第六篇 世界巡回と世界宣.... 1

真の父母経 目次.... 1

第六篇 世界巡回と世界宣教 目次.... 1

第六篇、解説.... 1

第一章 真の父母様の世界巡回   目次... 2

第一節    第一次世界巡... 2

第二節    第二次世界巡... 18

第三節    第三次世界巡... 23

第四節    世界巡回中に送られた真の父母様の手... 30

第二章 真の父母様のアメリカ摂理と巡回講演  目次... 49

第一節    真の父母様のアメリカ摂理出... 49

第二節    世界統一十字軍の活... 59

第三節    アメリカ主要都市の巡回講... 65

第四節    「希望の日」韓国大会と救国世界大... 75

第五節    アメリカ建国二百周年の記念大... 83

第六節    アメリカ議会招請講演とウォーターゲート宣... 96

第三章 日本特別巡回と世界宣教師の派遣 目次... 101

第一節    エバ国家、母の国である日本の責... 101

第二節    真の父母様の日本特別巡... 105

第三節    世界宣教師の派遣と受... 114

 

第六篇 世界巡回と世界宣

真の父母経 目次

第六篇 世界巡回と世界宣教 目次

第六篇、解説

神様は、再臨のメシヤをこの地に送って人類を救い、世界平和を実現するための環境 を、あらかじめ造成された。科学文明の発達によって地域間の交流を円滑にし、政治、経済、文化など、全般にわたって宗教的価値を保護し、信仰の自由を基本 権として認める自由民主主義を発展させてきたことが、その良い例である。そして、神様は、第二イスラエルであるキリスト教の中心国家としてアメリカを選ば れた

真の父母様が一九六五年一月以降、世界巡回に発たれたのは、世界復帰のための基台を 造成するためであった。特に、第一次と第二次の巡回が聖地の選定と宣教部の設置、祝福結婚式の主宰など、宣教基盤の準備に重点を置いたものであったとすれ ば、第三次の巡回は、アメリカのキリスト教再建に重点を置いて進めたことに大きな意味がある。第一次の巡回中には、アメリカの四十八の州を巡回しながら、 五十五ヵ所の聖地を選定するなどして精誠を尽くされ、第二次の巡回の時には、アメリカを中心にした世界宣教のため、本格的な準備をされたのである

真の父母様は、一九七一年十二月十八日、ワシントンDCに到着されたのち、まず初め に七大都市講演を通して、神様の摂理国家としての覚醒と、キリスト教の責任を明確にし、共産主義の脅威などについて提起された。この当時、日刊紙に講演会 を知らせる広告を掲載し、イエス様の十字架の死をテーマにした十万ドルの懸賞小説の公募を発表するなど、アメリカ社会に大きな衝撃を呼び起こした。特に、 一九七四年九月十八日のニューヨーク、マディソン・スクエア・カーデン大会と、五万人が参加した一九七六年六月一日のニューヨークのヤンキー・スタジアム 大会、三十万人が集まった同年九月十八日のワシントン大会を通して、神様のみ旨とビジョンを満天下に公表された

真の父母様は、成功裏に進むアメリカ宣教に合わせ、一九七五年二月、日本で開かれた 世界宣教師会議において、世界九十五ヵ国に宣教師を派遣することを決定され、百二十七の宣教国を確定された。そして、各国の世界統一十字軍を動員し、一九 七五年、韓国で「希望の日」晩餐会と救国世界大会を成功裏に開催された

一九六七年六月には、韓国の幹部を帯同して来日されるなど、数回にわたって日本を訪 ね、宣教活動を督励された。また、日本は、一九九四年から九七年までに数次にわたって約一万二千人の女性宣教師を百五十ヵ国に派遣するなど、エバ国家、母 の国としての責任を果たすために努力したのである。

第一節 第一次世界巡回

真の父母経 目次     第六篇  目次

第一章 真の父母様の世界巡回   目次

第一節    第一次世界巡

最初の世界巡回とその意

真のお父様は、一九六五年一月二十八日に韓国を発ち、歴史的な第一次世界巡回路程に 出発された。そして、日本、アメリカ、カナダ、中南米五ヵ国、ヨーロッパ十七ヵ国、中東六ヵ国、アジア八ヵ国の順に訪問され、日本を経由して、十月十日に 帰国された。第一次世界巡回は、モーセの時、カナン復帰のために四十日間、エリコ城を偵察したように、世界的カナン復帰のために四十ヵ国を連結しなければ ならない摂理的意義をもって、行われたのである

1     「世界基督教統一神霊協会」を創立し、政府に登録するとともに、民族的基盤を立てました。今後は、世界的な祭物の立場を立てなければなりません。神様がア ダムに「万物を主管しなさい」と語られたみ言を、お父様を中心に韓国で実現し、それを世界に連結させていかなければなりません

お父様は、堕落以前の基準で祝福の条件を立てました。ですから、霊界は堕落する前の天使長の立場を探して立て、地上は堕落する前のアダムの立場を探 して立てたのです。この基準を立てることにより、霊界は地上を協助することができます。堕落していないアダムに、天使が協助したという条件を立てるためで

それで、世界四十ヵ国を巡回し、二百五十六日目に帰ってきました。四十掛ける六の二百四十に、四掛ける四の十六を加えれば二百五十六です。四数と六数を復帰しなければならないからです。ですから、世界巡回を終えて帰ってきた日の十月十日は、意味があるのです

2     一九六五年の内に、十二ヵ国に宣教に行かなければなりません。それに無理があることは分かっています。しかし、復帰の時期はいつでもあるのではありませ ん。それは、海の真ん中の一点の水しぶきのようなものです。粟一粒のような基準が海全体の価値に相当するような時が、復帰の時期です。その時期は一度しか ありません

人とお金はいくらでもあり、また、あすでも千年後でも、いつでもあります。しかし時はいつもあるのではありません。この時期に宣教に出ていくことに は無理があるというのはもっともです。無理をしないで復帰することはできません。犠牲は当然のことなのです。復帰は、使って余ったものでするのではありま せん。血を天の側に捧げなければなりません。自らの血と力の原動力、これをもって復帰するのです

3     カインとアベルが立てなければならない天的な位置と中心を、韓国で蕩減して立てなければなりません。このような分野に向かって総進軍しなければならないと いうことが、七年路程での使命です。今や氏族基準と民族基準を立て、国家基準を立てて、世界的な時代に越えていくべき時が来ました。今は、一つの国家の思 想がその国に局限される時代ではなく、世界的な問題になる時代です。ですから、統一教会に対する天的な意義がどれほど大きいかをよく知らなければなりませ

私たちは今まで、堕落した世の中に橋を架け、摂理的な基盤を築いて上がってきました。一九六〇年から一九六七年までの七年路程が終わると同時に、統 一教会は世界的なカナン、すなわち世界的なイスラエルに向かって進軍しなければなりません。ですから、これに対する準備のために、お父様は四十ヵ国を歴訪 する際、十四ヵ国に統一教会の宣教部を設置したのです

4     一九六五年から、ドイツの統一食口たちがその近隣の国々に配置され、開拓伝道に出るようになりました。宣教国が十四ヵ国を超えなければなりません。一九六 七年には四十ヵ国以上の基盤をつくり、世界的な作戦を立てようとすれば、そのような材料と計画が必要なので、その国々を訪問したのです

私たちの本郷、私たちの祖国、私たちの世界を成し遂げるために、これは私たちが求めていくべき最後の目的地です。私たちが行くこの道は、間違いなく 神様のみ旨に役立つ道であり、伝統を残すことができる歴史的な基盤を築く道になることを知って、ためらうことなくこの道を行かなければなりません。世界的 な舞台で血と汗を流すことを本望と思って行かなければなりません

5     お父様は、第一次世界巡回の期間に、歴史上、最も多くの波瀾、曲折があることを予想しました。そうでなければ、お父様が行くべきみ旨の道とは違います。押 し寄せてくる台風の中で道を築き、安息をもたらすことができなければならないからです。静かな所で道を築けば、その人は台風を知らない人になります。一気 に押し寄せてくる台風と怒濤の中を、かき分けていくことができなければなりません

六千年間、その波がうねり、人類を襲って死亡の世界に追いやる苦役があったので、その波を静めて、遮ることができなければなりません。ですから、きょうも骨身にしみる心情で、心の真ん中に強い衝撃を受けながらも歩んでいるのです

6     第一次世界巡回路程で、私が世界を見て回って帰ってくる時、心で深く感じたことがあります。今日、世界について「ああだこうだ」と言う人は多くいます。し かし、そのようなことは問題になりません。天が志す目標が重要です。ですから、私たちは、天が願われる立場に立ち、アベル的な基準でカインに代わって祭物 になり、民族的な責任と世界的な責任を果たす世界的な祭物にならなければなりません。国のためにカインを屈服させ、世界のために祭物になろうという立場に 立たなければなりません。そのようにしてこそ、天国がつくられるのです

7     お父様は、世界を巡回するとき、多くの十字架を目にしながら、私の使命はあのすべての十字架をなくすことであると再確認しました。子女たちを通してでも、 なくしてしまうでしょう。キリスト教は、十字架の道理ではなく、復活の道理です。そのような意味で、イエス様は祭物を捧げず、未来の希望の条件として( らが)ゲッセマネを越え、カルバリを越えていったのです

8     統一教会は、多くの困難に遭い、今後、三千万民族(韓民族)が遭遇する困難の峠を先に越えていかなければなりません。それが祭物の道です。祭物となって犠 牲になることによって、死ぬしかない民族を生かすことができ、贖罪することができるのです。祭物になった人が困難な峠を越えながら、先に打たれ、先に犠牲 になり、神様のみ前に血を流すことにより、その恩賜を受けて民族が復帰されるのです。また、それによって、祭物になった人は恩賜を受け、復活することがで きます。統一教会員たちは、そのような道を行かなければなりません。このような使命を若い人々が果たさなければならないのですが、やりたくないと思ってい ます

今回、民主世界を中心として世界を巡回しながら見てみたことは、ほかでもありません。どの国に神様はいらっしゃることができるのか、どの民族を神様 は愛することができるのか、ということを考えながら見て回ったのです。どの民族も、神様を愛さなければなりません。今は、環境的に神様を忘れてしまいやす い社会的条件がそろっています

9     お父様は、第一次世界巡回路程で、四十ヵ国を回りながら、大韓民国のためにたくさん祈りましたが、世界のためにもたくさん祈りました。ある国を訪ねていけ ば、その国の人々は、お父様を大韓民国の人とばかり考えます。彼らのそのような考えが何ヵ月、何日、何時間続くか、それが最も気になりました。歴史的・文 化的背景が異なる環境で生きてきた人を、どのように感じるのか、日本に行く時に最も心配したことがそれでした

お父様が、「私は韓国人であり、あなたたちは日本人だ」という感情をもてば、彼らもそのような感情をもつというのです。そのようになれば、いくら世 界主義を主張しても、世界主義について実感できません。ですから、正にこのような問題に対して多くの祈りを捧げました。他の所に行ってぶつかるのは問題で はありません。最も原則的なことが問題です。日本に行っても、アメリカに行っても、どこに行っても、「他の国」という観念から抜け出さなければなりませ

四十ヵ国、百二十ヵ所の聖地を選

真の父母様は、一九六二年十月五日から七日まで、ソウルの青坡洞一街の旧本部教会を 中心として、ソウル一円に五つの聖地を選定されたあと、そこの土と石を採取され、一九六五年に世界四十ヵ国を歴訪しながら各国の聖地を選ばれた際、そこに 韓国から持ってきた土と石を埋められた。これは、韓国の首都ソウルの聖地を世界に連結し、精誠と勝利の基盤を同等な基準で分配するためであった。そして、 真のお父様は、「三十六家庭、七十二家庭を探して立てて民族的中心をつくり、世界国家型である百二十家庭を立てたため、世界国家摂理時代に入る中で、四 十ヵ国に百二十の聖地が必要だ」と語られた。聖地の選定は、人間が堕落する前に天地万物を創造した基準と同じである。それゆえ、アダムの勝利圏における心 情基準で、天の子女の立場である宣教師を各国に派遣できるようになり、世界的活動基盤が整ったのである

10    お父様の前には、神様の主権、神様の民、神様の地を探し出すべき世界的な使命が残っています。これを中心として忠臣になり、孝子になることが第二の使命であり、聖別をしなくても活動できる環境をつくることが第三の使命です

この三つの使命を中心として、奉献式をしなければなりません。このために、聖地をつくらなければなりません。そうして、これを中心として一つにな り、天と連結できなければならないのであり、そのためにお父様は、神様に代わり、イエス様と聖霊に代わる基準を探して立てなければなりません。そのあとで 初めて奉献式をすることができるのです

11    これから、統一教会の運勢は、国家を経て、世界的な運勢へと成長していくでしょう。もしこの国、この民族が受け入れなければ、世界が受け入れるでしょう。 これから世界万民がもろ手を挙げて歓迎する歓声が、三千万の民族の胸に響く日が必ず来ることを確信します

このような日を迎えるために、韓国に勝利の基盤を整える聖地を選定するようになったのです。聖地の選定は、蕩減復帰の原則によって、または神様の創造法度に従って行うのです

12    統一教会がしようとすることは、イエス様がこの地に来てしようとしたことです。イエス様が探し出そうとした個人完成、家庭完成、氏族完成、民族完成の基 準、すなわち神様が探し出そうとされた家庭と氏族と民族の基準を、私たちが広げてきました。そして、百二十四家庭を韓国の各地に配置しながら、聖地を選定 してあげたのです

その聖地を中心として、一体的な関係を備えていきながら、使命を果たすことを要請しました。このようにすれば、個人的な使命を果たしたことが基準と なり、世界史的な全体の責任を中心として、世界と連結される勝利の時代が訪ねてくるようになります。それで、ソウル地域に東西南北の四大聖地と中央聖地ま で、五つの聖地を選定したのです

このようにして、世界と連結される勝利の時代が来たので、一九六四年十二月三十一日と一九六五年一月一日を期して、ソウルの五ヵ所の聖地から土と石 を採って、外国に持っていく準備をしました。この土と石は何でしょうか。アダムが堕落することによって、神様はアダムだけを失ったのではなく、世界をすべ てサタンに奪われました。しかし、今や神様が訪ねてくることができる勝利的な基盤が整えられたので、地を取り戻せる時代圏内に入ってきました。ですから、 聖地にある土と石は、神様が臨在される基盤になるのです。ですから聖地を宣布したのです

13    聖地を条件にして、三千里半島を愛さなければなりません。この地で暮らしたいと思い、この地で汗を流したいと思わなければなりません。この地に血のにじむ 歴史の伝統があることを知って、父を記憶しなければならないというのです。祝福を受けるのは、途方もないことです。祝福を受けた人は、神様に代わって、 「私が決めれば天宙も従う」という思いをもち、主人として振る舞える人にならなければなりません。このような条件が具備されて、天が私たちを中心として生 活理念を立てることができるのです

聖地と聖物を守ることができなければなりません。これらを守ることに総力を傾けなければなりません。祝福を受けた家庭を貴重に思わなければならない のです。祝福家庭は、皆さんが守らなければならないというのです。高潔に生きて死ぬことができる、神聖な地を探し求めなければなりません。聖地と聖なる民 を、早く復帰しなければならないのです

14    神様と人間と聖地が一致すれば、どのような関係が広がるでしょうか。堕落する前のアダムとエバが復帰された基準を立てることができるようになります。聖地 を選定することはエデンの園で失われた人と地と万物を復帰できる地を備え、人を探し出し、神様と向き合える焦点を決定することです

また、聖地を決定すれば、どのようなことが起きるでしょうか。アダムとエバが堕落する前は、霊界が正に天使世界でした。天使世界は、アダムとエバが 早く完成し、神様の愛を受けられる生活圏内に入ることを願っていました。天使世界は、アダムとエバを協助し、アダムとエバが神様の子女となり、神様を中心 とした家庭を形成して、神様の愛を受けられる平和の基盤を築くことを願ったのです。ですから、聖地は神様から祝福を受けた家庭のように聖別された所なの で、そこに霊界が協助することができるのです

15    今後、民族的な運勢とともに、世界的な運勢が歩調を合わせていく時が来ます。ですから、韓国の首都ソウルで選んだ聖地を、世界的に連結するのです。国内だ けでなく、世界的に連結するのです。このように聖地を選んだ基盤の上に、神様が愛する息子、娘を送れば、神様をお迎えできる基盤を築けるようになります。 そのようになれば、霊界が協助しなければならないのです

世界の国々を歴訪しながら聖地を選定しておき、統一信徒たちを一日も早く配置しなければならないと考えました。ここに配置される人々を、復帰された アダムとエバの基準に立て、今まで霊界が接し得なかった基準を蕩減させるでしょう。そうすれば、地上で横的な闘いを展開できるようになります。天使が堕落 させたので、天使たちがこの地に来てサタンを追放するために、協助しなければなりません。これが蕩減復帰の原則です。霊界を動員し、地上からサタンを追放 しなければなりません

第一次世界巡回で百五ヵ所の聖地を選定しました。聖地を百二十ヵ所、選定しなければなりません。これによって天の領土が生じるのです。このように聖地を祝福することによって、国家主権が天の側に越えてくるようになるのです

16    人を探し出したあとは、地を探し求めなければなりません。お父様が四十ヵ国を巡回した理由は、聖地を選定するためでした。韓国で堕落前の基準を立てたの で、聖地を選定することができたのです。世界四十ヵ国で百二十ヵ所の聖地を選ばなければなりません。百二十家庭は、百二十ヵ国を象徴します。韓国では七十 数を中心として、七十二ヵ所を探し出して条件を立てなければなりません。アメリカよりさらに多くの聖地がなければなりません。聖地が選ばれたということ は、人間を創造する前に地を造ったのと同じ立場です。ここに聖徒が立てば、人間と地が創造されたのと同じです。ですから、天使世界と霊界が協助せざるを得 ません。それゆえ、百二十ヵ所の聖地をもつことは、百二十ヵ国の領土をもったことになるのです

17    百二十四家庭を祝福することによって、イエス様が願われた相対的な理念を取り戻した基盤ができました。それによって、人間をすべて取り戻した基準ができた のです。その次に、万物を取り戻すべき立場に立ちました。このような立場で、四位基台を中心として、世界の国家を代表した四十ヵ国に百二十ヵ所の聖地を定 めました

四十ヵ国を中心とした百二十ヵ所の聖地は、百二十ヵ国を象徴します。それは、お父様が四十歳の時、すなわち一九六〇年に聖婚式を行ったので、四十年 を代表したものです。その四十歳を基盤として、世界的に百二十ヵ国と連結させたのです。四十ヵ国で百二十ヵ所の聖地を選んだということは、世界的百二十ヵ 国と私たちのみ旨が、物質的関係において一致したことを意味します。万物を復帰できる条件を立てたというのです

それによって、統一教会は、神様が取り戻そうとする息子、娘を探し出し、氏族と民族を代表する代表者を探し出し、世界を代表する人を探し出し、万物を代表する聖地を探し出したので、ここから天の国の運勢は、統一教会を中心として回り始めるようになったのです

18    世界的に百二十ヵ所の聖地を選定しましたが、その時、お父様と崔元福(チェウォンボク)、金永雲(キムヨンウン)、崔奉春(チェボンチュン)がそこに参加 しました。摂理的に見れば、崔奉春はエバ国家である日本を代表し、金永雲は世界的な天使長国家であるアメリカを代表する立場で、アダム国家を中心として四 位基台の型が備えられたので、この四人が世界を巡回することになったのです

そこにおいて、男性がエバ国家の立場になり、女性が天使長国家の立場になりました。このように互い違いになったというのです。それは、内的なアダムとエバを象徴的に合わせておいたのです

このように重要な巡回が第一次世界巡回路程でした。その時、世界を巡回しながら、主にその国の中央官庁や博物館を訪問しました。歴史と現実の主権とを結びつけて見てみようとしたのです

そのようにしながら、韓国から持っていった石と土を聖地の至る所に埋めて、その国の石と土を持ってきたのです。韓国から土と石を持っていったという のは、み旨を中心として「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」を定めた勝利的基盤全体を持っていったのと同じ結果になります。それをそこに埋めたとい うのは、その国に福を運んであげたのと同じです。また、そこから持ってきたというのは、韓国がその国とやり取りできる恵沢圏内に入る道を開く基盤になると いうのです

19    お父様は、なぜ世界を巡回したのでしょうか。今まで勝利した基準を、世界的に分配してあげなければならなかったので、世界巡回を行ったのです。韓国で成し 遂げた使命は、韓国を中心とした勝利的基準なので、それを世界の全人類に分け与えなければなりません

聖地を決定すれば、堕落する前の天地が生じた基準と同じです。人間を創造する前に、万物が生じたのと同じです。ですから、霊界が地上に役事(働き) する基台が成立し、そこにアベル格であるアダムの勝利圏、堕落していない心情基準をもった私たちの天の子女を送れば、その人を中心として、み言の実体再創 造と心情基準の出発が成し遂げられます。それで、世界的に宣教師を早く送ろうとするのです

20    お父様が聖地を選び、祈ることができる地を定めておきました。追われ追い回されるとき、祈る所がなかった私たちにとって、神様のみ前に訴え得る聖地が選定 されたということは、歴史的であり、世界的な勝利の立て札を立てたことになります。このような基準を拡大するために、一九六五年に世界を歴訪しながら、四 十ヵ国に百二十ヵ所の聖地を選定しました。多くの経費を使いながら、様々な国に聖地を選定し、そこの石と土を韓国に持ってきたのですが、(それは、)その ようにしなければならない神様の摂理があるからです。このようなことは、歴史にないことです

このようなことをするのは、天地の運勢に拍子を合わせ、神様の摂理的なプログラムに合わせるためです。四十ヵ国、百二十ヵ所の聖地は、神様の選民圏 を守ってくれる地です。この地は、肉身をもった人々が守れないとしても、霊界の霊人たちが守ってくれます。神様が共にいらっしゃることのできる立て札を打 ち込んで闘える基盤をつくり、民族復帰運動の闘いを勝利に導く基点を立てるためのものなのです

21    私が聖地を探し出すのに一番難しかった所は、レバノンのベイルートでした。ベイルートの海辺は、軍隊が守っていました。軍隊が守っているのに、午前三時に 月と星が輝く天を見ながらそこに向かい、ベイルートの海岸地帯に聖地をつくりました。中東で聖地をつくった所が、レバノンとシリアです

シリアの聖地とレバノンの聖地をつくるために、夜にこっそりと、誰にも分からないように四人が入って聖地の選定をしました。そして、イスラエルのエ ルサレムまで行って聖地をつくりました。闘いの中でも、これほどの闘いはないという激戦の途上で、聖地の境界線をつくったのです

22    シリアに行って聖地を選ぶときは、七時間以上かかりました。ですから、世界の聖地の中で最も印象に残っている所がシリアです。そこに行った時、東ヨーロッ パを中心とした国際博覧会が開かれていました。そこで、ソ連の衛星国家が自国の産物を展示していました。私はソ連の展示館に入ったのですが、その時の印象 が忘れられません

昼には聖地を選ぶことができず、夜に選んだので、多くの時間を消耗しました。昼に道で立って祈るキリスト教徒がいれば、人々が石でたたき殺そうとす るのです。それで、一緒に座っていたセルビア人の助けを借りて聖地を選定しました。このように聖地を選んだのが、ついきのうのことのようです

23    お父様は、私たちの教会がある所に行くたびに、「これからアベル的な存在の基盤を復帰しなければならない」と祈ります。このための摂理的な計画によって、聖地を選定してきました

聖地を選定することは、環境復帰の基盤を整えることでもあります。ですから、それぞれの場所にアベル的な財政支援をしなければなりません。それで、 訪ねた国ごとに貯金をしてあげました。アメリカに行けばアメリカのお金で、日本に行けば日本のお金で、ドイツに行けばドイツのお金で、預金通帳をつくって あげました

その通帳に預金できるというのは、子女が、万物と向き合える心情的な関係に同参(一緒に参加すること)できる特権を父母から付与されたのと同じで す。皆さんがお父様の行く道に同参するのは、世界史的な誇りです。それは、物質復帰のためのアベル的な祭壇を築くときに重要な条件になります

24    世界四十ヵ国の百二十ヵ所に設定した聖地では、火が消えてはいけません。そして、韓国が一つの放送局になり世界に電波を送らなければなりません。韓国から 電波を送れば、世界の聖地でその電波を受信し、天のみ前に感謝と頌栄を捧げることができるのです。聖地は、神様の地上の哨所(先鋒の施設)であるにもかか わらず、その哨所を守る人がいません。統一教会の預言者や食口たちは、神様のみ前に悲しみの群れとなってはいけません。聖地に対する神様の思いはこの上な く深いのに、子女たちが現れないので、神様の心はどれほど悲しいでしょうか。聖地に対する神様の悲しい気持ちに対しては、皆さんが謝罪することもできます が、神様のみ前に忠孝の道理を立てると約束しておいて、その約束を履行できず、神様がそれによって悲しみを感じるようになるときには、取り返しがつかなく なります。このようになれば、再び忠臣、烈女になることができないのです

日本第一次巡

真のお父様御一行は一九六五年一月二十八日、第一次世界巡回の最初の地である日本の 羽田空港に到着し、日本の食口たちから熱烈な歓迎を受けられた。この日、日本の本部で歓迎大礼拝が行われた。翌日、真のお父様は、統一旗を日本教会に授与 され、統一教会の印を押したハンカチを全員に下賜された。その後、東京と名古屋などの地を歴訪しながら聖地を選定され、二月十二日の午前、アメリカに向か われた

