的な妥当性をもってこの現実世界に符合し、この現実世界において永遠の位 置を決定して、現実世界のすべてのものを統合し得る内容でなければなりません。

第五節 『聖歌』の発刊

真の父母経 目次     第五篇  目次

第一章   協会登録と内的基盤拡大    目次

第五節    『聖歌』の発

聖歌の起源と意

聖歌には、真の父母様の苦難と勝利の歴史が余すことなく含まれている。特に、真の父 母様は、瞑想と深い祈りを通して多くの聖歌を作られ、神様に賛美と栄光をお返しして、食口たちが歌うことができるようにされた。真のお父様は、一九四六年 八月十一日、平壌の大同保安署で苦難に遭われ、約百日後の十一月二十一日、瀕死の状態で釈放され、一九四七年の初め、食口たちを集めて集会をされながら、 「勝利者の新歌」を作られた。これが最初の聖歌であった。そして、一九五〇年十月十四日、興南監獄から出て自由の身になられ、二十数日後の十一月初め、平 壌で「聖励の新歌」と「栄光の賜物」を作詞された。「聖励の新歌」(の韓国語の歌詞)には、「新」という接頭語が十三回も出てくるほど、新たな出発の決意 に満ちあふれており、「栄光の賜物」には、新しい世界と新しい歴史の建設に対する感激と希望が躍動している。真のお父様は、一九五一年、釜山避難時代にボ ムネッコルの土摒の家で「悩める心に」を、一九五三年、水晶洞の三番目の家で「復帰の園」、「聖苑のめぐみ」を、一九五九年二月十七日、第一回全国伝道師 修練会の参加者のために「朝日に輝く」を、一九六一年、全国四十日伝道に派遣された食口を激励するために「統一勇士の歌」を作詞された。特に、「悩める心 に」には、釜山避難時代にサタンの勢力から挑戦を受け、追われる生活の姿と、罪人の立場を抜け出して救いの道に向かう聖徒たちの心情が、とても切実に表現 されている。「復帰の園」にも、釜山の水晶洞(スヂョンド)教会時代、あらゆる困難の中でもあとに引くことができなかった真のお父様の、復帰路程に対する 覚悟と決意が深く込められている。そして、「聖苑のめぐみ」には、神様に対して常に喜びの心をもって賛美し栄光をお返ししながら、大きな恵みに報いようと いう覚悟が込められている。聖歌には、食口たちが作詞した歌と、外部の歌だが、食口たちが好んで歌ってきたものがある。食口たちが作ったものとしては、 「我は行く」、「苦難と生命」、「東の勇士」、「わが身の十字架」、「誓い」、「宴のとき」、「栄光の日」、「成和勇士の歌」、「我は供物」、「輝く御 国」、「復帰の心情」、「成和青年歌」、「日曜学校こどもの歌」、「成し遂げよう」、「光は東より」、「すべて捧げて」、「一つに集え」、「われら統一勇 士」、「新エデンの歌」、「主は来たる」「農園の歌」、「主はわがすべて」がある。そして、外部の人士たちが作った歌として聖歌に編入されたものは、「園 の歌」、「召されし身」「わが仔羊」、「嘆きを吹きとばせ」、「主の道」、「捜し出された羊」、「心には願えど」、「園の春」がある。一九五六年十月四 日、真のお父様と食口たちが作詞した曲を集め、『聖歌』の初版が発行された

1     統一教会の聖歌の中で、「統一勇士の歌」の内容は、第一が心情です。一番は、「心情の因縁で世界は生き」で始まります。真理の因縁で世界が生きるのではあ りません。人が生きていくのは、生命の源泉である愛によってです。神様の愛によって、生きていくのです。真理は道しるべです。実体と関係を結ぶための橋と 同じであり、心情を伝達するための中間形態です。「心情の因縁で世界は生き」というときの心情は、神様の心情です

この心情は、神様が今に至るまで堕落したこの世界に対して抱いている、蕩減復帰すべき恨の心情ではなく、解怨しようとする心情です。神様の恨を解い てさしあげようとすれば、まず神様の恨とは何かを知らなければなりません。神様の恨は、御自身が真実に愛し得る個人を探し出せなかったことであり、家庭を 探し出せなかったことであり、氏族、民族、国家、世界、天宙を探し出せなかったことです

2     神様の第一の願いとは何でしょうか。神様が探し出そうとされた個体が恨の条件に引っ掛かっているので、「私によって生じたすべての恨の条件を、私が解きま すので、受け取ってください」と言い得る個体としての解怨が成就されなければなりません。そうして、家庭か解怨成就され氏族、民族、国家、世界が解怨成就 されることが、神様の願いです

しかし、一つに結んでくださった神様の心情に通じなければ、絶対に一つになれません。人間の権力ではできません。神様の心情から見るとき、世界は一 つです。「一つに結ばる本然の縁」が、本来の私たちの関係です。堕落したこの世界の関係は、私たちの関係ではありません。一つに結んでくださったこの心情 が、本来の関係なのです

その次に、「永遠に授受するわれらの故郷」です。本然の縁によって一つに結ばれることにより、永遠に与え合うようになります。本然の心情を中心として永遠に与え合う、そこにおいて初めて、私たちの本郷が広がるのです。その次に、初めて「幸福」という言葉が出てきます

3     復帰の心情をもって進む民族は、韓民族です。全世界に光を照らしてあげるので、全世界がその光の中で兄弟になり、願われた善の父母に永遠に侍るのです。そ うして、必ずや一つの世界を成し遂げるようになります。「統一勇士の歌」の一番は、心情です。心情の因縁によって、永遠に与え合う私たちの本郷は、すべて の人間が暮らす所です。本郷が良いというのは、父母と家族がみないるからです。ここで重要なのは心情です。すべての幸福の道を築いておいた所が、私たちの 本郷、幸福の基地です

二番は、人格です。無限の(愛の)人格によって光を放つ人でなければならないのですが、堕落した人間は、これを失ってしまいました。人格によって光 を放つのは、無限だというのです。無限の(愛の)人格によって光を放ち、造られた万物の栄光の灯台にならなければなりません。そうして、生命が湧き立つ本 然の姿にならなければなりません。これが、人間の価値の主体になるのです。ですから、それ自体が永遠に、万世に希望の価値として花を咲かせるのです。永遠 の万世に希望の価値をもった存在として、全宇宙に花を咲かせる人になるのです

三番は、真理の世界です。「秩序の基に真実を立て」の「秩序」とは、真理の世界を意味します。真理による秩序の基の上に、「真実」を立てなければな りません。それは、人類が必要とする「真実」を立てるためです。「真実」とは、永遠を約束するものです。永遠を約束する不変の値値、高く立てられる真理の 標柱です。このような標柱をもった人は、変わらない価値をもった人です。揚々たる善なる日を美しく飾るのです。永遠に伸びていく善なる一日一日を美しく飾 るというのです

四番は、「東方に明ける輝く文化、全ての民は同胞と、願いし善き父母永遠に侍り、誓いて成さん一つの世界」です。このように見るとき、心情によって 人格をつくりあげるのですが、人格をつくりあげようとすれば真理がなければならないということです。その次に、一つの世界に栄光が臨むようになるのです。 皆さんはそのような栄光を得るために、これから進まなければなりません

4     「勝利者の新歌」は、私が作ったものです。この歌の四番に、「創りし主のみ旨」が出てきます。このみ旨を出発しながらつくった昔の歴史が、きょう、花を咲 かせた現場、新しい天国の名前を代表する天一国の広場を前に、最初の年、最初の朝の集まりでこの歌詞を聞きながら、本当に感慨深かったのです。その夢は、 偽物の夢ではなく(神様の夢であり)、神様の代わりに(私が)夢見たものだったので、間違いなく成し遂げられるというのです

5     「栄光の賜物」というときは、栄光の言葉よりも、苦労した話が先に出てきます。苦労が、すべてのものを支える土台になっていることを知っているからです。 地上世界と天上世界が一つになるようにしようとしたので、「迎えん」という言葉を繰り返しました。そのように生きた人は、涙なくして向き合うことができま せん

監獄から出てきて作ったのです。東方に寂しく来て、西方に行けば、福が来ると思ったのですが、反対を受けました。願いに願ったあらゆることをすべて してみました。すべて、徒労だというのです。私一人で行かなければなりません。アメリカと国連までも救う道を行かなければならないと思い、今、ここに入っ てきて、忙しくそのことを清算するのです

6     興南監獄から出てきて、平壌で食口たちを収拾するとき、私が精誠を尽くしながら作った歌が、「栄光の賜物」です。その歌を聞けば、その時の状況がどのよう なもので、お父様の立場がどのようなものであるかが、よく描かれています

そのような過程を経てみてこそ、その歌が自分の歌になるのです。そのように生きなければなりません。他人の歌ではありません。「私」の歌であると同時に、私の家庭の歌であり、私の家庭の歌以上に私の一族の歌であり、私の国の歌であり、私の世界の歌だというのです

そのような過程を経てこそ、永遠のあの国(霊界)に行き、父母様に侍って一緒に喜び、幸福を享受できる解放された王子、王女になることができます。皆さんは、そのような過程を経なければなりません

7     「園の歌」を歌いながら酔いしれ、涙を流し、「壁も私の友達だ」と言いながら暮らした頃が懐かしいときが多くあります。この「園の歌」とは、夫と妻の夫婦 で暮らすその園、そのような環境のことです。そのように生きなければなりません。お互いが主になり、主の相対になって、すべてが喜び得る花が咲いたので、 香りが漂わなければならず、蝶と蜂が和動しなければなりません。千種類のものが和合し、和動しなければならないというのです。町内に住みながら、関心を残 せる夫婦になれなければ、その町内で負債を負うのです

統一教会員は、「園の歌」の歌声が聞こえれば、いくら遠くにいても、みな喜びます。その歌声がする所に行ってみたくなるのです。そこに行って一緒に 歌えば、良かったり悪かったりという喜怒哀楽が同伴するようになります。言葉というのは有り難いものであり、言葉の中でもさらに有り難いものが、歌です

真の父母様の愛唱

真の父母様は、各種の集会で自ら歌を歌われたり、食口たちを呼んで歌を歌わせたりし ながら、雰囲気を盛り上げられた。「サランへ」、「オンマヤ、ヌナヤ」は、名節行事や和動会で御夫妻が一緒に歌われ、食口たちと合唱した歌である。真の父 母様は、本郷を失ってしまった人類の救いを思われ、故郷を慕う歌詞が記された歌(「カゴバ」、「故郷無情」、「郷愁」)と、寒い冬に打ち勝って春に芽生え る新芽のように、新しい生命と希望が躍動する春の歌(「春の乙女」、「四月の歌」など)も好んで歌われた。真のお父様は、麗水の清海ガーデンで海洋摂理を 主管されながら、「舟歌」を日本の食口たちと熱唱され、日本の歌である「故郷」や「赤とんぼ」も食口たちと共に合唱された。孤独なみ旨の道を象徴する独島 (竹島)に関する歌詞が記された「ホルロアリラン」と、変わることのない衷情を歌った「千年岩」も好まれた。聖和の直前には、お孫様を膝や机の上に座らせ て、「翁草」を一緒に歌って楽しまれた。「大韓八景」や「祖国賛歌」などを歌い、神様の国が早く訪れることを念願された

9     「ホルロアリラン」は、独島(竹島)に関する歌ですが、「トクト」は、「独」の字に「道」と考えることができます。台風に遭い、小さな顔()がどのよう に一晩を過ごしたかというのです。白頭山の澄んだ水と、雪嶽山の澄んだ水が東海(日本海)(流れ)、東の方を訪ねていきます。日が昇る所を訪ねていくの です。その次に、船に乗っていくのですが、独島を訪ねていき、錨を下ろして、朝日を浴びるというのです。統一教会員たちは、この歌をみな知らなければなり ません

独島は、寂しい島ではありません。島は、エバを意味するのです。エバが道を修める「独道」です。女性たちが子女たちを抱き、この独島の歌を教えてあげなければなりません。これは、涙なくしては歌うことができません。内容が深いというのです

10    「千年岩」の歌は、お父様にダンベリー生活を回想させる歌です。お父様は、監獄に行くからといって寂しいのではなく、離れているからといって寂しいのでは ありません。太陽の光は、夜も昼も、どこでも遮られることなく、明るい光の王権をいつでも維持できるというのです。ダンベリーを思いながら、この歌を歌わ なければなりません