25    お父様は、日本を離れてから二十年ぶりに日本に来ました。日本についての思い出がたくさんあります。命を懸けてこの道を出発し、今まで歩んできました。何 度死ぬ覚悟をしたか分かりません。悲惨な死の状況に直面したときに、どのような態度を取るかを決定してから出発したのです。私が韓国で今までこのようなこ とをしてきたのは、食べるものがなかったからではありません。名誉に駆られてではありません。誰かが慕わしくてではありません。ただ、神様と神様の心情を 知っているからなのです

26    世界の人類全体ができないことを、日本の国民が先頭に立って行えば、日本の国民は世界をリードする国民になります。そのような人格にふさわしく、そのよう な理念をもって、神様の心情を体恤しながら暮らす人は、神の国に残り得る天国の民です

まず、日本を復帰しなさいというのです。お父様以上に国を愛してください。お父様が愛する以上に世界を愛してください。お父様が愛する以上に父なる 神様を愛しなさいというのです。もし、皆さんの前でお父様が倒れても、泣いてはいけません。お父様が愛する神様を誰が愛し、お父様が愛する人類を誰が愛 し、お父様が愛する天宙を誰が愛し、お父様が担っている責任を誰が担うのかというのです。そのように愛することができない立場で、神様に嘆いてはいけませ ん。これが、皆さんに残したい言葉です

27    お父様は、皆さんに会い、皆さんの苦労をたたえ、涙で「立派だ」と言ってあげたいのですが、まだ言うことができません。闘って疲れている皆さんに、「さら に行かなければならない」と言いたいのです。私たちの道は、世界的な城壁を積み上げていくものです。それは、私たちの血と肉で積み上げなければなりませ ん。(ですから、)皆さんに「十字架を背負いなさい」と言うのです。死ぬ場に出ていきなさいということです。神様が闘志に満ちた心情をもつ勇士を送り、 打ってまた打っても終わらないサタン世界です。六千年の怨讐です。人類の怨讐であるサタンをこの手で屈服させなければなりません。私たちが神様の子女とし て生活してきた忠孝と、私たちが残した功績に対して、すべての万物が公認しています。その公認の価値は、いかなるサタンでも讒訴できません。このような立 場に立って闘う一人の人が日本にいるとすれば、神様は日本を捨ててでも、その一人を選ぼうと言われるでしょう。世界にそのような一人がいるとすれば、世界 を捨ててでも、その一人を選ばれるのです

28    お父様は、日本の地に足を踏み入れたとき、心の中で「神様の心情にふさわしい、真をもった私を迎え入れる人がいれば、その心情を神様が記憶してください」 と祈りました。私は、いまだに行かなければならない十字架の道を残しています。この十字架の道で、兄弟たちの迎え入れる心が衰えることはないと感じまし

私たちは、神様の世界、希望の一つの世界、神様が理想とされる目的の地を建設するまで、涙で歩まなければなりません。歩む道には、蕩減もあり、茨の 道もあり、崖道もあるでしょう。一発の砲弾となって敵中に飛び込んでいかなければならないこともあるでしょう。しかし、私が逝ったあと、「誰がこの心情を 引き継いで歩んでくれるのか」と尋ねる神様を刺激できる勇猛な心をもって歩む人がいるとすれば、その人は人生路程における勝利者です。私たちはいつでも、 「神様の目的に応えているか、その真ん中に立っているか、すべての生活がその目的に向かっているか」と、自らを分析してみなければなりません

そこには、神様の願われる世界だけが存在しなければならず、神様との関係だけが存在しなければならず、その意味だけが存在しなければなりません。神 様に対する希望、神様に対する事情と心情だけが存在しなければなりません。神様を中心とした独立性と融合性、統一性だけが存在しなければならないというの です。そのような人間になれば、その人は世界をリードすることができます

29    私たちは、日本に与えられた使命に対して、責任感をより強くもたなければなりません。天を代表する人に、「平安に暮らしたい」という考えは決して許されま せん。神様がどんな願いをもっているのか、直接体験しない限りは分かりません。自分が死ななければ、その心情を知ることはできず、苦労を通してのみ、それ が初めて分かるのです。神様の心情の中に生きる人にならなければなりません。お父様は、全世界が反対しても、必ずこの道をかき分けていくでしょう。一人で も闘うという決心が既にできているのです

北米巡

真のお父様は、一九六五年二月十二日、アメリカのハワイ、ホノルルを経由し、十三日 にサンフランシスコ国際空港に到着された。そして、三月二十九日までの四十三日間、アメリカの四十八の州を走破される旅程の中で、五十五の聖地を選定され た。また、三月三十一日に再びワシントンDCに到着したのち、三ヵ月間の滞在中、アメリカ全域にわたる宣教基盤の確立と、世界十二ヵ国の宣教地のために陣 頭指揮を執りながら、具体的な方法を練られた。そして、二十一日修練会などに参加した食口たちに、多くのみ言を語られた。六月二十五日には、ペンシルベニ ア州のゲティスバーグで、アイゼンハワー元大統領を表敬訪問し、会談された

30    お父様は、外国人はあまり泣かないと思っていました。ところが、アメリカに行ってみると、むしろもっとよく泣くというのです。私が何時に到着するか分から ないのに、その日に来るという知らせだけを聞き、飛行場に来て一日中待っていたのです。待ちわびて気持ちが高ぶっていたのか、お父様が到着して飛行場に ゆっくり現れると、待っていた人々の中には、泣く人、笑う人など、様々な人がいました

文化が違い、歴史が違いますが、同じ統一教会員になってみると、笑うのもみな同じであり、泣くのもみな同じでした。笑うときに歯が見えて、泣くときに涙を流すのも、韓国人と大差なかったというのです

31    私はアメリカにおいて、四十三日間で四十八の州を巡回しました。一日に七百キロメール以上、車で走らなければなりませんでした。サンフランシスコでは、ツ インピークスという名の聖地を選定しました。母の聖地と父の聖地です。アメリカ全体で、五十五ヵ所の聖地をつくりました。その聖地を守る人がいません。聖 地を守る人がいないので、統一教会が発展できないのです

一週間のうちに、東部で大会を行い、西部でも行いました。三日に一度ずつ、東西を行き来しながら行ったのです。車に乗って、ロッキー山脈を一週間に一度ずつ越えました。アメリカに愛国者がいたとしても、私に学ばなければなりません。私の記録を破ることはできないのです

エピソードもたくさんあります。ホテルに行って眠るのではなく、車の中で眠り、砂浜があれば砂浜で眠ったりもしました。眠りから覚めて、寝袋から顔を出すと、星が光り輝きながら「ぐっすりお休みになりましたか」と言うのです。そのような時でも、夢を多く抱いていました

32    アメリカの四十八の州を回る時、食パンとベーコンだけを持って回りました。それを一食に一切れずつ食べたのです。パンとベーコン、それからキムチです。若 い人なら一食に三つずつ食べても足りないのですが、一つずつしか食べませんでした。逸話がたくさんあるのです

夜十二時頃になると、早朝五時に起きなければならないので、三時間眠るためにホテルに行くことはできません。ですから、「車が故障した」と言って、 道端に車を停めて休むのです。道端で一眠りすればよいのです。四人なので、ホテル代が一人、八十ドルだとすれば、三百二十ドルを節約できます。それだけあ れば、一週間食べて暮らせるというのです。そのように節約しました

そのようにしながら、いくら大変でも、一日に七百キロメートル走らなければなりません。千三百キロメートルまで走ってみたこともあります。そのようにして、四十三日間で四十八の州を巡回したのです

33    お父様は、アメリカに行った時、民主主義思想を基盤としてつくられたアメリカ文化を見て回りながら、「全世界に号令をかけることができる中心本部が正にこ こだ。これから創建する新しい文化世界は、ここを踏み上がることができる世界でなければならない」と考え、そのために祈りました

なぜ、ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルを誇るのでしょうか。これは、流れていく一時代の自慢の種にはなり得るかもしれませんが、新しい世 界を創建するときには、一つの立て札にも、塔にもなれないのです。新しい福地の文化を中心として、新しい世界、新しい歴史を創建しようとされる神様の願い は、それよりもっと高い境地にあるというのです

34    アメリカがいくら暮らしやすいといっても、神様の本然の心情を中心として見るときには、神様の喜びの資料になることができず、栄光の象徴に近づくことがで きずにいます。このように、アメリカの天地が悲しみと嘆息のどん底に引き込まれていくのを神様が見るとき、唖然としてしまうというのです

ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルに行って祈ったことがあります。アメリカの燦爛たる文化として造り上げた、世界で最も高いというビルで す。「このニューヨークの地で、お前を中心として天と縁を結ぶ人々がどれくらいいるのか。お前にも蕩減の道を歩ませよう」と考えました。ニューヨークの地 をいくらくまなく探しても、神様と本然の心情に通ずる真の父母がこの地上に来られるとき、真の血縁的な絆を結んで息子、娘になれる人がいませんでした。 ニューヨーク市民の中で、一人でもいるかというとき、いなかったのです。アメリカ国民をくまなく探し回っても、いませんでした。アメリカ人が住む前から、 アメリカの主人は神様です。インディアンが住む前から、神様が主人なのです。したがって、神様が最も愛する人が、アメリカの主人になるのです

35    今日のアメリカ合衆国は、二千年前のローマ帝国と同じ立場にいます。「二十世紀のローマ」と言えるアメリカは、自分たちの文化ばかりを誇っていた一世紀の ローマのようになってはいけません。また、他国を支配するためだけに苦心する国であってもいけません

神様の祝福は、絶対的に公的なものです。その祝福は、ある個人だけのためのものではなく、またある家庭だけのためのものでもなく、ある国家だけのた めのものでもありません。また、世界だけのためのものでもありません。神様の祝福は、宇宙全体のためのものです。アメリカの兄弟姉妹の皆さんは、神様がこ の地の上に大きな祝福を下さり、この場を準備されるまで、どれほど多くの苦難に遭ってこられたのかを知らなければなりません。今や、偉大な理念が本当にこ の地上に誕生しなければなりません。世界人類は一つの兄弟であるという、偉大なイデオロギーが誕生しなければならないのです

36    私は、韓国を愛しています。しかし、私の使命は、韓国よりもつと大きく、世界的なところにあります。私の祈りと関心は、韓国を越えて全世界に集中していま す。同じように、アメリカの兄弟姉妹たちも、アメリカだけのために祈ったり、あるいはアメリカに対してのみ関心をもったりしてはいけません

皆さんは、アメリカの人々だけのために十字架を背負ってはいけません。全世界のために十字架を背負わなければならないのです。アメリカだけのために 泣いてもいけません。涙を流すならば、世界のために涙を流さなければなりません。皆さんは、全世界のために血と汗を流さなければならないのです。世界を愛 するがゆえに、アメリカを愛するという立場に立たなければなりません

37    一九六五年にアメリカに行った時、アイゼンハワー元大統領に三大条件を実践しなさいと話しました。歴史的な問題、宗教的な問題、そして、思想的な問題をど のようにするのかについて尋ねました。初めは、面会時間が五分間と定められていました。ところが、二十分超過したのです。「帰る」と言うと、彼は名残惜し そうにしながら、私を二階に連れていき、自分の生活館を見せてくれました。そして、彼は、自分の一世一代の忘れ難い記念品をくれました。また、チャーチル やスターリンのような人たちとどのようにしたということなどを誇つたりもしました

統一教会は、アメリカを第一飛行場にしなければなりません。そして、統一教会の一人の青年が現れ、全世界に向かって何かを語ったとき、「事実がそうである」と人類が共感すればよいのです

38    私はアイゼンハワー元アメリカ大統領に会い、「六・二五動乱」の参戦問題を中心として話をしました。「民主世界が作戦を立てて共産世界を防ぐ立場に立たな ければ、民主世界が共産世界に勝ったとしても、共産世界はイスラーム圏を通して、再び民主世界に対抗してくる」と言ったのです

サタン側である左翼は、外的な共産世界と内的な宗教型(イスラーム原理主義)を中心に一つになっているのですが、神側の立場にある右翼は、外的な民 主世界と内的なキリスト教が一つになれませんでした。神様が六千年間計画した人を送るために準備したアメリカが、右翼的な立場で天を擁護しなければならな いにもかかわらず、カイン圏と手を結んで同調するというのはあり得ないことです

アメリカは、民主世界の主導的な責任を担って今まで歩んできました。アメリカ国民は、神様がアメリカを二百年間、無限に祝福してくださったことを知 らなければなりません。サタン世界のものを奪い返して与えたのです。サタン世界を凌駕できる力を与え、次に、怨讐の国民よりも大勢の国民をもたせました。 その次に、物質主義が問題になることを御存じの神様は、物質主義を防止できる祝福をアメリカに下さいました。アメリカは、右側の強盗の責任を担当し、どん なことがあっても神様を擁護し、キリスト教を擁護し、物質中心の生き方になることを防ぐために最後まで責任をもたなければなりません

中南米、ヨーロッパ、中東巡

真のお父様は、一九六五年七月三日にパナマ、四日にコロンビア、五日にチリ、七日に アルゼンチン、八日にブラジルなど、中南米の五ヵ国を歴訪された。そして、七月九日にブラジルを出発し、アフリカのセネガルを経由して十日、ポルトガルに 到着され、八月二十四日までヨーロッパの十七ヵ国を巡回された。続いて、八月二十四日にギリシャのアテネを出発し、エジプトのカイロに到着したあと、九月 六日まで中東六ヵ国を歴訪し、世界の食口たちを激励された。特に八月三十一日、エルサレムの聖地巡礼の際、イエス様がゴルゴタの山頂まで十字架を背負って 登られた路程を回想しながら、哀切なその事情を酌んで深く慰労された

39    お父様がブラジルに行ったとき、現地の言葉も話せないある日本の食口が、神様のみ旨を伝えるため、若い年齢でありながら、自ら進んで十字架を背負うのを見 ました。その荒地のような場所に行って苦労しているのを見て、心が痛みました

心情の世界は、国境と武力で遮ることはできず、いかなる思想も遮ることができません。その人は、既に日本人ではありませんでした。韓国人より、もっ と心情的でした。たそがれ時の飛行場に立ち、飛び立つお父様を涙で見送るその忠誠にあふれた姿を、私は今も忘れられません。世界に向かって祭物として訪ね ていく、その涙の基盤の中で統一の役軍(担い手)に出会うことができなければ、このみ旨と使命は民族的なものにしかなれないというのです

40    ヨーロッパを巡回しながら祈って考えてみましたが、アルプスを越えるのは問題ではありません。ヒマラヤを越えるのも問題ではありません。それ以上の困難な 所、最前線に行って闘うのです。これがお父様の作戦です。この道は復帰の道なので、原理原則に合わなければ解けません。私たちは、切迫した時を迎えていま

共産党がどうして「自分たちの怨讐は宗教である」と言ったのかというのです。「宗教の怨讐は共産党である」という世界的命題のもと、私たちは闘っているのです

41    ローマのバチカン宮殿の前で神様に祈りを捧げました。「神様、二千年の歴史をもち、六億以上の信徒をもつ教会がここに建つています。しかし、彼らがどのよ うになるかを考えるとき、心配せずにはいられません。数え切れないほど分裂した教派と教団を、父なる神様が願われるとおりに、一つに統一いたします」と 祈ったのです

そこは、ヨーロッパ文明の総本山の地であり、また集結地です。ヨーロッパ文明の真髄が集まっている所です。しかし、神様が私と共にあるので、今に見ていなさいという気持ちで祈りを捧げました。真と偽りがぶつかれば、偽りが砕けるのが原理です

42    ナセルを中心として軍部が治めているエジプトを訪問した日は、エジプト軍創設記念日でした。それで、その国の軍事規模など、いろいろなことを調べたのです が、エジプト軍も最新型の武器で武装していることが分かりました。それから、エジプトの首都カイロでは、彼らの工業や産業の発展状況を見ることができな かったので、カイロから四十里以上離れたアレクサンドリアに行って、彼らの産業と工業の発展状況を見たところ、エジプトがいくら大きなことを言ってもかな わないだろうと思いました

見てみると、その時のエジプトは、イスラエルより十年ないし二十年は遅れていました。ですからお父様は、「エジプトが東西冷戦を利用して計画したことが、第一次は的中して発展したが、今や方向転換しなければならないだろう」と思って帰ってきたのです

43    お父様は第一次世界巡回の時に、シリア、イスラエル、ヨルダンを中心として、中東一帯を注意深く調べてみました。それは、彼らの背後にいる霊人たちがどのように動いたかを知りたかつたからです

また、新たに入ってきたイスラエル民族には、「野営地」とも言える彼らの収容地があります。この民族は、主権を復帰しようという復古思想をもち、昔アブラハムが祝福を受けた地を再び訪ねてきたのです

このようなことを見るとき、イスラエル民族からその選民思想を抜き取ることはできないと感じました。彼らの選民思想は、彼らがどのような環境に追い込まれても、終始徹底しているというのです

44    お父様がエルサレムを訪問した時、イエス様がゴルゴタの山頂まで登っていく途中で倒れたという所に、立て札が立っていました。三回も転んだというその場所 を見つめながら、「イエス様は、このような蕩減の道を通っていったのだ」と思いました

その場でお父様は、「暗黒のような二千年前に、新しい天的な使命を背負い、砂漠と荒野のような、このまっただ中に訪ねてこられたイエス様の事情は、 どれほどやるせなかったでしょうか。しかし、大きく豊かな多くの民族をすべて押しのけ、このようにひどくみすぼらしく、ひどくやせたイスラエル民族を訪ね てこられたのは、民族復帰の恨を一日も早く解こうとした父の事情があったからだということを知りました」と祈ったのです

そこを訪問する人はみな、イエス様が抱いた事情を深く慰めてさしあげる祈りをしてこなければなりません。そのようにしてこそ、その場でサタンは気を もみ、神様は慰労をお受けになることができるのです。ですから、サタンは悲しくて泣き、神様はうれしくて泣くことができなければなりません。アダムが堕落 することによって、神様が痛哭し、サタンもアダムも涙を流しました。復帰の道では、神様とサタンに涙を流させなければならないのです。「私」の涙が神様を 泣かせ、サタンまでも泣かせられなければ、復帰することはできません

45    お父様は、エルサレムに行った時、多くのことを感じました。そこに行ってみれば、半分は砂漠地帯です。らくだを見て、あの大きな体格でおなかいっぱい食べ ることができるのだろうかと思うほど、草のない半砂漠地帯でした。そこを眺めながら、韓国は福地の中の福地だと悟りました

そこのぶどうのつるは、一抱えにもなりません。昼には太陽の熱で、三分の一が枯れてしまいます。その葉があまりにもしおれて、ぶどうのつるなのか、 何のつるなのか分からないほどです。他のつるのようです。ところが、昼が暑い分、夜と明け方には露がたくさん降ります。その露で、植物が再び生気を取り戻 すのです。このように、イスラエルの地、ユダヤの地で育っている植物のごとく、ユダヤの民たちも明け方を待ち、その静かな早朝に、神様のみ前で絶叫して 祈ってきた民族であることを切々と感じました

また、彼らの目をじっとのぞいてみると、何かあるのです。感動のようなものがあります。感動して歌う歌が最高の叫びであり、心霊のこもった祈りなのです。ですから、「ここから新しい歴史が始まったのだ」と感じました

アジアおよび日本第二次巡

真のお父様は、一九六五年九月七日、インドのニューデリーに到着したのち、アジア 八ヵ国を歴訪しながら聖地を選定された。七日から十一日までニューデリーに滞在していた元サラワク王のアンソニー・ブルック卿からは、特別な案内を受けら れた。十二日からインドのコルカタ(カルカッタ)を回られ、二十八日まで、シンガポール、マレーシア、タイ、ベトナム、フィリピン、香港、台湾などを歴訪 された。九月二十九日、日本に到着された真のお父様は、十月一日に日光、五日、六日に箱根、熱海を訪問され、エバ国家である日本の使命などについて語られ た。そして、真のお父様は、出国から二百五十六日ぶりとなる十月十日、韓国に戻ってこられたのである

46    お父様がアジアの南方国家を歴訪しながら、最も大変だったのが暑さでした。暑い所で宣教をするのが一番難しいというのです。インドのコルカタ(カルカッ )に行って約一週間滞在したのですが、温度が摂氏四十一度まで上がりました。ここで伝道をしようとすれば、本当に大変だろうと思いました

皆さんの中で、そこに行く人はいますか。アジアでどこに人がより多く住んでいるかと考えてみるとき、極東地方より熱帯地方にたくさん住んでいるのです。中国でも、全人口の半分が暑い地方で暮らしています。割合で見れば、アジアでも、北より南に人が多くいるというのです

47    皆さんは、日本統一教会の最も困難な立場に立つことができ、困難なことに責任をもつことができる人にならなければなりません。私たちの目的を達成するため には、果てしなく前進しなければなりません。皆さん一代で成し遂げることができなければ、二代、三代の子孫を通してでも、必ずやその目的を達成しなければ なりません。世界的な波が打ちつけてくるとき、その中に飛び込む人の数によって、民族的な勝利が決定されます。統一教会の食口たちは、目に見えない世界的 な運動をしていますが、それはある一時になれば、この地上に現れ、問題になるでしょう。そのような時期が間違いなく来るでしょう。その時になって、日本が 一番目になれば、日本は世界の中心になるのです

48    今後の問題は、世界を動かすことです。そのためには、第一に理念の徹底化、第二に組織の強化、第三に共同活動で一致しなければなりません。ですから、私た ちは共産主義に対して、共産主義以上に強い組織力と活動力をもって対決しなければなりません。さらに進んで、組織化しなければならないのです。私たちには 夜も昼もありません。食事も忘れてしまうのです。私は、そのような人々をたくさん育てようと思います。

日本もそうです。近いうちに日本でも、政府が統一教会に対して注目しなければならないようになっています。そのような時期が来るというのです。皆さんによって日本は救われるのです。その基盤が立てられれば、ある峠を越えてからは、組織運動をしなければなりません。

第二節 第二次世界巡回

真の父母経 目次     第六篇  目次

第一章 真の父母様の世界巡回   目次

第二節    第二次世界巡

世界宣教に拍車を掛けた第二次巡

真の父母様は一九六九年二月二日から五月二日まで世界二十一ヵ国を対象に、第二次世 界巡回を行われた。二月二日、日本の東京にある本部で地区長会議を主宰し、三日には名古屋に到着して、リトル・エンジェルスの日本における最終日の公演を 参観された。二月四日、アメリカ巡回に出発された真の父母様は、三月十六日からはポルトガル、スペイン、イギリス、ドイツ、オランダ、ベルギー、フラン ス、スイス、オーストリア、イタリア、ギリシャ、エジプト、キプロス、イスラエル、イランなどの地を巡回された。そして、イランのテヘランを出発し、イン ドのニューデリー、タイのバンコク、香港を経由し、四月十八日午前零時頃、日本の東京に到着、五月二日に帰国され

1     一九六九年は、失われた世界を取り戻すために、民族の運命から国家の運命、すなわち最高の峠を越えなければならない非常に重要な時期です。アジアで、さら に最高の峠を越えていかなければならない時です。父母様は、このような覚悟で約百日間、世界を巡回しようと思います

新しく入ってきた統一教会員たちも、過去、どのように生きてきたにせよ、この途方もない思想を中心として、伝統を立てなければなりません。年を取っ た人は、過去を否定して犠牲になり、年の若い人は、統一教会の未来のための役軍にならなければなりません。そうして、この思想をこの民族と国家の前に一つ の基点として立て、その目的が達成される瞬間まで総進軍しなければなりません

ですから、民族を愛し、国を愛する中で、神様に侍って生きていける三千里半島になり、三千万の民族がもろ手を挙けて神様を歓迎するようになって、こ の国の主権全体が神様をたたえる世界的な事件が起こる三千里半島になるようにしなければなりません。そのようにして、世界を統一するだけでなく、指揮する ことができ、二十世紀だけでなく、数十世紀以降にまで新しい歴史時代を開く、源泉的動機となる基盤を整えようというのです。これが統一教会員たちの行く道 です

2     一九六八年に入ってから時代が変わりました。「神の日」を設定したというのは、エデンの園で失ってしまった本然の基準を、勝利的に探して立てたことを意味 します。ですから、今までは神側の人々を犠牲にして救援摂理をしてきましたが、今からは蕩減歴史の方向が変わったので、反対の現象が起こります。神側の人 を犠牲にして祭物にするのではなく、サタン側の人を打つことによって蕩減する時代に入ったというのです。ですから、国際情勢を見ても、東ヨーロッパでも新 たに西欧の思想が芽生えるようになったのです。そして、世界的に優れていると誇る人々の勢いが、それ以上に上がらず、(勢いを)そがれて下がっていきま す。最高の基準で世界を動かしてきた彼らの勢力が、今や下がっていかなければならない運命の時代に入るようになります。父母様は、一九六八年から一九七〇 年までの三年の期間を、摂理的に一つの過程として見ています。したがって、摂理的に見るとき、この三年の期間は、私たちが全体的に一つの過程を革新して清 算し、越えていかなければならない期間です。アジアの情勢も慌ただしい状態に置かれています。その上、韓国を中心として見るとき、韓半島の情勢は、今年、 一九六九年が危険な峠なのです