二番は、夕方になり、夜が更けるようになることを意味します。夜更けになれは、私が息をして暮らしている所を明るくするのです。暗闇の世界に行って も、み旨の道を証しなければならず、監獄にも天国の光を照らさなければならないというのです。そのような意味で、お父様は「獄中の聖者」という言葉を残し ました

その次に、最後の部分は、世の中に羨むものはないということです。今やすべて知り、すべて体験し、すべて探し出しました。そして、「歳月が行き来する町角」では、角度を合わせなければ落ちるというのです。そのようなことを考えなければなりません

自分勝手にしていては、脱落してしまうのです。自分が行くべき道をまっすぐ訪ねていって、天が願う理想天国を創建し、主人になりなさいということです

11    「カゴバ」は、アリラン峠を越えて、故郷を愛し、国を愛する道を訪ねていこうという歌です。アリランの十二峠を越えていくのです。それが、統一教会が行く 道と合います。復帰路程に一致するというのです。歌詞の内容が、故郷を慕いながら、本郷の地を求め、祖国光復のために行くべき復帰路程と同じなので、この 歌を歌うのです

その歌詞が問題ではなく、その歌の内容をどのように消化するかが問題です。夜には昼を慕いますが、黎明が過ぎれば、昼が訪れてきます。迫害を受けるのは、怨讐世界のあらゆるものを相続させるための神様の経綸です。ですから、迫害は悪いものではありません

迫害を、自ら進んで探し求めていく人には、峠の向こうに平地があり、さらに大きな山を越えれば、さらに大きな平地が生じるのです。そこに湧き水が流 れ、続いて小さな川ができて、さらに大きな川となって、国を東西に貫いて包容できる波として流れていくその周辺には、無限の平原、広野が生じるというので す。故郷を離れたのちに帰ってくる切実なその心情が、復帰の心情を求めていく統一教会の事情と一致するのです

12    「広野の男」という歌があります。男であれば、すべてのことを放り投げて、荒涼とした広野を走るのもよいのです

一度、そのように生きてみる必要があります。妻が伝道の一線に出ているときに、夫がずだ袋で食べ物を背負い、お金をもってその妻を訪ねていく気分は 素晴らしいものです。道端の大きな木の下で、哀れな姿で出会い、過去の自分の過ちを悔いる心をもって、「お前、どれほど苦労しただろうか。座ろう。お前は 寂しい立場で困難を克服しながら、私を背後から支えるために苦労してくれた」という場において、千年の愛の絆が結ばれるのです

13    「輝く大韓」に出てくる「ディンドンデンドン」というのは、詩的で音楽的です。統一教会を「ディンドンデンドン教会」と言ってもよいのです。どこに行っても、高い所、低い所に拍子を合わせられる、良い内容の言葉です

統一教会は、本当におもしろい教会です。年を取った人、若い人など、様々な人々が集まって話をすれば、通じることができ、理解することができます。 塀が高くないので、和合することができるのです。友達になり、親しく縁を結べる良い所であることを、私は感じます。誰かに初めて会っても、距離が遠くな く、塀で塞がれていないことを感じられるのは、幸せな環境です

皆さんが信仰生活をするとき、そのような面を備えて、一生の間、生きるその影響圏というのは、どのようなものでしょうか。どこに行っても影響を及ぼ して生きることができ、記憶に残る指導者たちが多く生まれるでしょう。このような願いを抱いて、私もこのことを続けているのです

14    「大韓地理歌」の内容が良いのですが、そこに愛国思想が入っています。統一教会を信じる世界の人々は、この歌詞の内容に従い、韓国に関する知識基盤を中心 として、思想と伝統を受け継がなければなりません。その次に、白衣民族、倍達民族の弘益(ホンイク)理想をもって、神様のみ旨に従える民にならなければな りません。そのような思想的骨子がすべて入っているので、著者が誰か、私が調べてみたところ、牧師である私の従祖父がこの文を書いて、私の父に教えてくれ たというのです

15    統一は、私たちの精誠によって、私たちの力によって、私たちの努力によって成就しなければならないという思いをもって、「統一の歌」を力強く、一度歌って みましょう。私たちが行くべき道は、韓国と北朝鮮を復帰することです。しかし、共産主義は世界的な体制を整えて、がむしゃらに根を張っています。ですか ら、共産主義を屈服させ、三千里半島から追放する時まで、私たちは茨の道を行かなければなりません。この国を早く復興させなければなりません。

私たちの家庭が内外に団結し、南北を統一して、自主的な国家を形成しなければならないのです。私たちは、世界的な怨讐サタンと対決しています。です から、内的な復興をしなければなりません。外的な復興は、内的な復興の上で自然に存在するようになります。神様を愛し、真の父母を愛し、氏族を愛し、家庭 を愛すれば、復興するのです。

第六節 清平聖地の開発と修練所の建設

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第六節    清平聖地の開発と修練所の建

清平聖地の選

真の父母様は、一九六〇年代から人種と文化、宗教、国境などを超越して、世界の人々 が共に集まって暮らす天一国共同体モデルを立てるため、京畿道加平郡にある清平湖一帯を中心に、多くの精誠を注がれた。特に、釣りとテント生活を通して精 誠を尽くされながら清平一帯の土地を購入し、摂理の基盤とされた。真の父母様は、一九七二年七月十日、清平修練所の前の蔚業山(ウロプサン)の頂上から、 この一帯二十一ヵ所の名前を新たに命名された。裏山である天聖山(チョンソンサン)は本来、長楽山(チョンナクサン)と言い、塀風(びょうぶ)の形をして いる。真の父母様は、山頂から少し下った所にある平地を本殿聖地と定められた。今日の天正宮博物館が建てられた所である。周辺の山野は、修練所を中心に牡 丹の花の形をしており、復帰されたエデンの園を象徴している

1     お父様は、韓国全土の山河をすべて回ってみました。一九六〇年代に皆さんを全国各地に配置して、全国の名山をすべて踏査してみたのです。統一教会の錨をど こに下ろすか、この基盤をどこに築くかを念頭に置いて、踏査しました。良い場所は、必ず湖を挟んでいなければなりません。しかし、東海岸はソウルからあま りにも遠いのです。西海岸は都市が集中していて、干満差が非常に激しく、海水が引けば干潟になり、また泥水なので良くありません。ソウルから(車で)三十 分くらいの場所を探し求めたところ、雪岳面の松山里(ソンサルリ)を選ぶことになりました。その地域は本当に素晴らしいのです。私が清平地域で最も良い場 所に定着したのです

2     お父様がここ清平に来てみると、良い場所でした。ですから、ここに定着して祈り始めました。私が一生の間、精誠を捧げて祈る道をつくり始めたのです。どん なグルーブでも、最高のグルーブは、精誠の基盤の上に立てられています。このようにして、独りで蔚業山の頂上に登って祈ったのが、ついきのうのことのよう です。私は、一握りの基盤しかない人ですが、決心したことで、今までできなかったことはありませんでした。一度やると言ったことは、必ず成し遂げてみせる のです

3     お金は、国家的、世界的で、天的な内容を中心として使わなければなりません。そのように考えるので、父母様は清平に土地を買っているのです。そこに土地を 買うのは、世界のためです。世界のために働ける基盤を築いておくために、清平に土地を買うというのです。今や民族時代を過ぎ、漸進的な世界時代の前に立っ たので、この時代のための国際的な教育機関を造らなければなりません。ですから、堂々としているのです。そのためには、いくらお金を使っても良心の呵責を 受けません

4     清平の地は、世界の祖国の地、全人類の心情的故郷の地にならなければなりません。天地が仰ぎ得る勝利的創造理想を完成させ、天地が連結されて神様の心情を 解怨成就できる地になるだけでなく、世界の故郷の地になり得る神聖な土地になることを祈ってきたのですが、これが本格的に出発できる時点に達しました。で すから、この周辺の八百万坪の土地を買ったのです

山とこの周辺の土地は、私たちの未来の故郷のための地です。すべての信仰者の故郷になり得る基地になっています。今、世界百八十五ヵ国に私たちの基 地がありますが、父母様の願いは、ここをその百八十五ヵ国のあらゆる歴史的伝統を展示できる歴史的な基地にすることです。それだけでなく、この基地で各国 の文化を背景にした伝統を新たなものにすることができ、天との関係をどのように結ぶかを教える修練所、教育場所を用意するのです。そのようにするために準 備した土地として祈っていたことが、そのまま歴史的な事実として連結され得るようになりました。このような世界版図を統一教会がもったことは、驚くべき勝 利の結果であると考えているのです

5     お父様は、よく清平に行きます。待っている人がいるから行くのではありません。誰もいないのです。私が昔、この道を築きながら苦労したその場所が慕わし く、山野が慕わしく、聞こえてきた風の音と鳥の声が慕わしくて行くのです。その流れいく自然の摂理を通して、天の感動的な世界に接触したその気分が慕わし くて行くのです。その慕わしさは、死ぬまで誰も抜き取っていくことはできません

困難な立場で、おなかをすかせた立場で耐え、瞑想をしながら天と共に絆を結んだ、その時間が慕わしいというのです。吹いてくる風の流れを感じると き、それが過去の認識を現実の生活圏内において促してくれるからです。過去に感じたそれが刺激的な動機になったとすれば、現実では生活的な動機として顕現 し得る立場になるので、それを好むのです

6     父母様は、清平の地形が良いことを知り、土地を買い始めました。清平湖を中心として、私たちの修練所を造る場所を準備したのです。今、修練所があるその場 所は、本来、家を建てられる敷地が全くありませんでした。そこには墓が一つと、桑の木が十五本くらいしかありませんでした。清平全体の山野を回りながら見 てみると、そこが中央地帯でした。ですから、仕方なくそこにテントを張り、土地を買い始め、修練所を建てたのです

今まで土地をたくさん買ったのは、今後、ここを国際修練所、世界の若者たちが来て修練を受けられる世界本部のような所にしようという計画があったか らです。ここにあるそれぞれの谷間を、アメリカ村、イギリス村、ドイツ村などに定めるのです。そのようにしておけば、世界の人々がここを誇り、仰ぎ見る、 一つの観光地にもなるだろうと考えます

7     清平は、すべてのものが完全に定着して、新しい出発ができる所です。その名称もそうです。清平の「清」は清いことを意味し、「平」は平らなことを意味しま す。すなわち、清平は清く平らなことを意味するのです。ですから、すべての整地作業ができているので、設計して柱さえ立てればよいのです。いつでも出発で きるというのです

8     清平修練所の前を右に渡っていけば、平らな土地に私たちの別荘があります。その別荘は「天留荘(チョニュヂャン)」というのですが、その裏に行って見れ ば、本当に絶妙な所です。この地域全体が牡丹の花のようになっているのです

平壌に牡丹峰(モランボン)があるでしょう。その牡丹峰はなぜ有名なのでしょうか。牡丹の花を見ると、花びらにぐるりと囲まれたその真ん中に、黄色 (の雄しベと雌しベ)が調和をつくり出すようにして存在しています。それは、種を産む所だからです。平壌の牡丹峰は、そのような地形なので有名なのです

それと同じように、この地域は、天聖山を中心としてそのようになっています。この山を越えると、全く風情がなく、登って見てみれば、好き勝手になっています。しかし、天聖山を塀風として、前に連結されているすべての山野が、牡丹の花びらのようになっているのです

9     清平修練所の前庭から眺めると、川の水が流れているのを感じることができません。川の水がどこから流れてきて、どこに行くのか分からないのです。川の水が 入ってくる道も分からず、出ていく道も分からず、湖のように思えるほどです。そして、この修練所から見下ろせば、それこそ絶景です。ここは、湖畔と山野が 調和した美しい場所として、世界に誇る価値があります。このような景色の良い所に来て修練をしてこそ、修練生たちが山を眺めても、庭を眺めても、高尚な考 えをもつようになるのです。夕暮れの山頂、一番高い峰に沈んでいく太陽や、明け方、高い峰に昇る太陽、その中を飛んでいる鳥、その中で働く人々の風景な ど、このようなすべてが調和するようになるとき、思わず見とれて夢想圏内に入っていきます。空想したり、夢を描いたりもするというのです。これによって、 若い人々の気迫が大きく上昇します

ですから、未来において一度、この水に乗って大西洋を渡り、あの山を越えてヒマラヤ山脈とインドを通過するなど、このようにいくらでも連想できるあ らゆる材料になるのです。人々が景色の良い所を好むのは、新しいアイデア、新しい夢を描けるからです。飛んでいく鶴が一幅の絵のように調和したり、青い湖 に小舟が一艘浮かんでいたりしても、詩を詠むようになります。また、うれしくなれば思わず立ち上がり、拍子を合わせて踊りも踊るのです。そのようにできる 環境的条件を備えた所が清平修練所です