3     今の時代は、相当に緊迫した時です。世界を巡回しながら感じたことは、全世界が私たちの(目指す)み旨を緊急に求めているという事実です。一九六五年と一 九六九年では、天地の差があります。世界には想像もできないほど、多くの変化がありました。アメリカやヨーロッパなど、世界のどこに行っても、今や私たち (目指す)み旨でなければ世界は収拾できないことを、目の前の事実として感じられました。歳月が流れれば流れるほど、私たちの(目指す)み旨は広がって いき、世界はだんだんと死亡圏内に落ち込んでいくようになるでしょう

4     これから、皆さんは、統一を中心として祈らなければなりません。また、聖地を中心として祈るのですが、父母様が世界巡回を終えて帰ってくるまで、男女を問 わず、時間ができ次第、聖地で祈りなさいというのです。早朝に行けなければ、昼や夕方に聖地に行って祈るのです

父母様が草創期に、この聖地で涙を流しながら祈ったことを考えてください。これまで聖地を選定し、「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」を定め るまで、どれほど苦労の道を歩んできたかを考えてください。それを中心として、一九六八年一月一日、「神の日」を定めるまで、どれほど苦労したかを知らな ければなりません

神様もかわいそうだったのであり、父母様もかわいそうだったのであり、統一教会員たちもかわいそうでした。今や、統一の起源を全世界に打ち立てなけ ればならない責任が皆さんにあります。たとえ硬い石の上に座って祈るとしても、石が涙を流し、山や川が頭を下げるほど祈らなければなりません。私が世界巡 回をする間、皆さんは、本当は昼食を抜かなければならないのですが、そのようにさせたいとは思いません。その代わりに、聖地祈祷を熱心にしなさいというの です。「統一の歌」を一生懸命に歌い、その心が民族感情と人類および神様の復帰摂理に対する統一的な感情をもつようにして、万民が手本とすることができる よう、聖地を中心として精誠の限り、祈りなさいというのです。また、父母様が帰ってくるときには、数多くの民族に統一の起源を立てる責任を果たして帰って くることができるように、祈らなければなりません

5     お父様が世界を巡回しながらエルサレムに寄った際、オリーブ山に登って、古いオリーブの木が立っているのを目にしました。二千年前にイエス様がぺテロ、ヤ コブ、ヨハネの三弟子を率いてゲッセマネの園に登り、三度の祈りを捧げた時、その三弟子が、恐らくその木の下で居眠りしたのでしょう。そこは、イエス様に 叱責を受けた場所であり、弟子のユダが来てイエス様を売り渡した場所ですから、口では言い表せない所です。ところが、そこに来る人々はみな、「私たちの主 は、死ぬためにここに来られ、私のために死んでくださった。よくぞ死んでくださった」と考えるというのです。本当に口では言い表せない所なのです

6     一九六九年に二十一ヵ国を歴訪しながら、一九六五年に四十ヵ国を歴訪した時とは、世界的な情勢に多くの違いがあることを感じたのですが、神様の復帰摂理を 中心として見るとき、今や、神様が目指すみ旨と、この世界の情勢が一つになる時が近づいたという結論を下すことができました。一九六五年にお父様がアメリ カに行った時、アメリカ人の社会生活を見て感じたことは、民主主義の先導国家として、自分たちの国でなければ世界を収拾できないという自負心を、いつも もっているということでした。それを、彼らの社会の中でかいま見ることができたのです

しかし、今回行って感じたことは、アメリカ自体の力では、アメリカはもちろん、民主世界全体の問題を収拾できないことを、全国民が認識しているとい うことでした。このような社会的状況と社会的流れを全般的に推し量ってみるとき、私たちが果たすべき使命の時期が差し迫ってきていることを切実に感じまし

東南アジアと、その他のアジアは言うまでもなく、ヨーロッパ一帯のすべての国が、アメリカと同じだというのです。ですから、このような時に、「統一理念」を中心として、世界的な使命を果たすべき統一勇士たちの世界的な任務は、極めて重大だというのです

7     私はアメリカの食口たちに、「アメリカという国が太平洋の遠くにあるからといって、ベトナムから手を引いてうまくいくと思いますか。共産党はアメリカの中 にもあります。もしベトナムから手を引いてしまえばブラジルやメキシコのような国がそばにあるではないですか。私が一九六五年に南米一帯を調査してみた結 果、南米の大部分が反米思想をもっていました。ここで、キューバの近隣諸国のうち、一国だけでも共産圏に加担し、メキシコのような国に火をつければ、アメ リカの鼻の先でベトナム戦争のようなことが起こるのが、なぜ分からないのですか。十年以内に共産党がそのような政策をもって、アメリカの地に火を放つこと を考えないのですか。アメリカはそのようになっています」という話をしました。間違いなく、そのようになっているのです

ですから、アメリカが対共作戦で後退することはあり得ないというのです。それで、私がこれに備え、アメリカにおける防衛網を張るために全力で活動するように強調してきました

8     神様の六千年の歴史を通して解けなかったすべての歴史的な問題を、お父様の一代で解きました。もはや死んでも、「統一原理」は世界を制霸するようになりま す。いくら日本の一億の国民が反対しても、「統一主義」には勝てません。神様は、日本自体だけを求めるのではなく、世界を必要とするからです。霊界と地上 世界、天宙を必要とするからです。神様は、環境を先に造られました。今は、少しだけ動けば、世界がすぐに動く時代圏に入ってきています。統一教会の青年た ちは、「神様がいない」ということを夢にも考えることができません。神様は、観念的な神様ではなく、生活圏内に実存される神様です。神様の心情は、感傷的 な心情ではなく、実証的な心情です。復帰の路程を完全に通過しなければ、言い換えると、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙のあらゆる圏内に入って サタンに讒訴されない基準を立てなければ、祝福の条件を立てたと言うことはできません

強行軍の中で世界の食口を激

真の父母様は、第二次世界巡回の期間を強行軍で歩み、各国の宣教師と食口たちを激励して新たな指針を下さった。特に、第二次世界巡回の期間にアメリカ、ドイツ、日本において、十ヵ国、四十三双の祝福結婚式を主宰された

9     世界を巡回しながら外国の食口たちに、「願いは何か」と尋ねてみると、皆が「韓国に送ってほしい」と言いました。実際は、父母様が送ってあげるのではな く、自分たちで、自ら来ればいいのですが、来るときは、ただ来るのではなく、条件を備えていなければなりません。その条件とは、韓国語ができなければなら ないということです。今は英語が世界共通語になっていますが、これから見ていなさい。父母様が生きている間に伝統を立てておけば、今後、世界語は間違いな く韓国語になるでしょう

第二次世界巡回路程中、ドイツで十一ヵ国の宣教師を集めて会議を行いました。少なくとも一九七〇年四月までには、聖地を選んだ四十ヵ国に宣教師を派 遣する計画です。そして、三年後には百二十ヵ国にまで宣教師を派遣するでしょう。今や私たちの時が近づきました。皆さんは、私たちの思想が途方もないもの であるという事実を知らなければなりません。また、私たちの民族がこれから世界的に誇り得る民族になることを知り、統一教会に入ったことを誇りに思わなけ ればなりません

10    世界各地を回るたびに、外国の人たちがお父様にすがって涙を流すのを見るとき、うれしい反面、悲しい心情にもなりました。数多くの人々の中で、彼らが私を 慕い、私が行ってしまうといって涙を流すその絆は、どこから出てきたのでしょうか。六千年前から出てきたというのです

アダムとエバが罪に対して全責任を背負って神様の懐を離れるとき、(絶望の)涙を流していったので、そのときの絶望によって分かれていった人類が、 歓喜の希望の中で出会うためには、この地上に涙の海ができなければなりません。そうでなければ、それを蕩減復帰することができないのです

民族と国家を越え、東洋と西洋の文化を超越し、その方が涙の交差路を行くとき私も行き、その方が死ぬとき私も死ぬという決心をしなければなりません。そうすれば、たとえ自らが滅んでも、自分は勝利者であるということを感じるでしょう

11    私が数十ヵ国を巡回しながら、数多くの民族に願ったこととは何でしょうか。その人々は、韓国人のことを取るに足らないものと思っていました。それなのに、 韓国にいる私という人の何が良くて、従わなければならない運命に置かれているのかというのです。私が願うことは、私に従うのではなく、神様に従うことで す。私を愛そうとするなら、神様を愛してから愛しなさいというのです

このような人々と向き合うとき、私が責任者として、一つ忘れないことがあります。それは、彼らに負債を負っていくのか、負債を負わせていくのかとい うことです。私は絶対に負債を負いません。彼らが夜を徹して精誠を捧げたとするならば、私も夜を徹するというのです。ですから、眠気に襲われ、疲れていて も、それが問題ではありません。この国を経てきた数多くの恨多き霊人たちが、私を仰ぎ見ているとすれば、彼らのために悩まなければならないのです。彼らの 心情とどのように一致するかが問題です。絶対に負債を負わないというのです。ですから、私が行った国で与えたものに対しては、蕩減しなければなりません

12    父母様は、第二次世界巡回をしながら、各地にいる私たちの宣教師に指示をしました。そうして「一九六九年六月一日から四ヵ月間は、全世界的に信仰の祖国で ある韓国のために精誠を捧げなさい」と言ったのです。世界の食口たちが、朝になれば韓国に向かって切実に祈っているというのです

今回の世界巡回の期間は、父母様にとって本当に大きな闘いの期間でした。疲れも限界に達しました。彼らは数年間、父母様が来るのを心から待ち望み、 ようやく会ったのですから、時間制限というものがありませんでした。夜十二時になろうと、一時になろうと、父母様が少しでも長くいてくれることを願う彼ら の気持ちが分かるので、それを無視して、疲れたからといって思いどおりに休むことはできませんでした。アメリカから、ドイツをはじめとするヨーロッパ、日 本を経て帰ってくるときには、それこそ精神力で持ちこたえることができたのであって、そうでなければ倒れていたでしょう。本当に無理をしました

13    第二次世界巡回路程中にも、父母様はアメリカと日本とドイツで、多くの人を祝福してあげました。祝福家庭でも他の家庭でも、男性と女性が一緒に暮らすのは 同じです。それでは、何が違うのでしょうか。一番貧しい人と一番のお金持ちの人を互いに比較してみると、何が違うのでしょうか。同じように目があり、鼻が あり、口があり、耳があるというのです。韓国で一番のお金持ちでも、乞食の服を着せておけば、乞食と変わらないように見えます。乞食ではなくても、乞食の 振る舞いをすれば、乞食に見えるというのです。しかし、たとえ乞食の服を着たお金持ちが死んだとしても、世の中の人々は「お金持ちが死んだ」と言うので あって、「乞食が死んだ」とは言いません

このように、表に現れた姿は同じだとしても、その内容が違うのです。これと同じように、統一教会が違うのも、その内容が違うというのです。神様を中心とした家庭は貴いのです。

第三節 第三次世界巡回

真の父母経 目次     第六篇  目次

第一章 真の父母様の世界巡回   目次

第三節    第三次世界巡

世界的宣教基盤を築いた第三次巡

真の父母様は、一九七一年十二月五日から七二年五月八日まで、十五ヵ国を対象に第三 次世界巡回を行われ、この期間、特にアメリカ、イギリス、ドイツの三ヵ国の主要都市で講演会を主宰された。真の父母様は、アメリカのビザの問題で日本とカ ナダを経由し、十二月十八日、紆余曲折の末、アメリカに入国したのち、巡回講演をされるなど、目覚ましい活動を展開された。そして、一九七二年三月十六日 にイギリスのロンドンに到着し、二十日から二十二日まで巡回講演を行われ、三月二十三日にはドイツのエッセンに到着して、二十八日から三十日まで巡回講演 を行われた。三月三十一日、オランダに到着された真の父母様は、フランス、オーストリア、イタリア、ギリシャ、イスラエル、イラン、インド、タイ、台湾、 日本などの地を経由して、帰国の途に就かれた。真の父母様は、第三次世界巡回を通してアメリカに滞在しながら、その間、個別的に行われていた宣教活動を組 織化し、食口たちを直接、教育することによって、宣教の新しい時代を開かれた

1     第三次七年路程が一九七五年から出発するので、三年前から基盤を築かなければなりません。その基盤を築くことができなければ、世界的な第三次七年路程で、 有効かつ適切な勝利を収めることができないのです。それで、一九七二年から三年間を準備期間に定めたのです。三年の間に、この峠を乗り越えなければなりま せん

父母様は、第三次七年路程を通して、大韓民国を世界に連結させる責任を果たさなければならないので、今まで大韓民国で築いた基盤を中心として、一九 七二年にアメリカなど、世界の重要な国家に相対的な基盤を築いて帰ってこなければならないのです。その基盤を築くのが第三次世界巡回路程です

2     一九七〇年、十ヵ国が参加する中、韓国で七百七十七双の祝福結婚式が行われました。それは、第三次世界巡回を準備するためのものでした。また、韓国で築い た基盤をその国々に連結させるためのものであり、その基盤を他の国々に横的に拡大するためのものでした。したがって、この祝福結婚式に参加した人々は、韓 国に来なければならなかったのです

3     お父様は、第三次世界巡回路程において世界的な計画を立てています。今までは韓国のキリスト教を救おうとしましたが、これからは韓国のキリスト教よりも、 世界のキリスト教とアメリカを救ってあげなければなりません。ですから、新しい角度に方向を定め、国際的な活動を準備しようと思います。そのようにするた めには、相当な資源が必要です。そして、講師たちや若い人々を準備しておかなければなりません

遠くない将来に、韓国を代表する世界的な復興団が出現する時が来るでしょう。全世界を代表する復興団が世界を歴訪するでしょう。そして、国家を代表 する復興団が世界を歴訪できる組織を、遠くない将来につくります。そのようにして、何ヵ国かの復興団が一つのチームとしても活動し、あるいは何ヵ国かにお いて同時に活動する作戦も実施しようと思います

4     今からは、世界的な基盤を築くための準備をしなければなりません。国内外で統一教会が追われる時は過ぎていきます。私たちが世界に旋風を巻き起こさなけれ ばなりません。共産党が新たな整備をして世界進出を夢見るのと同じように、これに備えて天の側も新たに整備し、外的な世界に影響を及ぼしていかなければな りません。ですから、世界本部を建てよと汝矣島の土地を買い、世界的な修練所を造らなければならないので、清平の土地を買うのです。世界的な大学を建てる ためにも土地を買いました。外的に備えて世界に進軍しなければならない時になったので、このような準備をしてきたというのです。ですから、今回、世界巡回 に出れば、少なくとも四十ヵ国以上に宣教部を設置して帰ってこなければならないという使命を感じています。そして、数年以内に百二十以上の国に宣教部をつ くらなければなりません

5     「六・二五動乱」は、北朝鮮が韓国を打つことによって起きた戦争です。この時、民主世界が韓国を支援し、北朝鮮の侵攻を防いでくれたため、韓国を守ること ができたのです。ここには十六ヵ国が参戦したのですが、これは四数に四数を掛けた数です。それでは、なぜ民主世界の代表国家が韓国に来て戦ったのでしょう か。摂理的な次元から見るとき、韓国は彼らの祖国のような立場なので、彼らが祖国光復のために血を流さなければ、民主世界が生き残る道がないからです。そ れによって、民主世界がお父様を助けてくれたことのようになり、国を助けてくれたことのようになりました

言い換えれば、お父様が獄中から出てくることができるようにしてくれ、国が滅びるところを助けてくれたので、その両方を助けてくれたのと同じ立場になったというのです。ですから、民主世界が再び福を受ける道が開かれるようになったのです

今、アメリカも落ちていき、イギリスも落ちていっています。このような時に、私がその恩を返す活動をしているのです。アメリカも引き上げてあげなけ ればならず、イギリスも引き上げてあげなければなりません。統一教会が神霊を中心として、霊的基準において勝利できる完全な内外の基盤を築いたという立場 に立ってこそ、霊的民主世界のキリスト教圏を協助しこのように引き上げることができるというのです。統一教会がそのような立場で世界を連結させるためのも のが、第三次世界巡回路程です

6     一九七一年は、第二次七年路程の中間の年です。この年に父母様は、第三次世界巡回をしているのですが、これには大きな意味があります。韓国を出発して日本 に行き、カナダに寄つてアメリカに来ました。アメリカに来るまで多くの障害物と闘わなければなりませんでしたが、そのような困難は次第に減っていくでしょ

カナダは、アメリカに対してエバの立場にあります。カナダはエバの立場にあるイギリスの延長だからです。父母様は、韓国で収めた勝利的な基盤を、日 本、カナダ、そして、アメリカに連結させようとしていました。カナダを経由してアメリカに来たのですが、カナダがアメリカに対してエバの立場にあるので、 そのようにすることができたのです

父母様がアメリカにその勝利的基盤を速結させようとしたので、サタンはそれをさせないようにしようと全力を尽くしたのです。ここに来るのに多くの困 難があった理由が、そこにあります。また、アメリカの国務省もじっとしてはいませんでした。そのような条件を打破することによって、天が韓国で復帰した勝 利の基盤を皆さんが相続できるようになったのです

アメリカの次は、ドイツに行く予定です。イギリスを経由して行かなければなりません。それが成功すれば、そのような条件はなくなるでしょう。復帰摂理は、公式なくしては成し遂げられません。徹底的に公式に従わなければならないのです

7     アジアで、韓国、日本、台湾の三ヵ国を中心として連結してこようとしたのがお父様の作戦でした。それが今や、世界時代に越えていきます。アジアで防ぐこと ができなかったため、それが世界にまで及ぶのです。これを、第二戦線であるアメリカが防がなければなりません。アメリカで防げなければ、第三戦線はドイツ になります

一九七七年は、一九一七年に共産国家が出発してから六十年がたつ年です。それで、お父様はアメリカに行き、「一九七七年、七八年になれば、アメリカは共産世界の脅威を防ぐことができなくなるだろう」と話しました

そのようになる前に、統一教会員たちは三年間でそれを準備しょうというのです。三年間準備して完全に防御戦線を拡大することが、お父様の第三次世界巡回の中心的計画でした

アジアの日本と韓国と台湾に続き、第二防御線を準備しなければならないので、西洋で自由世界を代表する国家を中心として、アダム国家型、エバ国家型、天使長国家型を備えなければなりません。これらの国が、アメリカとイギリスとドイツです

ですから、今まで韓国が築いてきた基盤を、そこに植えてあげるのです。連結させるのです。今や、父母様が韓国だけに住まなくてもよい時が来ました。第三次世界巡回路程を終えて韓国の地に帰り、責任を果たせば、韓国の(国家レベルの摂理)時代は過ぎていきます

8     キリスト教は、霊的救いの宗教です。実体を失ってしまいました。今までは僕復帰の歴史、言い換えれば、天使長復帰の歴史だったのです。今までの霊界の役事がそうです

イエス様は、亡くなって霊界に行っていますが、愛を受けられる息子の使命を担いました。息子になれば、父の家に行かなければならないのですが、父の 家に入ることができずに楽園に入っているので、天使長復帰の使命に責任をもってきたのが、キリスト教の霊的救援摂理です。ですから、これから統一教会が霊 肉を中心として、イエス様が追われていったとき以上の基準さえつくっておけば、天使長世界は屈服するようになっています

イエス様が父の家に入れなかったのは、国家基準で勝利できなかったからです。国家基準を抜け出すことができる基準さえ立てば、天使長世界は地上に絶 対服従するようになるのです。そのようになれば、霊的アダムを中心とした本然の世界圏が形成されます。その基準を立てるためのものが、第三次世界巡回路程 です

9     統一教会は、霊肉を中心として、国家基準で、いまだにアベル的な勝利の基盤を築くことができていません。しかし、霊的な基準で国家基準と世界基準を見ると き、思想的な面では私たちが先頭に立ちました。私たちの理論は、誰にも負けません。宗教で言えば、統一教会が内外に公認される時が来ました。ですから、外 的にはまだですが、内容ではそのようになったというのです。霊的基準で、国家を越えたアベル基準を復帰したというのです

霊的基準でアベル復帰を完成したので、霊的基準でカイン復帰の完成に向かって出発できるのです。お父様は第三次世界巡回路程で、霊的カイン世界であ るキリスト教文化圏に「悔い改めよ、天国は近づいた」と宣布しました。アメリカはカイン国家の代表国なので、その代表国に宣戦布告をしたのです

昔、イエス様の時代には、霊肉を中心としたアベルの立場を宣布して、イエス様は命を奪われました。したがって、国家に対して霊的な立場で宣布をした のですが、命を奪われることなく、反対されずに帰ってくるとき、そして、歓迎を受けたという立場に立つときには、肉的復帰の出発時代に入っていくというの です。原理がそうなっています。そのために行ったのが第三次世界巡回路程です。そのようにして帰ってくれば、韓国は肉的復帰の内的基盤がつくられていくと いうのです

10    今回、アメリカで大衆集会を開くようになれば、それはお父様の生前において初めてのことになるでしょう。少なくとも、七ヵ都市でこのような集会を行う計画 です。各都市で三日間ずつ行い、二十一日かかるでしょう。これは、公的にみ言を宣布する路程の最初の出発です。皆さんは、この計画に対して責任感をもたな ければなりません。反対や迫害があるでしょう。また、歓迎する人もいるでしょう。ですから、ラジオと新聞を利用しなさいというのです。そうして、皆さんが 各都市の細部計画と日程を立てれば、お父様がみ言を語るでしょう。また、ドイツとイギリスでも集会を開催します。これは、歴史的な事件です。今回が第三次 世界巡回なので、お父様が自ら語らなければなりません。お父様は、この日を待ってきたのです

11    父母様が韓国を出発する時には、霊的基準で既に韓国を越えていたのです。韓国が統一教会の方向に従ってこざるを得ない霊的基準を、既に設定してきたという のです。それは、現政府やキリスト教が、統一教会の活動と行く道を標榜せざるを得ない段階に入ってきたということです。霊的基準では、キリスト教の権威を 越えて、国家基準を越える蕩減条件を成就することができました。一九七二年、七三年、七四年の三年路程の期間に、韓国を離れ、民主世界の中心国家であるア メリカを中心として、全世界に連結させなければなりません。キリスト教民主世界について見てみれば、アダム国家型がアメリカであり、エバ国家型がイギリス であり、天使長国家型がドイツです。ですから、霊的な面でこの三ヵ国を連結させる運動のために行ったのが、一九七二年の三ヵ国を中心とした講演会でした。 これは、イエス様の当時に、ユダヤ教を中心としてローマまで連結させなければならなかったように、その相対的国家を中心として連結させる、新しい福音宣布 の戦争なのです

12    アメリカの七ヵ都市をはじめ、イギリスとドイツで講演会を開催しました。なぜアメリカで七ヵ都市を選んだのでしょうか。アメリカは世界的主導国なので、世 界に影響を与え得るこれらの地域を選ぶことによって、イギリスやドイツにとって一つの基準になるため、そのような作戦をせざるを得ませんでした。これは、 どこまでも霊的な運動です。ですから、肉的基準を連結しようとすれば、このようなことを通して、韓国と連結しなければなりません。一九七二年に入り、その ような基盤を中心として私が新たに出発し、日本食口とドイツ食口、そしてイギリス食口たちを動員したのです。アメリカを中心として、アメリカ食口はもちろ んのこと、イギリス食口、ドイツ食口、日本食口など、主導的な国家の食口たちが動員されました。お父様が築いたその霊的な一次基盤の上に、一九七二年から 七四年まで、全世界の統一教会員たちを連れてきて、この基盤と一致させる運動をしてきたのです。霊的にするのであって、肉的にするのではありません。お父 様だけが霊的基盤を築けばよいのではなく、食口たちが相対的に霊的基盤で一つにならなければなりません

世界宣教の基盤造

真の父母様は、一九七二年十一月二十一日に韓国を出発し、日本を経由して、二十三日 にアメリカに到着された。第四次世界巡回というタイトルで韓国を出発したが、実際には、アメリカに滞在して宣教活動を集中的に展開し、八ヵ月後の一九七三 年七月二十二日に帰国された。このときのアメリカ訪問の目的は、世界宣教の基盤造成と世界統一十字軍(国際伝道機動隊)の再教育であった。第三次世界巡回 当時に編成された世界統一十字軍の実績を検討し、国家を超越して世界的な舞台で活動ができるように、拡大、改編したのである。また、真のお父様は、一九七 二年十一月二十三日から二十六日まで、ニューヨークで開かれた第一回「科学の統一に関する国際会議」において、「世界の道徳啓蒙に対する統一科学の任務」 というタイトルで基調演説をされた

13    お父様は、国家なら国家を中心として、統一の一族であれば統一の一族を中心として、成し得る限界まではすべてやりました。今からは、皆さんがお父様のため に生き、み旨のために生きることにおいて、より大きな範囲で責任をもち、全世界的に活動しなければならない時になっていきます

言い換えれば、今までは皆さんがお父様についていきながら活動してきましたが、これからは、それではいけないのです。反対に、皆さんが(自ら)訪ねていって活動できる立場に立ってこそ、お父様が定着することができます

今、お父様個人を見れば、いまだに定着できていないのです。環境的にもそうです。父母様の家庭が定着してこそ、祝福を受けた家庭が順番に定着してい くのです。祝福を受けた家庭が、すべて定着しなければなりません。そのような基盤が広がり、このような一つの国家さえ成立すれば、世界復帰は短期間のうち に成就されるというのです

14    皆さん自身が、お父様の使命を引き継ぎ、責任を果たせるかが問題です。お父様が国のために闘い、国のために迫害を受けたのであれば、皆さんは国のために迫 害を受けるより、世界のために迫害を受ける覚悟をしてこそ、国が保護を受けられる圏内に立つようになるのです。言い換えると、お父様が個人的に侵犯を受け る問題が生じるようになれば、それを皆さんが世界的に責任をもって防げるか、守れるか、ということが問題になります

父母様の第三次世界巡回路程と同じように、皆さんも世界に対して巡回路程のような新しい道を、三回以上行かなければなりません。個人的にも行かなけ ればならず、家庭的にも行かなければなりません。父母様の家庭が直面する受難の道や、外的に直面する何かがあるとすれば、そのすべてに責任をもち、サタン から守ろうという決意をもった家庭がなければならないのです

15    今の世界の国々を見るとき、アメリカも共産党に襲われやすい状況であり、日本も、韓国も、ドイツもそのようになっています。すべて、サタン圏に追われる立 場にいるのです。その闘いの標的、目的を失い、いかなる方向に進んでいるのかを、自由主義国家圏では誰も知りません。そのような時が来れば、その時が終末 です

その反面、統一教会は、個人復帰、家庭復帰、氏族復帰、民族復帰、国家復帰、このように復帰の基盤を広げて、条件的には既に世界の横的基盤までつく りました。父母様は、三次の世界巡回路程を中心として、韓国で二十年以上闘って収めたその実績を、そのまま横的に世界に連結させる運動をして帰ってきたの です

16    私たちは、外的な世界時代に向かって前進しなければなりません。ですから、「死線を越え、命を懸けて行きなさい」と言えば、無条件に行かなければなりませ ん。このようにして、韓国だけでなく、世界的な機動戦線をつくらなければなりません。一つは共産圏であり、一つは民主圏ですが、世界を中心として、このよ うな内外の戦線を守護すべき責任があるので、一九七二年は「統一戦線守護」という目標が出てきたのです

このようなことを私がアメリカでしょうとするのですが、そこでも、サタンがどれほど反対するか分かりません。アメリカの食口たちに一次、二次と話を し、三次まで話をしても、信じなかったというのです。信じないようになっています。ですから、父母様が自ら先頭に立ち、経費を出してその基盤を築いてあげ て帰ってきた路程が、第三次世界巡回路程でした。今度は伝道機動隊を再教育するために行きます。これが第四次世界巡回路程です。再教育をして強い組織をつ くり、徐々に世界的な舞台に拡大していくでしょう

17    お父様は、第三次世界巡回路程中、時間がないにもかかわらず、一週間でアメリカの上院議員十人に会いました。そして、下院議員十五人にも会いました。今 や、お父様は有名になりました。「ニューヨーク・タイムズ」と、「ワシントン・ポストIの一面を使って記事が出ました。アメリカの七大都市で復興会をし、 リンカーン・センターを借りて、彼らもできないことを今までしてきたので、お父様が「会おう」と言えば、上院議員も好奇心からでも会うようになっているの です

会って、これからのアメリカの展望について話をしました。また、今後、共産党に引き込まれてはいけないと警告したことが問題になっています。上院議 員百人のうち、十人に会ったのですから、十分の一に会ったことになります。その人たちに会って国際情勢について話したため、お父様の言葉は、すべてうわさ になるようになっています。ですから、第四次世界巡回中にアメリカに行けば、またどのような影響を及ぼすだろうかと、あらゆる人が注目しています

大韓民国では、国会議員を一人も門の中に入れず、訪ねていくこともしなかった私が、なぜアメリカでは、そのようなことをしなければならないのでしょうか。それは、今後の作戦のためです。大韓民国が問題ではないというのです

18    父母様はそう遠くない将来、第四次世界巡回路程に出発するでしょう。これからニューヨークに行けば、一九七二年十一月二十三日に、「科学の統一に関する国 際会議」で講演しなければなりません。それは、私が創設しました。世界的に優秀な人々を、韓国に呼び集めなければなりません。そのようにしてこそ、韓国を 生かせるのです。統一教会員たちが、今後、世界に行く道も築いておくのです

世界的な環境ができるのも、そう遠いことではありません。父母様は、世界巡回に出発すれば、何ヵ月間か滞在し、また帰ってくるでしょう。韓国を完全 に離れるのではありません。アメリカに早く統一教会の食口をたくさんつくり、韓国人を家庭ごと連れてきて一緒に住みたいと思うような状況にしておけばよい のです。ですから、そのような基盤を造成しなければなりません。

第四節 世界巡回中に送られた真の父母様の手紙

真の父母経 目次     第六篇  目次

第一章 真の父母様の世界巡回   目次

第四節    世界巡回中に送られた真の父母様の手

真のお父様は、第一次世界巡回の路程中、韓国にいらっしゃった真のお母様と真の子女 様、劉孝元協会長、食口たちに自筆の手紙を送って励まされた。休む間のない旅程においても、一九六五年二月十五日にサンフランシスコから最初の手紙を送ら れ、それ以降、数十回にわたって手紙と絵葉書などを送られたのである。真のお父様は、それらを通して当時の巡回状況とその時々の感慨を披歴しながら、活動 を督励された。手紙からは、特に真のお母様と真の子女様、そして、食口たちに対する深い愛と期待、巡回路程に対する感慨をかいま見ることができる。本部の 幹剖たちもまた、手紙を通して真のお父様に活動報告を行った

真のお父様が真のお母様に送られた手

1     お母様へ。故国を離れてから、もう二十日になろうとしています。この期間、多くの歴史を残しながら、日本を経由し、アメリカのサンフランシスコまで来て、 新しい文化の生活をたどり、また、多くの名勝地を見物しながら、お母様のことを思い出します。み旨のための複雑な生活の中で、一人、どれほど気苦労が多い だろうかと思います。経験が浅い中では、感動することも、励まされることも多いのは当然ですが、今回の期間、多くの祈りを捧げながら、環境に勝利すること をただただ願っています

アメリカに来て、離れてみると、私たちが互いにどれほど貴い存在かを改めて感じ、互いがどれほど大きな使命を担っているかを、多くの点で体験して、 感謝するばかりです。天地の責任と歴史的運命を解決しなければならないという、誰にも代わることができない一組の夫婦であることと、私たちの良し悪しに よって全体が左右される、その焦点の上に立っていることは、どれほど重大な生涯の職責でしょうか

ですから、天に対しては忠孝の道理を果たし、地に対しては努力の限りを尽くし、歴史的な願いに対しては解怨成就しなければならないという立場を、末 永く輝かせる夫婦にならなければなりません。この重大な責任を果たそうと、私は日本の食口の前でも、アメリカの食口の前でも、天のみ前でも、精誠を尽くそ うと、ただただ努力するのみです。食口たちの切なる表情と誠心を尽くす姿を見るとき、やはり天の子女たちは違うことをひしひしと感じます。その分、真の父 母の立場が恐ろしいことを感じます

考えている多くの問題(の解決)にも、だんだんと慣れてきています。日本の食口とアメリカの食口は、本当に対照的です。詳しい内容は次に持ち越すこ とにして、省略します。心の中に天国を所有し、それを分けてあげなければなりません。多くの付き添いの人々を慰め、母らしい姿を大きく育んでください。私 も、故国が今置かれている立場と外国に対する使命を案じつつ、新しいあすを描きながら、力いっぱい、今回の旅を終えようと思います

それでは、伝えたいことはたくさんありますが、再会して伝えることができる日を待ち望みつつ、紙面ではここまでとします。いつも平安であることを析りながらこれにて失礼します。一九六五年二月十五日、サンフランシスコにて

2     お母様、多くの日々が、数える間もなく過ぎ去っていきますね。もうひと月になろうとしています。この間、故国の山河も、思いの中に描く、はるか遠くの異国 の地のように感じます。手紙に書かれているとおり、ラスベガスという都市にいます。ここは、世界でも有名な賭博場として知られている所です。朝にロサンゼ ルスを出発し、アメリカ(本土)で最も高いホィットニー(Whitney)という山で聖地を選びました。そして、一番の盆地になっていて、東半球で最も低 い場所として有名なデスヴァレー(Death valley)という所を訪ねて聖地を定め、三時間走って、今ホテルにいるところです

あすの朝八時にはここを出発し、定めたコースに従って巡回することになるので、そのように承知しておいてください。手紙で連絡する時間もなさそうで す。便りがなくてもあまり気にせず、決めた時間に従って、勉強と、自分が直面している多くの重大な問題のために祈りながら、責任を果たしてくれるようにお 願いします

先日、サンフランシスコの住所に(お母様が)送った手紙がロサンゼルスに送られてきたので、しっかりと読ませていただきました。孝進、譽進の便りが うれしかったですよ!やはり、遠く離れると思い出されてしまうのは、どうしようもないですね。妊娠中ですから、気をつけて養生してください

私は、既に出発した路程なので、アメリカの地でも自らの責任を果たさなければならないという使命感から、きょうとあす、時間を短縮してアメリカ大陸 の南部に向かっています。大きな天的使命を果たす日まで、誠心を尽くそうと思います。これまで、アメリカに来てサンフランシスコとロサンゼルスに寄りなが ら、アメリカの食口たちと大変親密に、特に違和感もなく過ごしてきました。やはり食口ですから、本国と比べてもあまり支障を感じないので、安心してくださ い。これから、アメリカは努力次第です。非常に大きなアメリカ大陸に、天の炎が燃え立つことを心から祈るばかりです

歴訪の同伴者として、永雲、崔、アメリカの青年二人の合計五人で出発し、ただただ広い道、どこまでも続く道を、三月の一ヵ月間かけて走り、ようやく ワシントンDCに到着する予定です。ネバダ州のほかに、いくつかの州は砂漠地帯になっていて、一週間は砂漠の地を通らなければならないというので、しっか りと気を引き締めているところです。特にアメリカで切実に感じたことは、今後の統一教会の運命は、アメリカの地と闘わなければならないということです。高 い文化施設と発達した交通機関には、本当に驚かされます

ですから、私たちの運動の本格的な世界発展は、アメリカを抜きにしては成し得ないというのが、事実として体得されます。韓国はあまりにも小さな国で あると感じます。しかし、摂理的な見地から見れば、それも一理あると思いながら、荒廃した故国にもう一度思いをはせ、私たちの使命が大きいことを感じつ つ、祈るばかりです。私たちの理念に加わったアメリカの食口は、私が本国で伝えたのと同じです。本国の教会食口たちとその他の問題も、み旨の中で変わりな い立場であることを思いながら、現在の立場をしっかり守っていこうと思います

そのほかに、お母様が苦労して育てた近くの大勢の食口たちからも、責任感が感じられます。どうか、しっかりと面倒を見てあげてください。みな、み旨 のための祭物であることを、誰が知っているでしょうか。お母様、本当にありがとうございます。大きな使命のために責任を担っても、変わらずに接することが できる素質をもっていることを、本当に天のみ前に感謝します。それをさらに発揮して、大きな発展を実らせる良い期問になることを願うはかりです

天と私たちの関係がどれほど貴いかを深く体験する機会であると思っています。子供たちにも、お父さんは元気でいると伝えてください。食口たちにもよ ろしく伝えてください。旅の途中、時間をつくって少しばかり綴りました。どうか体に気をつけて、責任を果たしてください。それではこれで失礼します。一九 六五年二月二十五日、ラスベガスにて

3     孝進オンマ(「孝進のお母さん」の意)、教会の便りも気になります。この間、子供たちと共に何事もなく過ごしていることと思います。復興団の成果はどのよ うになっているか、知らせてくださったらと思います。か弱い体で責任を果たしているのを見るとき、天はさらに貴く感じられるだろうと思いつつ、遠く、太平 洋を越えて韓国の地に思いをはせます。離れれば会いたくなるのが、人情の常のようです

私は異国の地でも、よく適応するほうなので、万事においてそれほど支障はありません。アメリカ大陸をさらに力強く巡回しています。きょうは、もう三 月六日の午前一時五分です。今ちょうど、数百マイルを走り、アーカンソー州のリトルロック(Little Rock)という州庁所在地にあるローズモーテルを宿に定め、しばしこの手紙を書いています。私は、つい何時間か前、他の州で夜八時に聖地を定めました。 アメリカに来てちょうど十番目の州に聖地を決定したのです。今回の巡回をしながら、一九六〇年になる前に(韓国を)巡回した時のことが思い出されます。 「アメリカの地よ、お前はこの大きな体をかがめ、いつ天に侍ろうというのか」、正にその使命のために、私は力強く天的プログラムを進めています。始めたか らには、勝利を収め、世界復帰の基盤を願うばかりです。手紙は書かないと言ってやって来ましたが、もしかしたら期待しているかもしれないと思うと、心が落 ち着かず、急いでペンを走らせています

私たちの使命はますます大きくなります。異国の食口も、本部の食口も同じです。先生に対する態度から、非常に大きな責任を切実に感じています。です から、お母様が担う重責を案じざるを得ません。一生懸命に勉強しなければなりません。体も健康でなければなりません。たくさん祈らなければなりません。私 としては、本当に申し訳なく思っています。か弱い身でありながら、しっかりと付いてきてくれて感謝しています。お母様を連れてアメリカの地を再び訪ねるこ とを思いつつ、しっかり養生してくれるようにお願いします。すべてを天に委ねていきながら、大きく勝利した自己を天のみ前に立てることを願います。いつも 安らかであってください。手紙は書けませんが、協会長によろしく伝えてください。それでは失礼します。一九六五年三月六日、リトルロックにて

4     お母様へ。今、アメリカの首都ワシントンDCでペンを執っています。一ヵ月余りが過ぎました。私は何度も変化の境地を通過してきました。つまり、巡回の路 程で毎日忙しいスケジユールをこなしながら、今までにない大きな地形的変化を経験したのです。今回は主に聖地を定めましたが、きょうの十一時までにワシン トンDCの聖地を定めることにより、二十一ヵ所を決定したことになります。あとで写真を見せてあげることができるでしょう

西部から東部まで回ったので、今度は北部に向かって出発する路程が待っています。大きな大陸を一周しながら、人知れず全米の各州に聖地を定めること により、アメリカにおいて今後、発展があることを願っていますし、またそのようになることを知っています。今回、アメリカの食口たちは、初めて私に会い、 様々な面で印象的なことが多くあるようです。いろいろなことを体験しながら、一緒に来ることができなかったことを本当に申し訳なく思いました。しかし、私 が道をならしておき、次の機会に一緒に来ればなお良いと思い、またみ旨がそのようになっているので、ただすべてに感謝するばかりです

人は、離れ離れになっていても、再会することに思いをはせる時間が、大きな助けになると思います。お母様も、多くのことを回想しながら、今後の決意 をしたことと思います。私たちがさらにみ旨に孝を尽くす者として、多くの人々の手本になることを決心する良い期間になることを祈るばかりです。さらに、子 供たちを連れて苦労が多いと思いますが、感謝しながらそれに耐え、あすを準備し、真のお母様の責任において末永く光を発してくれることを願ってやみませ ん。体に気をつけて、勉強もして、多くのことを祈りながら、気高い責任に対して末永く光り輝いてください。子供たちに会いたいですね。「お父さんを待って いるだろうな」と思うたびに写真を見ています!お母様もですよ!子供たちに「お母さん、大好き」と言われる貴いお母様を、私も貴く思います。父親がいない 間にたくさんの体験をして、うれしい便りを聞きたいです

アメリカにいる食口たちも勇ましいです。本部の食口たちが、一生懸命に責任を果たさなければならないことを感じます。きょう、十四日は日曜日なの で、夕方、集会をします。十二日には六十数人来たので、夕方もそのくらい集まるでしょう。アメリカも努力次第で将来が決まります。本部の近況を教えてくだ さい。すぐ、北米の州の巡回に出発しようと思います。家族と地区長たちや食口たちに、手紙を書けなくて申し訳ないと伝えてくださ

ワシントンDCの気候は、韓国の気候に似ています。きのうは多くの場所を見学しました。ホワイトハウスにも入ってみました。国会議事堂にも入って見 学しました。いろいろな面で非常に参考になりました。将来の希望を描きながら、都市を回りました。それでは、また次の機会に。お元気で。一九六五年三月十 四日、ワシントンDCにて

5     孝進オンマ、重大な責任と忙しい生活の中で、み旨に対する使命にどれほど苦労が大きいでしょうか。最後まで忍耐を通して、あすの目的のために力いっぱい努 力してくださることと思います。ありがとうございます。きのうはニューヨークを出発し、道を急いで、バーモント州のブラトルボロ (Brattleboro)にあるホーリーモーテルに泊まり、今、出発直前にペンを執りました。きょうは、オハイオ州のクリーブランド (Cleveland)に向かう準備で忙しくしています。その時間を利用して便りを伝えることを申し訳なく思います。四月二日になる前にワシントンDC 戻り、「父母の日」を迎えようとしているので、本当に忙しいです。北部地方は今、冬の季節で本当に寒いです

先日送ってくれた手紙を、ワシントンDCで受け取りました。便りを受け取り、言葉にできないほどうれしく思いました。離れて連絡を取り合う事情にあ る中で、より深い感情と重大さを感じます。さらに、子供たちと食口たちと共に、ソウルで過ごしていたすべてのことが、いつも思い出されます。このようにし て過ごしている間に、いろいろと苦労をかけることがあれば、それが私たちの間により大きな力をもたらし、絆を深く結んでくれることになると感じます。です から、生きていく中で、大きなみ旨のために耐えて歩んできた過去もまた貴いことを、お母様も十分に体験するだろうと思います。この世にいる間、大きな責任 と使命に涙しながら、勝利のために行進することが本当に貴いと改めて思うとき、お母様に対して本当に感謝することが大きく、また多いことを感じます。大き く気高いみ旨ですから、それに比例する苦労にも耐えていきましょう

近くにいる多くの食口たちの無事を祈りながら、子供たちと共に体に気をつけて、私が子供たちと会う時まで、勇ましく闘ってください。あすの希望と世 界の舞台を夢見ながら、今、準備を一生懸命にして、巡回の日を描きつつ、喜ぼうと思います。どうかしっかり闘って、責任を果たす貴いお母様になってくださ ることを、心から願っています。会いたくなったら、家族が写った写真を時々見ながら、もう一度会える日を楽しみにしています

譽進が学校に通い始めて、もう随分大きくなったと思うと、お母様の責任がさらに大きくなるだろうと心配になります。孝進も、私のことを捜しながら、 しっかりと育つていると思うと、慕わしくなります。本当にお母様は立派にやり遂げて、私にとって最も貴く、誇らしい女性の中の女性になるだろうと思いなが ら、本当に私は幸せ者であると心から感じつつ、歩んでいこうと思います。どうか気高く貴い勝利したお母様になってください。私も真の父になり、天地のため に生きようという一片丹心を抱くばかりです。それでは、お元気でいてください。一九六五年三月二十日、ブラトルボロにて

6     孝進オンマ、一晩過ごし、三月二十五日になりました。もう別れてからあと三日で満二ヵ月ですね。その間、ソウルで忙しい生活を送りながら、多くの体験をし ていることと思います。み旨を中心として、大衆の前でいつも気をつけ、公的な生活館の中で気を抜いて過ごすこともできない生活を、遠くから同情してやみま せん。さらに、多くの人々を前にして、今はもう自分一人の体ではないのに、大変申し訳なく思います。毎朝、聖地を訪ねるその姿を心から心配し、一方では貴 く思っています。多くの人の手本になってくれていることに、感謝するばかりです。他の人とは違って、心情的十字架を越えていこうとするその大きな使命は、 私だけが知るところであり、さらに広く、高く、貴く敬愛を受けるお母様になってくださることを、心から祈るばかりです。皆によろしく伝えてください。手紙 を一つ一つ書けない事情を理解させてあげてください

子供たちに対しても、気苦労が多いでしょう。今は、皆の成長した姿を想像しています。私は毎日のように、忙しいアメリカ北部巡回路程を送っていま す。南部と違って、北部は寒い季節です。気候も変化して雪の降る日が多くあり、自動車の運転に気をつけなければならない道が多くあります。非常に遠い道の りを訪ねて回る、その大きな意義を思いつつ、復帰の路程の悲しみを体験することも多くあります。州ごとに異なる風景を見ながら、天の大きな摂理がある地だ ということを切実に感じます。天の復帰摂理の苦労を改めて思います。お母様が、私の行く先々に心で同行しながら祈ってくれていることを思うと、本当に有り 難いです。大きな責任に対して私も深く敬愛しながら、今後のみ旨に対する誠心を大きく期待します。いつか、お母様と一緒にアメリカとヨーロッパを歴訪する 日を願いながら、多くのことに思いをはせています。いつも健康に気をつけ、今後の道を固めるために、さらに努力してくださることを願ってやみません。天の 威信と責任を重く受け止めながら、あすの希望を高めていくようにお願いします

気になることが、日を追うたびにしきりに増えていきます。きょうは、コロラドの州庁所在地のデンバー(Denver)で書いています。恐らく手紙を 見て、この場所を探してみることと思います。朝食を食べたら、(ユタ州の)ソルトレークシティー(Salt Lake City)に行って、相哲(サンチョル)氏に会う予定です。木曜日なので、気になっているかと思い、忙しい中ですが少し書いています。来週のうちにワシン トンDCで「父母の日」を迎えるため、路程を急いでいます。そこで便りを受け、また連絡します。どうか体に気をつけ、勉強を頑張ってください

生活の中で、時間をつくる余裕が常にあるでしょうか。一度過ぎれば戻ってこない青春の良い時期を、み旨のために大事にして捧げましょう。手紙を書く たびに、念を押すかのように何度も書いてすみません。それは、夫としての責任もあり、のちのち感謝することになると思いますのでE。また、ほかに誰が勧 めるでしょうか。時間の貴さをよく御存じでしょうから、申し訳ありませんが、心に留めて努力し、私が驚くほど忠実に過ごしてくれることを願うばかりです。 心深くお父様を思い、それを体恤することも必要です。み旨を中心とした高貴なお母様を慕い求める私であることを、よく御存じだと思います。死のうと生きよ うと、私たちの使命となったみ旨を、私たちが成し遂げていかなければなりません。どうか元気で過ごしてくれることを祈りながら、これでペンを置きます。一 九六五年三月二十五日、デンバーにて

7     お母様へ。「父母の日」を迎え、報告を兼ねて書いてくださった手紙を読みました。御苦労様でした。やはり、お母様の貴さに対して改めて感謝しました。私が いない間、二回の行事のために苦労が大きいことがよく分かります。しかし、天の願いの前に責任を果たしたことを、私はうれしく思います。この「父母の日」 が私たちの暮らす地球上に顕現したという事実を考えるとき、私たち真の父母の立場がどれほど恐ろしい立場であるかを切実に感じます

六千年前に神様が造られた本然の世界で、神様が喜ばれる中で成就し、行うべきだった祝典の儀式を、今日の私たちが責任をもつという、途方もない使命 の前に、身の引き締まる思いです。数多くの預言者と先祖が犠牲と悲惨な歴史路程を綴りながら、天地のためにどれほど多くの涙と汗と血を流してきたでしょう か。数えることのできない、天のみぞ知る曲折の多い道を歩んでくる中で、私は体験とともに蕩減路程を経る悲しみの道を耐えに耐え、お母様一人を迎えて平和 の勝利を誓っています。そのようにしながら、暮れゆく青春を我が生活とし、たそがれの道をたどって果てしなく遠い夜明けに向かい、四十数年の生涯を歩み、 天地の悲しみを体験しながら、天の勝利の一日として成し遂げられた「父母の日」であることを思えば、千里遠程の恨多き過去とともに、お母様を貴く思わずに いられるでしょうか。しかし、六回目を迎える「父母の日」を過ごしながらも、責任と使命を再び勧告しなければならない私の心情は、残された世界的な父母様 の成就のためであることを思うとき、お母様に多くの苦労を再び残し、一緒に行かなければならない運命に対して深く同情します

しかし、最後まで、私たちの恨を解くまで前進することが、私たちの目指すべき目標として残っています。様々な十字架の上で、お母様の責任がどれほど 大きいかを知っている私が、海外で心から深く祈っていることを知って、妊娠中ですから体に気をつけ、あすの責任が輝かしいものとなるようにしてください。 天地が貴く思い、万民が喜ぶ日である「父母の日」の中心が、実体をさらに貴く慕うことを思えば、すべてを祭物とするようさらに輝かせなければなりません。 若い心に気高い誠心、天の責任と世界を抱きながら、幸福な歴史的生活の勝利圏を創造する神聖な主人公の責任を完遂し、天地が共にその懐を慕う、貴いお母様 になられることを祈るばかりです。私たちのために命を懸けることを覚悟した人々が本当に多いことを、まず忘れてはいけません

また、私たちを見つめながら、生命の灯台として侍る、そのような人に生命を与えようと思えば、光の本体にならなければならないという厳粛な命令を受 けているのです。韓国と日本とアメリカのほか、多くの国の人が、いや、さらに多くの民族が、私たちのためにそのようにするというのであれば、負債を負っ て、私たちの歴史的背後にこの暗闇の一点を残してはいけません。ですから、責任を負った人の苦しみを、私が分からないでしょうか。神聖な「父母の日」、ハ レルヤ、その実体の栄光を仰ぎつつ天に心から侍ります。復帰の喊声が鳴り響く中、聖なる徳を高く積み、父母の使命を越えましょう。今書いている手紙ととも に、協会長の手紙の内容を考えると、大変、苦労が多いことが分かります。感謝しながら、勝利するよう心で願っています。どうか健康に気をつけて養生し、責 任を果たしてください。旅の途中で、今ワシントンDCで「父母の日」を過ごし、今後の整理のために忙しくしていました。訪ねてくる人がいたり、考えなけれ ばならない問題もあったりして、今になってペンを執りました