10    清平修練所一帯を見れば、本当に形が整っています。この修練所の裏山全体を「天勝台(チョンスンデ)」と名づけました。そして、裏山は本来、「長楽山」と いうのですが、私が「天聖山」と名づけました。「天聖山」をはじめ、三つの峰があるのですが、その真ん中の峰は「聖」の字を書いて「天聖山」、右側の峰は 「成」の字を書いて「天成山」、左側の峰は「城」の字を書いて「天城山」としました

三つの「チョンソン山」は、それぞれ「神聖」を表し、「完成」を表し、「保護」を表すのです。この三つの「ソン山」を定めるとき、一里以内にこの山 よりも高い山があってはいけないと考えました。さらに高い山がある山脈が、その山並みを伸ばして長楽山を経ていくようになっていてはいけないというので す。それで、お父様が登ってみると、長楽山が高々と直線になっていたというのです。それこそ、本当に形が整っていて、塀風のようになっていました

そして、ここの水は、一日に何百回と、いつでも変化します。これは造化を意味します。造化というのは、希望を意味し、無限を意味し、全体の繁栄を意 味するのです。そのような点から見るとき、この清平修練所の位置は、非常に明堂(ミョンダン)(風水説でとても良いとされる敷地)だというのです

11    清平修練所の前にある湖を「天心湖(チョンシムホ)」と名づけました。そして、前の山は「仙人峰(ソニンボン)」と名づけ、それから「天成山」の右にある 山を「天善山」と名づけました。修練所のすぐ前にある山の名前を、お父様が頂上に登っていって「仙人峰」と命名したのです

そして、ここの修練所の右に、「天聖山」に向かってずっと伸びて上がっている所を「天引台(チョニンデ)」と名づけました。今後、私たちの修練所の 本館を造る場所です。そこは精誠の度数が満ちていて、外国から訪ねてくる特別な人々以外は絶対に入れません。聖域地帯をつくって王宮のようにするのです。 あの山の下には、一万五千坪ほどの平地を造れる所があります。そこから道を造ろうとしているので、神様が導かれるという意味で、「天引台」と名づけたので す。このように、すべてその名前を解き明かせば、理想の園が現れるようになっています

12    世界の人々のために尽くすことができる場所がなければなりません。そこが清平です。この清平の地に国際修練場を造るのです。今後、そこには何を造るので しょうか。私たちの宣教部がある各国のブロック、つまり日本であれば日本ブロック、アメリカであればアメリカブロックを造ります。膨大な地域を買い、アメ リカブロックであればアメリカ人たちに任せるのです。アメリカ人たちが来て修練を受けられるように、アメリカ人たちの趣向に合う村を造ります。各国の文化 を総合できる環境都市、総合村落を造るのです

そして、その中央に私たちの修練所を造るというのです。そうして、外国で苦労した人々は、必ずこの本部に来て修練を受けさせ、本部に来て修練を受け て帰ることを光栄だと思えるようにしようというのです。そのようにするためには、景色が良くなければなりません。そして、外国の人々が韓国に来て巡回する とき、印象に残る所にしなければなりません

清平修練所の建

真の父母様は、一九七一年七月十二日、ソウルの青坡洞と京畿道九里市の水澤洞に続 く、摂理史の完成的聖地として、京畿道加平郡雪岳面松山里山七五の一番地に、清平修練所を建てられた。この修練所は、建坪九十三坪、講堂七十坪で、二百人 以上が寝泊まりできる木造スレートぶきの建物だった。真の父母様は、梅雨期の悪天候の中でも毎日現場を訪れ、一つ一つ監督された。修練所の最初の集会は、 十二日から五日間、二十八人のキリスト教牧師が参加する中で開かれた全国牧師夏季修養会だった

13    清平に修練所を造るとき、二ヵ月ほどかかるところを、八日で完成させました。七月一日に「土台を築きなさい」と言って、二日から建築を始めました。ですか ら、一週間ですべて造ったのです。清平に造った修練所は九十三坪です。修練所の講堂だけでいえば約七十坪になるので、二百人以上は寝ることができます

そのような建物の建築を、一週間でやり遂げたのです。きょうまで入れれば、満十日になります。きょうは一九七一年七月十一日ですが、本来はきのうま でに終えようとしました。ですから、きょうを越えてはいけないというのです。このように、八日間ですべて終わらせ、その次には色を塗るのです。ペンキを 塗って、約三、四日間で飾り付けをします。しかし、その飾り付けは、大げさにするようにはなっていません。なぜなら、今は避難する最中にお嫁に行くのと同 じだからです。美しく装うことなくお嫁に行っても、新郎に会って幸せに暮らせばよいのです

14    清平で修練所を造るのに、天気さえ悪くなければ計画どおりに進行したでしょう。ところが、梅雨になったので問題です。きょうか、あすくらいに作業が終わる と思っているのですが、終わらなくても、あすはキリスト教の牧師たちが集結することになっています。きのうは、雨が激しく降り注いでいるのに、材料を購入 してきて仕事をしなければなりませんでした

そうかといって、電話があるわけでもないので、直接出掛けて材料を購入しなければなりませんでした。仕方なく、お父様が土砂降りの雨を浴びながら船 に乗って出てきました。雨がどれほど激しく降っているのか、船に乗って出てくる姿が、あたかも逃げ出す人のようでした。後ろから機関銃で撃ってくるので、 それを避けるために逃げ出してくる、そのような立場と同じでした。そのようなことが、本当にたくさんあったのです

15    天幕を張っておき、キリスト教の牧師たちを迎えて修練をするのは、私たちの教会で初めてのことです。天気は雨が降ってじめじめしているのに、テントから出 たり入ったりしなければならないので、本当に悲惨だというのです。このような立場で全般的な計画を立て、「一九七一年七月八日までに修練所を建てなさい」 と言ったのです

このような状況で、働く人々を何としてでも集めなければなりませんでした。ですから、今回、約三十人を地方に人事異動するとともに、地区長のもとに あった部長クラスのポストがなくなったので、その人々に対して、すぐに上がってきなさいと伝えました。清平で特別修練会をしながら、彼らに地面を掘るよう に言ったのです

16    清平で働く人々は、今まで数十日間、地面を掘りました。そのようにしながらも、普通四時間から五時間しか眠ることができません。ですから、死にそうだとい うのです。きのうは、私が「負傷者は立ちなさい」と言うと、二十六人中、八人が立ちました。三分の一が負傷者でした。それで状態を見たのですが、ひどい負 傷ではありませんでした。その場は、蕩減する場です。私は今回、地区を新しい編制に改編しましたが、地区で実務の責任をもっていた人々を計画的に呼んでき たのです

17    私は大工ではありませんが、何十年と家を造ってきた人がする仕事も、私がコーチをしてこそ、きちんと仕上がるのです。そのようなことを見れば、専門家とい うのがほかにいるのではありません。深刻な立場でその標準の価値を中心として観察するようになれば、それが合うのか合わないのかすぐに分かるのです。オン ドルを敷くのも、お父様が「オンドルはこのように敷かなければならない」とコーチするのです

ある時は、井戸を掘る人々が来て、井戸をどこに掘るベきかと尋ねたのです。大工たちが仕事を誤って私に厳しく言われ、再び取り外して作業をするのを 見て、自分たちも間違ったら(厳しく)言われそうなので、私の所にやって来て尋ねるのです。ですから、「井戸は、固い土地と柔らかい土地の境目があれば、 その境目が直線に伸びて折れる所を掘れば、水が出てくる」と答えると、「いつ井戸を掘る方法をみな学んだのですか」と言うのです。私が何を学んだというの でしょうか。道理がそのようになっているというのです

今まで統一教会を指導する責任者として、すべての問題を解決してきたことが、今やすべて公式化されています。さっと見て、このようにしなければなら ない、ということがすぐに分かるのです。今はこうだが、結果はこのようになるだろう、ということが分かるのです。見るときは、一ヵ所だけを見るのではな く、全体を見ます。家の敷地をならすときも全体を見てならすのです。すべてがそうです

18    清平修練所の屋根にスレートを載せるのですが、スレートを持ってくるように三日前から契約していました。ところが、その時、連絡を取る人がどこかに行った ので、工事の最終日にもスレートが到着しませんでした。大変なことになったというのです。全国牧師夏季修養会に参加するためにキリスト教の牧師たちが来る のに、その日に終わっていなければ、あらゆるものがすべて崩れるのです

ですから、お父様が追い回しながら、「お金を出さなければスレートを渡すことはできない」と言うところを頼み込み、さらに小型の発動機船を借りて夜 十一時半にようやく修練所に積んできました。それをすべて降ろすと、午前二時半頃になりました。ですから、発動機船は帰らなければならないのですが、既に 夜が更け、通行禁止の時間になっていたので、その主人がここで一晩泊まることになったのです

ところが、その人が寝て朝起きてみると、夜の間にスレートはもちろん、屋根の楝まで載っていたのです。その人は、その時、雨が降っていたので、「臨 時であのように載せておいたのだろう」と考えたのですが、どうしたことか、載せられたスレートの上には、働いている人が一人も見えないのです。夜中の数時 間の間に、完全にスレートを載せて屋根を覆ったのです。ですから、この家には、「お化け屋敷」という別名が付きました

これをよく見てみれば、色を塗っておいたのでよく似合います。また、立って眺めてみると、平たいものがひれ伏して修行する形になっています。ですから、お父様は今後、この地域が世界的に有名になると考えるのです

天宙清平修錬苑起工式と奉献

真の父母様は、一九九七年三月十日、旧・清平修練所一帯に、全世界の食口たちを教育する国際的規模の天宙清平修錬苑(天城旺臨宮殿)を建てる起工式を挙行され、一九九九年十一月七日、完工とともに奉献式を行われた

19    一九九七年三月十日、きょうは清平聖地で天地が記憶し得る場を整え、統一家の新しい訓練道場、あるいは精誠を捧げる聖殿、ひいては天と地が連結され得る一 つの心情的世界を出発する起源地、一つの宮殿と言える建物を造るために、起工式を行う日です。この事実は、歴史的であり、天の摂理史に何よりも重要なこと として記録されるでしょう

この清平聖地は、私には忘れられない所です。現在、造られたこの修練所を中心として、今から三十年前に誰も知らない統一教会という小さな教団をつく り、ここが摂理史において世界万民が仰ぎ見ることのできる超宗教的で超理想的な基地になるだけでなく、故郷の地になることを考えて発表しました。その三十 年前を思えば、感慨深いのです

20    清平の地は、霊と肉を中心として、天地と協力した立場で個人が出生できる基地、家庭が出生できる心情的基地、あるいは国家が出生できる心情的基地、さらに は世界と天地が出生できる心情的基地だけでなく、地上天国と天上天国を建設できる心情の基地になり得る地です

統一教会が試練を克服できる立場に立つとすれば、飛躍的に発展することができます。世界の若者たちが集まって教育を受け、祝福家庭が修練を受けて世 界に前進していけることが、この清平の地で成し遂げられるという事実は、大韓民国のすべての地に代わって誇ることもでき、民族と国家が誇るだけでなく、ア ジアと世界の全人類が誇り得ることなのです

21    きょうは、清平聖地に神様の殿堂を起工する祝賀の日になりますので、この基地が天と地を連結し得る板門店になれるよう許諾してください。分裂した南北を統 一し、天の統一的金門店になり得る表示として、霊界と肉界において善悪を分別することができ、正義の基準を立て得る一つの出発基地を建設する起工式になり ますので、天地全体が祝賀の日として迎え、神様を中心として地上の真の父母と一つになり、心情的土台を準備し、永遠の歴史時代と後続時代を越えられるよう にしてくださり、心情的統一圏を連結させ得る、歴史を代表した伝統か橋梁となれるように祝福してください。万民を兄弟愛で束ね、万国を一つの兄弟国として 束ねて、天地が一つの兄弟国家として、神様と真の父母が統治する、新しい地上と天上の王権時代に進入できる祝福の門を大きく開いてくださることをお願い申 し上げます

霊界に行ったすべての先祖たちが、地上に連結されたその子孫たちと一体化し、平和の世界に向かう統一的理想が日進月歩するよう許諾してくださり、あ なたの願いである長子権復帰を通過し、父母権復帰を通過して、王権復帰時代に全世界を一つの国として抱き得る神様の全体・全般・全能時代に進入できるよう に祝福してください。ここに集まった各国の食口たちが精誠を捧げ、起工式を祝うこの場を喜んで御覧くださり、万国と連結され得る祝福の拠点となるよう許諾 してくださることを切にお願い申し上げます

22    一九九九年十一月七日、天城旺臨宮殿の奉献式に先立ち、天が注視する中、天上世界の祝福家庭と地上世界の祝福家庭が一体となって神様に侍り、勝利の主権顕 現を霊肉で誓い得る、勝利の宮殿の名をもつ拠点を奉献するこの日を迎え、この聖別式を行うようになったことを心から感謝申し上げます

天がこの日を記憶し、天の所有権として決定して、千年、万年、子孫万代が仰ぎ見る基地となり、愛の伝統的霊肉一体心情圏の出発基地としてください。ここが天下に思慕の宮殿となり、愛の宮殿となり、血統的関係を尊重できる崇拝の宮殿になるよう許諾してください

それによって、常に天地父母が中心になり、万世の愛の統治権によって、愛で連結された世界化運動において、聖別拡大のための記念的な一つの起源の地となるよう許諾してくださることを、切にお願い申し上げます

23    韓民族はもちろんのこと、世界に広がっている数多くの国々が一つの血族として単一民族圏を編成し、神様を中心とした自主的な愛の主権世界を建設するために 歩んできたすべてが、国家を越えて世界化時代に先頭の位置に立って模範を示すべき出発の出現基地として、この宮殿を建設いたしました。これを(天の)お父 様が直接主管され、霊界全体が一体化し、祝福を受けた先祖たちと地上の祝福を受けた子孫たちが一つになって、統一天下、平等、平和の世界に前進できる解放 地上天国、解放天上天国の時代を迎えるようにしてください

このすべてのみ旨を引き継いで、万民の胸に生命の絆を通し、愛の血統的な結束を誓う修練宮殿として、お父様のみ前にこの時間、奉献いたしますので、 天上世界にいるすべての霊たちと、すべての存在たちが注目する場において、地上の全世界の人類を代表し、万物を代表し、焦点を合わせた勝利の一つの基地と して、あなたの天の国の王子、王女の権限を備えられる勝利的な人間の解放者たちを養育できる殿堂として、受け取ってくださることを切にお願い申し上げま

天正宮博物館入宮および奉

真の父母様は、神様王権即位式を挙行されたのち、二〇〇一年七月八日に本殿聖地であ る天正宮博物館の起工式を行われた。そして、五年後となる二〇〇六年六月十三日、天宙平和の王真の父母様天正宮博物館入宮・戴冠式を挙行された。真の父母 様のみ言によれば、本殿聖地とは、神様が住める皇宮であり、本然の家である。そして、天正宮博物館は、「二人が正しく造った宮」であり、神様が主権をもっ て、万事を主管できる主人の中の主人、王の中の王となられ、億兆蒼生が永遠に共存、共生できる天国理想圏の本宮である

24    清平に、天の国の王宮を造るのです。国連に加入した国家全体が一つになって、地上に造らなければなりません。ロシアのような国も、王宮を立派に造りまし た。フランスのルーブル博物館のようなものが問題ではないほど、その何倍以上、価値あるものとして精誠を尽くし、永遠の宮殿を造らなければなりません。そ れが、神様のみ前に相続を受けた私たちが果たすべき義務だというのです

25    天正宮博物館は、神様の故郷であり、神様の祖国であり、人類の故郷です。「天正」は、二人が争いを解消してしまったことを意味します。ひっくり返すので す。「宮」の字は、ウ冠()の下に法を意味する「呂」の字が合わさったものです。天の正しい法が、宮を調整するという意味があります。ですから、天正宮 博物館には、勝手に来ることはできません。四位基台の祝福を経て、三代が解放の立場を備えなければ、入ってこられないようになっているのです

26    真の父母様の家庭が、旧約時代、新約時代、成約時代の三時代圏を代表した三代が一つになって四十ヵ国の巡回集会を完結することにより、天正宮博物館に入宮 するようになりました。天正宮博物館に入宫するためには、あらゆる条件から自由になることができるように蕩減しなければなりません。ですから、摂理史と一 致するプログラムが進行しているのです

天正宮博物館の「天」の字は、二人を意味します。「正」は、「止」の上に「一」の字をかぶせておいたものです。正してくれるのです。「正」の字がそ うです。すべてのものを蕩減して、停止しなければなりません。天の統一的な横的基盤、真の父母の基盤を中心として停止し、入っていくべき所が天正宮博物館 だというのです。そうして、今、新たに出発するのです

27    天一国の名を中心として、王権即位式、王権奉献式を終えました。そして、この場は、その王権を代表した天宙父母と天地父母と天地人父母が合徳し、善の王の中の王として、戴冠式を終える場でございます

あなたのみ前に申し上げます。あなたの勝利の基盤を築くため、これまで主管した全体、関わりをもったすべての所有権、すべてのものをみな分け与え、 今や、(天の)お父様のみ前に何の荷ももたないまま、忽然とこの場に立ちました。その代わり、エデンにおいて失ってしまったアダムの血統を取り戻す主人と なられ、カインがアベルを殺すことによって繰り広げられた混乱の世界の中で主人となられて、カイン・アベルがなく、争いがない国を取り戻すための、あなた の天一国理想心情統一圏、統一的家庭形態の世界的版図を、お父様のみ前に整えてさしあげるのでございます。

第一節 民族復帰のための基台を築いた第一次七年路程

真の父母経 目次     第五篇  目次

第二章        七年路程の設定と対外的基盤の拡大   目次

第一節    民族復帰のための基台を築いた第一次七年路

第一次七年路程の出

真の父母様は、一九六〇年の聖婚以降、一九六七年まで民族復帰の基台を立てるために第一次七年路程を設定された。そして、この期間を前半の三年路程と後半の四年路程に分け、総力体制で活動を展開されたのである

七年路程は、神様の摂理に従って、誰もが行かなければならない道である。真の父母様は、七年路程を通して、段階的に蕩減復帰摂理を導かれた。七年路程は、摂理の主役たちが責任を果たせば次の段階に発展していくが、そのようにできないときは、摂理が延長される

したがって、第一次七年路程は、真の父母様と食口たちが緊張した日々を送りながら、摂理的責任を果たそうと努力した期間だった。特にこの期間は、後日、すべての食口が歩むべき典型路程と言えるほど、多くのことが推進され、摂理的な土台が据えられた

真の父母様の聖婚を起点として始まった七年路程は、一九六〇年の七月、全食口一斉伝道活動により本格化した

1     人間は、長成期完成級で堕落したので、完成段階が残っています。その完成段階の期間が七年です。蘇生、長成、完成の三段階の七年ずつをすべて足せば二十一 年、満では二十年になります。韓国の年齢で二十一歳、満で言えば二十歳の時は、人間が成熟期に入る時です。成熟期に入れば、愛の神様が自動的に結婚させて くれるようになっているのです

アダムとエバは、神様を中心として祝福を受け、人類の真の父母として公に約束されなければならなかったのですが、それができませんでした。許されて いない圏内で堕落し、このような段階を残しておいたので、残ったこの七年の恨によって、六千年歴史に千年王国の千年を加えた七千年歴史の恨が残るように なったのです。一年が千年、七年が七千年に延長されてきたというのです。私たちは、これを七年で蕩減するのです。これが七年路程です

2     堕落した子孫として生まれた人間であれば、誰もが七年路程を歩まなければ、絶対に天国に行けません

聖書には出ていませんが、本来、イエス様も二十七歳から三十三歳までの七年間を中心として、第一次七年路程を出発したのです。そして、三十四歳から四十歳までが第二次七年路程であり、もしイエス様が二十歳から出発していれば、第三次七年路程になるのです

そのようにして、イエス様は、四十歳までに世界的な基盤を築かなければならなかったのですが、民族が従うことができずに亡くなったため、それが聖書に七年の大患難として残っているのです

3     皆さんが祝福を受ける位置は、完成した位置ではありません。父母が歩んでいった十字架の橋があるとすれば、その橋をそのまま歩いていかなければなりません。飛んでいくことはできないのです

山の頂上に登るためには橋を通らなければならないというとき、その橋が危険であるとすれば、鉄筋で補完することはできますが、橋の上を通らなければ ならないというのはどうしようもありません。ですから、お父様が歩んだ七年路程は、永遠に残るのです。個人的七年路程と家庭的七年路程は、永遠に残るので

人間は長成期完成級で堕落したため、そのままでは完成段階に上がっていくことができません。堕落線以上に上がって、初めて原罪を脱ぐことができま す。長成期完成級で原罪を脱ぐのではありません。皆さんが祝福を受けようと進み出たのは、完成期完成級ではなく、長成期完成級の位置です

4     七年路程は、神様の息子、娘を決定する期間です。これは、イエス様の解怨成就をしてあげることによって決定します。ですから、私たちが国のために精誠を尽 くし、教会のために精誠を尽くし、民族のために精誠を尽くして、イエス様の恨を総括的に蕩減しなければなりません

父母様に従ってこの七年路程に参加できなかった人々は、誰彼を問わず、いつかはこのような七年路程を経なければなりません。これは公式です。七年路 程は不可避なものです。今後、統一教会に入ってくる人は、七年路程を経なければなりません。七年路程は、誰もがみな、行かなければならないのです

5     皆さんは、七年路程を絶対的に行かなければなりません。イエス様は、三年路程を行く途中で失敗しました。この三年路程を歩み、七年路程を越えたならば、四 十代に越えていくのです。三年路程を歩むことによって、第一次七年路程が三十三歳までに終わらなければなりません

ところが、イエス様はそれを越えることができませんてした。すなわち、第一次七年路程を越えられなかったというのです。第一次七年路程を出発し、三年路程に引っ掛かったのです。したがって、家庭復帰ができませんでした

しかし、統一教会は、三年路程において家庭復帰をしました。今後は、世界的な復帰の役事(働き)をしなければなりません

6     皆さんは、イエス様の恨と神様の恨を解怨してさしあげなければなりません。イエス様の恨が解怨されるまでは、神様の恨も解けません。ですから、まずイエス 様の恨を解かなければならないのですが、そのためには、イエス様に三年の公生涯路程があったように、皆さんも三年間、公的な道を行かなければならないので す。三年間で百二十人を伝道できないでしょうか。精誠を尽くせばできるのです

そのようにしたのち、聖殿を建て、祭壇を築き、祭物を供えて祭司長にならなければなりません。このように勝利したという条件を立てたのちに、初めて 天の息子、娘として祝福を受けることができるのです。ノア家庭からヤコブ家庭の形態を復帰していくのです。そのようになるとき、初めて皆さんは、イスラエ ルの支派のような個別的な一つの氏族の先祖になれます。これが、私たちの行くべき道です

7     統一教会は、一九六〇年から始まった第一次七年路程のうち、三年路程を通過してきました。三数は子女を探すための分別数であり、四数は万物を探して立てる 数です。私たちは、このような一次的な計画において成功しました。この三年間に勝利して、世界に進出する基盤を築いたのです

このような土台の上で、第二イスラエルを探し求めなければなりません。ですから、これから残りの四年は、民族復帰のために活動しなければならない期 間です。力の限りを尽くして、国民と国土を復帰するために活動し、勝利しなければなりません。お父様が歩んできた四十年を、皆さんは四年間で歩むのです

今後、統一教会という看板を外すことも、皆さんの手に掛かっています。統一教会ではなく、統一韓国をつくり、その基盤の上に、統一世界を成し遂げなければなりません。皆さんが責任を果たせなければ、他の民族を動員してでもするでしょう

8     イスラエル民族には、四十年の荒野路程以前に三日路程がありました。この三日路程を経たあとに、ようやくカナン復帰路程を出発できたのです。そして、イス ラエル民族は、カナンに入っても再び四十数を探して立てなければなりませんでした。復帰摂理がこのような路程を経てきたので、今に至るまでお父様も、四十 年路程を経たあとに三年路程を歩まなければならず、四年路程を歩まなければなりません

ですから、私たちは三年路程を歩み、また、四年路程を歩んでいるのです。このような過程を経て、初めて復帰歴史を終結し、天の主権を立てることができるのです

真の父母が中心になって歩む三年路程を経て、万物を復帰する期間、すなわち四方性を備えるための四年路程を経なければなりません。これが七年路程で す。この七年路程で、蕩減復帰を終結していかなければなりません。真の父母を探し出すまでの歴史路程を中心として見れば、三年路程、四年路程、四十年路程 は短い路程ですが、これは歴史的なすべての悲しみを全体的に蕩減復帰する期間であり、歴史的な無念を総体的に蕩減復帰する期間であり、歴史的な十字架を全 体的に蕩減復帰する期間です