ここでも初めて迎える「父母の日」であり、先生を迎えてアメリカで初めて迎える「父母の日」です。ですから、忙しい全国巡回路程を終え、サンフラン シスコを経由して、飛行機でアメリカの首都ワシントンDCに三月三十一日に到着し、「父母の日」を過ごしました。ワシントンDCの食口たちの誠心誠意によ り、私はアメリカに来て、歴史的な式と行事を行うことができました。多くの地方の食口たちも参加しました。神様が共にある中、三日間、昼夜を分かつことな く時間を過ごしました。良い集会を体験できました。ソウルを思いながら椅子を置き、大陸と大洋を越えて、お母様を思う瞬間を心に記憶しながら、厳粛に執り 行いました。アメリカの食口たちも礼服を着て敬拝を捧げ、天のみ前に栄光となるように祈りました。五色人種(すべての人種)が一つになって行う式は、私の 生涯でも初めてでした。しかし、もう少し広く、全世界に広げていかなければならないと決意しながら、無事に執り行いました

恐らく、ワシントンDCにとどまる間は、そのような日程で過ごして日本に行く予定です。その他の人々にも会わなければなりません。七月中旬までには ヨーロッパに出発しなければならないでしょう。次の旅程は、追ってお知らせします。いつも、安らかでありますように。一九六五年四月七日、ワシントンDC にて

8     お母様へ。過ぎし日々は多くの思い出とともに新たに、また新たに繰り返され、もう七十日が過ぎました。生活、風情が変わるとともに、遠く故国の山河を慕う 思いをもつのは、人情の常のようです。多くの声援と忍耐の中で、過去を築いてきた地、涙で訴える地、多くの希望の土台を築こうと情熱を燃やした地、それが 正に私たちの故国であるという深い回想の中で四十五年を振り返ってみれば、すべてがほかには知る者のないみ旨のための道でした。私の生涯はみ旨のためのも のですから、天の苦労の前に再びあすのための覚悟をもち、忠誠を尽くすことを新たに決意するものです

これまで多くの苦労と忍苦の中で、はるか遠い千里の道を築いてきた過ぎし日が再び思い出される四月十七日(陰暦三月十六日)の前日です。お母様を天 的な使命の前に立て、天と地が案じる中で歩んできた日々を、勝利で越えて築いてきたその大きな心性の前に、この異国の地から感謝を捧げます。今や多くの子 女の母親としての立場を、また案じなければならない苦労の道を遠くから同情しながら、四月十七日を過ごすと思います。私たちの過去に曲折が多ければ多いほ ど、み旨と歴史の前に、力強いやり甲斐となることを体験するとき、その過ごしてきた価値を賛美し得るのではないでしょうか。また耐え、また決意し、また越 えていくべき復帰の路程を、力強く越えて走っていきましょう。私たちの天国、私たちの世界と私たちの福地のために、精誠を尽くし、努力しましょう。定めら れた生涯の路程で、その誰かのために走り、ただ一つだけの貴い人生において、目的の前に心からの感謝をお返しし、高貴な真の父母様の使命を高く賛美しなが ら、あすまたあすと勝利で歩みましょう。五年後のことを思えば、お母様はよく歩んできてくれたと思いながら、今後のお母様がさらに慕わしくなります

十年が過ぎ、またさらに過ぎれば、私たちの過去がさらに高く、貴く表されることを期待します。その時には、私たちのみ旨と家庭も様々な形に変わり、 天が願う真の手本となる本郷の家に到達してさしあげられるよう、さらに決意する次第です。お母様も過去を回想しながら、十六日を過ごすと思います。歴史的 な聖婚日だったことを、誰が知っていたでしょうか。ただ天だけが喜び、サタンは悲しみに浸った日ではなかったでしょうか。天は福を与えようとし、サタンは 讒訴しようとする中での新天地の家庭出発だったことを思うと、私たちがもう少し深い精誠と高い徳を備えていればと思わされ、改めて考えることが多くありま

そして幼い子供たちのことを思います。会いたいです。時々、写真を見たりしています。ここも春です。韓国の山河も春だろうと思います。時間をつくっ て、春の陽気を浴びに一度出掛けるのもよいと思います。先生(お父様)と一緒に楽しむように万物を愛し、深く慰労されることを願います。私も食口たちと一 緒に、ワシントンDCのいろいろな場所を見学しようと思います。忙しい生活の中で、心を楽に保ち、妊娠中の健康に気をつけて、ビタミン摂取に励んでくださ い。昨晩、電話で声を聞いて感激しました。様々な事柄をたくさん残し、会った時に記念として聞かせてあげます。それでは、乱筆で失礼しました。一九六五年 四月十六日、ワシントンDCにて

9     孝進オンマへ。四月三十日に出発してニューヨークに向かい、四日目の五月三日夜十時半に到着しました。帰途の自動車の中で、多くの場所に手紙がたくさん来 ているだろうと話しつつ、同時に心でそのように願いながら、到着するやいなや尋ね、協会長とお母様からの手紙を受け取って封を開け、驚きました。前回、手 紙を受け取ってからすぐに返事を書き、送るように普煕に渡したにもかかわらず、まだ受け取れていないというのは、間違いなくどこかでなくなったのだと思い ます。その返事を思い返しながら、また書いてみます。便りを伝えるのが、電話で話してからは初めてになります

妊娠期間で疲れがあるとのこと、申し訳なく思います。便りのない期間が十五日を越えましたね。私は安心して、再び来る手紙ばかり待ち望んでいまし た。この期間は、ワシントンDCで主に多くの人々に会っていました。詳しい内容は、あとで知らせようと思います。恐らくお母様にも会っていれば、私をさら に敬ってくれるだろうと、時々思うこともあります!そして、願い、祈るのは、健康でいてくださいということです

出産のことは心配しないでください。その時が近づいてきたので伝えようと思います。お母様が好きなように定めてお産をしてもよいでしょう。ニュー ヨークに行って、お母様をこれから世界の舞台の上に立たせようとすれば、アメリカに来て生活を習得し、一緒に住む必要があると切実に感じました。しかし、 今は状況的にそのようなことができないので、申し訳なく思いました。ニューヨークを訪問し、毎日のように同行できないことを思うたびに、お母様を考える回 数が増えました。このことを思うときこの期間が私たちにとってさらに大きく役立つ時間であることを、天のみ前に感謝します

二十五人の食口と同行し、ニューヨーク市の重要な要所を回ってみました。あとでまた写真を送ります。文明の力が、これから天国建設に大きく貢献しな ければならない、絶対的要因であることを切実に感じました。きょう、ロンドンとローマから手紙が来ました。そこに、私たちの教会が建ちます。オランダにも 行き、フランスも行く予定です。今回の在米中に、多くの宣教国を定めて実行していきます。期待しながら、たくさん祈ってください。疲れているようです。許 してください。それでは以上にします。お元気で。協会長にもよろしく伝えてください。皆も元気で過ごしているでしょう。近い人に手紙を書くなら、このよう な内容を伝えてもよいと思います。一九六五年五月四日、ワシントンDCにて

10    孝進オンマへ。歳月があっという間に過ぎていきます。もう別れてから、あと数日で満四ヵ月です。本部の便りを伝え聞くたびに、平安であることを感謝してい ます。ただ無事で、大きな使命の前に忠誠を尽くすことを祈るばかりです。この期間も一人重責を負い深慮していることを知るたびに私は心強く思います。天的 な責任に忠孝の道理を立て、万世に追慕されるお母様をしきりに思い描いています。純潔なその身の上に、平和と平安が永遠に宿ることを願います

本当に、過ぎし多くの行事に苦労が多かったことを心から慰めてあげたい思いでいっぱいです。ぐっすりと眠りについたその姿の上にますます平安がある ようにと祈るばかりです。私は心から心配しながら、挙行されるその式典に福があることを願っていました!深く慕う、心もよく知っています。人生航路におい て深く体験するあらゆることが、のちのち私たちの家庭に福をもたらす重要な動機となる、そのような期間になることを待つばかりです

今、時刻は夜の一時四十分です。こちらは静かな夜です。故国の夜が懐かしくなります。この時間、故郷は昼でしょうから、少しおかしくはありますが、 夜だと思って送ります。お母様は、どのように眠っているのでしょうか。アメリカのことをいつも考える、その気持ちをよく知っています。早く来てくだされば と思うその崇高な心情に、安らかな深い眠りを与えてくださいと、私は願うばかりです。遠い他国の地に、隔てられ、思うすべての事情が、香り高く、誇らしい 条件になることを、今夜も私は思い描いています

妊娠中ですが、おなかの子もますます健康であることを願います。私たちの家庭の上に天の大きな保護があることを、お母様も感謝してください。天地の 運命を輝かしいものとする家庭であるようにと私はどれほど願っているでしょうか。天も、私たち統一信徒も、そのように考えていますので、今後、ますます子 女の教育に力を注がなければならないことを感じます。復帰の路程は悲しみと痛みであり、その重荷を成就の大きな栄光に変えることを喜びとして思い描きなが ら、私はどれほど耐えなければならないだろうかと思い、決心するものです。お母様をどのようにして天の孝女にするかと考え、私のために生きる烈女よりも、 天のために生きる烈女になりなさいと忠告する私の心を、一人で振り返ってみると胸が痛みます。天に行って誇り、あらゆる女性の中の勝勢者となったお母様の 姿を、私が万天宙に賛美するその日を願いながら、再び勖告をする私の心も痛みます

率いている側近の皆にも会いたいですし、気掛かりです。共に歩む運命を天地と共にして、静かな香華のごとく咲くよう、その血と汗と涙を肥やしとしな ければならないその方(お母様)を私は仰ぎ慕いながら、愛顧したいという思いを、安らかに受け止めてください。私が帰国したら、またみ旨のために行こうと ばかり勧める私に同情してください!天もそうであり、地もそうなのですから、すべてはお母様の貴さを立てるためであることを思い、最後の心情の十字架を立 派に越えましょう。女性の貴い生涯に同情する、本当に尊敬されるお母様になり、歴史において功徳の手本となって、私よりもお母様の気高さと貴さを表すお母 様の生涯にならなければなりません

ソウルに、この忙しさを伝えようとするたびに、皆に感謝します。努力に比例し、成果が見えてくるでしょう。送ってくれた血書を受け取り、二十一日を 守ろうと、準備の沐浴をしてペンを執りました。アメリカの便りが大変気になっているかと思い、紙面がとても長くなっていきます。生活を見れば、食事は韓国 と変わらず、足りないものはありません。忠誠を尽くすスッキとギスクがいるので、不便なことなど考えたこともありません。時間があれば英語の本を手に取 り、格闘しています。本当に、時間がたくさん必要です。お母様も、会話の練習をしてください。結局のところ、暗記するのが一番良い方法のようです。それ以 外では、主に人に会うことです。思いどおり進展が見られます。遠くない将来、お母様と一緒にアメリカで生活することも考えています。良いものを見れば、そ のようなことを考えます

それから、体に気をつけて、あまり憂鬱にならず、朗らかな一日を歌い、食口たちと天を慰めてください。それでは、元気でいることを祈りながら、ペンを置きたいと思います。食口たちによろしく伝えてください。一九六五年五月二十一日、ワシントンDCにて

11    孝進オンマ、どれほど苦労が多いでしょうか。早産になるかもしれないと心配したという知らせを聞いて、本当に申し訳なく思います。しかし、安定したという ことで幸いです。また、譽進、孝進がよく遊び、愛嬌を振りまくことを聞き、心から故国に思いをはせます。また、八月上旬が予定日だと思いますが、その時ま でに私が故国に帰ることができなくてすみません

しかし、天が共にあることを思いながら、七月上旬にはカナダと南米大陸を経て、七月十五日にはイギリスの首都ロンドンに到着予定となっています。そ のように過ごしてから、ヨーロッパ大陸を一ヵ月ほどかけて巡回し、ギリシャ、エジプト、ヨルダンを経由してアジア大陸に渡り、九月下旬か十月上旬には故国 を目にする予定です。期待の思いでとても待ちきれないことを、よく知っています。特に体に気をつけて、健やかに過ごしてくれることだけを祈っています。ま た、この複雑な事情でいくら苦しくても、少し耐えれば良い方向に行く日が来るでしょう

今、ワシントンDCでの生活は韓国と変わりませんが、食事の時や、眠りから目覚めるたびに、故郷への思いに浸ることがあります。そして、便りをそわ そわと待ち望む思いを禁ずることができません。そのたびに、お母様も毎日のように、配達員が来るのを待っているだろうと思うと、便りを毎日のように伝えら れないことを、心から申し訳なく思う時が何度もあります

それで、今は八日の四時十五分ですが、外出準備の時間を利用し、待ち望むお母様に、急いで短い手紙を書いています。これまで、多くの人と対面しなが ら過ごしてきました。そして、時間さえあれば英語の勉強をしようとしていますが、能率が上がりません。しかし、続けています。お母様も、英語だけは勉強し なければなりません。アメリカに来て、さらに切実に感じました。少しずつでも続けてください。流れていく歳月を巡り、み旨のための精誠を乗せて送ります。 いつも安らかであることを祈りながら、終わりにします。一九六五年六月八日、ワシントンDCにて

12    お母様へ。今しがた、送ってくれた譽進の絵を見て、育ってゆく子供たちの知恵に、より一層心が満たされています。絵を見ると、本当にとても上達しているの で、大きく成長しているのだろうと思います。とても会いたいです。孝進も、かわいい盛りのようですね。私をしきりに捜す姿が目に浮かびます。大きくなった でしょう。早く帰って会いたいです。新たに生まれる赤ん坊を思いながら、八月七日頃を一人で指折り数えたことが一度や二度ではありません。大変心配してい るようですが、すべてを天のみ前に委ね、心配しないでほしいと思います。私は、そばにいなくても、心だけはずっと一緒ですから、天のお父様を仰ぎ、祈るば かりです。今、とても大変でしょうから、気をつけてください。譽進の手紙から、不安な気持ちを窺うことができました。出産は、お母様の計画どおりにするの もよいと思います。平安な気持ちで過ごせるように願うばかりです

それから、時が訪れ、私たちの忠誠が求められる時期になりました。精誠の限りを尽くして、本部でも国外でも、努力が必要であることを切実に体験して います。本国がよくやってくれるので、うれしく思います。報告書を見るたびに、感謝するばかりです。すべて、天の苦労のお陰です。私たちは真の天的使命 に、さらに深い責任を覚悟しなければなりません。日本の便りを聞いても、本国と同じく発展しているという報告です。アメリカも発展しています。先生が通っ てきた所は、時の運が共にあることが分かり、感謝に堪えません

早く目的とする「神の日」を成就させなければなりません。そこに向かって、また前進しなければならないでしょう。よく耐えて、勝利へと越えていくお 母様の貴い姿が栄光を受けるように、私はすべてを尽くし、助けたいと思います。これから行く道に光明が宿ることを願って進みましょう。ぜひとも、体に気を つけてください

食口を率いて未来の建設のために準備し、幸せな家庭を成就して天のみ前に捧げましょう。そうして、天宙復帰の聖業を高々と輝かせましょう

普熙から、旅行計画書が届くと思います。それに従って旅する予定です。これからの道に天的意義があることを祈り、み旨に従っていこうと思います。ア メリカの食口たちの苦労が、物心両面で大きいです。み旨に従って忠誠を尽くす食口たちの貴い姿を覚えていてください。これまで、私は多くの人々に会いまし た。とても気になっていると思います。ここの食口と、同行者たちも元気です

世界を連ねて聖地を選ぶことが基台となり、全体の運動に天の恵みが宿ることを願いながら、忙しい旅に出発する日を望みつつ、整理しています。一九六五年六月二十二日、ワシントンDCにて

13    孝進オンマ、この数日間も無事に過ごしたと思いつつ、また平安を祈ります。世界の変遷を促す歳月は、矢のように過ぎ去っていきます。既に、出発してから 六ヵ月が過ぎました。あすが七月一日ですから、今、正に忙しく出発のための準備をしています。アメリカでの生活はきょうで終え、あすから再び休む間もない 世界巡回で忙しくなります。きょうはアメリカの上院議員二人に会い、帰ってきてからすぐにペンを執りました。アメリカの状況は、ほぼ見当がつくようになり ました。その他、二十五日にはアイゼンハワー元アメリカ大統領に会い、その何日か前にも上院議員に会いました。現代の世界的指導者たちに会ってみました。 そのあと、いろいろと考えることが多くあります。私たちの大いなる理念を中心として、今後の世界宣教のためにいろいろと参考になることが多くあります。お 母様は、韓国での使命がどれほど大変でしょうか。ありがとうございます。み旨のため、天に向かって孝女の責任を果たしてくださることを願うばかりです

今、孝進と譽進の写真の前で手紙を書いています。彼らに見られている気分です。早く帰って会わなければと、写真を見て思いながら書いています。本当 に会いたいです。さらに予定日が迫ってきていますが、私が一緒にいてあげられなくて申し訳ありません。出産に関しては、協会長とよく相談して行ってくださ い。食事に気をつけ、栄養を考えてください。孝元氏の報告に、生活が思いどおりにいかず、その影響がお母様にまでいっているという言葉があり、一方で心配 していますが、節約すると報告にあったので、感謝しています。天が責任をもてるように皆が精誠を尽くし、ただ忠孝の道理を立ててください。こちらはみな元 気でいます。そして、今回は、アメリカ食口の物心両面での苦労が大きいと思います。将来、天が助けてくれることを祈るばかりです。送ってあげた旅行日程を また送りますから、受け取って安静にしてください。保護の中、無事に帰国できることを待ち望んでいます。子供たちを連れて、苦労が多いと思います

四十数ヵ国を歴訪するつもりです。出発したあと、連絡先をお伝えします。韓国の現在の事情をよく知っている私としては、そのために祈るばかりです。 今の旅も、将来の韓国の道をならすためのものだと思いながら、民族の前に申し訳なく思う気持ちをなだめようと思います。旱魃がひどいということで心配で す。そのような時ほど、統一の役軍(担い手)はさらに発奮しなければなりませんね。暑い夏の季節、苦労させることを申し訳なく思います。四方を見ながら、 手本となる立場に立とうとしていることに同情します。責任を負った者たちの重大さを、さらに切実に感じると思います。いつも平安を祈りながら、忙しい中で の乱筆、失礼します。十月中旬にはまた会えることを願いながら、安らかで健やかに過ごせるよう、祈るばかりです。それでは、元気でいてください。一九六五 年六月三十日、ワシントンDCにて

14    孝進オンマ、今ちょうど、スペインの首都マドリードの飛行場から、イギリスに向かって出発しました。十四日の午後八時十五分です。太陽がスペインの山野を 照らしています。もう少ししたら、たそがれが訪れるでしょう。農業国ですが、それほど農地が肥沃には見えません。山にも木が多くありません。飛行機から は、遠くに白みがかった霧がかかり、天と地が薄らいで見えます。二時間だけ飛べば、西欧文明の中心国家であるイギリスの首都ロンドンに到着し、金永雲氏に 会う予定ですが、そこの様子はどうなのか気にしながら飛んでいます。二ヵ月余りで何人伝道したのか、新しい食口たちと一緒に迎えに来ているだろうと思いま

太陽が西の雲の中に隠れ始め、山野には暗闇が訪れます。ドーバー海峡を飛び越えていくこの道が、み旨の道を高める道になることを願っています。イギ リスまで行けば、本当に故郷に帰る気分になると思います。きょうは、スペインで観光バスに乗り、宮殿と博物館を見学しました。王宮は二十六年間かけて建築 したもので、ヨーロッパ文明を総合した芸術品が驚くほど積まれていました。博物館を見ても、三千点以上あるという絵の中に、有名な傑作がたくさんありまし た!今、飛行機は雲の中に包まれていきます。日の光は、空を紅色に染めながら、横の窓にペン先の影をまだらに映しています。客室乗務員が促す夕食のため、 仕方なくペンを置かなければならないようです

故郷の便りを、イギリスに行けば受け取れると期待しながら飛んでいます。食口全体が無事で、お母様の体の健康と子供たちも無事であることを思いつ つ、遠く心の中で慕わしさがつのります。全体の活動状況を知りたいですし、また、会える日が待ち遠しいです。私たち一行はみな無事なので、安心してくださ い。近くにいる食口たちにも、よろしく伝えてください。白い雲に乗り上げてはまた通り過ぎ、山野を広い庭園にして飛ぶ騷音とともに、展望の一景を思い出と しながら、ひたすら通り過ぎていきます。日の光も黒い雲に遮られ、明るかった機内も少し暗くなります。それではここまでにします。元気でいてください。一 九六五年七月十四日、イギリス行きの機上にて

15    孝進オンマ、今ドイツに来て、数日がたちました。ドイツは国民性が勤勉な国民であることを、戦後の復興の様子を見てさらに感じました。全国的に六〇パーセ ントも破壊されて廃墟になった土地を、新しい国土に造り変えたのを見ると、韓国に対する私たちの立場を改めて思い、今後の私たちの責任が大きいことを切実 に感じます

ドイツに来て、本部の便りを待っていたのですが、何の知らせもないので気になっています。きょうは八月四日です。お母様のことを思い、追憶の日であ ることを、遠く離れて記憶しながら、昨年のこの時(一九六四年八月四日、惠進様の聖和)のためにお祈りします。もう八月ですから、臨月に入り、どれほど心 配しているかと思いつつ、すべての面において委ね、やり抜いてくださるようお願いします。今、ちょうど外出の準備をして応接室に来てみると、新たに変更さ れた巡回旅程を韓国に送るというので、急いで書いています

新しい赤ん坊の名前ですが、男の子なら「興」の字、女の子なら「仁」の字にしてくれればと思います。皆が祈ってくださったお陰で、私たち一行は無事 に過ごしています。あすはドイツを離れます。十八日頃、イタリアに到着する予定です。そちらに手紙を送ってください。その頃には、出産が終わっているで しょう。皆によろしく伝え、体に気をつけてください。しきりに心が故国を訪ねていきます。子供たちは元気ですか。それから、協会長に相談して、私がアメリ カに出発する時に持っていったのと同じハンカチを二十枚用意し、同じはんこを押しておいてください。お土産を買っていくのは、重くて不可能だからです。 帰ってから、お土産の代わりにするようにしてください。皆の平安と健康を願いながら、これで終わります。旅行スケジュールで、イタリアの宿所が変更してあ ります。一九六五年八月四日、ドイツにて

真のお父様が食口たちに送られた手

16    孝元氏と食口の皆さんへ。この期間、みなお元気でしたか。皆のことを遠くから慕っています。もうお別れをしてから二十数日がたちました。金浦空港を出発し た日、多くの食口たちの大々的な歓送を受け、過去と今と未来を心の中で思いつつ、感慨無量でした。千人以上の若者たちが、一人の師に誠心のこもった歓送の 思いを表してくれたことに対し、天のみ前に感謝すると同時に、それがただ天の栄光になることを願い、心で申し訳ないという思いを抱きました。食口たちの前 で手を振りながら、振り返って別れを告げる時の決意は、今も心の中にみなぎっています。立派に闘うことを願う思いと、今回の巡回に天が定めた高い意義を心 に抱きながら広場を回り、デッキに出て手を振ったことが鮮やかに心に残っています。最後に搭乗台に上がる時、故国の地を見つめながら、「四十数年の歳月を 共にした故国の地よ、元気でいなさい!」と思い、感謝しながら、何とも言えない感慨を覚えました

「故国の地よ、食口たちをしっかり養育し、しっかり守ってほしい!」と心から念を押しながら、搭乗台に上りました。同時に、食口たちの歓声の高まり に対して、心の中の祈りで答えながら飛行機に乗り込みました。もう少し、食口たちのほうを向いて眺めようとしたのですが、乗務員の勧めに従い、そのまま中 に入ってしまいました。席に着き小さな円形の窓から外を見ながら、二ヵ月間、元気でいることを祈るばかりでした。出発時間になって飛行機が動き始め、食口 たちの姿が見えなくなって数分後、離陸しました

飛行機は、金浦空港を離れて次第に高く上がり、一万メートル以上の上空に高度を定めて東京に向かいました。韓国という故国の地を通り過ぎ、日本の地 が見え始めると、すぐに時間となり、東京着陸の信号とともに到着しました。大勢の日本食口の歓迎を受けながらデッキを降りる際、深まっていくたそがれに、 羽田飛行場のネオンサインと赤い電気の光が刺激的でした。次の瞬間、日本の食口全体が先生に気づき、大きな歓声で迎接エリアの前のほうに押し寄せる中、返 礼の意を表し、空港の税関を通って出口に進むと、食口全体の出迎えに囲まれてしまいました。その後、高速道路を走り、四十分で東京の教会本部に到着しまし た。道路の周辺を見回してみると、二十数年前からは見違えるほど発展した様子を窺うことができました

食口全員が参加する中、歓迎集会に臨み、初めて日本語で所感の一端と日本食口たちの新たな覚悟を深めるみ言を伝え、十二時過ぎになって東京での生活 に入りました。その後、十五日間は巡回期間として忙しい日程を組み、日本全国を巡回して、十二日にアメリカに向かいました。到着は、十二日の朝五時頃でし

異色な風情を感じながら、歓迎に出てきたアメリカの食口たちと喜びの中で会い、自動車で空港をあとにして教会に着き、食口の前で挨拶の言葉を述べて 歓迎和動会を終え、アメリカでの生活を始めました。多くの名勝地と重要な都市を選び、数日が過ぎて、ようやく遠く韓国を思い、食口たちの名を呼びながらペ ンを執りました