9     第一次七年路程の三年は、歴史的な蕩減期間を縮めた最小限の年数であり、個人の蕩減期間です。ですから、統一教会の食口は誰でも、この三年期間を経なけれ ばなりません。心情一体だと語ったので、皆さんは全員、父母様の心情を知らなければなりません。今晩、父母様は何をされるのだろうか、目を開けたまま夜を 明かされるのではないかと考えながら、父母様の立場に立って父母様に似るようにし、父母様の心情を感じてみなさいということで許したのが、この三年という 特赦期間です

三年間、一年に四十日啓蒙伝道活動を二回ずつしても、全体的に見るとき、一年に満たない期間なのに、これさえしないとすれば、話になりません。本 来、この期間は、断食しながら越えなければなりません。ぜひとも、この期間に皆さんが立つ位置を探し出し、信仰の目的を正しく探して立てることを願いま す。もし時を逃せば、そのような位置や目的も失ってしまい、父母様とも無関係になるのです

10    お父様さえ信じていけば、皆さんは押し出されません。三年だけ克服してください。一九六〇年にお父様は、三年間、懲役生活をするつもりで、伝道の任地にお いて僕暮らしをするようにと、皆さんを送り出しました。お父様も、青い囚人服を着て蕩減復帰し、勝利したという条件を立てました。お父様が追われてあちこ ちに逃れていたときがあったので、皆さんも今、追われる環境に置かれなければなりません

そうして、縦的に蕩減すべきことを蕩減できずに残してきた歴史的な恨を、皆さんが横的な道を歩むことによって、蕩減復帰しなければならないのです

11    第一次七年路程は、僕の僕の立場から、直系の子女の立場までの段階を復帰する道です。それゆえ、七年路程の間に、カインを愛するために僕の立場に立たなけ ればなりません。ですから、私たちは、出ていって伝道しなければなりません。原理を中心として心情的に愛してみようというのです

誰それの血統を中心とした息子、娘としてではなく、天情に通じ得る神様の心情的一致点を探し出して愛してみようというのです。また、生活的一致点と 希望的一致点を探し出して愛してみようというのです。神様を中心とする、心情の一致、行動の一致、希望の一致をもって一度やってみようということです

神様の願いとは、世界を取り戻すことであり、神様の行動とは、世界を救う復帰摂理歴史を主張して歩んでいくことです。また、神様の心情とは、愛せない人をも愛することができるようにすることです

12    私たちは、第一次七年路程において六千年の罪悪歴史を終結しようとされた神様のみ意があったことを知っています。また、二千年前のイエス様以降、キリスト 教が血のにじむ殉教の祭壇を築きながら、残された摂理の因縁を終結するために苦労してきたという事実も知っています。イエス様と聖霊はもちろんのこと、み 旨のためにこの地に来て、一時の恨を残したまま、サタン世界を心でのみ踏み締め、志を立てて誓いながら、犠牲の場、あるいは死の場に進んだ数多くの先知先 (先駆けて道を悟った先人、義のために命を捧げた烈士)たちがいることも知っています。このように、歴史の要求は一つの時代と一つの基点に集中し、サタ ンと神様の決戦を提示してきました

それでは、この闘いを終結させる使命を果たすべき責任者とは誰でしょうか。この民族の中で、追われ、追い出されてきた統一の群れが、このような重大 な責任を担っているという事実を、世の中の人々は知らずにいます。しかし、神様は御存じなので、今に至るまで私たちと共に険しい道を開拓し、賛同してくだ さるのです。これは、私たちだけがもった特権であり、私たちだけがもてる誇りです。歴史過程においてこれを感じられる、やり甲斐のある期間が第一次七年路 程です

13    皆さんは、二十一年前にお父様が公式路程を出発した時点に置かれています。お父様はキリスト教から迫害を受け、国から追われ、多くの霊通人から反対を受け ました。しかし、今はそのような時代ではありません。皆さんは、これから国と宗教と数多くの教派と霊通人たちが世界的に証し、歓迎できる時代圏内にいま す。そのような点から見れば、皆さんはお父様より恵まれた立場に立っています

過去においては、活動をしても、まかり間違えばすべてひっくり返して蕩減しなければなりませんでしたが、もはや皆さんにとっては、そのような時代は 過ぎ去りました。すべての条件が良くなったのです。それこそ、蕩減の時代は過ぎ去り、栄光の時代が私たちの前に近づいてくる良い時代だというのです。これ が、子女の立場にいる皆さんに該当する期間です

父母が誤り、人類の前に苦難の基準が立てられました。しかし、お父様が父母の立場で責任を完結したので、子女の立場にいる皆さんは、すべての迫害と讒訴の基準を越え得る位置に出発できるのです。この期間が、正に第一次七年路程です

民族復帰のための基台を築いた第一次七年路

第一次七年路程は、真の父母様が歩まれた路程であり、祝福家庭にとっては模範となる路程であった。一九四五年の光復(失った主権を取り戻すこと)以降、真のお父様は、個人的十四年路程を勝利され、聖婚以降の七年路程から、食口たちが真の父母様のあとに従い始めた

特に、真のお父様のみ言によれば、七年路程の前半三年間は、失ってしまった父母と子 女を探し求める期間であり、後半の四年間は、物質的・環境的基盤の造成と同時に、民族的基盤を開拓するための期間だった。真の父母様の路程に同参する子女 たちの立場での七年路程は、個人の目を完全に開かせ、立ち上がらせ、走らせて、個人が実績を立てながらみ旨の前に栄光の勝利者となることに主眼を置いた期 間であった

14    皆さんが七年路程の期間に果たすべき使命とは何でしょうか。個人的な勝利の主管圏を備えなければならず、家庭的な勝利の主管圏を備えなければならず、氏族 的な勝利の主管圏を備えなければならず、民族的な勝利の主管圏を備えなければならず、国家的な勝利の主管圏を備えなければなりません

しかし、堕落の子孫である皆さんは、自分で七年路程の道を行くことはできません。ですから、神様は、真の父母を立て、霊界と肉界にその道をつくるようにして、皆さんを行かせるのです

15    アダムとエバが堕落することによって、真の父母を失ってしまいました。また、真の子女を先ってしまいました。その次に、万物を失ってしまいました。それか ら、神様を失ってしまいました。失ったこの四つを取り戻さなければなりません

アダムとエバが堕落することによって、長成期完成級から落ちて堕落した人類の先祖になり、堕落した息子、娘になりました。また、万物も堕落圏内において胸の痛む恨をもった万物になりました。人間がサタン主管圏内に入ったので、すべて失ってしまったというのです

統一教会でこのようなことを復帰した基準を立てた時期が、第一次七年路程である一九六〇年から一九六七年までの七年間です。この期間に、失ったものを復帰できる基準に上がったというのです

16    皆さんを、なぜ一九六〇年から第一次七年路程に加担させたのでしょうか。その前から加担させずに、なぜ一九六〇年から加担させたのかを知らなければなりま せん。復帰歴史は、蘇生、長成、完成の三段階を経ていくようになっています。七数を中心として三段階を経なければならないので、二十一数期間が過ぎてこ そ、その基盤が築き上げられるのです

ところで、蘇生期と長成期までは、堕落によってサタンの侵犯を受けた期間です。父母の立場にいる人が堕落したので、蘇生と長成の期間には、父母が果 たすべき使命があります。父母が立てるべき試練と苦痛の基準に、子女たちは参加できません。子女たちは、完成段階に該当する七年の期間に、復帰の道を行か なければなりません。この期間は、サタンの侵犯を受けていない基準で、復帰の道を行ける期間です。この七年の期間に皆さんが苦労したことは、蕩減の内容に なるのではなく、実績として残るのです

17    聖婚式をしたのち、この地上に神様を中心とした真の父母が現れました。歴史始まって以来、悪の父母が生まれたことはありましたが、神様を中心とした善の父 母の基準は、この地上に設定されませんでした。これが設定されれば、サタンは、歴史始まって以来、今まで人類を支配してきたすべてのものを奪われるので す。ですから、サタン勢力は、あらゆる力を尽くして本格的に反旗を翻し、迫害せざるを得なくなります

なぜ聖婚式をしてからも迫害を受けなければならないのでしょうか。それは、聖婚した基準が長成期完成級であり、まだ七年路程が残っているからです。この七年路程をどのように越えるかが問題です。この七年路程を越えてこそ、直接主管圏に到達します

原理結果主管圏を経て直接主管圏まで到達するには、責任分担というものがあります。アダムとエバは神様を中心として、絶対的に一つになれる愛の理想 を備え、それが分かれようにも分かれられない位置にまで進んで、直接主管圏内で神様を中心とする愛を主とした家庭基盤を築かなければなりませんでした。そ のようにしていたならば、その基盤から天地が合徳し、男女が合徳することにより、新しい愛の基盤、新しい生命の基盤、新しい血統の基盤を中心として、四方 に平面的な拡大が展開していくのです

18    統一教会の食口たちにとって、第一次七年路程は、お父様が民族の運命を決定できるアベル的な路程に同参(一緒に参加すること)する期間です。お父様が東に 行けば東に付いていき、西に行けば西に付いていって、皆さんは葉になろうと枝になろうと、落ちてはならず、折れてはいけません。この七年路程は、枯れたと しても、折れない枝と、落ちない葉の立場に立てておくための期間です

ですから、この七年路程の期間に、できれば皆さん全体が動員されなければなりません。この期間には、世界的なサタン全体が集中して攻撃してきます。 その時期が一九六〇年からです。その時は、大韓民国のすべての人が反対しました。お父様を捕まえて投獄しようと、行列をつくって警察署に投書しました。こ のように全体が反対する立場に立たなければ、蕩減にならないというのです

19    第一次七年路程は、お父様の二十一年路程の終局を準備するためにありました。皆さんは個人で第一次七年路程に参加しましたが、世界史的な意義から見れば、 これは歴史的な数多くの人間を代表して参加したのです。その期間に皆さんが捧げた精誠は、決して無駄にならないでしょう。これは千秋万代にわたって地上の 絆として残り、天上に行けば数多くの善の霊たちが賛辞を捧げ得る基盤になるでしょう。このような期間は、地球上に再び訪れることはないのです

歴史の恨を解くために、三千里半島において統一の旗印を掲げてきた私たちは、今まで迫害と非難の矢を受けながら歩んできました。しかし、私たちは、 歩みを止めませんでした。追われ、追い出されても、自身を内的に成長させると同時に、外的に整備することを怠りませんでした。そのようにすることによっ て、今や大韓の三千里半島のどこにおいても、統一教会が行く道を遮る人はいません

どんな銃剣でも遮ることができない基準を立てなければならないという決心が、天的な基準から見るとき、このような途方もない勝利をもたらしました。このような条件を立てたので、それを中心として、新しい歴史を創造することができたのです

20    第一次七年路程の期間に父母様は、家庭的な基準を立て、氏族的な基準を立てながら、教会を通して民族的な蕩減条件を立ててきました。このような内的な基準 は、イエス様の当時に成し遂げなければならないことでしたが、失敗したので、再蕩減したのです。ですから、この七年路程の期間にこれを合わせるために、尽 力してきたのです

21    第一次七年路程の三年路程を通過しながら、皆さんはかわいそうなこの民族に代わって何をすべきなのでしょうか。もう一度、倒れながらでも、走っていかなけ ればなりません。善の世界を建設する役軍(担い手)として準備し、鍛錬する試練の途上において、サタン世界から讒訴を受けない伝統を立てなければなりませ

鍛錬を受ける過程で立てた伝統を、新しい天国理念の世界でも永遠に残る伝統として残さなければなりません。そのようにしなければ、「人生において行くべき道をすべて行った」と言うことができず、人生において果たすべき責任を全うしたとみなすことができません

皆さんが天のみ前に忠誠を尽くすことを願い、天の真の孝子、孝女になることを願えば願うほど、苦痛が伴い、試練が伴っても、それに備えなければなり ません。未来において全人類が「私」の価値をたたえ、万宇宙が感謝する立場に立ち、万宇宙の前に幸福の条件をつくってあげるためには、皆さんがしっかりと 準備しなければならないのです

22    私たちは、「天国を成し遂げた」と言って笑う声が、三千里半島と全地球上に高々と響き渡る、その日のために行進しなければなりません。このような立場にい る私たちなので、休む暇がありません。御飯を食べていても、涙を流しながら痛哭する統一信徒たちにならなければなりません

なぜ、そうでなければならないのでしょうか。神様が願った(地上)天国を築いてさしあげ、イエス様と聖霊がすべては成し遂げることができなかった恨 と、満足に食べることもできずに祭物の過程を経ていった千々万の聖徒たちが、地上天国を完成することができなかった復帰の恨を解いてあげるためです。その ようにしてこそ、彼らが解怨成就されるのです。このような途方もない内容を知り、この途方もない使命を背負った私たちに、休む暇がどこにあるのかというの です。脚が折れるとしても、死ぬとしても、全力を尽くして行かなければならない復帰の道が残っています。ですから、父母様は皆さんに「三年路程を行きなさ い」と命じました

その道を行くときには、誰もが死を覚悟しなければなりません。一片丹心で自分が立てた志を果たすためには、寝ずにおなかをすかせながら、冒険をして でも行かなければなりません。このような事情を展開させたこの師にも、責任があります。ですから、父母様が願うのは、皆さんがそのような立場に立つとき、 誰かに対して不平を言ってはいけない、ということです

皆さんはそのような立場で倒れ、犠牲になっても、嘆いてはいけないというのです。天国を建設するために足場を築く勇士に対して、どうして怨讐の矢が向かってこないでしょうか。どうして怨讐が自らを包囲することがないでしょうか。そのようなことがあり得るというのです

しかし、師のために、神様のために生きる思いは、自分自身のためのものではなく、この民族のためのものであり、世界のためのものです。ですから、その場は神聖な場です。たとえその道が遠くても、近道を探し求めて、喜んで行かなければならないのが、統一勇士たちの歩みです

23    父母様は、イスラエル民族の立場である大韓民国とこの民族が、責任を果たせない立場に立つのではないかと心配しています。皆さんを前に立てて栄光があれは その栄光を先に皆さんに与えたいのです。それを知って第一次七年路程の残りの四年期間を歩まなければなりません。今は皆が疲れてしまいかねない時なので、 さらに奮闘しなければなりません

アダムとエバが堕落して、カインとアベルという実を結んだので、これを、食口たちを中心として蕩減復帰しなければなりません。祝福家庭を中心として 蕩減復帰しなければならないというのです。もし各地域において、他人が行こうと行くまいと忠誠を尽くして進む孝子、孝女の家庭があるとすれば、その家庭 は、その目的に向かって、父母様に代わり、涙と血と汗で民族的な恨の峠を越えていきつつあるとみなすことができます

この民族のために、涙で福を願いながら、一日一日を感謝して暮らす人がいるとすれば、その人は父母様の相対になります。そのような人々によって天的 な歴史が(峠を)越えていくようになります。ですから、第一次七年路程の後半の四年期間、皆さんは責任を果たし、民族的な勝利的主管者にならなければなり ません。そうすれば、民族的な勝利の日を皆さんが迎えると同時に、神様が迎えるようになります

皆さんはこれを知って、「日久月深」(願いが時とともに強くなる様子)で祈らなければなりません。そのようなことが終わったあとは、世界的な勝利的 主管者にならなければなりません。それによって、万民がそのような恵沢圏内にとどまるようになって神様をたたえる時、私たちは初めて解放されるのであり、 「神の日」を完全な勝利の日として立てるようになるのです

24    父母様は、一九六五年十二月三十一日と一九六六年一月一日の両日にかけて、韓国の七ヵ所に聖地を立てました。このような基準を立てて、国家的基準において個人復帰、家庭復帰、氏族復帰が始まったのです

私たちは、神様が取り得る個人的な勝利の基盤、家庭的な勝利の基盤、氏族的な勝利の基盤、民族的な勝利の基盤を備えなければなりません

ここにおいて氏族は、統一教会の祝福家庭を意味し、民族は、このような氏族によって形成された統一民族を意味します。今後、私たちは、統一民族を編 成しなければなりません。ですから、私たちは、韓国でカイン・アベルが立てるべき天的な位置と中心を蕩減して立てなければならないのです。このような使命 分野に向かって総進軍することが、第一次七年路程において果たすべき使命です

25    第一次七年路程出発の最初の年の標語が、「生涯中、最大の実績を残す年となるようにしよう」です。これは男性として、母を探し求めようということです

二年目の標語は、「父の代身者となろう」です。初めてお母様を探し出したので、復帰された天国に向かって、父なる神様の代わりに役事できるのです。これは、お父様の一生について語った言葉です

三年目の標語は、「見せてあげて誇り得る者となろう」です。見せてあげて誇れるのは息子、娘です。これは、皆さんの復帰路程を中心として語った言葉です。ですから、この標語は皆さんの標語と同じです

皆さんは、第一次七年路程を中心として、天のみ前に生涯最高の年にしなければなりません。失われた男性によって失われた女性を探し出す、最高の年にしなければなりません

そうして、神様の代身者になり、見せてあげて誇らなければならないのです

その次には、勝利的主管者にならなければなりません。四位基台を完全に復帰したので、勝利圏を主管しなければならないのです

一九六〇年にお父様が「今回の七年路程が過ぎれば、私が必要とし、私が動かせる完全な基盤ができるだろう」と話したとき、皆さんは夢のような話だと思いましたが、今見れば、その時に話したとおりになっています

26    第一次七年路程を勝利しましたが、父母様は七年路程において血の涙をたくさん流しました。いくら難しいことがあるとしても、夜も昼も一つの目的を達成する ために駆け回りました。「誰々が行かない」と言って恨むこともなく、「友達がいない」と言って恨むこともありません。神様が既に定めた摂理の結果を収める べき使命があるので行くのです

そうして、この世界に広がっている善の結実を収めなければなりません。心情の鎌で刈ることによってこのような結実を収め、分かれた自らを統一し、分離した天情と人情を統一しなければなりません

私たちの体自体は、たとえ切れ味の良くない鎌の刃先だとしても、収穫するときに用いられる道具としての実体にならなければなりません。このような実 体を通して、今日、滅びていく世界を正しく導き、神様の心情を中心として、新しい中心の世界に越えていかなければなりません。それが統一教会員たちの使命 です

27    私たちは、一九六〇年を中心として新しい勝利の基盤を準備することができました。すなわち、二千年前にイエス様が願った基準を、この地上で復帰できる摂理 の基盤を準備したというのです。このような途方もない歴史的な基点が準備できたので、一九六〇年から新しい歴史時代に入るようになりました

第一次七年路程の七年間に、民主主義が世界を収拾できず、共産主義が世界を支配するようになれば、すべて滅びるようになります。ですから、皆さん は、減びつつあるものを栄えさせ得るこの七年の期間を中心として、民族を復帰し、国家的な民族形態を形成しなければならず、ひいては世界が一つになれるよ うにしなければなりません。この七年の期間内に、すべて復帰しなければなりません

イエス様がこの地に来て願ったことは、イエス様自身を中心として、「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」を探し出し、その探し出された「父母の 日」、「子女の日」、「万物の日」を中心として、サタンが讒訴できない絶対的な権限をつくり、神様のみ前に栄光をお返しできる「神の日」を探し出すことで した。

これをイエス様が願ったので、私たちはこの目標を中心として、「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」を立てたのであり、第一次七年路程を越えるために、一九六八年一月一日を「神の日」として設定したのです。

第二節 国家・世界復帰の基台を築いた第二次・第三次七年路程

真の父母経 目次     第五篇  目次

第二章        七年路程の設定と対外的基盤の拡大   目次

第二節    国家・世界復帰の基台を築いた第二次・第三次七年路

第二次七年路程と私たちの責

真の父母様は、第一次七年路程は父母の路程であり、その後、一九七四年までの第二次 七年路程は子女の路程でもあると語られた。特に、この期間の年頭標語である「全面的な進撃をしよう」、「勝利的統一戦線」、「統一基盤確保」、「統一戦線 守護」にもよく表れているように、国家復帰の基台造成のために全力を傾けた期間である

第二次七年路程は、祝福家庭が氏族()メシヤの使命を果たし、先祖の位置を復帰しなければならない期間であった。この期間には、民族・国家復帰の基盤を築くために、まず氏族を復帰しなければならないと語られた

1     一九六〇年から一九六七年までの第一次七年路程では、父母が縦的な基準を中心として勝利しました。ですから、第二次七年路程は皆さんの時代です。ここから は、皆さんが横的に闘わなければなりません。第二次七年路程は長成時代です。歴史はいつでも、二番目を中心として決戦を行いました。それと同じように、韓 国がどうなるかという問題が、第二次七年路程にかかっています

第二次七年路程が終わる一九七四年までには、韓国が統一教会のみ旨に協助しなければなりません。そのようにせずにみ旨を遮り、この原則に符合しなくなるときには、神様が許さないでしょう。このような基盤を中心として、私たちは前進しなければなりません

第二次七年路程が終わる時には、国家基準を越えなければならず、第三次七年路程を越える時には、世界基準を越えなければなりません

第三次七年路程が終わるのは一九八一年です。その時までには、世界基準を越えなければなりません。これは、原理の軌道を蕩減復帰するに当たって、横的に過ぎ去った歴史を再現しなければならないからです

2     第一次七年路程を通して、「神の日」、「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」を成就することにより、イエス様が果たせなかった父母の役割を果たせる責 任基準を立てておきました。その次には、真の父母として責任を果たした勝利の基盤に従って、子女たちもその国を探して立てられる時まで、これを内外で一つ にしなければなりません。そのようにしてこそ、イエス様がこの地上で生きて成就すべきであった本来のみ旨を完結するというのです

真の父母が勝利した基盤に従って、子女たちがその基盤を再び国家基準を越えられるところまで築いていくのが第二次七年路程です。ですから、一九六八 年から七年の期間は、国であれば国の全体分野まで、イエス様当時のユダヤ教が反対し、イスラエルの国が反対した基準を越える期間に該当します

3     一九六八年からは、家庭的な十字架を背負っていく時です。六千年の歴史は、個人的に十字架を背負ってきました。しかし、家庭的に十字架を背負っていくべき期間が残っているというのです

今までその十字架を、誰も背負おうとしませんでした。イエス様も、民族と国家に代わる十字架を背負い、家庭を築いて、世界に向かって進まなければな りませんでした。しかし、民族と国家の十字架を背負って亡くなられたので、再蕩減しなければならないのです。それによって、個人的な十字架の道、家庭的な 十字架の道が残るようになりました。このように、六千年の歴史が険しい峠の道を経てきたので、両面的な蕩減をしていかなければなりません

これをするために、お父様は一九六〇年まで、個人的な十字架の道を歩んできたのです。この十四年路程は、ヤコブが歩んだ十四年路程と同じ期間です。その期間を越えてこそ、家庭を築いて、その家庭の四位基台を中心として地上に定着し、伸びていけるのです

4     一人の完成格の男性の前に、一人の完成格の女性として、お母様を連結させるための期間が第一次七年路程です。この第一次七年路程が、父母様の家庭基準を設 定する期間だというのです。ですから、その時期に父母様が神様を中心として家庭を築いたのです。その時になって、ようやく四位基台の復帰形態として、地上 に一つの家庭的な基点を構築しました

この父母様の家庭を中心として、祝福家庭が完全に団結しなければなりません。家庭を中心として、完全に一つにならなければならない期間が、第二次七 年路程です。第二次七年路程は、父母様の家庭を中心として、祝福を受けた家庭が完全に一つになるべき期間だというのです。完全に一つになって、一つのアベ ル圏になり、民族基準を再び収拾しなければならないのです

5     一九七四年までの第二次七年路程の期間には、大韓民国の復帰と天国基盤をつくらなければなりません。復帰は、霊と肉を中心として行わなければなりません。 ですから、教会的にはみ言を中心として霊的に、世界的には思想を中心として肉的に動かなければなりません。そのため、民主世界がもち得ない勝共思想を、統 一教会が掲げていくのです

これは、モーセが出エジプトをする時、彼らを導いてくれた火の柱と雲の柱に該当します。火の柱と雲の柱を中心として、外においては世界共産圏を屈眼させ、内においては家庭の法度を立てるのです。これが世界舞台に連結されていくようになれば、地上天国が完成するのです

6     男性や女性が復帰されたとすれば、一人の新婦と新郎を迎えなければなりません。そうして、真の父母の位置が決定されれば、この真の父母を中心とした真の氏 族と真の民族を編成して、復帰していかなければなりません。このようにするためのものが第一次七年路程でした