天の加護があることを祈るばかりであり、複雑な日程を送り、多くの苦労をしながら過ごしていると思いますが、心配はしないようにします。十九日から サンフランシスコを発ち、全米のすべての州を巡回する路程を出発して、ワシントンDCには三月二十四日か二十五日に到着する予定です。アメリカの巡回に四 十日近い日程が必要になるでしょう。この期間の日程表はサンフランシスコから送りますから、便りを伝えようとするときは、そこの住所に手紙を送らなければ なりません。そのあとの日程は追って知らせますので、そのように承知して、苦労が多いと思いますが、耐えながら、大きな使命に誠心を尽くしてくださるよう に願います。食口の皆さん、お元気で。一九六五年二月十五日、サンフランシスコにて

17    食口の皆さんへ。故国が平穩であることを、皆さんが伝えてくれた知らせを通して、よく知っています。先生が出発する時、故国の山河は冬の季節でしたが、今 は春も過ぎ、夏の季節になりました。既に六ヵ月がたちました。自然が移り変わっていくように、み旨の道も移り変わっているだろうと思いながら、はるか遠い 三千里の山河、故国を慕わしく思います。四十年以上の生涯を涙と血と汗でぬらしながら手にしたその地と民族、その中でも、食口たちをどうして忘れることが できるでしょうか。将来の平安な祖国と食口たちの安泰を、夢にも忘れることができません。いくら外国の文化が優れ、偉大だとしても、心情を通して連結した その崇高な力の前には、自然と頭が下がる思いがします。共に苦労しながら交わした情と、何にも増して強い力は、時代と世界を超越して存在することを痛感し ています。そのような私が、どうして故国の山河を忘れるでしょうか

以前に先生が全国を巡回しながら祈っていた心情と、いかなる他国でも見いだせない痛切な思いを、様々な国々を訪問するほど体験するだろうと思いま す。日本とアメリカを訪ねていくとき、私たちの先祖たちが責任を果たせなかったことを感じれば感じるほど、子孫である私たちの時代にその責任を蕩減しなけ ればならないことを思いながら、現在の統一食口の立場がそうであることを知っています

しかし、どれほど長く忍耐して闘っていかなければならないのかを思うと、私たちの行く道で、再び十字架を目標としなければならないことを、より一層 感じます。けれども、私たち民族の悲惨な歴史より、天の悲惨な歴史がもっと大きいことを感じます。天宙のための役軍である統一信徒たちが行く道を見つめる とき、私たちの哀れさも大きいですが、私たちを指導し、導かれる天のお父様の苦痛と悲しみがどれほど大きいかを、誰が推し量れるでしょうか。天と地に大き な過誤をもたらした人間の責任が私たちにあることを思えば、心苦しく、焦るような思いで喉が締めつけられ、思わず涙したくなります

しかし、再び行かなければならない道で、上がるか下がるかの運命を決しなければならない祭物的立場にいる私たちは、四方を見渡すのではなく、祭壇か ら離れてはいけない犠牲の祭物であることを忘れてはいけません。韓国の困難もありますが、世界のより大きな困難が残っていることを知らなければならない私 たちなので、国家的十字架も私たちが忍耐して背負い、世界的ゴルゴタまで越えて意気揚々と前進しなければなりません。私たちに残された国家的十字架と世界 的十字架に向かって勇進する若き闘士たちにならなければなりません

私は、外国を巡りながら、今後の計画のために世界的基盤を準備しなければならないことを痛感し、日本とアメリカから青年たちを各国に派遣するつもり です。今年中に十二ヵ国以上にならなければならず、さらには、早く二十ヵ国に広げなければなりません。外国の青年食口たちが本国の青年食口たちに負けない と決意するのを見て、天のみ前に感謝しています。私は今、ワシントンDCでブラジル宣教師の任務を携えてきた日本の青年を見てうれしく思っています。彼は 二一歳の青年で、言語も全く分からない中、命を懸けて他国に向かうのですが、その統一青年の勇気をうれしく思うのです

本国にいる食口の皆さん、本国の威信と体面を立てるためには、国内だけでも天的な要求に臨む責任を果たしてくれることを、外国の食口たちは切に願っ ています。本国は、苦労の汗と涙と血を流した十字架の道を行く手本を、全世界の統一青年たちに伝統として残してあげなければなりません。私たちには、それ 以外に必要なものは何もないのです。しかし、これ以上に貴い宝がどこにあるでしょうか。忍耐して、また忍耐して歩んでいけば、光明のあすが私たちを待って います。本国の旱魃が厳しいようですが、私たちは、そうであるほど忠誠を果たすべき道が訪れてくると思って越えていかなければなりません。ですから、先生 は最も暑い季節に出発しようとするのです。外国の地で熱い汗を流しながら、故国の地で苦労する食口たちの汗と困難を体験したいと思います

あすは七月一日ですが、これからアメリカでの生活が半分くらい残っています。私は食口たちの将来と天の責任を通じた忠誠を、世界の至る所で輝かせて みようと思います。外国歴訪は、全体が共にあることを手紙で伝えて出発します。天の保護が私よりも食口の皆さんにあることを願うばかりです

紙を書いてみるとまた苦労しなさいと書いてしまいました。しかし、行くべき運命なのですから、どうすることもできません。師の道と父の道を相続する 人たちの世界は、私たち韓民族に向かって訪ねてきているではないですか。耐えていきましょう。精いっぱい忠誠を尽くしましょう

また、夏季伝道期が訪れます。三年路程と四年路程が私たちに何をもたらしてくれるのでしょうか。今、韓国の事情と世界の事情を見て、耐え忍び、死な ずに残って、称賛される人になることを願います。これから出発すれば、十月の中旬くらいに祖国に到着します。大勢の食口たちから手紙をもらいましたが、返 信できないことを理解してください。外国の知らせを伝えることができないことを了解してください。書きたいことはたくさんありますが、送別の時間になり、 先生の登壇を告げる賛美の声が聞こえてきたので、これで筆を置くことにします

ソウルの報告によれば、食口たちが一生懸命に活動しているとのことですが、そのように一生懸命に活動する食口たちに感謝します。再会する時まで全員 が健康であることを願い、天的な使命に忠僕となることを願います。乱筆をお許しください。常に平安であることを願います。食口の皆さんへ。先生より。一九 六五年六月三十日、ワシントンDCにて

真のお父様が興進様に送られた手

18    興進!気品があり、熱い心をもっている私たちの興進。お父さん、お母さんに会いたいだろう。お父さん、お母さんは興進のことを一番愛しているよ。だから、 本当に会いたいな。今はアメリカで、韓国に一番近いサンフランシスコに来ている。二十六日にはニューヨークに行くよ。兄弟姉妹同士で愛し合いながら、元気 にしていることだろう。お父さん、お母さんが帰る頃には、随分大きくなっているだろうね。勉強を一生懸命にして、お兄さん、お姉さんに自慢しなければなら ないよE。ハンサムな興進だから、そのようにすればどれほど格好いいだろう!クリスマスと新年に、たくさんの福があるように。本当に会いたいよ。それで は、元気でね。一九七二年十二月二十四日、サンフランシスコにて

真のお母様が孝進様に送られた手

19   孝進、会いたいな。いつでも呼んで、思い出し、走っていって抱き締め、放したくない、良い子でかわいい、大切な、愛する息子。あなたたちの父母を愛する天 の心もまたこれと同じなのですから、孝進、少しの間、離れ離れですが、あなたたちは幸せな天の息子であり、娘です。寝ても覚めても、いつも小さなものから 大きなもの、小さなことから大きなことについて天と相談し、天を前に立てて生活するあなたたちになってこそ、さらに大きな祝福と愛が共にありますよ。私た ちの孝子、孝進!天の孝子であり、地の孝子であり、全宇宙の孝子、孝子の手本になる私たちの善良で賢い孝子である孝進、愛しています

この前の子供の日、電話でだったけれど、あなたの凜々しく成長した姿を感じることができました。お父さんとお母さんは、み旨に従っていつも忙しい生 活で、あなたたちと過ごす時間が少なくてとても残念だけれど、お母さんもお父さんもあなたがいるから、頼もしく思います。孝進、あなたは普通の子たちとは 違います。ほかの子たちと一緒にいても、あなたの根本を、天の品位を損なってはいけません。ですから、他の人よりもさらに一生懸命に学び、努力して、あな たの実力を豊かに育まなければなりません。そのようにしようと思えば、他の人が眠る時もあなたは努力しなければならず、一分一秒が惜しいことを感じなけれ ばなりません。世の中の有名だというあらゆる博士たちを、越えなければならないでしょう。孝進なら、やれば何でもやり遂げることができますよね。お父さ ん、お母さんは、いつもあなたを誇らしく思っています。近いうちにまた会ったとき、お父さん、お母さんをたくさんたくさん驚かせてくれますか

孝進、写真を何枚か送るので、興進と一緒に見てね。興進のことを、たくさんたくさん愛してあげてね。あなたはお兄さんだから、お父さんの代わりで しょう。おいしいものがあったらまず興進にあげ、良いものがあれば弟を思って世の中にまたとないお兄さんであり、弟でしょう。「お父さん、お母さん、僕よ りも弟の興進をもっと愛してくたさい」と言えなければならないでしょう。格好いいお兄さんになるよね。すてきな服を着て、ハンサムなだけが格好いいことで はありません。これはすべて殼です。心が、心のもちようが立派であってこそ、本当に格好いい人です。孝進はよく分かっていると思いま

お父さん、お母さんはあなたに対して、大きな夢をもっています。格好いい人、本当に格好いい孝子、孝進になってほしいという夢です。お母さんは待ちながら、いつも祈っています。健康でいてください。元気でね。一九七三年五月十二日、ベルベディアにて。

第一節 真の父母様のアメリカ摂理出発

真の父母経 目次     第六篇  目次

第二章 真の父母様のアメリカ摂理と巡回講演  目次

第一節    真の父母様のアメリカ摂理出

困難を経て実現したアメリカ路

第三次世界巡回は、真の父母様がアメリカに滞在しながら世界宣教活動を主導するため に推進されたが、序盤から難関にぶつかった。韓国出発から、日本を経由してカナダ、アメリカ到着に至るまで、多くの困難が伴ったが、奸余曲折の末にアメリ カに到着され、アメリカを中心とした世界宣教の陣頭指揮を執られるようになったのである

1     一九五九年に、世界的基盤を築くため、アメリカに宣教師を配置しました。宣教師たちが責任を果たしていれば、相当な影響を及ぼしたでしょう。私がアメリカ に行って、二一年路程を通して血を流す路程を経なくても、難なく勝利できる基盤を築いていたのです。急がれる天のみ旨と天的な使命を知っていましたが、ア メリカにいる宣教師たちを中心としては、アメリカを手際よく処理できませんでした。彼らはアメリカを相手にすることができないというのです。それで一九七 一年にアメリカに行く時、神様と約束をして出発しました。韓国と日本を突破したので、アメリカを突破しなければならないと考えたのです

2     私たちが最初、韓国から日本に出発しようとした時が、韓国政府が国家非常事態を宣言(一九七一年十二月六日月曜日)する正に前日でした。よくよく見れば、 事態が切迫しているというのです。それで、出発しようとしたのですが、日曜日で手続きができないのです。外務部旅券課課長の決裁を受けておかなければなら ないのですが、受けていませんでした。日曜日だとしても出発しなければならないのに、認証書がないので出発できなかったのです。ところが、出国三十分前に 旅券課の課長と会うことができました。それは天の役事です

3     一九七一年に、私がアメリカに出発する時には食口たちに話しませんでしたが、神様の特別な命令があり、三年間で、アメリカに対する世界史的な使命を果たさ なければならない責任を感じて、アメリカに向かいました。アメリカ国民に対して、どのように三年間で新しいキリスト教、新しい信仰の道へと向かうように方 向を設定してあげるかということが、神様の求めるみ旨であると知ったので単独でその巨大な国に行ったのです

行く道がどれほど大変だったか、金浦空港を出発する時から問題が起こりました。その時、出発できなかったはずなのですが、特別な縁が結ばれて出発で きました。そして、日本に寄ってみると、そこでも問題が起きました。アメリカに入ろうとすれば、ビザがなければならないのですが、ビザが出なかったので す。入らなければならない神様のみ旨があったので、どのような冒険をしてでも、アメリカに入らなければなりませんでした

それが思いどおりに行かないので、カナダに入ってその道を開こうとしました。それで、カナダにいる統一教会の食口たちを前に立てました。私に対して、アメリカ国務省が何を理由に入国許可を出さないのかを、カナダにあるアメリカ大使館に行って調べたのです

アメリカ国務省から来た報告は、「レバレンド・ムーンは一九六七年以降に、共産勢力と一つになって協助した前歴があるので、入国させることはできな い」というものでした。誰かが、統一教会の文某という人は共産党と手を組んで協助したという報告をしたのです。それで、それに対して抗議しました。アメリ カの上下両院議員たちに電話で連絡を取り、彼らを通してカナダにあるアメリカ大使館を四方から攻めたのです

ですから、彼らは国務省に連絡したのですが、その時、かなり大きな問題になりました。韓国大使館まで問題になったのです。このようにして、自分たちの報告が事実でないのが明らかになることによって、仕方なく私にビザを出し、アメリカに入れるようになりました

4     カナダで数日だけでも延長されたとすれば、入ることができません。それを見て、悪の勢力、見えないサタンの勢力が、神様のみ旨を成就しようとするその道 に、あらゆる手段で反対していることを如実に感じました。そうして、カナダからワシントンDCに行こうとするのですが、希望する時間に飛ぶ飛行機がありま せんでした

当時、「リトル・エンジェルス芸術団」が、一九七一年十二月十八日にケネディセンターで公演するその時間までに、そこに行く約束をしていました。何 としてでも、その時間に合わせて到着しなければならないのですが、飛行機がないので、仕方なく双発機に乗って非常に低く飛び、山合いを通りながら六時間も かかって到着しました。このようにしてアメリカに入ったのです

アメリカを中心とした世界宣教摂理の背

一九七一年十二月十八日は、真の父母様がアメリカに入城され、世界摂理の路程を本格 的に出発された歴史的な日である。そして、一九七二年から七四年まで、アメリカで活動された三年間は、真の父母様が神様のみ旨を中心としてアメリカを立て るため、渾身の力を注がれた期間である。特に、天の側のアベル国家であるアメリカを中心に、世界宣教の堅固な基盤をつくられたのである

5     氏族()メシヤ圏を立てようとすれば、国家的基準と世界的基準を探し求めなければなりません。神様の代わりにメシヤを派遣するためには、家庭的基準を越 え、国家的基準を越えて、世界的基準まで行かなければなりません。神様は、一度選んだ人が失敗すれば、二度と再び用いることはありません。二度と使うこと はないので、イスラエルの民も四十年間、二世を通して役事をしたのです。失敗した一世を再び立てることはできません。キリスト教がお父様と一つになれない ことにより、四十年を中心として、蘇生旧約時代と長成新約時代をサタンにすべて奪われたので、基盤がありません。旧約イスラエル圏、新約キリスト教圏がで きあがってこそ、成約完成圏が立てられます。蘇生と長成が立てられたあとに完成が立てられ、旧約と新約の上に成約が立てられるのです。ところが、それが完 全にサタン世界に行ったので、再び取り戻してこなければならないのですが、それを一人ですることはできません。アメリカを奪ってくるためには、闘わなけれ ばなりません。なぜなら、父母様がアメリカを天の側のアベル国家に定めたからです。父母様がアメリカを選んだので、その期間にアメリカを解放してあげなけ ればなりません。現代のローマであるアメリカを、大韓民国を中心として世界に連結させて、世界的版図を立てなければなりません。アメリカはイスラエルと ローマの延長である世界版図なので国家基準と家庭基盤を中心として、全国的な版図を私たちが拡大しなければなりません

6     第二次七年路程の期間は、国家的基準です。第三次七年路程は世界的基準です。ですから、私は世界復帰路程を行くのです。したがって、世界を回りながら、韓 国に寄れるなら寄るのであって、私が韓国に来て闘わなければならない時代は過ぎました

その代わり、韓国で闘った以上に、世界の舞台でこの三年の期間に熾烈な闘いをしなければなりません。アメリカの朝野を動かさなければなりません。韓 国で方向を提示したのと同じように、民主世界を主導するアメリカが今後の行くべき道を見失ってしまったので、私が三年間で基盤を築くのです。統一教会と父 母様の家庭を中心とした二十一年路程がアメリ力で終われば、統一教会の家庭を中心とした勝利の版図が世界的に現れるでしょう。家庭を中心として編成したの で、家庭的世界圏を拡大できる時代に入るというのです

7     一九七二年から残りの九年を越えれば、統一教会は世界的な宗教として登場するでしょう。これは、皆さんだけがするのではなく、父母様も一緒にするのです。全員が一緒にしなければなりません

父母様は、今まで杭を打ち込み、縄を掛けておきました。そして、旗を掛けておきました。今年も、アメリカを中心として伝道をするために、ニューヨー クに家を買い、今後、ワシントンDCにも家を買って、大々的に世界的な教育を行うことを計画しています。そのようにして、アメリカの上院議員たちや著名な 人士たちと連結させるための活動をしているのであり、大学教授たちを中心にアジア協議会から世界協議会をつくるのです。今後、アメリカが共産勢力の活動舞 台になることを防備するための準備をしていくのです

8     復帰は、外的なことからしていかなければなりません。いくら心的な基準ができていても、外的な基準、体的な基準を収拾しなければ復帰ができません。旧教は 外的な基準である体の部分であり、新教は反対を受ける立場である心的な基準です。新教のアメリカが、旧教のヨーロッパのすべてのものを、二百年間で受け継 いだのです。完全に移して世界の新教と旧教を連合し、外的世界と内的世界を統合して起きたのが第二次世界大戦ですが、ここでキリスト教文化圏が勝利したの です

歴史始まって以来初めて、内外を統一しました。神様を中心として内外を統一した時は一度しかありません。この時、統一基盤をもったのです。外的世界 と内的世界を初めてキリスト教の名で統一した時は、第二次世界大戦終結直後しかなかったというのです。ですから、アメリカの願いは、「神様のもとの一つの 国」でした。これは、イエス様が抱いた願いです。イエス様が願っていたのは、イスラエルの国を中心とした「神様のもとの一つの国」だったのですが、失敗し たので、カインとアベルであるユダヤ教とイスラエル民族を一つにして、国を取り戻そうとしたのです。これを成し遂げることができなかったので、世界的舞台 で国を探し求める立場に立つようになり、「神様のもとの一つの国」という言葉が出てきたのです

9     私が国を背にし、韓国の食口たちのもとを離れてアメリカの地に一人現れる時のその悲壮な心情は、誰も分かりませんでした。しかし、「あなたのみ旨により、 このアメリカ大陸を私の手中に渡してくださり、私の手に握らせてください。私は強く雄々しく歩みます。私の栄光のためではなく、民主世界のために、この国 を父のみ前に復帰しなければなりません」と祈ったのです

ここに暴風雨が吹きつけ、受難の道が何重にも横たわっているとしても、これを回避するのではなく、直行するでしょう。既に、手錠をはめてFBI(連邦捜查局)CIA(中央情報局)の鉄格子の中で眠ることを覚悟したのです

10    私は、アメリカに行くやいなや、一九七二年からアメリカで有名な上院議員たち、私が必要だと思う人にすべて会ってみました。彼らを中心として、ホワイトハ ウスをどのように動かし、上下両院の議員たちにどのように影響を与えるかという問題について祈りながら、今まで信仰の道を開拓してきたのです。アメリカ全 体を思想武装させなければなりません。なぜなら、巨大な全世界の共産勢力が、今日、アメリカを最高の敵とみなし、四方から矢を放つ立場にいるからです。ア メリカがそれを防ぐためには、神様を中心として、国家的に確固たる精神武装ができていなければなりません

共産党は神様を否定しますが、マルクス共産主義理論を中心とする経済体制の世界観を中心として現れる一つの宗教形態と同じです。その時代において、 物質的に神様のような権威をもって現れるのが共産党です。彼らは、所願成就のためであれば悪魔サタンと同じように行動するので、彼らが行く道には許しがあ りません。自分にとって妨げになれば、切り捨ててしまうのです。このような共産勢力に備えるためには、天の側でも、すべての国家を代表するアメリカが確固 たる精神武装をしなければならないというのです。ですから、彼らに会ってそのようなことを主張したのです

11    お父様は、韓国で活動していたときも、アメリカで活動するときも同じです。特に変わることはありません。心が同じです。アメリカに来ていますが、大韓民国 の一人として来ているのではありません。観点が違うというのです。「私がたとえ髪は黒く、肌の色は黄色人種で、アジア人の顔であっても、私の心だけは、天 のために生き、世界のために生きる純粋なアメリカ人である」と考えるのです

ですから、アメリカの中に属している私ではなく、アメリカのために生きる私だというのです。観点が違います。そのため、アメリカでのあらゆる受難を、甘んじて受けようというのです。アメリカでのすべての困難を、他人事ではなく、自分のこととして責任をもつのです

12    私が一九七一年にアメリカの地に渡った時、「あなたたちアメリカを神様が祝福してくださったのは何のためか。それは、アメリカが民主世界を代表し、来られ る主を迎える一つの世界を準備するためである。そのようなみ旨の中で神様が祝福したのだ。ところが、アメリカは滅ぶようになった」と強く主張しました。 「もはや、アメリカのキリスト教は希望をもつことができない。私は韓国の地で生まれ、哀れに追いやられている立場だが、あなたたちには私が必要ではないの か。気に入ろうと気に入るまいと、私のするとおりにしなさい」と言いながら、孤独な身でアメリカ大陸に足を踏み入れたのです

民族をあとにし、追われる立場の身ですが、このアメリカの民を自分の民よりもっと愛さなければならない運命にあることを私は知りました。私は、自分 のために生まれたのではありません。夜も昼も自分のために生きようとはせず、自分のために死のうとはしませんでした。「神様と人類のために生きることがで きる場が私の前に来たのだから、歓喜で迎えなければならない」と考えたのです

13    私はアメリカに行って、「イエス様が三年の公生涯路程の中で、ローマを動かし、世界平和の基地を形成しようとしてできなかったことを、アメリカで私が形成 しよう。三年以内にアメリカで、私のことを知らない人が誰もいないように幼子の中にもいないようにしよう。イエス様が民族の反逆者として死んだのと同じよ うに、アメリカ国民が私に対して、殺してしまおう、と言うところまで行くだろう」という話をしました。それが一番早い道なのです。ですから、すべて計画ど おりにしたのです

14    私たちには、韓民族を抱え、世界の共産圏を抱えて、神様を中心に談判祈祷しなければならない三年路程が残っています。このような切迫した問題があるので、 私たちの活動基盤を世界的に拡大しなければなりません。ですから、一九七二年の秋には、十二ヵ国以上の国で(伝道)機動隊をつくるでしょう。そのようにし て、彼らを直接管理するのです。国内に長くいることはできないでしょう

私は、この大韓民国の息子として生まれ、大韓民国の誰にも負けないほど国を愛しました。愛国者たちにも恥ずかしくないほど忠誠を尽くしました。第二 次七年路程が終われば、苦労した人々をすべて世界的な人物にするのです。アメリカに行って活動しながら、ヨーロッパ一帯の先進国家を指導できる巡回師を育 てなければならず、監督要員たちを育てなければならない責任があるのです

15    時が差し迫るように巡っていき、時間が切迫しているので、お父様が命令したことに対して必ず結果が付いてこなければなりません。それをしなければ、赦しよ りも叱責を受けるようになるでしょう。皆さんは、世界史的な犠牲(を払い)、皆さんが想像できず、皆さんの先祖ができなかった歴史的な犠牲を払う覚悟をし なければなりません。そして、絶対服従しなければなりません。そのようにしながら、謙遜にすべてを受け入れなければならないのです

今、皆さんは、ここべルベディアに来てお父様に会っていますが、お父様は、最前線で皆さんに会おうと思います。巡回に出なければならないというので す。今回、アメリカの上下両院の議員の中で有名な人、私が会いたかった人には、ほぼ全員会いました。次は、何人かの世界的な学者に会おうと思います。その 次に、最前線にいる皆さんに会わなければならないというのです。皆さんは、寝ても覚めても、一切をお父様に合わせなければなりません

16    アメリカが霊界を動かす基盤を築くために、アメリカの指導者たちに会っています。上院議員たちを中心としてアメリカを動かすためには、彼らの先祖を動員し なければなりません。彼らは国の各州の指導者ですから、言うならばカイン的存在です

彼らが私の動きに関心をもつようにしてこそ、霊界が相対になり、私たちのみ旨を展開できる霊的基盤が造成されるというのです。アベルに屈服する人が一人でもいれば、そこから基盤が定まるようになります。それで今トップの人々にすべて会っているのです

17    イエス様を中心として見てみるとき、イスラエルの国の人が一つにならなければならず、その次には、ユダヤ教が一つになって、イエス様と一つにならなければ なりません。ところが、国が反対し、教会も反対しました。ですから、今、アメリカの責任者たち、イスラエルの主権者のような人々が、み旨に対して反対しな い基盤を築くことが最も急務なことです

それで、アメリカの最高責任者に会い、次には教会の責任者に会うのです。国の最高責任者に会ったあとは、アメリカで最も有名な教会の責任者を呼んで 会うでしょう。その時は、政府の権威ある人々の後援を受けて推進される計画を立てなければなりません。そのようにすれば、霊界が地上に協助できる基盤がつ くられます