このようにして、民族編成を終えたあと、国家的基準の蕩減条件を立てることによって、国家的な限界線を越えることができる時代圏内に入るのです。こ のような国家圏内から世界に越えていける運勢が私たちの前に近づき、韓国がアベルの立場に立つようになったので、カイン的なサタン世界と神側の霊界が、一 つの国を形成するための統合運動をしなければなりません

世界人類が、このような責任を中心として協助できる新しい時代に入ります。ですから、今から統一教会員たちが行く道には、今まであった哀れで悲惨な歴史過程はないというのです

第二次七年路程において私たちは、世界的な復帰の限界点を越えなければなりません。神様のみ前で、皆さん自身を中心として、民族的な限界点を越えて責任を果たしなさいというのです。そして、祝福を受けた人々はみな、家庭的メシヤの責任を完遂しなければなりません

7     皆さんが今まで歩んできた第一次七年路程は、イエス様を中心として解怨成就するための蕩減復帰の条件として消耗されましたが、これからは、皆さん自身を中 心として蕩減復帰し、自らの願いを解怨成就するための時代に入ります。ですから、皆さん個々人は氏族メシヤになり、世界的な出発をしなければなりません

それゆえ、皆さんがこのような使命をもって世界に向かう道は、神様のみ旨を伝えながら反対を受ける道ではなく、歓迎を受けながら行ける道になりまし た。そのような時代圏内に移されたというのです。これが、真の父母を中心とした世界的な復帰の限界点であり、七年の期間を中心として、その基準を越えるよ うになったのです

8     一九六八年から第二次七年路程が始まったので、その時から子女の路程が始まりました。子女は、父母が歩んだ路程を見本にして歩まなければなりません。失わ れた信仰の子女を復帰し、父母の祝福を受けなければならず、万物の祝福まで受けて使命を引き継ぎ、安息の年を迎えなければなりません。もし、これを一九六 八年からこの七年間でできなければ、二十一年に延長されます

「神の日」は、真の父母様が神様の実体として現れる日なので、人間に屈服しなかったサタンが、神様の実体となった真の父母様に屈服する日だというのです。この「神の日」を立てることによって、天使がアダムに屈服し、カインがアベルに屈服したという条件が立てられました

第二次七年路程は、復帰された長子の立場で出発する期間です。過去には、次子の立場で長子の位置を奪わなければならなかったので迫害を受けました が、今や長子の位置で福を分け与える立場になったので、私たちを憎むこともなく、迫害もしないでしょう。そのような時になりました

今や応じなければ、たたいてでも天の子女として復帰すべき使命が長子にあるというのです。第一次七年路程で父母様がメシヤの使命をもって役事したように、第二次七年路程では、皆さんが氏族復帰のためのメシヤの使命を果たさなければなりません

9     天のみ前から追い出された群れ、天が立てなかった人々を探し出して、彼らを救ってあげるために行く路程が第二次七年路程です。また、イエス様が追い出され ていない立場で探し出したのと同じ基準を立てるために、統一教会の息子、娘たちが出動して第二次七年路程を歩むのです

今は氏族を復帰する時です。父母様が皆さんに「全面的に進撃しなさい」と言いましたが、それは今の時が、イエス様が漁夫を訪ねて弟子にし、教会を築 いて家庭的な基盤を立て、全面的に進撃しなければならなかった時と同じであり、地上でも準備が整い、霊界からも協助するようになっているので、完全な作戦 を行うことができるからでした

父母様は、一九六〇年から一九六三年の間に祝福をしてあげることによって、家庭復帰の基準を立てました。したがって、食口たちも第二次七年路程が始まった一九六八年から三年間、すなわち一九七〇年までにこの基準を立てなければならないのです

10    第二次七年路程では、民族のために忠誠を尽くしたそれ以上の忠誠で、自分の父母兄弟と親戚を復帰しなければなりません。すなわち、氏族全体を神様のみ前に 復帰しなければならないというのです。今まで、皆さんの先祖たちは、神様の全体的な復帰摂理と何の関係もない先祖たちでした

しかし、皆さんが氏族を復帰することによって、真の氏族的な父母の使命を完遂するようになり、霊界の善の聖徒たちも、皆さんと共に再臨復活の恵沢を受けられる特権的な恩賜が広がります。そうして、善の先祖たちが地上に無数に再臨できるようになるのです

そのような時代が来るので、悪のサタン世界は次第に消え、統一の運勢が新しい世界に次第に越えてくるようになります。ですから、原理的に見るとき、私たちの活動いかんによって、一九七四年までに急進的な発展をするでしょう

11    国家的な次元で勝利の基準を定めたあとに、第二次七年路程を中心としては、父母様の家庭ではなく、祝福家庭を立たせました。ですから、国のためにその家庭 がどのように立つベきかを教えてあげなければならず、国のためにその家庭がどのように奉献して、どのように公的な道を行くべきかを、国民に教育しなければ なりませんでした。そのため、祝福家庭全体が動員されました。第二次七年路程は家庭的な路程なので、全祝福家庭が動員されたのです

一九七〇年に入ってから三年間は、全祝福家庭の妻たちが、子女と夫を残して出動しました。お母様と同じ道を行かなければならなかったからです

夫と暮らし、息子、娘を抱えて暮らしていた家庭から離れる時は、夫が怨讐であり、息子、娘が怨讐でした。ですから、あらかじめ怨讐視したのです。こ のように、前もってすべて決定しておいたので、彼らが怨讐として現れたとしても、サタン側になりませんでした。サタンの条件に引っ掛からなかったというの です。それが愛でした

聖書にある「家の者が、その人の敵となるであろう」(マタイ一〇・三六)というみ言が、統一教会ですべて成就されたのです。これは、言葉だけではありません。歴史がそのようになっています

12    一九七四年は、第二次七年路程の最後の年です。内的な第一次七年路程に外的な第二次七年路程を結びつけることを、今まで私たちがしてきているのです。それが一九七四年までです

結局は、統一教会の祝福家庭が第一線に進み出て、総力を挙げてサタンと対決する時期です。ですから、一九七〇年、七一年、七二年のこの三年間、統一教会のすべての祝福家庭の夫人たちは、子女たちと夫、家庭をあとにして出ていったのです

父母様がその基盤を引き継いで、世界的にようやく父母と子女が一つになれる霊的起源を整えたので、その基盤に乗り、アメリカという国を中心として作戦を行うことができたというのです

父母様がアメリカにまで来て、このようなことができるというのは、イエス様がイスラエルの国とユダヤ教と霊的に一つになり、ローマに入城して、死なずに伝道するのと同じなのです

13    一九七四年までの二度の七年路程は、ヤコブの十四年路程に該当する期間です。ヤコブは十四年の期間を通して家庭を探し出し、天地に錨を下ろしました。それ と同じように、統一家が第二次七年路程を経ることによって、家庭を中心として初めて、この地上に完全に錨を下ろすのです

統一教会の祝福を受けた家庭は、どんな家庭よりも幸せで、誰よりも徹底した愛国と愛族の群れであり、神様のみ旨を立てて世界を愛し、人類を愛する群 れであることが公認される時が来ます。そのようになれば、祝福家庭が初めてイスラエルの権限をもって、地上に錨を下ろし、足場を固める時になるのです

第二次七年路程を成功裏に完成すれば、神様の祝福が大韓民国と統一教会に集中することは決定的でしょう。その時は、反対していたイスラエルの国や反 対していたユダヤ教と同じように、反対していた大韓民国と反対していたキリスト教の前に、統一教会が対等な位置に立つのです。対等であるだけでなく、統一 教会が優位に立つようになるので、その教会と国が付いてこなければ滅びる運勢圏を迎えるというのです

14    第二次七年路程が終わる前の三年の期間は、世界的な七年路程に前進するための準備期間です。この第二次七年路程の終わる前の三年路程の期間は、世界的な七 年路程を本格的に出発するための準備期間でした。これは、イエス様が生きていた当時、ユダヤの国を一つにし、ローマの国を一つにできる基盤を連結させると きの霊的基準に代わる立場です

それでは、イエス様の時と今の時は、どのような違いがあるのでしょうか。イエス様の時は国家的時代でしたが、今の時は世界的時代です。そのような違 いがあります。ですから、この三年路程を中心として、民主世界を代表するアメリカに来てこのような基盤を築くことにより、勝利できることを見せてあげたと いう点において、歴史的意義があるというのです

15    アベル世界、神側の世界が民主世界だとすれば、カイン世界、サタン側の世界が共産世界です。私たちがアメリカで勝利して、この第二次七年路程を越えていく ようになれば、霊的基準において世界的なサタン世界は、後退しなければならない段階に入ります

共産世界は、世界的な実体基盤をもっている一方で、私たちは、いまだにその基盤をもつことができていません。そのため、共産世界が私たちに反対して いる立場で、皆さんが知らないうちに、父母様は共産世界と闘える基盤を立てるように急がせていることを知らなければなりません

アベルの立場であるこの民主世界は、共産世界と対立した立場で、霊と肉に分かれているのと同じなので、私たちが霊的な面において占領していくに従い、肉的な面においても、ここに関係をもって勝利し、占領できるようにしていかなければならないというのです

第三次七年路程と私たちの責

真の父母様は、一九七五年から一九八一年までの第三次七年路程を設定し、世界復帰の基盤を築く期間であると語られた

第一次七年路程は家庭的に、第二次七年路程は国家的に、第三次七年路程は世界的に摂理の基盤をつくるための祭物の期間であるため、み旨のためにみな、生きた祭物にならなければならないことを強調されたのである

真の父母様は、第三次七年路程では、内的勝利基盤の上に、実体基準一体化運動を通し て、一つの世界に進むと語られた。内的勝利は真の父母様によって成し遂げられ、外的勝利は子女の立場である食口たちが成し遂げなければならないということ である。真の父母様が主管される内的基準を中心として、全身全霊をかけて実体基準一体化を果たすことを願われたのだった

特に、この期間を土台にいかなる犠牲があるとしても、民主世界を越え、共産圏を越えてこそ、天の勝利圏を立てることができると語られた

16    一九六〇年にお母様を迎えたのは、旧約時代の完成とイエス様の時代の新婦圏を立てたことになります。このようにして、長成期完成級で堕落した基準を越え、世界的完成基準、世界的第三次七年路程を越えていかなければなりません

父母様の家庭を中心として、アダム家庭から蘇生と長成と完成の二十一年の期間、一九六〇年から一九八一年までの三次の七年路程が、地上で必要なので す。その二十一年路程が、アダムの時代、イエス様の時代、再臨主の時代まで、三次にわたって六千年歴史を越えていく条件です。すべて平面的に清算しなけれ ばなりません

17    第一次七年路程は、父母として責任を負う時です。父母の家庭が完全に定着する期間です。第二次七年路程は、子女たちの家庭が完全に基盤を築く期間です。そ して、第三次七年路程は、氏族と民族が定着する時だというのです。この大韓民国が定着するためには、世界が大韓民国のために協助できる垣根にならなければ なりません

18    お父様が地上にいる間に、いかに国家復帰と世界復帰をするかが、私たちの使命です。七年路程は三次にわたって行かなければならないのですが、第三次七年路程までに世界に現れなければなりません

ヤコブが霊的な天使を屈服させ、カイン側の兄エサウを屈服させたのと同じように、私たちは、世界的なサタンを屈服させて、共産世界を屈服させなければならないのです

ヤコブが自分の生命を懸け、死を覚悟して天使と夜を徹して闘い、勝ったのと同じように、私たちも死を覚悟して闘わなければなりません。ヤコブが打た れたのと同じように、統一教会も多くの犠牲を払わなければなりません。そのような覚悟をしなければ、世界を救うことはできないというのです

お父様の一代において、栄光で出発すべきみ旨の道でしたが、キリスト教が信じないことによって、二千年間、イスラエル民族が歩んできたものを、二十一年路程で蕩減してくる道が三次の七年路程です

19    父母様がすべて責任をもって闘って勝った基盤の上に、皆さんが行かなければならない第三次七年路程が残っています

皆さんが七年間、アメリカを中心として思いどおりに活動できる基盤ができています。堕落した立場にいるこの地上の人間を復帰するに当たって、皆さん が世界を代表し、アメリカを天のみ旨の前に立て、世界的な一国を復帰したという条件を成立させることによって、皆さんは神の国の国民になり、神様の息子、 娘になれるのです

このような特権を皆さんに与えようとして設定したのが、世界的な第三次七年路程です。皆さんは、天の国の建国の勇士にならなければなりません。この原理原則を中心として、世界は回っていくのです