言い換えれば、教会と国が一つになり、通じる道ができるので、霊界は地上と連携できるのです。カイン、アベルが連携するのと同じです。それが、お父 様によって成し遂げられたため、結局、蘇生、長成、完成が平面的に形成されるというのです。そのようになれば、旧約時代、新約時代、成約時代の霊界全体が 協助することができます。そのような基盤を築こうというのです。それを今、しなければなりません。お父様は、それを最も重要な問題と見ています

18    一生を中心として見れば、お父様がアメリカで過ごした期間が一九七二年からなので、年数で二十七年です。お父様の一生において四十年復帰路程の半分以上を アメリカで過ごしたのです。自分の国を離れて、なぜアメリカに来て、このように重要な時を過ごしたのかというのです

この時期が、お父様にとって最も重要な時です。基盤を築いて実を結ぶ時に、なぜアメリカに投入したのか、ということが歴史的な質問です。それは、キ リスト教のためです。キリスト教は、イエス様が残した世界的な実績基盤です。イエス様が残した実績基盤であるこのキリスト教のために、アメリカに来たので

キリスト教は、旧教と新教に分かれています。これが一つにならなければなりません。聖霊の役事が母の役事であり、イエス様の役事が父の役事です。イ エス様と聖霊が父母の立場でつくっておいたキリスト教なので、兄弟が一つにならなければならないのに、分かれているというのです

19    今年、アメリカで大復興会をしようと思います。九月から来年四月まで、ですから、満七ヵ月にわたって行おうと思います。それを一九七四年まで行いながら、 アメリカの重要な責任者たちと教会の重要な責任者たちが、父母様について関心をもてるようにし、彼らをすべて横的に連結させなければなりません。アメリカ を動かす動機になるので、それをしなければならないというのです

ですから、上院議員たちも、父母様と関係を結べば皆さんにつないであげます。地方につないであげるのです。そのようにすれば、自然に地方はカイン・アベル復帰の基盤になります

アメリカ定着と「勝祝日」宣

真のお母様は一九七三年二月二十六日、真のお父様は四月三十日、アメリカの永住権を 取得することにより、アメリカを中心に世界宣教を展開できる基礎を整えられた。特に、「一九七二年から七四年までの三年期間は、イエス様の三年路程を世界 的な舞台で連結させる期間である」と語られ、一九七三年七月一日、アメリカのベルベディア修練所において、韓国、日本、アメリカ、台湾、イギリス、フラン ス、イタリア、ドイツ、オランダ、オーストリアなど、世界十ヵ国の代表が参加する中、第二次七年路程で世界的勝利の足場を築いたことを祝う記念日として、 「勝祝日」を宣布された

20    皆さんは、世界のために生きなければなりません。ですから、世界の途上、皆さんを前に立てて苦労させなければなりません。これがどれほど悲惨でしょうか。 皆さんには分からない事情があるのです。お父様は原理を知ったので、死なずに生きてこのことをしているのです

一九七二年から三年間、このようにすることによって、何を蕩減できるのでしょうか。イエス様は、公生涯の三年間で父母になることができず、子女をも てなかったことが恨になりました。それを収拾する基準が、この三年の期間に立てられるのです。皆さんは、イスラエルの国に代わり、民族に代わる家庭的基盤 として登場できるので、父母様は世界的出発をすることができるというのです。そのような基盤のもとに、父母様はアメリカの地に入ったのです

21    ドイツ人、日本人は、アメリカ人と怨讐関係です。ところが、日本人がアメリカに来て命を懸けて「アメリカを救おう」と言い、ドイツ人が来て命を懸けて「ア メリカを救おう」と言うのです。主にドイツ人と日本人をアメリカに連れてきて、旋風を巻き起こしています。このようにしているので、反対派の人たちがその 知らせを耳にするようになりました

私は既に、すべて知っています。一年半以内に基盤を築くことができなければ、日本とドイツから来た統一教会の人々が追放されるというのです。私も追 放されます。しかし、追放されるわけにはいきません。ですから、第一次、第二次の巡回講演が終わったあと、一九七三年四月三十日に永住権を取得しました。 そのようにして一年半以内に完全に基盤を築き、アメリカ人を(リーダーとして)代わりに立てるようになったのです。そして、経済基盤をつくりながら、怨讐 関係の日本とドイツの人々を教材として、アメリカの青年たちを教育しました

22    一九七三年、父母様の永住権取得を中心として、それこそ霊的基盤、世界のキリスト教版図を復活させる基準を立てました。それは、霊界全体のすべての勝利的 基準を立てたことになるのです。韓国から世界舞台にキリスト教文化圏を連結した基準の上で、勝利的な実体の実績基盤を連結しなければなりません。そのため に、父母様が韓国で祝福家庭を動員して成し遂げたことを基盤として、一九七一年にアメリカに行き、七三年に定着するための準備をしたのです。そのようにし ようとすれば、アメリカで勝利した基盤がなければなりません。勝利的基盤がなければならないのです。そのような霊的基盤を築き、一九七三年四月にアメリカ の永住権を得て、七四年十二月二十四日に、韓国に帰ってきたのです。ですから、十八ヵ月の間に決定的な基盤を築きました

23    アメリカを中心とした摂理を推進させるのは、キリスト教が統一教会に反対することにより、世界の霊的基盤であり、世界的キリスト教の中心であるアメリカま でも侵食されたからです。しかし、一九七〇年代の初めに統一教会がアメリカに行き、反対を受けずに歓迎されることによって、キリスト教を復活させることが できました。大韓民国は国家的立場で反対しましたが、アメリカが世界的立場で歓迎したという条件を立てることにより、再び韓国に帰ってきて、国家的に失敗 したことを連結させられるのです。そのようにしなければ、生きる道がありません。ですから、一九七二年にアメリカ全域にわたって巡回講演を行い、ヨーロッ パにまで連結させる大会をしながら、外的世界の基盤を築いてきました。アメリカのキリスト教や、その国の誰一人としてできなかったことを、短期間のうちに 席巻して果たさなければなりません。アメリカを中心とした全自由世界が、ここで旗印を高く掲げて歓迎すれば、世界的圏内で統一教会を中心に祝福を受けるこ とができる場に再び進んでいきますが、反対すれば、被害が大きいというのです。それで、復興会を始めながら、一九七三年四月三十日に永住権を取得したので

24    お父様は、この地上に再臨主、新郎として来て、新婦となる母を迎え、アダムとエバが堕落した、その位置から出発しなければなりません。「統一原理」から見 るとき、アダムとエバが長成期完成級で堕落し、その位置で愛の関係を通して子女を繁殖したので、お父様は間接主管圏を完成した基準、すなわち直接主管圏内 から出発することができません。完成基準を残した長成期完成級から出発することによって、七年路程を前にしてサタン圏内に降りていき、家庭をもって激しい 風霜を経なければならないのです

父母様の家庭が祭物となる時代になるというのです。アメリカで、数多くの迫害を受けました。み旨を成し遂げることができずに亡くなったイエス様が生 前に遭った立場を再現させ、それを民族、国家、世界の基準を総合した基盤の上で蕩減しなければなりません。ですから、サタンを除去したという条件を立てな ければ、天理の道を道理にかなった基準に連結させる道がないのです。そのため、父母様は摂理史的な運命を背負い、アメリカに向かわざるを得なかったので す。誰かと相談して行ったのではありません。神様とお父様以外には、誰も知りませんでした

一九七一年、アメリカの地に降り立つ時、お父様は無名の一人の青年のような姿でした。しかし、三年でアメリカをひっくり返しておかなければならず、十二年以内に天の側に向かわせなければならないという使命を背負っていたのです

私がアメリカでしたことは、何だったのでしょうか。人類歴史を代表して、誰よりもアベルを愛しました。実践路程で勝利的覇権を握らなければならな かったのです。神様のために、地のために祈ることにおいて、私以上に心情的な祈りをした人はいません。神様を痛哭させる一人の息子の姿で人類を抱き締め、 解怨成就という怨恨の基盤をつかんで闘わなければなりませんでした

25     一九七三年七月一日、アメリカで「勝祝日」という歴史的な記念日を制定しました。今まで様々な記念日を韓国で制定しましたが、世界で勝利を祝う日を制定し たのは、今回が初めてです。統一教会の歴史に、新たな起源を備えた日です。「勝祝日」は、第二次七年路程における残り三年のうち、半分の峠を無事に越えた ので、制定することができました。峠をすべて無事に越えたので勝利を祝うのです

今からはいくらサタンが反対しても、反対するほど(逆に)崩れ落ちていきます。昔と違うというのです。遠くない将来、統一教会が全米で台風のような旋風を巻き起こすでしょう。アメリカのいかなる主権者でも抜き取ることのできない基盤を築いたのです

26    父母様は、アメリカに来るやいなや手を付けて、一年以内にアメリカ教会自体の中に整備基盤を築きました。私たちが活動できる体制を備えた基盤を築いたの で、一九七三年七月一日に勝利を祝う日、「勝祝日」を制定したのです。神様の心情を中心として、この世界に足場を築くことのできる勝利の焦点を成立させた というのです。

神様の心情世界に内的な勝利基準を立てるためには、必ず外的に勝利の結果が現れなければなりません。それで、一九七三年にアメリカ全土で活動を展開 したのです。一九七三年と七四年に、四十ヵ都市で大講演会をすることによって、お父様がとても有名になりました。そのようにしながら、国家基準でアメリカ の大統領と関係を結ぶところまで連結させておいたのです。

第二節 世界統一十字軍の活動

真の父母経 目次     第六篇  目次

第二章 真の父母様のアメリカ摂理と巡回講演  目次

第二節    世界統一十字軍の活

世界統一十字軍の編

真の父母様は、一九七二年の第三次世界巡回の期間に、アメリカ(五十人)、イギリス (十五人)、ドイツ(オーストリアを含む、六十人)、日本(六百人)韓国(三百六十人)の五ヵ国を対象に、世界統一十字軍(国際伝道機動隊)を結成され た。世界統一十字軍は、神様のみ旨を伝える前衛部隊として、若い人々を中心に出発した。真の父母様は、一九七三年、新年の初めから修練会を開き、世界統一 十字軍の組織編成および活動方針を立てられた。一月三十一日には、ヨーロッパ食口の世界統一十字軍の班編成を指揮して九十九人を十の班に分け、二月一日に アメリカの各地に配置されるなど、世界統一十字軍の活動に全力を投入されたのである

1     統一教会は、世界的な教団の立場で犠牲にならなければなりません。全世界のキリスト教徒と全世界の人類に代わって、アベルの使命を果たさなければなりませ ん。ですから、一九七二年一月八日にアメリカで、新しく世界統一十字軍という名称の世界的組織を結成したのです。この世界統一十字軍の本部は、韓国ではな くアメリカです。世界の十字軍だというのです

十字軍というのは本来、中世時代に様々な国のキリスト教徒たちが、ムスリムと闘ってイスラエルを奪還するために出発した遠征軍です。同じように、私 たちも新しいイスラエル圏を奪還する運動を始めようというのです。統一教会がこの公式的な原則に従って行動するとき、統一教会は滅びず、世界を制覇するよ うになるというのです。これは、神様のみ旨を中心とした結論です

2     一九七二年から三年路程の期間は、世界最後の統一戦線を守護しなければならない時です。国家もこの三年路程を経なければならず、世界も三年路程を越えてい かなければなりません。三年路程を越えていくべき世界的運勢圏内に来たので、この時に私たちは総結集しなければなりません。霊界が総動員して協助できる時 なので、地上で世界的に総動員命令が下される時に備えて準備してきたのですが、それが国際伝道機動隊の編成です

3     韓国でもお父様を恐れ、日本や中国の高位階層の人々も、お父様をとても恐ろしく思っています。このような基盤を、誰の協助も受けず、お父様一人、素手で築 いてきたのです。誰かからの後援や援助もなく、相談する相手もいませんでした。その代わり、私が何かをしようと思えば、神様は喜ばれるのです。私が相対で きる方は神様お一人しかいませんが、最も頼もしいお方です

今後は、お父様が何かしようと言うことに対して、皆さんが同調するかしないかによって、世界的事件を起こせるか起こせないかという問題が左右されま す。神様の願いを成就し、今までの人類の願いを成就して、歴史的な希望の国を開門できる人は私たちしかいないという信念をもって、これに反対するサタンの 先鋒である共産世界を打破して勝利の基盤を築く勇士になろうと決意しなければなりません。「私たちが天国を開門しなければならない」という信念をもった勇 士として団結し、総進軍しなければなりません。このような平和的十字軍を編成するために、第三次世界巡回を行っているのです。それで、その名を「世界統一 十字軍」と名づけました。アメリカ十字軍、ドイツ十字軍、イギリス十字軍、この三ヵ国が一つになり、共産世界を防御できる時を早く準備しなければなりませ

4     お父様は、超民族的、超国家的な立場で世界的な十字軍を編成して(韓国に)帰ってきました。世界統一十字軍です。天が選び立てたイスラエルの国、天の国の 聖殿を守り、天の国の聖殿を争奪するために数多くの民族を糾合し、イスラーム圏と戦った軍隊が十字軍です

そのような戦いを、もしイエス様の時代に、イエス様を中心として行っていれば、失敗したでしょうか。その時は、地上の国が許されていない状態で戦っ たために失敗しましたが、私たちの時代には、そうではないというのです。韓国が包囲されれば、お父様はアメリカに行って基盤を築き、アメリカの青年たちを 動員して「韓国を奪還せよ」と命令するでしょう。そのようにして十字軍を編成し、北朝鮮以上に動員すれば、問題なく勝利するのです

この国の解放のため、韓半島の怨恨のどん底である三十八度線を撤廃するためには、韓国にいる韓民族が団結しなければならないことはもちろんですが、 それとともに、世界の民族が加わって、大韓民国を協助できる基盤を広げようというのがお父様の考えです。ですからその遠征部隊が間もなく編成されてやって 来ます

歴史始まって以来、「世界統一十字軍」という名をもって、天の直接的な命令に従い、軍隊を編成して横的な自分の国と民族に対し、「天に帰りなさい」 と言いながら闘いを展開した教会、あるいは宗教はありませんでした。大変な時に最前線に出ていった軍隊を、自分の生活よりもっと重要視する民族になれば、 その国は滅びません。世の中が大変になっているにもかかわらず、「十字軍とか機動隊などと言うが何が軍隊だ。やりたければやり、やめたければやめればよ い」という無関心な人々は、滅びるようになっているのです

5     一九七四年まで、霊的三年期間を中心としてキリスト教文化圏を連結させたとすれば、今からは肉的三年期間を中心として、肉的世界基盤を連結させなければな りません。ですから、一九七八年までのこの期間に、霊的、肉的に世界的な基盤を築かなければならないのです。そうして、第三次七年路程の期間に、霊肉を中 心とした世界的な蕩減復帰の基盤を西欧社会に築かなければなりません。これがお父様の使命です。霊肉を中心とした世界的基盤を完結しなければならないとい うのです

ですから、この三年間に、アメリカですべての基盤を築かなければなりません。肉的基盤までも、築かなければならないのです。これが、どれほど難しい ことか分かりません。これが終われば、そのまま世界に押していくのですが、霊的には一九七五年から、世界に押していくのです。それが国際(伝道)機動隊で す。それが、アメリカから世界に向かって一歩を踏み出す運動です

世界統一十字軍の組織と活

世界統一十字軍(国際伝道機動隊)は、世界復帰の使命を果たすため、超国家,超民族 的に活動する天の国の平和軍である。世界統一十字軍は、アメリカの各州に派遣されて伝道活動を展開したことはもちろん、アメリカとヨーロッパ、日本、韓国 などの地で開催された各種集会、特に「希望の日」晩餐会の成功のために、先頭に立って活動した。アメリカで開催された四十ヵ都市の大講演会を勝利した勢い に乗って、三百人の隊員が一九七五年一月十五日、日本に到着して活動したのちに、二十六ヵ国から六百七十三人が下関からフェリーに乗って釜山港に入り、韓 国に入国した。ここには、日本の隊員三百人以上が加勢していた、三月二十七日、真のお父様は釜山港に直々に来られて、彼らを迎えられたのである

6     韓国で一九七〇年から七三年までは、最高の峠を越えていく期間です。この期間さえ越えていけば、国際情勢が変遷し、国家的に北朝鮮が行動できる時が過ぎて いくのです。北朝鮮が韓国を侵犯できる運勢は、行き違うようになります。サタンの世界的な時は、一九七七年と七八年です。ですから、今や、アメリカに力を 注ぐべき時が来ました。世界的な防御線を張らなければならないというのです

そのため、私はアメリカで八十五人を動員し、新しい復興団を組織して、バス二台で全国的に旋風を巻き起こす運動をしています。一九七三年にはバス十 台を、七四年には五十台を用意して、(伝道)機動隊員二千人を動員しようと思います。このように、アメリカ全域に防御線を張らなければならない時期に来た というのです

このようにして、アメリカの上下両院を通して共産勢力が入ってくるのを、私たちが防がなければなりません。これは、アメリカ自体も知らずにいるので す。私たちがしなければなりません。アメリカが私たちのみ旨を中心として、私たちと一致しさえすれば、世界の共産勢力を防ぎ止めるのは問題ありません

7     一九七二年に、アメリカの若い青年たちを動員して(伝道)機動隊をつくりました。彼らは個人的に、この国で誰よりも犠牲になることを覚悟し、世界人類のた めに誰よりも犠牲になることを覚悟した立場で、個人的、家庭的、氏族的、民族的、国家的に思想が欠乏したアメリカ国民に、新しい私たちの思想を注入しよう と立ち上がったのです。今の計画では、一九七三年に四百人、七四年には二千人を何としてでも動員し、各州に少なくともバス一台を中心とした(伝道)機動隊 をつくろうと思います。そのようにしなければ、一九七七年、七八年のアメリカの危機を防ぐことができないと考えるのです

言い換えれば、アメリカのキリスト教を糾合しなければならないということです。一つにならなければなりません。アメリカ国民は、キリスト教思想を中 心として新しい伝統を確立しなければなりません。ここに、今後アメリカが死ぬか生きるかという問題がかかっています。アメリカ一国が滅びることが問題では ありません。ここに世界の運命がかかっているのです。み旨を知り、天のために生きる気持ちがあるので、国家と国民を超越し、皆さんに対してこのようなこと をしているというのです

8     アメリカにいる食口を中心として、国際(伝道)機動隊が活動する基準を、ごく短期間のうちに平準化するでしょう。今から、五十州で一ヵ月に一人を立てるこ とを標準として活動するので、相当飛躍的な発展をするでしょう。七百人を動員して、一年に十二人ずつ拡大するようになれば、八千四百人です。ですから、一 番先にこの(伝道)機動隊を走らせなければなりません。そうして、十二人ずつ目標を立てて、活動させるのです。その基準を中心として、アメリカ全土にいる 食口たちに「ここに付いてきなさい!」と言って、優秀な人を引き抜き、(伝道)機動隊を編成するのです。一九七四年の間に、これを完成します。そうして、 訓練された責任者を育て、各州で七十人単位で(伝道)機動隊を編成し、そこで核心となり得る食口たちを育てておけば、その次からは、その州自体を中心とし て、都市で活動するのです。一つの州の四つか五つの都市で(伝道)機動隊をつくり、一ヵ月ずつそのようにして、繁殖させるのです。このような急進的な対策 を取って基盤を築き、三万人を突破しさえすれば、アメリカ全体を動かすことは問題になりません

9     今、国際(伝道)機動隊が動くのは、実際に無理なことです。アメリカで活動できる人員が不足している実情で、精鋭部隊である国際(伝道)機動隊三百六十人 を引き抜くのは、アメリカにおける活動に莫大な被害を与えます。しかし、アメリカだけを中心とすることはできません。世界の様々な国でも、アメリカで動い ているように、平均化活動をせざるを得ないのです。ですから、宣伝しておかなければなりません。アジアでは日本と台湾と韓国、その次に、ヨーロッパに入 り、イギリスを中心としてイタリア、フランス、ドイツ、オランダの五ヵ国で活動することによって、アジアとヨーロッパ一帯にうわさが立つようにするでしょ う。アメリカでうわさが立ったそのごとくに全世界にうわさを立て、宣伝しておかなければなりません。このようにすることにより、ヨーロッパにいるすべての 食口たちも刺激を受けるようになり、自動的に、アメリカで動いていることを標準型として、世界の各宣教国が受け入れるようになるでしょう。また、その原則 を中心として、これから組織的な体制を強化し、宣伝やすべての面において、その基準を中心として強力に訓練することができます。ですから、これは避けられ ない作戦なのです

10    アジア人を通して、アメリカの人を積極的に後援したという伝統を立てなければなりません。これが父母様の今後の作戦です。そのようにしようとすれば、アジ ア人の中で誰を用いなければならないでしょうか。韓国人は、経済問題で苦しんでいます。また、国家的条件で外国に出ていこうとすれば、ビザやパスポートが 問題になります。韓国政府は、経済的にドルが消耗するので、できるだけ外国に送り出さないようにしています。しかし、日本は招請状さえ来れば、三日以内に 四年期間のパスポートが出てくるので、日本人が出ていかなければならないのです

日本はエバ国家ですから、世界の人々のために母の使命を果たすべき責任があります。母が手を掛けてこそ、発展するというのです。ですから、アジア人を代表する日本を前に立てて伝統を立てようというのが父母様の計画です

11    お父様は、イギリスに行っても(伝道)機動隊をつくりました。そして、イギリスにもセンター(教会施設)を買ってあげてきました。また、ドイツに行って も、ミニバス六台を買ってあげました。それから、八人乗りで移動トレーラー式のキャラバンを六台買ってあげました。それを並べれば、百メールくらいになる でしょう。壮大です。ここまで支援してあげたのですから、彼らが動かずにいられるでしょうか

今、イギリスとドイツに火がつきました。ドイツ人たちにも「アメリカ人に負けるな」と言い、イギリス人たちにも「アメリカ人に負けるな」と言うと、 互いに負けまいとするのです。また、日本に行って、「あなたたちはドイツ、イギリス、アメリカの人たちに負けるか、負けないか」と聞くと、「負けない」と 言うのです

12    ドイツのエッセンにある協会本部に行ったところ、正門の大きなガラスドアに銃痕がありました。それで、なぜこのようになったのかと聞くと、二週間前に共産 主義者たちがやったというのです。統一教会は世界的に憎まれています。共産主義者たちは、あらゆる威嚇と恐喝、脅迫を行い、裁判所を通してもろもろの謀略 を立てて、統一教会をたたき潰そうとしています

しかし、裁判所に引っ張られていきながらも、今まで闘ってきたのです。そして私たちが行く一週間前に、最高裁判所の判事から、「これから、統一教会 のいかなる活動も法的に保障してあげるから、どこででも活動してよろしい」という判決文が出ました。それまでは、共産主義者たちが数多くの中傷謀略を行い ました。それでも聞く耳をもたないので、脅迫と恐喝を行い、のちには銃弾を正門に撃ち込んで、見境なく命を奪おうとしたのです

このようなことを見る時、彼らはみ旨のために死生決断をして闘っているというのです。そのような深刻な立場に立っているので、私たちは生死を懸けて 歩むというのです。ですから、その責任者は一日が忙しいのです。朝に出掛けて、八時間以上活動しなければ、帰ってくることができません。自分の責任分担を すべて完遂するまでは、絶対に帰ってくることができないのです。このように強烈に活動しています

13    私たちには世界的な(伝道)機動隊があるので、これから優秀な成績を収めた人がいれば、彼らを連れて歩こうと思います。世界各国にいる(伝道)機動隊員を 激励するために、世界巡回をさせようと思うのです。今、(伝道)機動隊がアメリカに編成され、イギリスに編成され、ドイツが三番目です。日本と韓国にも、 (伝道)機動隊を編成するでしょう。そのようにして、お父様が世界を旅行するときは、(伝道)機動隊を激励するために優秀な人々を連れていくかもしれませ

今、韓国では大学を買収しようと計画しています。そのようにして、成績の良い人は韓国に留学させようと思います。皆さんは、世界の舞台を私たちの足場にして活動できる、本当に素晴らしい時代に生まれたことを知って、立派に闘わなければなりません

14    (伝道)機動隊は、韓国にだけあるのではありません。日本にもあり、アメリカにもあり、ドイツにもあり、イギリスにもあります。少なくとも、今、五ヵ国の (伝道)機動隊が参加しています。そのように参加して闘う目的は、五ヵ国を天のみ前に復帰してさしあげるためです。このような闘いをしています。闘いにお いてどの国が一等になるかは、闘ってみなければ分かりません

皆さんはそれでも「韓国が一等になるだろう」と思うかもしれませんが、うさぎが先に走っていっても、昼寝をすれば亀に負けてしまうというのです。最 初にやって来たからといって、「他の人々が裕福に暮らしているから、自分も裕福に暮らそう。息子、娘と豊かに暮らそう」ときょろきょろよそ見していれば、 うさぎの立場になるのです

15    国際伝道機動隊は、天の国の平和軍団です。国のために、自分の目的のためではなく神様の目的のために、全国を回りながら、大韓民国の若者たちが今後行くべき道を示してあげるために編成された(伝道)機動隊だというのです