20    統一教会は、一九七五年から霊肉を中心とした世界舞台に前進できる時に入っていくようになります。共産世界にまで進撃できる門が開かれるのです。父母様は、世界基準を越える十分な条件を立てました

一九七五年から第三次七年路程に入ります。第三次七年路程の三年の期間に、統一教会員たちは、父母様がアメリカのマディソン・スクエア・ガーデンで行ったように、問題を提示しなければなりません。この三年路程を、皆さんが実際に行かなければならないというのです

21    一九八一年、第三次七年路程が終わるまでに、私たちは、中心と完全に一つになって、自分自身を犠牲にするとしても、感謝する心をもってこの道を突破しなけ ればならない歴史的な課業を背負っています。アメリカという国、もしくはある特定の国が、あるいは世界が突破できないことを、私たちが突破しなければなら ないというのです。一九八一年までにそのような舞台を築くことができるか、これは深刻にして困難な道に違いありません

しかし、神様がいて、原理がそのようになっているので、これはできるようになっているのですが、皆さんがどれほど父母様と一つになっていくかという 問題が、その成否を左右するというのです。皆さんは歩みながら倒れることができますが、父母様がそのようにすることはできません

22    どんな犠牲があっても、第三次七年路程までには民主世界を越えて、共産圏を制圧できる基準を越えなければなりません。このような基準を越えなければ、天の勝利圏を立てることができません。勝利できないというのです

言い換えれば、共産圏の侵犯を受けるようになれば、条件的な侵犯だとしても、それはサタンが侵犯することになるので、私たちは、共産圏を完全に制圧できる基盤を築いて、越えていかなければなりません

このような点において、父母様がアメリカで第三次七年路程を中心として整備作業をしているのは、完全に勝利するためです。上院と下院を中心とした内 的基盤を強固にするとともに、全国を反共体制で強化させて、どのようにして引っ張っていくのか、これは第三次七年路程において私たちが果たすべき使命で

23    父母様は、第三次七年路程において、アメリカを中心とした活動体制を強化しなければならないと考えます。そのようにしなければ、韓国は行く道がありませ ん。ですから、一九八一年までは、世界的基盤を築いていかなければなりません

一九八一年は、三次の七年路程の二十一年を締めくくる年なので、この時までに国を越えて、世界にまで発展できる基盤を築かなければなりません。世界的蕩減路程を経なければ、世界的宗教として登場することはできないのです

神様が統一教会の上で摂理してこられるとすれば、私たちは、必ずそのような条件的な公式路程を通して、行くべき責任を果たさなければなりません。こ の責任を果たすことに、あらゆる精誠を尽くして歩調を合わせなければ、その国の民、その世界の人類になることはできません。ですから今、この闘いをしてい るのです

24    第三次七年路程において活動したと認定を受けることは、この上なく偉大なことです。この期間に氏族メシヤの立場で家庭教会を勝利して進み出るときには、それこそ皆さんは、万世に誇り得る先祖になります

もし第三次七年路程を勝利で終え、新しい国への入籍が行われれば、すべて父母様に付いていくというのです。国境を超越し、すべての氏族と民族を超越 して、そのまま父母様に付いていける特権が与えられるのです。皆さんが第三次七年路程で勝利すれば、世界に現れることができます

いつでも先祖になれるのではありません。驚くべき時代が、皆さんの目前に近づいてきていることを知って、皆さんは第三次七年路程の期間に、精誠の限りを尽くして同参しなければなりません

25    第三次七年路程の期間に、何としてでも世界舞台に向かわなければなりません。神様はもちろん、霊界にいるイエス様や数多くの霊人たちも、「今やここまで来たのだから、もう一歩だけ行こう。あと一歩で越えよう」と言うのです

このことについて私たちが霊界に対して祈るように、霊界でも地上に対して祈っているというのです。ですから、統一されるのです。今までは、私たちが霊界のために協助しましたが、今や霊界が私たちを協助するというのです

26    お父様が一九七一年十二月十八日、アメリカの地に来て感じたその時の心情を、皆さんももっていかなければなりません。お父様がアメリカの地において足を踏 み締めて誓ったのと同じように、皆さんもそのような覚悟をもって、第三次七年路程が終わるまで、影響を及ぼすことができる活動をしなければなりません

ですから、世界宣教に出ている若者たちにも、「責任を果たせなければ帰ってきてはいけない」と言いました。皆さんも、父母様が後援しなくても、自分が責任をもった州で必ず大きな影響を及ぼそうという信念をもちなさいというのです

皆さんは、アメリカのために、そして、統一教と父母様、皆さん自身のためにこのことをするのです。決して後退してはいけません

27    皆さんは、第三次七年路程を歩んでいますが、この路程は一九八一年までです。父母様は、皆さんよりも先駆けて歩みました

今は、お父様個人の責任ではなく、世界的な責任を担っています。皆さんが父母様を「父母様」と呼ぼうとするのなら、この七年路程を経てきてから呼ばなければなりません

その期間に何をするのでしょうか。神様が七千年歴史の中で、万物の復帰、人間の復帰、心情の復帰をしたので、私たちはこの七年路程において、経済の基盤を築かなければならず、人間の復帰をしなければならず、その次には、皆さんの愛を取り戻さなければなりません

28    父母様が第三次七年路程を定めて行ったこととは何でしょうか。復帰の目的完成というその結果に向かって前進を誓い、家庭否定、国家否定、アジア否定、世界 否定をしてでも、第二の推進力をもち得る愛の基点を残そうとしました。それが残るだろうかというのです。そうして、堂々と戻ってこられるかというのです。

戻ってくるとすれば、どんな人として戻ってくるのでしょうか。権力をもつ権威者として戻ってくるのではなく、愛の勝利者として戻ってこようというの です。これこそ、お父様が結論づけた一つの基準でした。それが真の愛です。自分の子女を愛する以上に父母を愛し、父母を愛する以上に氏族を愛し、氏族を愛 する以上に民族を愛し、民族を愛する以上に国家を愛し、国家を愛する以上に世界を愛しなさいというのです。

第三節 四十日啓蒙伝道と全国巡回復興会

真の父母経 目次     第五篇  目次

第二章        七年路程の設定と対外的基盤の拡大   目次

第三節    四十日啓蒙伝道と全国巡回復興

四十日伝道の出

真の父母様の聖婚以降、一九六〇年七月二十日から始まった夏季四十日啓蒙伝道活動は、全国に民族復帰の火種をつける契機となった

全国四百十三地域に六百五十九人が派遣された。ソウルでも家庭訪問と原理講義を継続 し、パゴダ公園(現在の夕プコル公園)など、主要な公園で伝道が実施された。食口たちが真の父母様と共に四十日間、麦だけの御飯を食べながら、あらゆる苦 難と迫害に打ち勝ち、心情的に一体化した期間だった

1     アダムからイエス様までの四千年歴史、アブラハムから今までの四千年歴史を蕩減するための蕩減期間として立てたのが、四十日伝道期間です。このような峠を 越えていかなければならないのですが、行く道は一つしかありません。いくら広く、何千里にもなる道でも、最も早い道は一つしかないというのです。蕩減の道 も同じです

四千年路程があり、四十年路程がありますが、それは四十数を中心とした期間です。この峠を越えるためには、近道を築かなければなりません。この代表的な期間が、四十日伝道期間だというのです

2     夏であれば夏、冬であれば冬を中心として活動した四十日伝道期間が、歴史的な期間になるでしょう

この期間に、皆さんは誰も越えられない峠を越えていかなければならず、誰も行けない道を行かなければなりません。そのようにしなければ、復帰の山頂を越えていくことはできません。これが問題です

この道は、必ずや行くべき道です。生きている時に行けなければ、死んでからでも行かなければならない道です

天の道を訪ねていく人々は、いつでも孤独な人々です。自分の周囲のすべての環境がいくら整然とそろっていたとしても、自分自身が越えていくべき峠に おいて、それを克服できる装備をそろえていなかったり、その山頂より低い基準に立ったりすれば、その人は必ず敗北者の行路を歩むようになります

ですから、責任をもった人々はいつも深刻なのです。皆さんが統一教会の食口の一員として付いていくのは簡単かもしれませんが、責任をもった人々は全 体を率いて導いていかなければならないので、いつも深く眠ることができません。その責任者がどのようにするかによって、勝敗の結果が左右されるのです

3     統一教会は、一九六〇年から本格的に夏期四十日伝道活動を始めました。その理由は、私たちが今日のすべての環境に支配されてここで終わるのではなく、未来 に拡張しなければならないからです。そのために、世界的で全体的な分野に関係を結ばなければならないというのです

活動するすべての存在も、現在、現れたその時代だけでなく、未来を象徴し、世界全体、制限された環境全体を象徴し、過去を象徴して、一つの代表的な表象として現れています

ですから、皆さんは過去を代表しているというのです。歴史時代を代表し、この世界を代表し、未来を代表して生きているというのです。そのような人生を生きる存在が貴いのです

4     皆さんは、夏季四十日伝道期間に麦飯を食べなければなりません。皆さんは祭物にならなければなりません。祭物は、自我意識と所有観念があってはいけないの です。私たちは、僕の位置を経て、養子の位置を経たあと、息子、娘の位置に進まなければなりません。イエス様は祭物として亡くなられました。祭司長になろ うとしたのですが、民たちの不信によって祭物として亡くなられたのです。再臨主は、祭司長の資格で来られます。そうして、子女の位置に進むのです

一九六〇年一月一日の朝、お父様は皆さんに、「三年間、服役する立場に立ちなさい」と言いました

「心では父母の心情をもち、体では僕の立場に立って、血と汗と涙で祭物になり、祭司長の位置に進んで贖罪の責任を負い、息子、娘の位置に進んで父の代身者となってサタンを審判しよう!」

これが私たちの標語であり、実践要綱です。皆さんは父の心をもつた息子、娘として、血と汗と涙を流さなければなりません。血と汗と涙で道をぬらし、血と汗と涙で村と村を連結しなければなりません

5     皆さんが真の父母の息子、娘になるためには、蕩減法を通し、父母の骨髄を通して出てきたという原理的な条件を立てなければなりません。そのようにしてこ そ、息子、娘の位置に出てくることができるのです。このような条件を立てる期間が、一九六〇年を中心に、一九六一年と一九六二年の三年間にわたって行った 四十日伝道期間でした

この期間には麦飯を食べました。なぜ麦飯を食べなければならなかったのでしょうか。この三年間が蕩減期間だったからです

この期間は、父母様の直系の子女を中心として四位基台を復帰して越えていく期間であり、皆さんは父母を中心としたカイン・アベルの関係を立てて、カイン・アベルを一致化させていく期間でした

6     解放以後、民族の哀しい歴史に対して代表的な責任をもち、民族が望む基盤を願ってきた道があるとすれば、それは統一の道であり、そのような集まりがあると すれば、統一教会しかありません。このように歩んできた統一教会なので、滅びることはできません

私たちが伝道に出掛けた時、老若男女を問わず、すべての人に追われました。嘲られる悲しみによって込み上げる涙が露のようにたまり、落ちていくやる せなさを抱いてきたのです。朝日を見つめながら、あすには輝く日の光を浴びる自分の姿を希望とし、きょうは悲しみの日、忍耐の日、きょう訪れる夜は十字架 の時間として、これを克服することを数十年経ながら今まで生きてきたのです

このように追われてきた統一の群れが、何か分かりませんが、韓国で愛国、愛族の群れとして認められるようになりました。私たちが国のために闘い、努力していることが認められたというのです

ですから、今や宗教団体を語るとすれば、統一教会を抜きにすることはできないでしょう。排斥していた群れがひざまずいて、涙で歓迎する基盤を築いたのです

真の父母様の地方巡

真の父母様は、一九六〇年の夏季四十日伝道に合わせ、七月三十日から八月十九日までの二十一日間、ジープ型の車に乗って全国の伝道地域を巡回し、啓蒙隊員たちを激励された。開拓の第一線に立つ伝道師たちは、感激の涙で真の父母様の御一行をお迎えした

真の父母様は、夜が明けるのも気づかずに伝道師たちの活動報告を傾聴し、多くのみ言を語ってくださり、麦だけの御飯を召し上がるなど、食口たちと共に過ごしてくださった。このような真の父母様の地方巡回は、その後も続けられたのである

7     お父様が皆さんを伝道に送り出し、巡回した一九六〇年がとても印象に残っています。最近は、巡回をしてみれば、大勢の人々が「お父様が来られる」と言っ て、通りに列をつくって挨拶します。しかし、それよりも、冷