世界の行くべき道を新たに示してあげなければならないので、この一ヵ所を中心として、国が違い、民族が違っても、超国家的で超民族的な立場で、この ような活動をしなければなりません。世界の新たな運勢を受け入れられるように、道をすべて開いておかなければなりません。(伝道)機動隊の皆さんは、国家 の運命を左右する選抜隊です。皆さんが、統一教会の古い教会員たちよりも先頭に立ったのです

16    (伝道)機動隊は、一週間に一ヵ所ずつ巡回します。最初は、郡庁所在地を一括して巡回しなければなりません。統一教会の人々がいなくても、巡回しなければ なりません。宿所がなければ、どのようにするのでしょうか。「私たちは国民運動を起こすために出発した隊員たちです」と、全市民に宣伝すればよいのです。 村の人々に、「親善を図るために来た(伝道)機動隊です」と宣伝するのです。家がなければ、(伝道)機動隊長が「朝何時までに、どこどこに集合しなさい」 と命令を下します。そのようにして、一人ずつ村の班長の所に行くように配置するのです。(伝道)機動隊員の皆さんが村に行けば、まず班長を訪ねていって、 宣伝しなければなりません。「国民たちが互いに助け合う運動をするよう指導するために、この班に来ました。班の中の誰かの家に行って、一晩寝なければなり ません」と言って、訪ねていった家の片隅で眠るのです

皆さんが訪ねていったその家の正門を通るとき、庭の掃除がされていなければ、ほうきを持って掃除してあげます。そして、その家の床を拭いてあげ、ト イレ掃除もしてあげるのです。絶対に世話になってはいけません。その家に入ったからには、そこにいる人々に考えさせる何かを残して出てきなさいというので す。眠って朝起きれば、どの家でも、起きてきたお客さんを冷遇できません。冷遇すれば、その家にとって良くないことが分かるのです。一晩寝たお客さんに は、御飯を食べさせて送り出すのが韓国の家庭礼法になっています。御飯を恵んでもらって、ただ出てくるのではなく、食事代の価値を残して出てきなさいとい うのです。

第三節 アメリカ主要都市の巡回講演

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第二章 真の父母様のアメリカ摂理と巡回講演  目次

第三節    アメリカ主要都市の巡回講

旋風を巻き起こした巡回講

真の父母様は、第三次世界巡回の期間中、アメリカ、イギリス、ドイツの主要都市で講 演会を主宰された。一九七二年一月二十八日には、「ニューヨーク・タイムズ」と「デイリーニューズ」に、講演会を知らせる型破りの全面広告を掲載した。特 に、「イエス・キリストと十字架の苦難、それは神様のみ旨だったのか、人間の失敗だったのか」をテーマとした小説の懸賞公募は、国内外のマスコミに大々的 に紹介されるなど、関心が集まった。これを通して、真の父母様の活動が世の中から注目を浴び始めた

第三次世界巡回が出発してから六十日目の一九七二年二月二日、歴史的な大講演会の開 幕行事として、「神様大会」がニューヨーク、ウォール街の広場で開催された。そして、二月三日から三月十一日まで、アメリカのニューヨークをはじめ、フィ ラデルフィア、ボルティモア、ワシントンDC、ロサンゼルス、サンフランシスコ、バークレーなど、七大都市で講演が行われた。講演会の宣伝ポスターのテー マは、「きょう、神が語られる」であった。講演者については、「新たな精神的覚醒を呼び起こす、東方から来た新しいクリスチャン・リーダー、文鮮明先生」 と大きく紹介されていた。統一教会は、短期間のうちにアメリカで旋風を巻き起こすことにより、若い人材と強い組織力など、強力な活動基盤をもった団体とし て浮上したのである

1     一九七一年十二月にお父様がアメリカに行った時、アメリカの食口たちは、「お父様はアメリカの実情に疎いので、アメリカに来ても今まで自分たちがしてきた ことを中心に、ただそのまま推進すべきだ」と言いました。アメリカで大復興会を開催するとか、大問題を起こす活動をするということは、夢にも考えられない 時でした。また、アメリカに行っている宣教師たちも、アメリカの実情に合うように進めていかなければならないという意見でした。しかし、お父様は「あなた たちは私の指示に従わなければならない。私が決めたら、決めたとおりに動くべき立場にいるのだから、あれこれ言わずに私が提示するとおりの方向に動きなさ い」と言いました

ところが、このように指示したにもかかわらず、見ていると、彼らは自分たちの国の実情をよく知っているので、お父様の言葉を頭の中に入れず、活動す ることに躊躇しているのです。それで、私が自らニューヨークに行き、リンカーン・センターなどと契約して、一九七二年二月六日からアメリカ七大都市巡回講 演会を始めました。それは冒険的なことです。そのようにしてから、イギリスを経て、ドイツを経て韓国に帰国し、一九七二年十一月に再びアメリカに渡って、 二年目の一九七三年に大講演会を開催しました。そのようにしなければならない責任を担っていたので、七三年に二十一ヵ都市を選定し、大講演会を開催したの ですが、これが七四年一月二十八日に、ようやく終わりました

2     一九七二年から三年の期間を中心として、アメリカの七ヵ都市で三日間ずつ、原理的な三数を中心として二十一数に合わせて巡回講演を行い、その次に、イギリ スとドイツまで合わせて、九ヵ都市の巡回講演を行いました。さらに、一九七三年にはアメリカの二十一ヵ都市で講演会を開催し、七四年までに四十ヵ都市を中 心として、作戦を終えるのです。この期間に、何としてでもアメリカ国民に知らせなければなりません。悪いうわさが立つなら立ち、良いうわさが立つなら立て ばよいというのです。それでも大丈夫です。イエス様がそうであり、お父様も今までそうでした。アメリカ国民に、どのようにして知らせるかが問題です。もし うわさを聞けば、神様が選んであらかじめ立てた人々が、霊的に連結されて集まってくるようになります。神様は、既に滅びるしかない国だとしても、七千以上 の群れ、七数はいつでも残しておくのが原則なので、神様の新しい摂理を望み、新しい世界が展開されることを願う人々は、統一教会の動きに必ず方向を合わせ なければならないというのです

3     第二次七年路程が終わる三年前に、世界基盤を築かなければなりません。イエス様が三年路程を終えて世界に行かなければならないのと同じように、お父様はこ のような過程を連結させるために、第二次七年路程の期間に世界路程を連結させる使命があるのです。ですから、一九七二年にアメリカから準備を始めて、第二 次七年路程が終わる七四年の四月二十日までに、アメリカ全域に父母様を知らせなければなりません

アメリカ全域に、父母様のことを知らない人がいてはいけません。この三年間は、何としてでも父母様を知らせなければならない時です。このように知ら せようとあのように知らせようと、悪く思おうと良く思おうと、知らせなければなりません。ですから、「ニューヨーク・タイムズ」と「タイム」、「ニュー ズ・ウィーク」など、世界的な言論機関を通して問題を提起しているのです

4     私たちは、一九七二年から七四年まで、アベル的な基準でアメリカ国民に何を与えるべきなのでしょうか。神様の内的な生命と外的な面の何かを与えなければな りません。内外で与えなければならないのです。ですから、この三年間では、お父様が自らみ言を与えようと思います

お父様の一生で、大衆に対し、公式集会に現れるのはこの時が初めてです。メシヤが行くべき道は、国家基準から世界基準に行くものであって、それ以下 では行くことができません。私たちは世界的時代に向かっているので、このようなことを始められるというのです。ですから、この三年間は貴い時です。これ は、歴史始まって以来の、霊界と人類が注目する重大な事件です。この期間には、十ヵ国の人々が加わって活動をするのです

5     お父様は、一九七二年二月六日、ニューヨークのリンカーン・センターの巡回講演から、ワシントンDC,ドイツのエッセンまで、原稿を持って講演をしたので はありません。どこかに行って即席で話をしても、聴衆をつかむことができる訓練をしなければなりません。「私が語ることについては問題ない」という信念を もって行わなければなりません

そこにおいて、どのようにして感情を立体的に一体化させるかが最も重要な問題です。これは、お父様が長い間生きてきて経験した結果です。大衆に影響 を与えることのできる感情に、自分がどのように浸るかが問題であって、語る内容だけが問題ではありません。そのような境地に入っていけば、いつの間にか、 言葉は普段と同じように出てくるのです。作文もその場でするのです。千万の群衆を魅了してしまう雄弁家は、聴衆とその時の感情によって、すべての言葉の方 向が変わり得るため、その環境をよく収拾しながら、そこに拍子を合わせて力を加えてあげることができなければなりません

6     民主主義をもって、アメリカを生かし、指導することはできません。キリスト教思想をもってしても、アメリカを生かし、指導することはできません。共産世界 も、その共産主義理論をもって世界を一つにすることはできません。そのような時は、既に過ぎ去りました。ですから、一九七二年に父母様がアメリカに来るや いなや、アメリカの教会に対して攻勢をかけたのです。アメリカの歴史上、初めてのことをやりました

結局のところ、キリスト教に対して攻勢をかけたということです。それでも、彼らは反対できずに見つめているのです。かえって、神様のみ旨を思い、心配しながらキリスト教を見つめ、望みを抱いていた人々が、父母様に対して新たに関心をもって見つめる段階に入ってきました

7     一九七二年から七八年までの七年間が、アメリカの危機です。このような期間に、アメリカで世界的な基盤を築いてこそ、七四年までの三年路程を中心として、 初めて世界的な第三次七年路程を勝利の結果として完成し、神様のみ前に束ねてさしあげることができるのです。新しい時代を中心とするときは、いつも三年が 必要ですが、この三年の期間が終わる時が一九七四年です。三年の期間を通して、新たな時代に進もうというのが摂理観です

いつも、三年先駆けて準備しなければなりません。モーセが三年間準備したのと同じように、この三年に該当する期間を中心として、新しい時代に越えて いかなければなりません。その時まで行けば、アメリカは私たちについてこなければならなくなります。ですから、私たちが主体的な使命を果たさなければなら ないというのです

8     お父様は、僕の基盤と、養子の基盤と、息子の基盤と、父母の基盤を築いて上がってきました。私がアメリカにまで来て活動できるのは、国家的基準を中心とし て、その基準を完結したからです。その基準を今、アメリカを中心として世界的に連結させようとするのです。それが、皆さん、ヨーロッパの人々と合同で歩む 一九七四年までの、この三年路程の期間です

韓国を中心として見れば、第一次イスラエルとして、僕の国の失敗を復帰した基準を立てておき、世界的な基準で養子の使命を果たさなければならないキ リスト教の使命を受け継ぎ、世界的代表の基準を立てたという条件を、霊的な基準で立てました。そのため、世界的なキリスト教国家であるアメリカに来てそれ を延長させ、世界的にその基盤を拡大できるのです

僕の基盤を失い、養子であるキリスト教の基盤を失ってしまったので、それを再びつくっておかなければなりません。ですから、結局、イエス様が霊的に 再臨し、霊的な基準ではあっても国家を保護できる基盤を築いたので、国家的基準を中心として世界に発展できたのと同じ立場を連結させることによって、今 日、世界伝道をすることができるのです。世界復帰運動ができるというのです

一九七二年から七四年までの三年路程の期間に、皆さんに何を教えてあげようというのでしょうか。お父様が勝利した基盤です。僕の国家基準までに失敗 したことを復帰した勝利基盤と、養子の世界的基盤まで失ったことを復帰した勝利基盤を、皆さんと世界の各民族に相続させてあげるための闘いが、この三年路 程です

養子にはなりましたが、養子より息子にならなければなりません。皆さんは、息子にならなければならないのです。イエス様が三年路程で民族と世界に向 かっていこうとしたことに代わって、皆さん自身が世界的な基盤を迎えなければなりません。その期間がこの三年の期間です。それによって、皆さんが養子の時 代から息子の権限を引き継げる時代に越えていくのです。結局、私たちの運動は、イエス様が語った新郎、新婦を探し出すための世界的運動と同じなのです

アメリカの主要都市大講演

アメリカの二十一ヵ都市講演会は、一九七三年九月七日、「ニューヨーク・タイムズ」 に全面広告を掲載することをもって始まった。真の父母様も自ら著名人士にコンタクトを取りながら大会の準備を急がれ、全国五十州とワシントンDCに派遣さ れた五十一の世界統一十字軍を中心に、大々的な活動を展開された。その基盤の上で、一九七三年十月一日から七四年一月二十九日までの四ヵ月間、「キリスト 教の危機と新しい希望」をテーマに、アメリカの二十一ヵ都市で「希望の日」大講演会を主宰されたのである。講演内容は、「人間に対する神の希望」、「アメ リカに対する神の希望」、「キリスト教の将来」などであった。真の父母様は、講演会の期間に、各界の有力者たちからの支持を引き出し、市長から幸運の鍵と 感謝状、激励文、名誉市民証を授与された。また、三十二の大都市講演会は、一九七四年二月十六日から四月二十日まで、「キリスト教の新しい未来」をテーマ に、先の二十一ヵ都市を除いた残りの地域で延長して開催された

9     お父様は、一九七三年の末に二十一ヵ都市で大講演会をしようと思います。以前に行った七ヵ都市も加えるのです。ですから、十四ヵ都市だけ選べばよいので す。今後、ニューヨーク(にある修練所と同)水準の修練所を、ワシントンDC、セントルイス、デンバー、シカゴ、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ダラス に造らなければなりません。できれば、食口たちが集中する所に力を注がなければなりません。十月一日、ニューヨークから行うのです。来年は五十州で行いま す。そうすれば、もはやアメリカの人たちは、誰もお父様の話を聞いたことがないとは言えません。その次には、皆さんが進み出るのです。これをするために も、皆さんか基盤を築かなければなりません。伝道しなければならないのです。一つの州で五十人以上にならなければなりません。基本の食口がいなければなり ません。ですから、十月まで、一生懸命にやらなければならないのです

10    アメリカにおいて、一九七三年十月、二十一の州の代表都市を通して攻勢をかけるでしょう。このようにして反対がなくなれば、五十州でそれを行い、その次に は、皆さんが毎日のように公開講義を行うのです。このようにして、一九七八年までにアメリカ全域にこのブームを起こし、キリスト教指導者たちが「これから は統一教会を研究しなければならない。統一教会を探らなければならない」と言って、全体が一つの垣根の圏内で、世界に向かって動くことができるようにして おいてこそ、アメリカが復帰されます。今後、国家的な基準では、キリスト教の再復興と共産主義の脅威からの防衛、この二つの問題が、次第に切迫した問題と して登場するだろうというのが、お父様の観点です。間違いなくそのようになるでしょう。ですから、それに対する準備さえしておけば、間違いなく、このアメ リカがそのような立場に立つようになるので、私たちを前に立てざるを得ない時が来るだろうと考えるのです。ヤコブが天使に勝ったあとにエサウを訪ねていっ たのと同じように、皆さんはキリスト教会との闘いで勝ったあとに、共産主義と闘わなければなりません。言い換えれば、皆さんが教会基盤を築いたあとには、 共産主義に勝てる理念によって武装し、全世界に進軍しなければならないというのです。ですから、「民主世界、キリスト教、共産世界の誰が反対しても、問題 ない」という信念をもたなければなりません。「神側に私が立っているので、神様は私たちを祝福してくださる」という信念をもちなさいというのです

11    アメリカには、韓国、日本、台湾、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、オランダ、オーストリアなど、十ヵ国の人が集まっています。十ヵ国の人々が、民 族と国家を超越し、神様のみ旨と超民族的な心情を中心として、新しい起源をつくることのできる、厳粛で驚くべき瞬間です。私たちはここで、一つの目的のた めに共に死ぬことができるという信念をもっています。今や三年路程は、一年半が残っています。この三年の期間に、アメリカが世界的な責任を果たせるように するため、今、イギリス、あるいはアジアから、大学院生たちを連れてくるのです。一九七二年と七三年に、六十人近い上院議員と下院議員たちに会ったのも、 これを準備するためです。お父様が、アメリカで七二年に七ヵ都市、七三年に二十一ヵ都市、七四年に五十ヵ都市を中心とした復興会を計画したのは、アメリカ の人々に知らせるためでした。お父様の話を聞いたことがないという言葉が出てこないように、知らせるためだったのです。言い換えれば、新しいイスラエル、 カナンの福地に向かう出動のためのものなので、この三年間にすべて知らせてあげなければならないというのです。イスラエル民族がカナンに復帰するとき、そ の民族がどこにいるとしても、一人残らず知らせてあげなければならなかったのと同じように、この三年間は、新しい世界的な第三次カナン復帰路程に向かって 出発できるようにするための宣布をしなければならない期間です。ですから、モスクワに向かって進軍しようというのです。皆さんは、このような信念をもたな ければなりません。共産世界は今、アメリカに向かって進軍してきているのですが、私たちは反対に、モスクワに進軍しなければならないのです

12    一九七八年までには、アメリカにも共産党が脅威となる時代が来ます。これは、摂理上、避けられないことです。その時までに、統一教会の思想を中心とした基 盤を、アメリカの中にしっかりと定め、すべての分野に影響を及ぼすことのできる活動体制を備えなければなりません。ですから、二十万人のアメリカの指導者 たちに対し、三年以内に「統一原理」と「勝共理念」と「統一哲学(思想)」についての本を三冊ずつ、六十万部を無料で配布する計画を立てています。そし て、一九七三年十月一日から三年間、アメリカで大講演会を始めなければなりません。二十一ヵ都市を中心として、大々的な講演を実施するでしょう。十月一日 からカーネギー・ホールを借りて、講演を行う準備をしています。ですから千人を動員しなければならないというのです

13    一九七四年二月十六日からは、アメリカで再び巡回大講演会を出発しなければなりません。ですから、四十ヵ都市を定めて、韓国に帰ってきました。このような ことを始めるのは、一個人の欲望や、統一教会の復興のためではありません。神様が格別に愛するアメリカで、今後行くべき新しい信仰的な路線を提示しなけれ ばならないみ旨があったからです。それを今までやってきてみると、全国的な問題が起きたのです。アメリカ国民に、お父様のことが広く知らされたと思いま す。言論界が動員された問題や、想定外の問題が起こって全国的な問題となり、さらにウォーターゲート宣言は、実に歴史的な大きな旋風を巻き起こしました。 国内だけでなく、外国にいる統一教会の食口たちが、お父様の指示に従って歩調をしっかり合わせてくれることにより、正にアメリカの言論界や社会的に地位の 高い人々が、私たちの活動に対して過小評価したことについて、電話、あるいは紙面上で謝罪してきています。私たちが今まで活動してきたことが、彼らに相当 の影響を与えたことを感じて帰ってきました

14    一九七四年の「希望の日」巡回講演会の期間に、私たちに対して積極的に反対するその背後には、必ず共産勢力がいて操っているはずです。路傍伝道隊が活動す る所には、共産主義者たちが来ていると思います。ニューヨーク集会の時から全国で反対し続けているのは、そのような動機からだと、摂理的に考えるのです。 今、キリスト教を見れば、私たちに反対する人たちもいて、支持する人たちもいますが、彼らはいずれにしても、反対する人のほうに傾くと見ています

共産勢力を蘇生級とすれば、キリスト教が長成級で中間なので、これはイエス様の時代のユダヤ教に相当するのです。ですから、キリスト教は、イエス様の時代に反対したユダヤ教と同じなので、必ず反対します

原理的に見れば、蘇生圏と長成圏はサタンの支配下にあり、私たちは完成圏の基盤をもって世界的基盤を越えることができる時になりました。ですから、 私たちが完全に民族を超越し、強力に一つにさえなれば、サタンは退くというのです。このような原則が原理観です。蘇生圏と長成圏はサタンが思いどおりにで きますが、完成圏に入れば、思いどおりにできないのです

15    私はアメリカに来て、皆さんが信じられないことを、今までたくさん行ってきました。年数では三年ですが、一年八ヵ月にしかなりません。このように見れば、 今後、私たちはどれほど影響を及ぼすことができるでしょうか。これは、既に韓国で証明され、日本で証明され、台湾でもそのような基準を認定する段階に入っ てきました。一九七三年七月一日に「勝祝日」を定め、一年以内に「勝恨日」を決定しました。それらの日は、西欧文明世界において、天から記念することので きる一番目の日であり、二番目の日です。アメリカですべきことを韓国に行ってしたのは、韓国にも世界的運勢を結んであげなければならなかったからです。そ れは、皆さんが初めて聞くことであり、考えもできなかったことです。私たちが実践してこのような基盤を築き、「世界が私たちの舞台である」と自信をもって 私たちの視野で見つめられるようになったのは、驚くべきことです。私は、アメリカに来て、今や成功しました。それは、私がしたのではありません。神様がし たのです

ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン「希望の日」フェスティバ

真の父母様は、一九七四年九月十七日から十二月二十三日まで、アメリカの八大都市で 「希望の日」大講演会を主宰された。先立って行われた三十二ヵ都市と合わせて、アメリカの四十ヵ都市における大講演会の最後の日程であった。初日は晩餐 会、二日目は講演会が開かれた。特に、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで開かれた「希望の日」大講演会は、当時のアメリカの宗教集会として は新記録を樹立した大会であった。九月十七日、ウォルドルフ・アストリア・ホテルで開かれた前夜祭の晩餐会では、千七百人以上の著名な人士が参加し、六つ のテレビ局をはじめとするマスコミの熱気を带びた取材競争の中、アメリカの有名な霊能者であり、予言者であるジーン・ディクソン氏が真のお父様を証した。 十八日の講演会では、指定席二万五千席のほかに、五千席の臨時座席を追加で設置したが、二万人以上が入場できないほど、大盛況を呈した。真のお父様は、 「キリスト教の新しい未来」というテーマで熱弁を振るわれた

16    今日の民主世界について見てみると、アメリカと韓国は、ローマ帝国とイスラエルの立場と同じです。イエス様の当時には、ローマ帝国とイスラエルが一つに なってイエス様を打ちましたが、今の時は韓国人とアメリカ人が一つになって、お父様を打つようになります。打たれることによって、蕩減復帰されるのです。 アメリカは民主主義の国なので、ローマ帝国とは違います。キリスト教を捕らえて滅ぼすことができる基盤ではなく、何を語ったとしても、命まで奪うことはで きない民主主義の国です

また、共産勢力が旗を掲げてやって来て、お父様に反対します。これは世界的事件です。お父様には、韓国のキリスト教はもちろん、アメリカのキリスト 教も反対し、アメリカ人も反対し、共産勢力も反対するので、これは世界的なすべてのものが反対する条件になるのです。しかし、いくら反対しても、お父様を 訪ねてくる人々の気勢にすべて押されて倒れてしまうのです。それが正に一九七四年九月十八日、マディソン・スクエア・ガーデン大会です

これは、キリスト教に代わる民主世界と統一教会が真っ向からぶつかって、統一教会が越えていく時間です。このようにして、世界的峠を越えました。ユ ダヤ教がイエス様の命を奪い、ローマがイエス様の命を奪いましたが、そのような立場にいる統一教会とお父様の命は奪うことができないのです。追い出すこと ができません。ですから勝利したというのです。これは、歴史的な起源が始まる瞬間です

17    マディソン・スクエア・ガーデン大会は、摂理的な観点から見るとき、歴史的意義があります。アメリカにおける一九七二年から七四年までの三年期間は、イエ ス様当時の三年期間に該当するのです。ですから、この大会は、イエス様が亡くなることなく成功したとすれば、ローマ帝国に行って、大講演会をしようとした その基準に相当するのです。ローマがイエス様を歓迎し、イエス様と一つになれたとすれば、そこから世界的に、天の国のみ旨が展開するようになっていたで しょう。ローマの支配を受けるイスラエルの国のような立場にいる国が、現在、アメリカの援助を受ける韓国です。同じです。そのようなアメリカの中心都市が ニューヨークであり、ニューヨークの中心部の集合場所がこのマディソン・スクエア・ガーデンなので、ここに爆発的な火をつけなければならないというのは、 摂理的な観点で歴史的な意義をもたざるを得ません。ローマはイスラエルと怨讐の立場にあり、今日、アメリカはキリスト教を中心として、ローマのような国で すが、昔のイエス様の時代とは違う環境です。すなわち、アメリカは、神様が二千年間苦労して、この一時のためにつくっておいた、歴史的基盤だというので

18    私たちは、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン大会に二万五千人(を動員し)、超満員にしようと思います。道端で一度会っただけでは、いくら精 誠を尽くして出会ったとしても、流れていってしまいます。一度出会ったその人に再び会って同じ効果をあげようとすれば、もう一度同じくらい努力しなければ なりません。家を訪ねていき、通り過ぎる道端の人に対して精誠を尽くすぐらい精誠を尽くせば、その人は逃げていかないのです。二回、三回訪ねていって精誠 を尽くせば、その態度や純粋性、現在のアメリカが必要とする青年らしさを見て誰もが感動するので、若者がそのように切実に求めることを聞き入れざるを得な いというのです。自分の息子のようであり、娘のような人たちなので、そのようになるのです

自分の息子、娘はヒッピーになり、家を出ていってぶらぶらしているのに、「この世の中で、あの人はあそこまで純粋でいられるのか。あのような人と私 が親しくなることによって、私の息子、娘も良い方向に向かわせる一つの道ができるだろう」と考えるようになれば、同意するのです。必ず関心をもって、この 若者の勧めに応じるようになっています

19    私たちがマディソン・スクエア・ガーデンの競技場を借りて講演するということを、アメリカ社会が低く評価することはできません。その上、私たちは、一般の 広告会社を通して、アメリカのニューヨークで三十万ドルにも及ぶお金を宣伝費として使っています。外部の会社を通して宣伝すれば、費用は五倍ないし七倍も かかると